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第9話 私の知らない過去

「クラウディ、しっかりして!

 クラウディってば!」


 私は彼の名を叫び続けたが、全く何の反応も返ってこなかった。


「呼吸はしているようね」


 私はクラウディの鼻先に耳を近付け確認した。


「私の責任だわ。

 私が勝手なことをしたから。

 ねえ、クラウディ、目を覚ましてよ!

 クラウディってば!

 どうしたらいいのかしら・・・」


「ワンワンワン」


 私が狼狽えていると、仔犬がクラウディの周りをぐるぐる回りながら吠え続ける。


「どうしろって言ってるの?」


 私は仔犬に尋ねた。


「ワンワン」


 仔犬は小屋を見つめて吠え始める。


「そうね、あなたの言う通りだわ。

 まずは安全な小屋の中にクラウディを運ばなきゃね」


 私は意を決し、クラウディを自分の小さな背中に担ぐ。


 立ち上がることはできなかったが、泥だらけになりながらも、這いつくばって私は小屋の扉を目指した。


「グググッ

 もうちょっとよ。

 頑張れ私!」


 時間はかかったが、歯を食いしばりながら私はクラウディをなんとか小屋に運び込むことができた。


 小屋に入ったと同時に、疲れ切った私もそのまま意識を手放した。


 数時間後、私は目を覚ます。


「良かったわ。

 気が付いたようね?」


 目の前には青髭のおかっば頭をした女性(?)の姿があった。


「ここは?」


「安心しなさい。

 ここはプレアデス村のギルド内にある医務室よ。

 私はギルドマスターのコメット。

 男だけど心は乙女なの。

 よろしくね。

 うふっ」


 その人物はおねえだった。


「わ、私はエウロ。

 エウロ・テイロスです。

 あなたが私を助けてくれたんですか?」


「ここまで運んだのは私たちだけど、助けを呼びに来たのはそこのワンちゃんよ」


 私は辺りを見回した。


「クゥーン」


 床には心配そうにこちらを眺めてる仔犬の姿があった。


「あなた、無事だったのね」


「ワンワン!」


 仔犬は元気よく私目掛けてジャンプしてきた。


 私は仔犬を抱きしめる。


「そのワンちゃんには感謝しなさいよ。

 あなたたちが倒れていた小屋まで村の人間を案内してくれたんだからね。

 まあ、案内って言っても、門番のお弁当を盗んで、それを追いかけて行ったら、小屋であなたとクラウディが倒れてたってことなんだけどね」


「そ、そうだわ。

 クラウディは?」


「クラウディちゃんはカーテンの向こう側のベッドで寝ているわ。

 気を失っているだけだから安心しなさい」


 コメットさんはニコリと笑う。


「ホッ」


 私はホッと息を吐き、胸を撫で下ろした。


「あの小屋でいったい何があったの?」


「実は・・・」


 私は順を追って、角の巨人からクラウディに助けられたときからのことを話した。


 コメットさんはウンウンと頷きながら話を聞いてくれた。


「それは大変だったわね」


「私が悪いんです。

 クラウディの言うことを聞かなかったから・・・」


「その通りね。

 きついことを言うけれど、そのときのクラウディちゃんの言葉と行動は冒険者として正しかったわ。

 結局あなたの我が儘が、このような事態を招いたのよ。

 クラウディちゃんに迷惑をかけただけじゃないわ。

 あなたたちを助けに行ってくれた冒険者や、ここの医務室の先生たちにもね。

 思いっ切り反省しなさい」


 コメットさんは強い口調で私を叱った。


「ごめんなさい・・・」


 私はそれ以上言葉が出なかった。


「でも、人情的に、あなたの行動も理解できるわ。

 決して褒められたもんじゃないけどね。

 誰かを助けたいならば、他人に頼るのではなく、自分自身の力で助けれるようになりなさい。

 心と体をもっと鍛えなきゃね」


 コメットさんは優しく微笑みながら、私の頭を撫でてくれた。


「コメットさん・・・

 う、うわーんっ」


 私は我慢できずに声をあげて泣き始める。


 コメットさんは、そんな私を優しく抱きしめ、背中をポンポンした。


「落ち着いたかしら?

 それじゃあ、もう少し聞きたいことがあるんだけれど、あなたは何故そんな軽装備であんな危険な山の中をひとりで歩いていたの?

 言いたくないなら仕方ないけれど、何か事情があるんでしょ?

 私はこれでもギルドマスターよ?

 力になれることがあると思うんだけど?」


 コメットさんは私の目をしっかりと見ながら言ってくれた。


「わかりました。

 実は私、キオネルから逃げて来たんです」


「キオネルって・・・

 少し前にゴブリンの襲撃を受けたって噂よね。

 ちょっと待って。

 キオネルのエウロ・テイロス?

 テイロス?

 キオネルの?

 テイロス、テイロス・・・」


 突然コメットさんはハッとする。


「まさか!

 エウロちゃんのお母様って・・・

 ルナちゃん?

 お父様はソルね?

 ということは、お祖父様って・・・」


「はい。

 ソクラリスです」


「あのときの赤ちゃんが、こんなに大きくなったのね」


 コメットさんは感慨深げに目を閉じゆっくり頭を上下する。


「私の家族をご存知なんですか?」


「ええ、勿論よ。

 私が冒険者をしていた頃、キオネルに向かう商団の護衛を任されたことがあるの。

 それがきっかけで、ソクラリス様には懇意にしていただいてたの。

 あなたの父ソルは私の弟子だったのよ」


「ほんとですか!?」


「私がまだピチピチだった頃の話ね。

 ソルの一家が魔獣に襲われているところを助けたことがあったの。

 残念なことに彼の両親、即ち、あなたの父方の祖父と祖母にあたる方たちは、既に絶命していたわ」


 私は黙ってコメットさんの話を聞いている。


「その後、私が彼の面倒を見ていたんだけど、やはり幼い子はいっところに留まって、ちゃんとした教育を受けたほうが良いと思ってね。

 ソクラリス様に相談したら、ソルを養子に迎えいれてくれることになったのよ。

 大人になったソルとルナちゃんは愛し合い結婚した。

 あなたが生まれてすぐだったわね。

 キオネル雪原での飛行船墜落事故。

 あなたのご両親はあの事故で・・・」


 話し終えたコメットさんは遠い目をした。


「ところで、あなたの素性をクラウディちゃんは知ってるの?」


「私の事情に彼を巻き込んじゃダメだと思って、素性は話していません」


「そうなのね。

 で、この後あなたはどうするの?」


「どうって?」


「たぶん、イフリスに向かおうとしているわよね?」


「何でそれを?」


 私は驚きを隠せないでいた。


「やっぱりね。

 ソクラリス様があなたのことを頼むとしたら、親友のポラトン様だと思ったわ」


「はい。

 ポラトンさんに会えと・・・

 それがおじいちゃんからの、最後の言いつけです」


「でも、キオネルからイフリスなんてあなたひとりでは無謀よね?

 ジアスはいったいどうしたの?

 護衛もつけず、あなたひとりだけでイフリスに向かわせるなんて、ソクラリス様がするわけないわよね?」


「ジアスのこともご存知なんですか?」


「あいつとは昔、一緒にパーティを組んでいたからね」


「そうだったんですか。

 ジアスが冒険者だったことは聞いていましたが、コメットさんの仲間だったんですね」


「ええそうよ。

 娘夫婦を亡くし意気消沈しているソクラリス様を見かねてね。

 あいつは冒険者をやめてソクラリス様の側近になることを申し出たの。

 ソルのことを弟のようにかわいがっていたから、その娘であるあなたのことも放っておけなかったんでしょうね・・・

 それで、ジアスは今どこにいるの?」


「ジ、ジアスは・・・

 ジュピテル連峰で私を助けるためにゾンビ蝙蝠と戦って・・・

 おじいちゃんだけでなくジアスまでも・・・」


 私の目からは涙がこぼれ落ちる。


「そうなのね・・・

 あいつ、ちゃんとソルの代わりに、エウロちゃんを守ったのね」


 コメットさんは天井を見上げた。


 その瞳には涙が浮かんでいる。


「コメットさん・・・」


「エウロちゃん安心しなさい。

 イフリスまでの護衛は私からクラウディちゃんに頼んであげるから」


「でも、これ以上クラウディを巻き込むわけには・・・」


「クラウディちゃんと離れ離れになってもいいの?」


 コメットさんが悪戯っぽく笑う。


「えっ、いや、それは・・・

 でも、何ていうか・・・」


 私は顔を真っ赤にする。


「ハハハ、わかりやすい子ね」


「コメットさんはクラウディと付き合い長いんですか?」


「いえ、知り合ったのはつい最近よ。

 彼はこの村に来て、まだひと月ぐらいしか経ってないわ」


「そうなんですか。

 ずっと昔からの知り合いなのかと思いました」


「この村周辺の魔獣討伐っていう、大規模クエストが一ヶ月ほど前にあったのよ。

 最近、丘を越えてこの近くまでやってくる魔獣が多くてね。

 偶々、この村を訪れてた彼を見掛けて、格好良かったからスカウトしたの」


「クエストに格好良さは関係ないですよね?」


「まあ、いいじゃない。

 結果的に彼、めちゃめちゃ強かったしね。

 魔獣討伐隊ですんごく目立ってたわ。

 今じゃこの村で彼のことを知らない人はいないわよ。

 彼、競争率高いから頑張りなさい」


 そう言ってコメットさんはパチリとウィンクした。


 そのとき背中のほうからカーテンを開ける音がする。


 シャーッ


「エウロ!

 良かった。

 無事だったんだな」


 そこには意識を取り戻したクラウディが立っていた。

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