第4話 天空人
俺は幼い頃から、星を見上げるのが大好きだった。
天に意識を委ね、無心になると、体ごと星空に溶け込む様な感覚がして、とても心地良かったからだ。
それは時間にしてほんの数秒であったであろう。
現実世界に意識が戻ったときには、とても長い時間その場を離れていたかのような錯覚を覚える。
「今日も星が綺麗だな」
俺の頭上には溢れんばかりの星が瞬いている。
そこから少し目線を下げ、首都ディアナの上空を見ると、天空都市メテオロスが目に映る。
「あそこには翼を持つ天空人が住んでいるんだよな。
確か、古の聖域を守る一族だったかな。
俺も機会があればあの空の上にある都市に行ってみたいもんだよ」
天空人が人見知りなのか、そのような掟があるのかは知らないけれど、彼らが地上に降りて来るのは稀である。
地上の人々との交流は略々皆無と言ってもよい。
しかしながら、ごくごく少数ではあるが地上に住む人の中にも天空人と交流を持つ者が居るには居る。
貴族様御用達の商人たちだ。
その商人が仕入れているのは、専ら天空都市にのみ生息する果物である。
それらは貴族が食す為の果実であって、一般の王国民が口にすることは叶わない。
稀に何かしらのルート、はっきり言ってしまえば不正なルート経由で御用達商人から一般の商人に流れることもあるが、通常の流通経路にその果物が乗る前に、富裕層が買い取ることになるのだ。
御用達商人でさえ天空人と自由に会うことはできず、常に取引はあちら側からの一方通行であり、地上人の都合を聞いてもらえることはない。
勿論、翼の無い地上人が、無理にこちらから天空都市に出向くこともできないのは、当たり前と言えば当たり前の話である。
魔核をエネルギーとした飛行船もこの世界にはあるのだが、今の地上人の技術力では、あの高さまで上昇できる飛行船を建造することはできない。
「確か、昔、父上が話してくれたよな。
王家の祠からならば天空都市に行くことができるって。
まあ、小さいときの話だから、現実の話かお伽話かは今となってはわからないけどなぁ。
それにしても天空人の翼って凄いよなぁ。
あんな高さから地上まで飛んでこれるんだもんな」
天空人の翼は光の粒子である。
成人した天空人の背中には翼の形をした小さなアザが在り、自分の意思でそれを光の翼として実体化する事ができるのだ。
日常生活を送る上では天空人は翼を広げていないので、外見上、地上人との区別はつかない。
|天空人の背中のアザは10歳前後に現れ始め、16歳前後に完成するという。
アザが綺麗な翼の形を成したとき、天空人は初めて翼を広げることができるのである。
地上人は16歳で成人を迎えるが、天空人は、翼を広げることができたとき成人とみなされる。
「そう言えば天空都市って権力争いのゴタゴタがあったんだよなぁ。
ほんと嫌な話だよ。
まあ、俺たちの地上でも似たようなことが起こっているから偉そうには言えないけどな」
今から15年ほど前、天空都市では権力争いがあり、それに巻き込まれた双子のお姫様が未だに行方知れずになっていると云う噂がある。
亡き者にされてしまったのか、それとも逃げ延びてどこかで人知れず暮らして居るのか、事の真偽は誰にもわからない。
「双子のお姫様が行方知れずねえ・・・
王子様が死んだか行方不明だかの噂がある王国ならば俺にも心当たりがあるんだけれどなあ。
アハハハハハ・・・」
俺はひとり、戯けて笑った後、東西南北に輝く星に目をやった。
それはメテオロスを中心にもっともっと遥か高い位置に輝いている。
全知全能の神Zeusを守護すると云われる四つの衛星。
東の衛星イオ、西の衛星ガニメデ、南の衛星カリスト、そして北の衛星エウロパである。
天空人さえも辿り着くことができない場所。
人々はその四つの星をガリレオ衛星と呼ぶ。
「あそこに神殿があるって話だよな?
どうやって行くんだろう?
天空人でも無理なんだろう?
フッ、それこそお伽話の世界だよな。
まあ、知らない人からしたら全知全能の神Zeusの存在も胡散臭い話なんだけどね。
Zeusなんて子供のとき見た絵本の中でしか皆知らないもんな」
先のゴブリン族との争いに於いて、その者たちを退けた英雄。
今では絵本の中だけのお話。
あれを現実にあった話だと思ってる人なんていったいどれぐらい居るのだろうか。
「まあここだけの話、Zeusに関しては自信を持って実在するって言えるんだよね。
ということは、恐らくあの衛星にも神殿があって、神様たちが居るってのも本当の話なんだろうなぁ。
こんな話、一部の人間ぐらいしか分かってくれないけどな」
俺は空を眺めた後、再びエウロに目を移した。
「相変わらずグースカ寝てやがるなぁ。
さっきから警戒心てものがまるでないよな。
ハハハ。
でも何だか不思議とこの子、初めて会った気がしないんだよな。
エウロって名前についても何となく聞き覚えのある名前なんだよなぁ。
名前の由来はやっぱり女神エウロパかな?
まあそれだったら聞き覚えある気がするのも当たり前といえばそうなんだけど・・・
まあそんなことは別に良いか。
明日も早いしそろそろ俺も寝なきゃぁな」
「・・・ちゃん
・・・いちゃん」
俺が眠ろうとしたとき、エウロの寝言が聞こえてきた。
「・・・いちゃん
・・・おじいちゃん
私をひとりにしないで・・・」
エウロの頬には涙が流れていた。
「辛いことがあったんだろうな。
エウロのほうから話すまでは何も聞かないでおくか。
お互い様だしな」
俺はもう一度、星空を見上げた。