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第134話 パン

「テトラよ。

 私は先程食事をした店に戻らねばならん」


 パン屋を出るとデマラサはテトラの目をまっすぐ見て言った。


「偶然ですな。

 私もそう思っていた所です」


 テトラはニコリと笑う。


 二人が食事した店に戻り扉を開けると店主が笑顔で迎え入れた。


「これはデマラサ様、如何なさいましたか?」


 店主が尋ねて来ると、デマラサはテトラの方をチラリと見た。


 テトラは笑顔で頷き、ご自分の言葉でどうぞとデマラサの方に手の平を向けた。


「店主よ、尋ねたい事があるのだが・・・」


「はい、どの様な事にございますか?」


「実は今までの食事代の事であるのだが、ひょっとして、屋敷の方に請求を回しておらんのではないか?」


 店主は驚き、何と答えて良いものか言葉を探す。


 その様子を見てデマラサは状況を察した。


「やはりそうであったか。

 すまぬ事をした。

 これは今までの代金だ」


 そう言ってデマラサは店主に小金貨を渡した。


「こ、こんなに頂けません。

 今までのお代は結構です。

 次から頂ければ・・・」


 店主はデマラサに小金貨を返そうとする。


「いや、今までの食事代だけではない。

 私は皆の食事の邪魔もしていたのだ。

 落ち着いて考えてみると、その者たちにも食事代を返さねばならぬ」


「その心配はいりませんよ。

 それならば・・・」


 途中まで言い掛けた店主が後ろにいるテトラに視線を移すと人差し指を口元に付け、内緒にしておく様にと合図をされた。


「それならば何だ?」


 デマラサは首を傾げ店主に問う。


「い、いえ。

 それならば、次回ご来店頂きましたお客様方には私の方でお食事をサービスしておきますので、お気遣いなく」


「それでは、店主が損をするではないか。

 この金で皆に食事を提供してもらえないだろうか」


 店主はチラリとテトラを見た。


 テトラはウンウンと頷いている。


「そ、それでは有り難く頂戴致します」


「うむ。

 そうしてくれ。

 それでは邪魔をしたな」


 デマラサはそう言葉を残し店を出た。


 テトラがデマラサに続いて店を出る時に店主は、先程テトラから受け取った硬貨の入った袋をそっと手渡した。


「テトラ様のお気持ちはデマラサ様に伝わりましたね」


「そうであるな」


 テトラは嬉しそうに微笑み、袋を受け取る事にした。


 暫く街中を歩いた二人だったが、とある古びた教会の前で足を止めた。


 そこには何かの順番を待つ長い列が出来ていたのだ。


 いつもならばそんな行列など気にも留めず素通りするデマラサであったが、何となく気になった様であった。


「テトラよ、あれは何の行列だ?」


 デマラサはテトラに尋ねた。


「どうやらあれはパンの配給をしているみたいですね」


 列の先頭に目をやったテトラが答える。


「パンの配給とな?

 パンならば店で買って食べれば良いのではないか?」


「いえ、並んでる者たちはパンを買う事が出来ないのですよ」


「パンが買えない?

 ならばケーキを買って食べれば良いではないか?」


 デマラサは不思議そうにテトラに尋ねた。


「いえ、そう云う意味ではございません。

 パンもケーキも買う事が出来ぬぐらいに生活が苦しいと云う事なのですよ。

 この街は皆が皆、食事をきっちりと食べれている訳ではないのです。

 先程我々が行ったお店で食事が取れる者などは平民の中では一部の者に過ぎません。

 殆どは一日一食か良くてニ食。

 場合によっては丸一日何も口に入れる事が出来ない者も居るのです」


 テトラは静かな口調で説明した。


「そうなのか。

 私は食事出来る事が当たり前だと思っていた。

 そうではなかったのだな。

 我が王国はその者たちに施しなどはしないのか?

 かわいそうではないか」


 まるで他人事の様に言うデマラサであったが、悪気のない素直な感想であった。


「お言葉ですが、これが貴族と平民の・・・

 この王国の現状なのです」


 テトラは辛そうに答える。


 テトラの話を聞いたデマラサがじッと行列を眺めていると、列の前でパンを配っていたシスターが皆に聞こえる様に大きな声を発した。


「今日のパンは終了です。

 申し訳ありませーん。

 繰り返しまーす。

 本日分は終了致しました!」


 列にはまだ子供や老人が並んでいたが、全員に行き渡るだけのパンが無かった様である。


「あの者たちはどうなるのだ?」


「どうもこうも・・・

 本日は食べる物はないので我慢するしかないですな」


 テトラは敢えて表情を変えず答えた。


 配給が貰えなかった者たちは落胆し、その場に座り込む。


「あー、今日は何も食べれないのか」


「俺なんて昨日から何も食べてないんだよ」


「この子だけでも何とかなりませんか?

 シスター」


「皆さんごめんなさい。

 出来る事ならば何とかしてあげたいのですが・・・

 私にはどうする事も・・・」


 シスターは今にも泣き出しそうに言った。


 その様子を見ていたデマラサはテトラの方に目を合わせる。


 テトラは何も言わずデマラサの行動を見守る事にする。


「私の分だけでは足りぬな。

 済まないテトラよ。

 お前のパンを返してもらえぬか?」


 テトラはウンと頷きデマラサにパンの袋を手渡した。


 パンの袋を二つ抱たデマラサはシスターの下へゆっくりと歩み寄る。


 行列の横を通り過ぎた時、列の中にいた男の子が、袋から顔を覗かせていた長いパンを見つけて叫んだ。


「あっ、パンだ!」


 一斉に皆デマラサの持つ袋に目をやった。


「食べたいよーっ!

 一つちょうだい!」


 男の子はデマラサの進路を遮り両手を出した。


 我が子の行動に驚いた母親は男の子を捕まえる。


「これっ!

 この子は貴族様に向かって何て事を言うの。

 さあ、謝りなさい!」


 母親は無理矢理に子供に頭を下げさせ、自らは地面に頭を叩きつける勢いで土下座を始めた。


「申し訳ありませんデマラサ様。

 このご無礼は私の命を以て償います。

 どうかこの子の命だけは!」


 母親は地面に額を何度も打ち付け必死に命乞いをする。


 平民が先程の様な失礼な態度を貴族様に取ったならば、例え子供であっても殺されても文句は言えないのである。


 デマラサは親子に近づき、母親の土下座を止めて額から流れる血をハンカチで拭いてやった。


 母親は状況が飲み込めず、何も言えないでいる。


 デマラサは袋からパンを一つ取り出し、それを男の子の両手の上に置いてやった。


「このパンは美味いぞ」


「くれるの?

 わーい!

 お兄ちゃんありがとう!」


 デマラサは子供に笑顔を送ると、シスターに近づき、自分とテトラのバンの袋を手渡した。


 袋を渡されたシスターはデマラサを見て固まっている。


「これだけあれば、取り敢えず並んでいる者たちの分は足りるな?」


 その言葉で我に返ったシスターは慌ててデマラサにお礼を言った。


「は、はい!

 あ、ありがとうございます!」


 シスターがお辞儀をすると同時に大きなお腹の音が鳴った。


 グリュリュリュリュー


 シスターは顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「自分は空腹を我慢し、皆にパンを配っていたのだな。

 シスターよ、お前も遠慮せずそのパンを食べるのだぞ」


「は、い、ありがとう、ご、ざ、い、ます」


 泣きながらシスターはもう一度お礼を言った。


 その言葉を聞くと、デマラサは踵を返し、屋敷に向かう道をテトラと共に歩き出した。


 テトラは何となく、今この横に居る若者とは、これからも人生と云う道を共に

歩いて行く様な、不思議な、それでいて温かい気持ちに包まれていた。


 テトラの愛弟子に対する笑顔とは対照的に、デマラサは何かを考えている様子で屋敷に着くまで一言も口を開く事はなかった。

もう少しデマラサとテトラのお話は続きます。

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