ずっと一緒にいた幼馴染は、どうやら僕とは付き合わないらしい
タイトルが若干紛らわしいですが、ざまぁ系はありません。
僕、丸山陽人には幼馴染がいる。名前は桐谷花音。
イギリス人の母を持つ彼女は、その血を色濃く受け継いでいた。
陽の光を溶かし込んだような蜂蜜色の髪。静かな湖面を思わせる澄み切った碧い瞳。
そして、触れたら壊れてしまいそうなほど白い肌。まるで精巧なビスクドールのような少女だ。
だが、その神が作りたもうたような愛らしい外見を持つ彼女の性格は、悲しくも大学教授であるお父上に似てしまったようで、とても気難しかった。
マイペースで頑固。加えて、地頭が良すぎるせいで、生半可な言葉では決して心を動かされない。
今でも友達はあまり多くないが、幼少期の頃は特にひどかった。
そりゃそうだ、子供は我慢して友達付き合いをするという思考なんて無いのだし。
だから、初めて会った日……いや、その前からずっとだったのかもしれない。
彼女は一人ぼっちだった。
あの日、幼稚園で違う組だった僕は、怪我をしないように見守りつつ友達と遊んでいた。
そして、ふと幼稚園の砂場のほうを見ると、その隅で小さな背中が一人、地面を見つめているのに気付いた。それが花音だった。
同じ園に通ってはいたが、クラスが違う彼女のことは、その浮世離れした容姿もあって遠くからでもよく目立っていた。
(また一人でいる)
お節介かもしれない。
そうは思いつつも、ゆっくりとそちらのほうに近づいた。
目立つ容姿で浮いてしまったのかなと老婆心を発揮してしまったから。
「何してるの?」
驚かせないよう子供特有の高い声を努めて抑えて問いかけるも、彼女は僅かばかりも顔を上げない。
しばらくの沈黙。拒絶の意思は感じられないその透明な雰囲気に、聞こえなかったかと逡巡したその時、小さな唇から「蟻」とだけ、小さくつぶやきが漏れた。
「楽しい?」
「別に」
取り付く島もない。蜂蜜色の髪が風に流されさらりと揺れるも、視線は地面の黒い点々の行列に固定されたままだ。
きっと、ここで普通の子供なら諦めて去ってしまうのだろう。
僕も苦笑しながら、もしかしたらこれはいらぬ世話かもしれない、と考えた。けれど。
「蟻が、どうして仲間とはぐれないか知ってる?」
その一言に、彼女の小さな肩がぴくりと震えた。
初めて、花音が僕の方を振り返る。少し釣り上がった碧い瞳が、僕を射抜いた。
顔の造詣が整いすぎていることもあって、冷たくも見えるその顔。でも、その奥には、確かな好奇心の光が揺らめいているのが窺えた。
(なるほど、こういう話が好きなのか)
僕は膝を折って彼女の隣にしゃがみ込むと、目線を合わせて知っていることを教えてあげた。
「蟻はね、自分たちにしか分からない匂いを地面に付けながら歩くんだ。道しるべみたいなものさ。だから、例えば――」
僕は指で、行列の真ん中の土をすくい、少し離れた場所に移動させた。するとどうだろう。今まで一糸乱れぬ行進を続けていた蟻たちは、途切れた匂いの前で右往左往し、あっけなく離れ離れになっていく。
「どう?」
「興味深い」
初めて、彼女が感情のこもった言葉を口にした。
「こういうの、好きなんだ?」
「嫌いじゃない」
これが、僕と花音の出会い。
そして、この関係がなんだかんだ今なお続いているのは、きっと僕の産まれが特殊であることも関係しているだろう。
十二月二十五日のクリスマス、僕は産まれた。
特別な日に生まれた僕は、実はそれ以外も特別だったのだ。
何故か?――それは、僕が前世の記憶を持っていたから。
平凡な家庭で生まれ、六人兄弟の長男として平穏な生活を送ってきた僕は、三十歳の誕生日を迎えた雪の日、凍結した路面でスリップしたらしい車に撥ねられて死んだ。
周りとは精神年齢に大きな開きがある。
だからこそ、僕は彼女の性格に我慢強く付き合うことが出来たし彼女の良さにも気づくことができた。
彼女は、口数は少ないが、嘘を言うことは一切無い。
都合の悪い事でも事実は事実としてちゃんと認める。
合理的な性格で、裏表が無く、さっぱりとした人間だった。
それこそ、僕への誕生日プレゼントも分厚い学術書だったり、ゴツイ耐水・耐衝撃の時計だったりと現実的なものばかりなのは笑ってしまう。
個人的には彼女の性格は好きだ。まあ、その分苦労もたくさんさせられてきたけれど。
≪小学生≫
小学生の頃、花音の類稀なる容姿は、男子たちの格好の的だった。
それはきっと、幼いなりの好意の裏返しで、不器用な愛情表現だったのだろう。
「やーい、生意気女!相変わらず変な髪!」
「…………」
「おい、何とか言えよ!」
「……頭、悪そう。テストの点も良くないし」
「なっ、なんで知ってんだよ!」
「やっぱり。そうだと思った」
「うるさい!お前なあ!」
彼女の的確すぎる反撃は、いつも相手を逆上させた。
危ない場面では、僕が割って入るのが常だった。これも、兄としての性分が抜けないせいだろう。
(あまり、干渉すぎるのもよくないのかもしれないけれど)
クラスに響いた大きな声に、廊下を通った教師が何事かと覗き込む。
しかし、僕と視線が合った瞬間に苦笑して去ってしまったので、どうやらこの場は僕が収める役割らしい。
「まあまあ、仲良くしようよ。ほら、皆で遊べるクイズゲームを考えてきたんだ」
「なんだよ、陽人。邪魔すんなよ!」
「ほら、女子に喧嘩で勝っても嬉しくないし、親に怒られる。だから、これで勝負だ。君の得意なサッカー選手とかの問題もあるんだよ?」
「……それもそうだな。わかった」
この子の親は、そういう親だ。
怒られる情景が目に浮かんだのだろう。上書きされた怒りの感情はすぐになくなり、遊びのほうへと関心が向き始める。
「花音もそれでいいよね?こういうの、好きでしょ?」
「……嫌いじゃない」
面白そうな響きに周りの子も興味を示したのだろう。たくさんの子が集まってきてグループに分かれてやることにした。
そして、僕が出題者として少し離れようとした、その時。
くい、と服の裾が強く引かれかと思うと、花音が無言で僕を見つめていることに気づいた。
「どうしたの?」
「別に」
「なら、服を離して欲しいんだけど」
「……」
彼女は何も言わない。けれど、その強気なはずの碧い瞳が、心なしか不安げに揺れているように見えた。
「んー……わかった。ここでやるから」
「ん」
小さく頷く彼女の隣に、僕は腰を下ろした。
意外に彼女は寂しがり屋だ。それを言葉に出すことはほとんど無いけれど。
≪中学生≫
中学生になり、男女を意識する年頃になると、僕と花音の関係は格好の揶揄いの対象になった。
特に、昔からの癖で、彼女が「寒い」と言って僕の手を繋いでくるのを見られた時は。
「ひゅーひゅー。手なんか繋いじゃって。陽人、やっぱお前らって付き合ってんの?」
「付き合ってないよ」
「じゃあ、なんで手繋いでるんだよ」
「彼女、寒がりだから」
「なんだよそれ。そんなんで手、繋ぐか?」
「昔からそうなんだよ」
「そんなもんなのか?ま、いいや。じゃあな、陽人」
「うん」
最初に揶揄われた時、昔からそうだったので特に意識していなかったが、確かにこのくらいの年頃の男女では奇妙な光景かもしれないと思い返した。
「さっきはああいったけど、僕らも中学生になったし、手繋ぐのはおかしかったかもね」
「なんで?」
「なんでって……僕たちは付き合ってるわけでもないのに」
「付き合うって、なに?」
「えっと……手を繋いだり、抱きしめ合ったり、キスしたりする仲、かな?」
「今と一緒」
「それ、幼稚園の頃の話も混ざってるよね」
「でも、全部した」
少し曖昧になっている部分はありつつも、誰よりも記憶力のいい花音がそういうのならそうなのだろう。
僕はそれを一つずつ解きほぐして説明するか否かを天秤にかけ、もう少し先になれば理解してくれるだろうと先送りをすることにした。
「うーん。この話題はちょっと僕らに早すぎたみたいだ。でも、また揶揄われるよ?それは嫌じゃないの?」
「別に」
「手袋、僕の貸してあげようか?」
「このままでいい」
彼女はなぜか、手袋を片方だけ失くす名人だった。
あまり、物にこだわるタイプでもないがプレゼントしてもまた無くす。そして、寒いと言って手を繋いだ後、そのまま僕のポケットに手を入れてくるのだ。
「そっか。じゃあ、このままいこうか。もし、いつかまた止めたくなったら言ってね?」
「ん」
繋がれた手から伝わる温かさは、いつの間にか僕にとっても当たり前のものになっていた。
ちなみに、以前ポケットの無い上着を着て行った時、不機嫌な顔で穴を開けられそうになったので、それ以来僕の上着は全てポケットがついているものになった。
≪高校一年生≫
高校生になって、告白したり、付きあったりという話をよく聞くようになった。
それこそ、花音は毎日のように誰かに告白され、そして同じく毎日のように断っていた。
でも、恋愛に興味がないのかと思えば、友人に借りた恋愛漫画を熱心に読んでいることもある。
ただ、以前聞いたところによると別に面白くて読んでいるわけではなく、知りたいから読んでいるだけらしい。
「陽人」
「なに?」
「今日、また告白される」
いつからか、彼女は告白の手紙が入っていた時は必ず僕に報告するようになっていた。
別に必要ないと伝えても、彼女は止めることなくそれを続けている。
「そうなんだ」
「そう」
「それで?今回は良さそうな人だった?」
「わからない。名前、覚えてないから」
「そっか」
「帰り、少し待ってて」
「わかった」
「帰っちゃ、ダメ」
「わかったって」
「ほんとに?」
「ほんとだから」
「なら、いい」
最初に報告を受けた時、僕がその人と付き合うものだと勘違いして先に帰ってしまってからは、彼女はしつこいくらい釘を刺すようになった。
一度もそんなことを言ってこなかった彼女が、初めて告白の場所と時間を伝えてくるからそういう意味かなと気を回したのだけれど全く違ったらしい。
あの時機嫌を直すのに、どれだけ苦労したことか。彼女の言葉は、いつだって足りなすぎるのだ。
≪高校二年生≫
高校も二年目になったが、相変わらず花音は毎日のように告白されている。しかも、彼女の噂は違う高校の人達にまで知れ渡っているようだった。
でも、いまだに彼女は毎日僕と帰っている。今では、彼女のお眼鏡に叶う人は本当にいるのだろうかという気持ちにすらなってきていた。
ちなみに、冗談半分で聞いてみたが僕も既にお断りされている。
「また、断ったんだ。好きなタイプとかはないの?」
「……優しい人」
「花音にしては抽象的だね。例えば?」
「……」
「わからないか。じゃあ、僕はどうだろう?少しは脈がありそう?」
「付き合わない」
即答だった。僅かばかりも可能性を感じさせないその答えに僕は思わず笑ってしまう。
「ははっ、手厳しいな」
「でも、好き」
「慰めてくれてありがとう。いつか、良い人が見つかるといいね」
「心配ない」
「そっか。まあ、花音はモテるし僕が気にするまでも無かったか」
「ん」
「きっと、君が選ぶ人はとても素敵な人なんだろうね」
「それは、自信がある」
そう言って胸を張って得意げな顔をする彼女の仕草はとても可愛らしく感じた。
しかし、やっぱり僕ではダメだったようだ。妹のように思っていた彼女がいつか遠くに行ってしまうのは少し寂しい。
でも、それが幼馴染としての意味でも彼女に好きと言って貰えたのでそれで良しとしよう。
それこそ、彼女が家族以外にその言葉を言っているところは、長い付き合いの僕ですらまだ一度も聞いたことが無かったから。
≪高校三年生≫
高校も三年目になり、皆が進路のことを具体的に考えるようになった。
僕は、前世の積み重ねもあるので、成績がいい。それに、自分で言うのもなんだが説明も上手い方なので友達はもちろん、今までほとんど話したことのなかったクラスの女の子に頼られることも増えた。
まあ、色恋沙汰には全く影響ないのでどちらでも変わりがないのだけれど。
「陽人君、もしよかったら放課後に勉強教えてよ」
「ぜんぜんいいよ」
休憩時間、クラスの女の子から頼まれ、自分も暇だったので快諾する。
「あっ花音ちゃんには先に話通してあるから安心して」
「別に花音に話通さなくてもいいよ?先に帰ってと伝えればいいし」
「それはダメ。後が怖いし。ほら、今もこっちずっと見てるじゃん」
言われてそちらを見ると何故か花音がこちらをジッと見つめていた。
ただ彼女の目の前にいる友達は苦笑するばかりで、特段気にしてなさそうなことに安心する。
花音は昔のように一人じゃない。その交友関係は狭くとも、一緒に帰る相手も、遊んでくれる相手も……僕以外の理解者が確かにいるのだ。
「僕、なんかしたかな」
「相手が男の子じゃないからでしょ?」
「なるほど、確かに僕が女の子と話してるの珍しいよね。モテないし」
「いや、そういうことじゃなくて」
「違うの?」
「あー。ごめん、気にしないで」
「そう?まあいいや。じゃあ、今日の放課後、図書室でいい?」
「ありがとう!ほんと助かるよ」
ただ、それでも僕が誰かに勉強を教える時、花音は暇なのか毎回付き合ってくれた。
彼女は所謂天才タイプなので誰かに説明することはできなかったけれど。
≪現在≫
終業式も今日で終わり、明日から高校最後の冬休みが始まる。受験勉強は順調なのでそれほど心配はしていない。
そして夜、勉強の休憩がてらゴロゴロしながらテレビを付けるとクリスマスイベントの番組がやっていた。
「そっか。明日は、クリスマス。それに、誕生日だ」
我が家は、そういったことを祝う家でもないのですっかり忘れていた。
それこそ、毎年花音から貰うプレゼントで初めて気づくことも多いくらいだ。
「去年は、確か志望大学の赤本だったっけ。ふふっ、実用的でいかにも花音らしいや」
彼女は、お洒落なものとか、そういったものには興味が無い。それこそ、実用一辺倒で形あるものを好む。
「今年は何をくれるのかな。手袋は絶対にくれないだろうけど」
炬燵で寝転がりながらぼーっと考えていると、どうやら寝落ちしてしまっていたらしい。
けたたましく連続して鳴るチャイムの音で目覚める。
「なんだろう。今日は、父さんと母さんは夜勤で帰ってこないはずだけど」
時間を見ると、ちょうど午前零時。誰かが尋ねてくるにしては非常識な時間だ。
とりあえず、インターホンに繋がったカメラで相手を見ようと思ってボタンを押す。
「あれ?花音?」
モニターに映っていたのは、雪に濡れるのも構わず、傘もささずに佇む花音の姿だった。
「待ってて、すぐ開けるから!」
慌ててドアを開けると、冷たい夜気が流れ込んでくる。
こんな時間に尋ねてくるのは珍しいので何か事情があったのだろう。中に入ってもらい、リビングに座らせると彼女の好きな温かいココアを差し出す。
「それで、こんな時間にどうしたの?いつもはすぐ寝てるのに」
「これ、渡したくて」
彼女は、鞄から一枚の紙を取り出す。本人は傘すらさしていなかったにもかかわらず、その紙は封筒に入った上に防水ケースに大事に大事に入れられていた。
「……なに、これ?」
「婚姻届」
「……………………ええっと、なんだって?」
「婚姻届」
見慣れないその書類には、花音の欄が既に完璧に記入されている。
冗談にしては、手が込みすぎている。
「どうして、婚姻届なの?」
「もう、結婚できるから」
時間を見ると午前零時を過ぎ、確かに僕は十八歳になっていた。
「………………待って。前、僕とは付き合わないって言ってなかったっけ?」
予想外すぎる出来事。寝起きということも相まって頭が全く回らない。
ほかに聞くべきことは山ほどあるのだろうけど、なんとかその言葉だけを絞りだした。
「言った」
「じゃあ、どうして?」
「結婚しないとは言ってない」
彼女らしい突拍子もない論理に、僕は天を仰いだ。
「付き合うのはダメで、結婚するのは良いの?」
「本を読んでも、付き合うことの定義がよくわからなかった。始まりと終わりが曖昧だから」
「……あーなるほど。君らしいね」
「ん」
確かに、何度か聞かれたことはあった。
小説も、漫画も、映画も、作品によって付き合うタイミングや流れは違って、どうしたら付き合ったといえるのかと。
「でも、結婚とか……そんな素振りや言動、今まで見せなかったよね?」
「好きって言った」
「それだけ?」
「私は、それを家族にしか言わない」
なるほど、彼女のことはよくわかっているつもりだったが、どうやら、まだまだ分かっていなかったようだ。
あまりのことに深い溜息が漏れる。
「……ダメなの?」
不安そうに僕を見上げる碧い瞳。いつもの彼女にはない、か弱い表情に胸を突かれる。
「いや……嬉しいよ。僕も、花音のことが好きだから」
その言葉に、彼女の表情がふわりと綻んだ。初めて見る、はにかむような笑顔だった。
「……………………………………嬉しい」
「でも、まずはお互いの両親に説明しなきゃね」
「私はした」
「……あの気難しいおじさんが許したんだ?」
「今後の人生計画をプレゼンして、毎日説得したから。最初は怒ってたけど、諦めた」
「……ちなみに、いつから言ってたの?」
「結婚のやり方がわかった日から」
何かこの世の真理を見つけたとでもいうようにそれを誇らしげに伝えてきた昔の記憶。
確かそれは、中学生の時だったはずだ。
(それから、ずっと……か。)
その途方もない一途さに、僕はもう、降参するしかなかった。
素直に喜ばせてくれないのは、逆に彼女らしいと思うしかない。
「これからも、よろしくね」
「ん。陽人は、いつも私のわがままを聞いてくれる」
僕がそう言うと、彼女は安心したのか眠そうに目をこすり出した。
いつもは十時には寝ている彼女がこの時間まで起きていることは、もう限界だったのだろう。
「さすがに泊りは怒られちゃうから今日は送っていくよ」
「……」
「明日も会いに行くから」
「……」
「毎日行くよ」
「……なら、いい」
その同意の言葉とは反対の不満げな顔。
でも、僕が譲ることがないことは理解したのだろう。
せめてもの反抗とばかりに婚姻届をこちら側に押しやると、証人のところに僕の親の名前が書いてあることを見せつけて立ち上がった。
「ははっ。わかったから」
「ん」
上着を羽織り、扉を開けると、外は震えるような寒さだった。
白い吐息が漏れ出るのを見ながら、真冬の空気を感じていると、慣れた手つきで花音の手がするりと僕の手を取り、そのままポケットに入り込んだ。
「花音は手を繋ぐの好きだよね」
「嫌いじゃない」
「僕のことは?」
「…………好き」
「ふふっ」
雪の積もった道を歩く音が、誰もいない夜の道に響く。
後ろに続いた二人の足跡が、まるで蟻の行列のように長く続いていた。
いつかは、この足跡の刻まれた雪も消えて無くなってしまう。
二人で歩いた証は分からなくなってしまう。
でも、僕らは離れ離れになることはないと確信がある。
もちろん、理屈は無いし、曖昧なものだけれど。
彼女の好きの線引きは、この世の何よりも確かなものだと、僕にはそう感じられた。
※2022.2.8
桐谷家のエピソード『似てない二人は、とてもよく似ている』を別短編で書きましたので興味のある方はご覧ください。
※下記は作品とは関係ありませんので、該当の方のみお読みください。
【お誘い】絵を描かれる方へ
絵に合わせた作品を執筆してみたいと思っております。興味を惹かれた方は一度活動報告をご覧頂けると幸いです。