第7話 雨
クルッピー クルッピー
賑やかな鳴き声が俺の意識を覚醒させる。
「ファーァ、もう起きる時間かぁ」
俺はゆっくりと起き上がり、両手を広げ、大きく蹴伸びした。
「おはようクラウディ。
何だかまだ眠そうね」
鳥の卵を拾い集めていたエウロが俺に気付いて振り向いた。
「ああ、そうだね、昨日はなかなか寝付けなくてね」
俺は寝ぼけ眼でそう言った。
「私はぐっすり眠れたみたいだわ」
エウロはニコリと笑う。
「そ、そうだな。
そいつは良かった。
なかなか豪快な寝かただったもんな・・・」
俺はエウロに聞こえない程度にボソリと呟いた。
「ん?
何か言った?」
首を傾げるエウロ。
「いや、別に何も。
ぐっすり眠れたなら良かったなと思ってさ。
ハハハ・・・」
頬を引き攣らせながら俺は作り笑いをした。
「あっ、そうそう、ねえクラウディ、クルッピー鳥の卵が、ほら、こんなに」
エウロは両手いっぱいの卵を嬉しそうに見せてきた。
説明するまでもないがクルッピー鳥の名前の由来はその鳴き声にある。
ジュピテル大陸の山や森、至る所に生息しており、日の出を告げるように鳴き始めるので、冒険者の間では目覚まし鳥とも呼ばれている。
飛ぶことはできないが、足が早くすばしっこい。
地面に穴を堀り巣を作る。
暗くなる前には巣穴に潜り、姿を見せなくなる。
街や村でも飼育されることが多く、その卵は人々の大切な蛋白源のひとつとなっているのだ。
目玉焼きや茹で卵などのスタンダードな食べ方は勿論のこと、小麦と一緒にこねてケーキやクッキーの生地にも使われる。
「それじゃあ朝食はその卵を目玉焼にしてパンに挟もうか。
収納ドロップからパンと食器を出すからね」
俺は小袋から収納ドロップを取り出し、ボタンを押した。
「ポチッとな」
ボンッ
俺たちの目の前には食器類と美味しそうなパンが並ぶ。
「収納ドロップって便利よね。
私は冒険者じゃないから必要ないかなと思って、お店で見掛けても余り興味はわかなかったんたけど、実際使っているところを見たらちょっと欲しくなっちゃうわ。
でもそれって結構高価なものなのよね」
「価格は収納量によりけりだけど、安いものでも何日か宿屋に素泊まりできるぐらいの価格はするかな。
これを作るのには魔核が使われているからね」
俺は卵を調理しながら言葉を続けた。
「でも、冒険者にとってこのドロップは必要不可欠なものなんだ。
人が運べる荷物の量なんて限界があるだろ?
冒険者は何日も山や洞窟にこもることもあるわけで。
食料や水がなくなる度に、街や村に引き返すなんてことしてたら効率が悪すぎるからさ。
不測の事態を考えても、特に水は何日分か携帯していたほうが安心なんだよ。
それに、冒険者の目的は薬草採取や魔獣退治だろ?
ドロップに採取物や討伐した魔獣の素材を収納すれば、楽にたくさん運ぶことができるからね」
俺が話し終えると、聞き入っていたエウロが口を開いた。
「村に行ったら私もちょっとドロップを買うかどうか検討してみようかしら?
この後、安全な村まで送ってくれるのよね?」
「そのつもりだよ。
村に着いたら一緒にドロップを見てみようか。
一つぐらいは持っていたほうが良いだろう。
エウロのお陰と言ったら変だけど、昨日、角の巨人を討伐したとき手に入れた魔核はそれなりの金額で売れるからさ。
俺が収納ドロップをプレゼントしてやるよ」
「えーっ!
ほんと、嬉しい。
ありがとうクラウディ。
楽しみだわ。
ところで、連れて行ってくれる村ってどんなところなの?」
「ここから南に歩いて、んー、そうだなぁ、女の子の足でも半日ほどの距離だと思うけど、プレアデスって村さ。
首都ディアナとイフリスとの丁度真ん中ぐらいの位置にある村だよ」
「イフリス!?」
エウロは思わず大きな声を出した。
「イフリスがどうかしたのか?」
「い、いえ、何でもないわ。
お、温泉で有名な街って聞いたことがあったから、一度行ってみたいなあと思っていたところなのよ・・・」
エウロはしどろもどろになりながら俺に答えた。
少しその態度が気にはなったが、俺は軽く流すことにした。
「なんだ、そんなことかよ。
で、プレアデス村なんだけど、猟師や冒険者の拠点となる村なんだ。
ジュピテル連峰やジュピテルの森へ向かう前の宿場町ってやつだな。
猟師や冒険者で賑わうってことは、宿屋がたくさんあるってのは勿論だけど、必然的に商人たちも集まって来るんだよ」
「なるほど、なるほど」
エウロは俺の話にウンウンと頷いている。
「村には武器屋、防具屋、服屋の他にもレストランや定食屋なんかもたくさんあるんだ。
特に冒険者ギルド内に併設されている酒場は安くて美味いんだぜ」
「たくさんのレストラン!?」
またまたエウロは大きな声を出した。
「うわっ、ビックリするだろ。
何回も急に大きな声を出すなよな!」
「ごめん、ごめん。
たくさんのレストランって聞いてついついテンションが上がっちゃったのよ」
ポリポリと頭をかきながら、エウロは舌を出す。
「ほんと食いしん坊だなぁ。
村に着いたら何かごちそうしてやるよ」
「ほんと?
約束よ!
絶対だからね!」
エウロは俺の肩をガシガシと掴んでくる。
「わかった、わかった。
約束するから、その手を離せ。
せっかくの料理が地面に落ちるだろ!」
俺は落としそうになった目玉焼きを何とか目の前の食器に乗せた。
「うわー、美味しそう。
いっただっきまーす!
モグモグ、パクパク、ゴックン」
エウロはパンに目玉焼きを挟むとあっという間にペロリと平らげた。
「クラウディ、おかわり!」
勢いよく空いた皿を差し出すエウロ。
「お前なあ、ゆっくり食えよ。
しっかり噛んでから飲み込めよな」
そう言って俺はパンに目玉焼きを挟んでエウロに手渡してやった。
「モグモグモグ、だって、ずっと野草しか食べてなかったんだもん、ムシャムシャ」
美味しそうにパンを頬張りながらエウロは昨日と同じことを言う。
「食べるか喋るかどちらかにしろよ。
また食べ物が喉に詰まるぞ。
まるで昨日と同じじゃないかよ」
「大丈夫、大丈夫、ゲホッゲホッ、ウッウッ」
苦しそうにエウロは喉を押さえる。
「だから言っただろ。
少しは学習しろよな。
ほらよ」
こうなることを予想していた俺は、予め用意していた水をエウロに渡した。
結局エウロはその後も、喉を詰まらせながら、三回おかわりした。
「そのちっちゃい体のどこに入るんだよ」
呆れ顔で俺は尋ねる。
「どこって、お腹に決まってるじゃない」
「それは分かってるけどさあ・・・
そんだけ食べたなら、もうプレアデス村では何も食べなくていいんじゃないのか?」
「何を言ってるのよ。
それが楽しみだから腹八分目に抑えたんだからね。
レストランに連れて行ってくれるって約束したでしょ!」
「お前は大した奴だよ」
「テヘへ、それほどでも」
「褒めてないわっ!」
俺はすぐさまツッコミを入れた。
「バカなことはこれぐらいにしてそろそろ出発するぞ」
「はーい!」
片付けを終えると俺たちはプレアデス村を目指しすぐに出発した。
太陽が真上に登る前に、俺たちはプレアデス村のすぐ近くまでやって来ることができた。
「魔獣に遭遇することもなく、無事にプレアデス村に到着できそうだな。
ほら、この先に小高い丘が見えるだろ?
あれを越えればプレアデス村に到着だ」
「もう少しなのね。
それじゃあ頑張って歩きましょう」
「いや、残念だけどそうはいかないんだよ。
あっちの空を見てごらん」
俺は西の空を指差した。
「うわぁ、真っ黒!」
「一雨くるな。
あの丘の手前に、冒険者用の小屋があるんだ。
走るぞエウロ」
「わかったわ」
俺たちは小屋に向かって急いで走った。
扉を開け、中に飛び込むと、数秒後にポツポツと雨が降りだした。
ゴロゴロゴロッ!
ピカーッ!
ゴロゴロッ!
それはやがて、雷を伴う大雨となる。
「危なかったわね。
あと少し遅かったら、ずぶ濡れになるところだったわ」
「山や森の天気って変わりやすいからな。
まあ、そのうちやむだろう。
しばらく休憩だな」
俺とエウロはその場に腰を下ろし、水筒に口をつけた。
俺たちがボーッと窓から雨を眺めていると、すぐ目の前にある大木の陰から、微かに何かの鳴声が聞こえてきた。
俺とエウロは目を合わせる。
「何、あの鳴声?」
「静かに!」
俺は口元に人差指を立てながら言う。
俺たちは鳴声のするほうへと耳を澄ました。