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グループ一・高校生


  グループ一・高校生


 やっと学校が終わった。高校は中学校とは違い、授業が七時間目まであり大変だ。高校二年生になっても授業の退屈さは全く変わらない。僕が安らぎを感じる唯一の時間。それは、友達と他愛も無い会話をしながら帰る下校時間だ。丁度今も、同じクラスの友達四人と一緒に帰っているところだった。

 僕は妙な解放感を辺りに漂わせながら、駅のホームで電車を待っていた。帰りの電車が早く来ないか、とても待ち遠しい。

 少しして、ようやくホームに電車が到着した。ドアが開かれと、速やかに車内へ乗り込んだ。ドアが閉まり、電車はストッパーが外れたように動き出す。ある程度まで速度が上がると、それを維持しつつ走行を続けていく。

 電車内は混雑しているため、すぐに乗客同士のおしくらまんじゅうが始まった。車体が揺れるたびに、車内のあちこちで低く喉を鳴らしている人がいる。夏が明けたとはいえまだまだ残暑が続く今日、暑苦しい事この上ない。

 僕は残念ながら席に座れず、頭上で揺れる吊り革に仕方なく掴まる。人に押されて体のバランスを崩さないよう、吊り革をしっかりと握り込む。毎度の事だが、やはり人が密集している所は気分がいいものでは無い。

「すまんな、裕介。今回は俺が座らせてもらったぜ」

 目の前のロングシートに座っている秋山が、勝ち誇ったように言った。ブレザー全開でショートウルフの茶髪といった風体が、より一層優越感を強く漂わせている。秋山の性格自体は悪くないのだが、これではどこからどう見ても不良だ。

 くそっ。不良っぽい格好で勝利宣言されるのが、ここまで悔しいとは。僕は悔しさの余りに握り拳を作る。

「残念だったな。惜しくも五連勝ならず、ってか? 気にすんなって。俺なんか、いつも座れずじまいなんだぜ」

 僕の右隣で立っている山下がいきなり話しかけてくる。慰めてくれるのか、山下は僕の右肩にとん、と左手を置いた。

 山下の顔。どう見ても僕を嘲笑っているようにしか見えない。本人は真顔のつもりかもしれないが、こいつは元々からこんなにやけた感じの顔だから仕方ないか。

 余計なお世話だ。山下みたいなお調子者に慰められても嬉しくないよ――と直接言う訳にはいかないので、アイコンタクトで伝えることにする。

 笑い真顔をした山下の両眼を、僕は鋭く睨みつける。が、応答無し。伝わるどころか、山下は「なんだ?」と言わんばかりに首を傾げている。そう言えば、山下は人一倍空気が読めない奴だった。面白い奴なんだけど、そこが欠点なんだよな。

 僕は納得がいかず、深い溜め息をつく。

「宮本君、大丈夫? よかったら、私の席を譲ってあげようか?」

 秋山の左隣に座っている静川さんが僕に声をかけてきた。僕の顔を覗き込むようにして、心配そうにこちらを見ている。

 長く綺麗に伸びた黒髪が、車内の窓から差し込む太陽の光に照らされていた。車窓の外で移りゆく景色に映える、整った顔立ち。一目見れば、彼女が育ちのいい上品なお嬢様だと理解できるだろう。

 なんていい子なんだ。甘く囁かれた誘惑に乗りかけたところで、僕ははっと我に返る。駄目だ、駄目だ。静川さんの前では格好悪い事は出来ない。

 僕は自然な笑顔をつくって、普段通りに振る舞った。

「大丈夫だよ。ありがとう、静川さん」

 というか。僕が溜め息をついたのは、改めて山下の鈍感さに呆れたからだ。断じて、疲れているからでは無い。

「とか言って、本当は座りたいんじゃないか? なんたって、裕介は静川の事が……」

「何を言っているのかな、秋山は」

 秋山が僕の秘密を暴露しようとしたところで、間一髪それを防いだ。静川さんはきょとんとしているから問題無し。秋山の奴、急に何を言い出すのかと思えば。それと、いつも気になっている事なんだが。静川さんを呼び捨てにするなよ。

「後で、ちょっと話し合おうか」

 僕が険しい顔つきでそう言いつけると、秋山は面倒くさそうに「またかよ」と吐いた。しょうがないだろ。秋山が余計な事を言おうとしたのが悪いんだから。

 再び静川さんに目を向ける。彼女のすぐ左隣にいる中村さんと楽しそうに会話をしていた。どちらも上品な笑いを口からこぼしている。どうもこの二人は高校に入って知り合い、すぐ仲良くなったらしい。静川さんにはたくさんの友達がいるのに対し、中村さんの友達は静川さんだけだという。

 中村さんはいつも本を読んでいて、全体的に暗いイメージがある。そのせいか、彼女がいじめられているのではという噂がクラス中に流れていた。僕自身は彼女が嫌いという訳ではないが、なんとなく苦手だ。

 何故、そんな苦手な彼女と一緒に帰っているかというと。静川さんが連れてきたからである。ただそれだけで、僕や秋山、山下の三人と中村さんの間には接点はほぼ無い。

 僕は電車の揺れを体で感じながら、川のように流れていく外の景色を眺めた。窓の外に映る景色は、じっくりと眺める暇も無く次々と変化していく。見慣れた建物や看板、道路。この見飽きた景色を眺めるのはこれで何回目だろうか。

 そんな事を考えていると、不意に外の景色が真っ暗になった。替わりに、頼りなさそうな自分の顔が車窓に反射する。恐らく、トンネルに入ったのだろう。それにしても、最近気疲れしているたせいか顔が老けているようだ。

 …………。

 あれ、変だな。ここのトンネルは大して長くないから、もう抜けてもいい筈なのに。

 数分経っても、電車は一向にトンネルを抜ける気配を見せなかった。他の乗客もちらほらと異変に気付き始めたらしく、不安に煽られたように車内がざわつく。

「おかしいぜ。この電車、本当に外を走ってんのか?」

「秋山の言うとおりだ。なんていうか、電車が別世界を走っているようだよ」

 秋山、山下と続けて不安を口にした。静川さんと中村さんは怯えた表情でこちらを見ている。僕を見られても困るのだが、確かにこれはおかしい。

 トンネルの中で電車が止まってしまったのではと考えたが、車内には依然として走行音と揺れが響いている。電車は走り続けているとすると、一体何が……。

 そう思った瞬間、電線が切れたような鋭い音が響き、辺りが真っ暗になる。停電か?

 急な出来事に車内はパニックに陥った。乗客達は人を押したり、押し返したりの応酬を始める。ただでさえ車内の揺れで足場が不安定なのに、人が密集した所で自分勝手な事をされると困る。車内がかき混ぜられているようで息苦しい。

 突如、乗客の悲鳴らしきものが聞こえた。いや、悲鳴なんて生ぬるいものじゃない。人が苦痛に悶えながら死ぬ断末魔のようだ。

 それがウイルスのように周囲へ感染し、他の乗客達も悲鳴を上げ出す。女性の甲高い声や僕の背中に密着しているおじさんの低くしゃがれた声。まるで、乗客が悲鳴のウェーブをしているようだ。そして瞬く間に、車内を悲鳴一色に染め上げてしまう。

 何が起こっているのか分からない。未知の出来事への恐怖が、心の中で溢れ出しそうになる。怖くなった僕は耳を両手で塞ぎ、目を瞑って床にうずくまってしまった。


 あれからどれくらい経っただろう。時間の感覚さえ分からなくなるぐらい、何も考えられなくなっていた。現実の世界にいるのか、夢の世界にいるのかも判断がつかない。

「おい! 裕介、大丈夫か!」

 この声は、秋山か? 僕を必死で叫ぶ声に引かれ、恐る恐る目を開いた。その途端、僕の視界にまぶしい光が飛び込んでくる。反射的に目を細めた。

「立てるか?」

「ああ。なんとか……」

 僕はゆっくりと立ち上がり、声の主を確認した。

 秋山が携帯のライト機能を使って、こちらを照らしている。秋山の周りには山下、静川さん、中村さんもいた。良かった。みんな無事なんだな。ただ、一つ気になる事が。

「あの後、どうなったんだ? 他の乗客は?」

 みんなの表情が急に重たくなる。この様子じゃ、いい答えは返ってきそうにない。

 みんなが押し黙る中。静川さんは少しためらいながら口を開いた。

「それは……」

 彼女はその先を言わず、目を伏せる。口にするのをはばかれる事なのか。

「裕介。落ち着いて、よく周りを見てみろ」

 僕は秋山に言われたように周りを見回す。すると、信じられない光景が僕の目に映った。

 薄暗い車内のあちこちに、人の死体が転がっている。口から血を垂れ流したまま、目を大きく見開いて絶命している人がたくさんいた。車窓や床には夥しい血の跡があり、血肉の生臭さが鼻をさす。まさに、地獄のような光景だ。

「嘘だろ……? うっ……」

 胃液が食道を通って、口内まで逆流しそうになる。思わず口を両手で押さえこんだが、我慢出来なかった。何がなんだか分からなくて、辛くて苦しくて、最悪だ。

 静川さんが黙って、僕の背中を優しく擦ってくれる。彼女の手は温かく、すごく心地いい。その時だけ、僕は救われた気がした。

「無理もねえ。俺ですら、この光景には気分を悪くしたんだ。裕介みたいな人間が見たら、軽く失神すると思うぜ」

 秋山の口調は軽かったが、決して顔は笑ってはいなかった。

「ありがとう、静川さん。もう大丈夫だよ」

「そう? 無理しないでね」

 なんとか落ち着いた僕は、もう一度車内を確認した。あまりにも現実味の無い光景に何度も目を疑ってしまう。でも、これが現実なんだよな。

「で? これからどうするのよ! 私はこんな所で死にたくなわよ!」

 中村さんがヒステリック気味に叫んだ。声の強さに反して、彼女の体は小刻みに震えている。彼女は相当、精神が参っているようだ。

 死ぬ。僕の存在がこの世から消え去ってしまう事。日常では感じる事の出来ない、その言葉の重さを感じた。

「まあまあ、そう暗い方向に考えるなって。……そうだ! 車掌さんにこの電車を止めてもらえばいいんじゃないか? で、外に出で警察に通報するんだよ」

 山下は声のトーンを明るくして、みんなにそう提案する。山下はみんなの反応を窺うように一人ひとりの顔を一瞥する。こんな非常事態の時でも陽気に振る舞うのは、彼なりにみんなを気遣うためだろう。

 警察? いや。それより、もっと簡単な方法があるじゃないか。なんで、こんな単純な事に気がつかなかったんだ。

「窓だよ。みんな、窓から出ればいいんだよ」

 僕はここからの脱出方法を言った筈なのに、みんなの表情は全く晴れない。

「裕介。それは無理なんだよ」

「なんでだ?」

「俺達もそう思って、さっき試したんだよ。だけど、ちっとも開きやしねえ。ガラスも割れねえし。まあ、窓が開いたとしても電車は走り続けてっから。どっちにしろ、この電車を止めるしかない訳だ」

 そう言われてみれば。窓の外には何も映って無いのに、電車の走行音だけが聞こえる。車内もかすかに揺れている。

「じゃあ、携帯は?」

「携帯は圏外。せいぜい、懐中電灯代わりにしかならねえ」

 なんだって? じゃあ、僕達は……

「そうだ。この電車に閉じ込められたんだよ」

 僕の心を見透かしたように、秋山がそう告げた。



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