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グループ一・高校生


  グループ一・高校生


 僕達は床が放つ光を頼りに先へと足を進めていた。足元の横幅が二メートルぐらいしか無いので、二列になって移動している。辺りは真っ暗で風も無く、ただ電車の走行音が聞こえるだけだ。電車の屋根に立っているとは思えないぐらい何も無い。

「不思議だよな」

 僕の前を歩く秋山がぼやいた。両手をポケットに突っ込み、だらだらとした服装にも関わらず、堂々とした風体に見える。

「こんなに恐ろしい場所なのに、何故か心を動かされちまう」

「分かる分かる! なんか、恐怖と好奇心が混ざったような感じ?」

 秋山の左隣で、山下が深く共感したように声を上げる。闇の中を照らし出しそうなほど明るい声色だ。いつもの調子を崩さない山下が何よりの救いだった。

 僕もこの二人と同じ感覚を覚えていた。不気味な美しさとでも言うのだろうか。今の心境を例えるなら。太陽の光すら届かない深い海底で一人佇み、色とりどりに発光する深海魚を眺めているような感覚だ。それは心を奪われるような魅力を持ちながら、同時に畏れを感じさせる魔力を持っている。

 ふと、左袖の裾が引っ張られたような気がした。気のせいかもしれないと思ったが、一応袖の裾に目をやる。僕の左手に触れそうなほど近くで、白く細長い指先が僕の袖をつまんでいた。もしかして、幽霊か? 地の底から込み上げてくるような恐怖を感じつつ、その指先から腕へとなぞるように視点を移動させていく。すると、

「ん? 宮本君、どうかしたの?」

 僕の視線に気づいた静川さんが優しく微笑みかけてくる。って、おいおい。

「どうしたの、って。僕の袖を急に掴むからびっくりして」

 僕はその事実を見せつけるようにして、左袖を顔の高さまで上げる。それを見た静川さんの顔が沸騰したように赤くなり、慌てて右手を引っ込めた。

「ご、ごめんなさい! ちょっと怖くなって……」

 どうやら自分でも無意識にとってしまった行動らしい。彼女が慌てふためく姿は珍しく、僕にとってはすごく新鮮な光景だった。

「別に、気にしてないよ」

 むしろそのままでいてほしかった。僕自身の願望、何より自分は一人じゃないと感じられるから。こんな状況でも友達がいると踏ん張る事が出来るからだ。

 みんなも同じ気持ちなのだろう。お互い身を寄せ合うように固まって歩いている。それでも手を繋いだり体をひっつけたりしないのは、自分なりの意地がそうさせているからだろう。

「死んだりしないよね? 私達」

 静川さんが口から溢すように言った。

 その言葉を受けて、秋山が「はっ!」と鼻を高らかに鳴らす。

「当たり前だ。ここで死んでたまるかよ。絶対に、俺達をここへ閉じ込めた奴をぶん殴ってやる!」

 秋山は殺気立たせ、怒りに声を震わせていた。僕も同感だ。中村の仇を討てないまま死んでたまるものか。

「でも、殴る事って出来んのかな?」

 上がりかけていた士気を崩すように山下が言う。

「何言ってんだ、朋樹。こんなひでえ事をする奴に拳をためらう訳無いだろ」

「そういう意味じゃなくてさ。なんていうか、物理的に触れる事が出来んのかな、って」

 山下が言っている事が理解できず、僕は首を傾げる。他のみんなも同じような感じだった。

「山下。どういう意味だ?」

「前から思ってたんだけど。俺達を閉じ込めた奴って、人間じゃないよな?」

 山下がそう言った途端、物凄い突風が僕達を襲った。風に煽られないよう足を地面に張り付ける――が、後ろに倒れかかった静川さんが僕を掴み、僕は体のバランスを完全に崩す。とっさに前の秋山に掴みかかったが、意味も無く彼を巻き込む羽目になり、僕は地面へ背中を打ちつけた。

「っ!」

 背中に鈍痛が走り、内臓が口から飛び出しそうになった。気分の悪さを催しつつ、背中の痛みに耐えながらゆっくりと体を起こす。

「みんな、大丈夫か?」

 僕は自分の事よりもみんなの無事を確認する。

「ったく、急に引っ張るんじゃねえよ」

 ポケットから両手を出し、体を起こしながら秋山は言った。両手をふさがれたまま、もろに体を打ちつけたらしい。僕だって、急に静川さんが掴みかかってくるから。

 僕は責任を静川さんに押し付け、彼女を見やる。

 静川さんは怯えた表情をしたまま固まっている。顔にはごまのような赤い粒粒があり、まるで返り血を浴びたようだった。瞳の焦点が怖いほど定まっていて、どこを見ているのか一目で分かる。

 首を失くした山下の立ち姿を、静川さんは食い入るように見つめていたのだ。山下の体はやがて膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れた。

 今起きている事に思考が追いつかない。山下が死でいるという事実を脳が処理するのに、恐らく数分はかかっただろう。

「山下!」

「朋樹!」

 僕が駆け出すと同時に、秋山も山下の元へ駆け寄る。

 死体の首元からはじわじわと血が流れ出していた。背骨や脊髄と思われる物体が露出し、首から上の部品が一つも残っていない。首の断面を見ると、爆弾で頭だけが吹き飛ばされたような感じになっていた。

 頭痛や耳鳴りが僕を襲う。頭の中でモーターが激しく回っているような感覚。思考が正しく働かないせいか、今僕が見ている光景が偽りのように思えてくる。嘘であってほしいと願う。

 何故、山下が死ななければならない? こいつは母親と二人暮らしでとても恵まれた家庭環境とはいえなかっただろう。それでも毎日を笑って過ごし、みんなに笑顔を与えてくれた。周りに気を配れるほど、気持ちに余裕は無かったはずなのに。こいつは報われなきゃいけないんだ。自分の不幸に目をつぶって周りを幸せにした分、こいつも幸せにならなきゃいけなかったんだ。

 僕は山下と過ごした日々に思いを巡らせる。何でもない学校の昼休み、秋山と三人でつるんではしゃぎまわったな。先生に悪戯をしてよく怒られたっけ。怒られたと言えば、山下と雁首そろえて遅刻し、廊下に立たされた時もあった。こいつは遅刻してもヘラヘラしてたもんだから、先生に「反省してんのか!」って一緒に怒鳴られたよ。全く、今思えばいい迷惑だ。

 思い返せば溢れだすように、馬鹿馬鹿しく楽しかった思い出が次々と頭に浮かんでくる。それらを一つ一つ大切にかみしめ、礼の一つでも言って山下を弔った。山下の顔をちゃんと見て礼を言いたかったな。

 

 みんなが少し落ち着いた所で、僕はしんみりとした沈黙をそっと破った。

「みんな。前に進もう」

「……朋樹はどうすんだよ」

 山下の死体を見つめたまま、秋山が吐いた。

「可哀想だけど、置いて行くしかない」

 首を横に振りながら僕は言った。

 すると秋山が肩を震わせ、体をこちらに向けるよりも早く僕と目を合わせた。

「置いて行けるわけねえだろ! 裕介……!」

「僕だって、出来る事なら連れて行きたい!」

 他にも何か言いたそうな秋山を遮り、僕は本音を漏らした。僕だって置いて行きたくないよ。だけど冷静に考えてみろ。

「じゃあ、なんでだよ?」

「この先何が起こるか分からないんだ。山下の体を背負って動くのは、体力的に無理がある。それに、いざという時に素早く動けないと危険だ」

 秋山の気持ちは、その真剣な眼差しを見れば痛いほど伝わってくる。だけど分かったくれ。僕にとってもそれは苦渋の決断なんだ。一時期の感情に振り回されるよりも、先の事を見通して考えなければいけないんだ。

「お前それでも友達かよ! 機械みてえな考えで、山下を捨てて行けって言うのか!」

「そうじゃない!」

「そう言ってるも同じだろ! 結局は自分達の安全のためじゃないか……」

 急に言葉の語尾が弱弱しくなる。本当は秋山も分かってるんだ。ただ、それが納得出来ないのだろう。

「秋山、僕達はすでに中村と山下の命を背負っているんだ。だから、僕達はなんとしても生き延びる必要がある。だから山下は……」

「分かってる。だけどよ」

 秋山は苛立たしく下唇を噛み、苦悶の表情をくっきりと際立たせた。心の中でいろんな感情が淀み、せめぎ合っているのだろう。

「くそっ! ちょっと、考える時間をくれ」

 秋山は糸の切れた人形のように地面へ座り込んだ。頭を深く抱え、丸くなるように項垂れる。気持ちの整理が付くまでそっとしておいてやろう。

 山下の死因も知っておいた方がいいかもしれない。どうやって山下が殺されたのか。それが分からない限り、下手に移動するのは危険だろう。僕と秋山は山下が死ぬ瞬間を見ていない。静川さんなら何か見ているかもしれない。こう言った事を聞くのも酷かもしれないが、この先を生き残るためだ。

「静川さん」

 僕は彼女に体を向ける。静川さんはさっきの状態からほとんど体勢を変えていなかった。

 僕は彼女の返事を待たずに言葉を継いだ。

「その……、山下がどうやって……あの後どうなったんだ?」

 山下がどうやって死んだのかと聞こうとしたが、これでは直球過ぎると思い聞き方を改める。さすがに正面切って聞ける事じゃ無かった。友達が死んだ時の様子を聞くなんて、我ながらどうにかしている。知りたくも無い事を知らなければならないジレンマ。裁判を傍聴する遺族もこんな複雑な気持ちになるのだろうか。

 静川さんは何も答えなかった。だけど答えてもらわないと困る。僕達が生存するためには、ここの情報を少しでも多く知る必要があったからだ。彼女を焦らせないように黙って返事を待つ。

 しばらくして、静川さんが深く息を吸い、

「私の目の前で…………山下君の、あた……頭が……突然破裂して……!」

 ゆっくりと息を吐き出すように言う。静川さんはその時の光景を思い出したように口元を押さえた。吐き気を催すほど衝撃的な光景だったのだろう。山下の死ぬ瞬間を見ていない僕が、彼女の記憶を共有出来る筈が無かった。

 ついに耐えきれなくなった静川さんは僕に背中を向ける。嗚咽しながら嘔吐で咳き込む声が僕の耳に突き刺さった。僕自身に嫌悪感を抱かせるような痛々しい声だ。

 僕は静川さんの背中を優しくさする。あの時、静川さんもこうやって背中をさすってくれた。彼女の苦しみが少しでも和らぎますように、とさする手に願をかける。僕の思いがちゃんと伝わっているだろうか。

「裕介」

 僕の背中に秋山の声が飛んできた。反射的に後ろを振り向く。秋山は山下の近くに片膝をついて腰をかがめていた。もう心の整理が付いたのだろうか。

「ちょっと来てくれ」

 秋山がそう言うので、僕はその隣に近づく。

「どうしたんだ? 秋山」

「これを見てみろ」

 秋山が死体付近の床を指でなぞる。その指を目で追うと、その床は周りの床と少し高低差がある事に気付いた。それに、少々材質も周りの床と違うような気がする。その床は山下の体に隠れていて、長方形の形をしている事が分かった。

「山下の体を動かしてみよう。秋山は足の方を持ってくれ」

 僕は山下の両脇に手を回し、両足を持った秋山と息を合わせて持ち上げる。頭部が無いせいか、山下の体は抱えやすかった。その分抱え心地はいいものではない。

 山下を適当な場所に安置し終え、さっきの床をもう一度よく見てみる。やはりそうだ。周りの床と微妙に質が違う。その床に手の平を当てて見ると、ざらざらとした細かな凹凸があるのが分かる。この手触りからして恐らく木で出来ているのだろう。灰色の金属でできた周りの床と見分けがつきにくいのは、カモフラージュのために塗装か何かが施されているからだと思う。それにしても、なんでここだけ床が違うんだ?

「秋山。何か分かったか?」

「ん?」

 秋山は「う~ん」とうなり床を凝視している。周りの床とも見比べながら、眉間に深いしわを刻んだ。

「……そうだな。材質の違う床をわざわざ他の床と色合わせしてるんだ。誰かに見つかっちゃ都合が悪いんだろうな」

 この床には何かある。僕は直感的な根拠に確信を得ていた。あくまで直感的な根拠なので、実質的な根拠がある訳では無い。

「何をしてるの?」

 頭を悩ませている僕と秋山の間に静川さんが入り込んできた。頬がちょっと痩せているような気がする。見た感じでは意外に元気そうだが。

「大丈夫? まだ無理しない方が……」

「ううん、もう大丈夫。少し気分が悪いけど、休まなければいけないほど悪い訳じゃないから……それより、二人ともなんでそんなに難しそうな顔をしているの?」

 静川さんがにっこりと笑う。本当に大丈夫なのだろうか。心配ではあるが、彼女が大丈夫と言っている以上しつこく出来ない。

 僕はもやもやした気持ちを抱えたまま、仕方なく彼女の質問に答える事にした。

「この床、周りとは少し違う床なんだ。何かあると思うんだけど……それが何か分からなくて」

 僕は訳ありそうな床を指で差示した。静川さんもそこへ目線を移す。

「……本当、なんか変ね。大きさは丁度ひと一人分ぐらいかしら……もしかしたら、車内へ続くドアかも」

 そうか。何故その可能性を考えなかった。

 僕はその床に目を走らせる――が、見つからない。今度は四つん這いになってじっくりと目を歩かせる。見落としがないように注意し、床の隅々に目をやっていく。

「おい? どうしたんだよ」

 秋山の怪訝そうな声が僕の耳を通り抜けた。僕は構わず作業を続ける。

 床の目が粗いせいか眼球の奥がちかちかした。視覚だけでは正確さに欠ける。僕は手の平の触覚も作業に動員させ、目の動きに合わせて床の上を滑らせる。もし、手の平に少しでも違和感があれば……。

「あった!」

 僕はついに見つけた物――ドアには必ずある取っ手――に指先を引っ掛け、勢いよくそれを引いた。先程まで床だった部分に車内の光景が一部映し出される。

「マジで?」

 秋山が驚いた様子で声を上げた。

「ああ、マジだよ。これは車内に通じるドアみたいなものだろう……山下が教えてくれた、この長いトンネルの抜け道だ」

 秋山としっかり向き合い僕は言った。少し間をおいて、今度は静川さんに顔を向ける。

「さっきの、静川さんの助言があったからこそ気づけたんだ。助かったよ」

 彼女はほのかに顔を赤く染め、照れくさそうに身を小さくした。褒められた時の素直な反応がとても可愛らしい。良かった。いつもの静川さんだ。

「よし。早く中へ入ろう。ここに長居するのは危険だ」

 僕がそう言うと、秋山は悲しそうな様子で山下の元へ歩み寄っていった。そして、黙祷でもするかのように目を瞑って両手を合わせる。そうだな。最後にお別れの言葉を言っていおかないとな。それと、お前に謝る事もあるし――


 僕達は再び電車の中へ戻ってきた。閉塞感が身を圧迫し、気圧でも変化したかのように呼吸が乱れる。体中の毛が逆立つような悪寒が冷や汗となって噴き出す。体へ悪影響を与えたのは、何も場の変化だけでは無かった。

 僕はぐるっと辺りを見回す。

 電車の雰囲気、それどころか内装が全然違う。全体的に木造のようで、ロングシーツには薄汚れた無地の布がかけられているだけだ。天井には何やら骨組みが露出しており、照明らしき電球は裸同然で吊るされている。電球は不規則に点滅し、まるでこの場所を脳裏に焼き付けようとしているようだ。呼吸をするたびに、乾いた木材のような臭いが鼻につく。僕達の知らない、とても古い電車のようだ。

 一歩足を踏み出すと、何かを踏みつけたような気がした。踏み出した足をどけ、足元を見てみる。

 紙? 僕は床に落ちているそれを手に取った。

 この電車と同様にかなり古い紙のようだ。所々に汚れや染みが付いていて、端の方が黄ばんでよれよれになっている。どこかで見た覚えがあるような、ないような。

「なんだ? それ」

 秋山が横から顔を覗かせてきた。

「床に落ちてたんだ。……なあ、秋山、これどっかで見た覚えないか?」

「さあ……どうだろうな……ん?」

 紙をまじまじと見ていた秋山が、不意に眉をひそめた。

「この紙、うっすらと何かが浮かんできてないか?」

 そんな訳無いだろう。いや、でも。僕は半信半疑になりながらも、紙の表面を穴が開くほど凝視する。

 数秒もしない内に、ぽつぽつと赤い点々のようなものが染み出してきた。インクか何かだろうか。紙を裏返して、裏面を見てみる。しかし、紙の裏面には元から付いているような汚れしかなく、ほぼ白紙だった。変だなと思いつつ、もう一度表側を見てみる。

 染み出してきた赤い点々は、次第に形あるものを形成し始めていた。徐々に形が整ってくると、それが文字だと理解する。無数の虫が背中を這い上がってくるような感覚に伴い、その文字はより鮮明にあらわとなっていく。


“ぼくはこどくにしんだ だから、ともだちがほしかったんだ だから、このこわれたでんしゃをつかって、ともだちをあつめよう”


 この文面から、何かとてつもない狂気を感じた。言葉に表す事の出来ないような恐怖。それに体が支配されそうになり、僕はこの紙を破り捨てようとする。

 すると、紙の赤い文字がみるみると形を変え、


“ねえ、おにいちゃん ぼくとあそぼ”



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