第2話 私の名前はエウロです
「う、うーん、ん?
ん?」
目を覚ました少女は辺りを見回し今の自分の状況を考える。
「気が付いたか」
傍らに座る俺に驚き、少女は思わず変な声を出し後退りした。
「はへっ?
ふへっ?
痛っ!」
少女が自分の体に目をやると、両手両足は包帯だらけであった。
「ハハハ、そりゃぁ怪我してる腕に体重をかけたら痛いだろうさ」
俺は少女の様子が可笑しくて笑ってしまう。
「えっ!?
あ、あなたは、だ、誰ですか?
な、な、これは?
どうして怪我だらけ?
た、助けて!
ど、どうか、乱暴はしないで下さい!
ごめんなさい、ごめんなさい」
状況が全く理解できず、何故だか少女は俺に土下座してきた。
「おいおい落ち着きなよ」
俺にそう言われた少女は冷静に記憶を遡っていく。
「そういえば・・・
確かジュピテル連峰を彷徨っていて。
岩場で突然、魔獣に襲われて。
えーっと、角の巨人に遭遇して。
それから鷲掴みされて意識が遠退いて・・・」
「で?
その後はどうなったんだい?」
俺は笑みを浮かべながら続きを促した。
「えーっと、えーっと・・・
あっ!
英雄!
ゼウス様!」
少女は立ち上がり俺を指さした。
「ゼウス様だって?
おいおい勘弁してくれよ。
俺はただの冒険者だよ」
俺は少女の言葉に苦笑いした。
「いや、そ、それは、ものの例えよ。
絵本の中の私の英雄ゼウス様。
あなたが私を助けてくれたから、思わず口にしただけよ」
少女は顔を真っ赤にし、両手をバタバタしながら照れ隠しの為、必死に説明してくる。
「まあ、それはそれとして、俺が君を助けたってことは思い出してくれたんだよな?」
「も、勿論よ。
気が動転してごめんなさい。
それに傷の手当までしてもらって。
お礼を言うわ。
ありがとう」
「思い出してくれたなら助かるよ。
山賊なんかと勘違いされたままじゃぁ俺も傷つくからな。
ハハハ」
俺は冗談交じりに笑った。
「ごめんなさいってば。
あんまりイジメないでよ。
ちょっとパニックになってたの!」
少女は口を尖らせる。
「ハハハ、本気で怒ってるわけじゃないよ。
あんな魔獣に襲われたんだ。
状況を理解できずにパニックになるのも仕方がないことさ」
「ほんと、もうダメだと思ったわ。
ありがとう」
少女はもう一度、頭を下げてきた。
「いや、礼には及ばないよ。
お陰でこの魔核も手に入ったからね」
俺は青く光る小さな石を少女に見せた。
「触っても良い?」
「ああ、どうぞ」
俺は少女に魔核を手渡す。
「へえ、これがさっきの魔獣から取れた魔核なんだ。
お店屋さんに売ってるのしか見たことないから、なんだか不思議な気分だわ。
魔核って本当に魔獣から採取しているのね」
少女は魔核を太陽に透かして、不思議そうに何度も何度も角度を変えて観察している。
「魔獣から採取ってよりも、名前の通りそれが魔獣の核さ」
「どういうこと?」
「魔鉱石って知ってるだろ?」
「ええ勿論よ。
山にある岩石やダンジョンから採掘される燃料になる鉱石よね。
魔核も燃料に使われてはいるけど、高級品なんで、一般家庭で燃料っていったら。専ら魔鉱石よね」
「そう、その魔鉱石。
この世界には火、風、水、土の四大元素の他に、魔元素と喚ばれる元素が在ることは知ってるよね?」
「勿論よ。
魔元素は調理器具を動かしたり、灯りをつけたり、生活を支えてくれている大切な元素で、魔鉱石にはその魔元素が含まれてるのよね」
「その通り。
そして、この世界には、魔元素の濃度が高い場所がいくつかあるんだ。
例えばダンジョンの深淵とかね。
魔鉱石ってのはやっかいな一面もあってね、魔元素の含有率がある一定値を越えると水や土、草木など、他の物質と結びついて魔獣を生成してしまうんだよ。
どんな魔獣が生成されるのかは諸説あって、未だ解明はされてないんだけどね」
「魔獣ってどこからやって来るのか不思議だったのよ。
謎が一つ解決したわ」
「そいつは良かった。
で、魔核なんだけど、はっきり言ってしまえば純度の高い魔鉱石のことなんだ。
魔獣を倒したら体内から零れ落ちるってわけなんだ」
「なるほどね。
でも、一般家庭で魔鉱石が魔元素を吸収して純度が高くなって魔獣が生成されてしまったら怖い話よね」
少女はちょっとした疑問を俺に投げかけてきた。
「それは大丈夫だよ。
魔元素の純度を上げるには恐ろしいぐらいの圧力が必要だからね。
そんな場所は自然界でも限られてるからね。
日々の暮しの中ではそんな場所はないから大丈夫さ。
もっとも。どこかの研究施設で人工的にそういう環境を作ることができなくはないかもだけれど・・・」
「勉強になったわ」
そう言って少女は俺に青い魔核を返してきた。
「そうそう、自己紹介がまだだったわ。
私の名前はエウロです。
どうぞよろしくね」
エウロは丁寧におじぎをした。
「俺はクラウディ。
エウロちゃんは俺と同じぐらいの歳か?
俺は16歳だ」
「あなたは成人してるのね。
私より一つ上だわ。
私は15歳よ。
頼りにしてるわ。
私の英雄さん」
(英雄さんか・・・
何か小さい頃にも同じようなシチュエーションがあった気がするよな・・・
デジャブか?
俺、疲れてるのか?)
「どうかしたの?
クラウディさん?」
俺が黙って考え事をしていると、エウロが首を傾げて尋ねてきた。
「いや、何でもないよ。
それより、俺のことは呼び捨てでいいよ」
「それじゃぁ私のこともエウロって呼んでね」
「わかったよ、エウロ。
よろしくな」
「よろしく、クラウディ」
俺たちなお互いにハニカミながら挨拶を交わした。
「なあ、エウロ。
お腹空いてないか?
そろそろ焼き上がった頃だぞ。
これ食べるだろ?
一角ウサギのモモ肉」
俺はは焚き火からモモ肉を取り出し、エウロに差し出した。
「美味しそうね。
食べても良いの?」
そう言ったのも束の間。
ギュリュリュリュリュ
エウロのお腹が盛大に音を鳴らした。
「ハハハハハ、お腹の方は早く食わせろだってさ。
遠慮せずに食べな」
「クラウディのいじわる。
それじゃあ遠慮なくいただきます」
それからのエウロの食べっぷりは凄かった。
「おいおい、もう3本目だぜ。
どんだけ腹減ってたんだよ。
何がしおらしく食べても良いの?だよ」
俺は呆れながら4本目のモモ肉を焼いている。
「らってー、お腹空いてたんらもん!
ムシャムシャ。
ずっと野草しか食べてなくて。
ムシャムシャ、ゲホッゲホッ!
く、苦じい、水、水をくだしゃい!」
「誰も取らないから落ち着いて食えよ。
まだまだ好きなだけ焼いてやるから。
ほらよ、水」
エウロは俺からコップをサッと受け取ると、一気に水を飲み干した。
「プハーッ!
危なかったーっ!
意識が遠退いて、川の向こうからおいでおいでされたよ」
「一日に何回死にかけてんだよ」
俺は呆れながらエウロを見た。
「英雄さんが居るから、魔獣が来ても食べ物を喉に詰まらせても安心ね」
「何を胸張って言ってんだか。
それはそうと、何でこんな山ん中をそんな軽装でウロウロしてたんだ?
冒険者ってわけないしさ。
こんな山の中で迷子か?
ま、まさかお前、山賊か!?」
勿論、冗談のつもりだが俺は少し大げさに驚いてみた。
「こんなかわいい山賊なんているわけないじゃない!」
モモ肉を頬張りながら、エウロは少し口を尖らせる。
「それ自分で言うか?
じゃあ、どうして女の子ひとりでこんな山の中に?」
「そ、それは・・・」
エウロは下を向き口をつぐんでしまった。
「言いたくなければ詮索はしないでおくよ。
人にはそれぞれ事情があるからな。
でも女の子をこんな所に放っておくわけにはいかない。
明日、安全な村まで送ってやるよ」
「ありがとう。
それと、クラウディ・・・
ひとつお願いがあるんだけど・・・」
「何だよ、改まって」
「モモ肉のおかわりちょうだい」
「やっぱりまだ食うのかよ」
「だって野草しか・・・」
「はい、はい、ほらよ」
「ムシャムシャ、あー美味しいわ。
生きてるって感じよね」
「もう死にかけるの勘弁な」
「分かってるわよ。
そう何度も何度も喉をつまらせるわけ、ゲホッゲホッ、く、苦じい、水を、水をぐたじゃい」
「お前、いい加減にしろよな!
ほらよ、水」
「グビグビ、ハーッ!
生き返ったーっ!」
その後も何度か喉を詰まらせたエウロであったが、献身的な俺のお陰で命を落とすことはなかった。
「やれやれ。
今日は色々と疲れたしもう寝るぞ!」
そう言って俺は焚き火を背に横たわる。
「色々疲れたって何よ。
何か棘のある言い方するわね」
「自覚があるなら早く寝ろ!」
「わかったわよ」
そう返事をしたエウロも焚き火を挟んで反対側に寝っ転がった。
「ねえクラウディ・・・」
「何だよ」
「絶対に襲わない?」
「当たり前だろ!
明日は朝早く出発するんだからとっとと寝ろ!」
「アワワワ、ごめんなさい」
「やれやれ、変な女の子を拾っちまったなあ・・・」
小さな声で呟き俺はすぐに目を閉じた。