Ep8
「まあ…当面は謹慎てところだろうな」
窓の外に降る雪を見ながら、来斗さんが言う。
愁さんは視線を落とし、黙ってその言葉に耳を傾けている。
「十分反省しているようだし、例の少女を保護したことは大きい。霞様も寛大な処分をと言っておられたし…」
ふむ、と柳雲斎先生が頷く。
「浅倉…何か申し述べたいことがあるか?」
「………いえ」
「では…涼風の申すように。隊の職務を離れておとなしくしておるがよい」
「………わかりました」
肩を落とす愁さんに先生がにやっと微笑みかける。
「その間…しっかりあの娘の面倒を看てやるといい。気になっておるのであろう?」
愁さんははっとした表情で先生を見る。
重傷を負ったくれはは今、天后隊の病院に収容されている。
「同族のお前になら心を開くかもしれんからな…頑張って色々聞き出してくれ」
「…けど」
愁さんは何か言いたげな様子だったが、すぐに踏ん切りがついたように深々と頭を下げた。
「…よろしゅう頼みます」
取調べ室を出ると、手前の部屋には一夜さんの明るい笑い声が響いていた。
彼の横では、橋下伍長がうんざりした顔で机に肘をついている。
「いやぁ…左右輔さん本当災難だよねぇ」
「…大きなお世話です」
「だって柳雲斎先生がいない間に逃げられちゃうとかさぁ…完っ璧なめられてるとしか思えないってゆーか」
「だーまーりなさい!!!」
「でも…やっぱ左右輔さんも減棒とかですか!?ねえねえ」
「………そんなことあんたには関係ないだろうが!!!」
「あんなに感情的になってる橋下伍長…初めて見たな」
来斗さんがつぶやく。
「いつの間にあんなに仲良くなったんやろな…」
「取調べ…長かったですもんね」
草薙さんが僕達に気づいて笑顔で立ち上がる。
「お!終わったみたいだな」
しかし、彼に愁さんの処分の話をするとその笑顔は次第に曇っていき、しまいには不愉快そうな顔になってしまう。
「待て、愁が謹慎てことは……さ」
そう、と来斗さんが笑顔で言う。
「臨時の総隊長は龍介、お前だ。しっかり頼むぞ」
やっぱり、とうな垂れた草薙さんに愁さんが小声で言う。
「…すまんな龍介。よろしく頼むわ」
「やめろよ…気持ち悪い」
「…なんやて?」
草薙さんは、八つ当たりみたいに愁さんを怖い顔で睨んですごむ。
「だから…お前がそんな声出すと気色悪いっつってんだよ!」
「あんなぁ…せっかく人が下手に出て頼んでやってんのにお前は……」
まあまあ、と一夜さんが二人の間に入る。
「仲良くやろーよ!さっきは二人であの子助けたんだろ?」
「二人で…って……別に俺は何もしてませんし…」
「助けたって…」
そう、と笑顔で一夜さんが振り返る。
「まだ眠ってるみたいだけどね、一命はとりとめたって。さっき藍から連絡あったよ」
『母様、雪!』
そうね、と母は微笑んで空を見上げる。
右手に柔らかい母の手のぬくもりを感じながら、私は母のほうを見る。
『綺麗ね、冷たくて、清らかで…』
母の言葉はいつも音楽のように心地よく私の中に響いていた。
『いつまで…あなたとこうしていられるかしら』
『えっ………?』
次の瞬間。
突如吹き付けてきた冷たい風にあおられる。
『母様!?』
母はみるみる冷たい氷に覆われていく。
絶望的な気持ちで見つめる私の目の前で、母の細い体は、硬く青い氷の中に閉じ込められてしまった。
それは綺麗で…冷たくて…清らかで………
『母様!!!』
はっとして起き上がると同時に、鋭い痛みが全身を貫いた。
「……うう………」
体中に冷たい汗をかいていて、思わず小さく身震いする。
右手のぬくもり…
その人は私の手を握ったまま眠ってしまったようだ。
部屋中清潔な白。
白は清らかで美しい色だ。
この人はいつからここにいるのだろうか。
私は一体、どのくらい眠っていたのだろう。
「ん………」
その口から小さな声が漏れ、思わずその手を離す。
「あれ………?」
彼女はむくっと起き上がって目をこする。
黒い大きな瞳がこちらを見る。
「え…と」
体が熱くなる。
「私は…その………」
「体、つらくない?」
「え………?」
「その様子だと、大丈夫みたいね」
彼女は立ち上がって部屋の入り口に向かう。
「待って!」
何?と優しい笑顔のまま、彼女は振り返る。
「あの…」
「私のことは、藍でいいわよ」
「藍………」
藍はまた私の傍に来て、柔らかい手で私の髪を撫でる。
「で、どうしたの?」
「…行かないで」
彼女は驚いたように目を丸くして、また目を細めた。
「ちょっと待っててね…あなたが目を覚ましたら呼ぶようにって、お医者様に言われてたの」
「………嫌だ」
一人になりたくない。
なぜだろう…母様がいなくなってから、ずっと一人だったのに。
しょうがないなぁ、と藍は優しい声でつぶやいてさっきの椅子に腰掛ける。
「いいわ、ここにいてあげる…けど」
いたずらっぽく笑って、彼女はまた私の髪を撫でた。
「お医者様来たら、一緒に怒られてよね」
「何とかしてください!」
愁さんと訪れた天后隊の病院で、仁王立ちの四之宮さんにいきなり怒鳴られた。
「何とか…って」
「あの子!全然言うこと聞いてくれないし、困ってるんですよ私達!」
あの子…って、くれはのことか。
「ごはんもほとんど食べないし…『紺青の食べ物なんて口に合わない』なんて言うんですよ!?本当かわいくないったらありゃしないんだから!!!」
「まぁ…韓紅でも身分の高い子やったみたいやし…まだ子供やし、勘弁したってや…」
「まだ子供、でも、ちゃんと叱るべきところは叱らなきゃだめなんですから!!!ああもう親の顔が見てみたいわ…まったく」
ぶつぶつ言っている四之宮さんとすれ違って、くれはの病室に入る。
くれははぼんやりと窓の外を見ていた。
「体の調子はどうや?」
僕らの気配には既に気づいていたらしい。
視線は窓の外に向けたまま、悪くない、とつぶやく。
「病院の先生、困ってるみたいだよ。言うことちゃんと聞かないと怪我も良くならないし…」
「怪我ならたいしたことはない」
「飯も食わんと体弱ってしまうで?」
「紺青の人間の作ったものなど食べたくない」
「もう…どうしたいんや?お前…」
彼女は懇願するように真剣な視線を僕達の方に向ける。
「ここを出してくれ」
「だからそれは………」
「私のことなぞもう放って置いてくれ」
「くれは………」
「それは出来んな」
愁さんが冷たい声で言う。
くれははじっと彼を睨む。
「あんた…ここがどこかわかってんのか?」
「紺青だろう」
「そ…いわばあんたは紺青の捕虜や。あんたの好きにはさせられへん」
「だから何だ?」
う、と言葉に詰まる。
「どうした?」
「つまり…」
ぐっと声が低くなる。
「あんたの生殺与奪の権利は僕達の手にある…いうことや」
「し……愁さん………」
ちょっと青ざめた彼女だったが、すぐに思いなおしたように、ふいっと横を向いて怒鳴る。
「ああそうか!ならいい。煮るなり焼くなり好きにするがいい!」
「煮るなり焼くなり…って」
くれはがじっと愁さんを睨む。
「殺せ」
「…何やて?」
「私はお前達に協力する気など更々ない。このままおめおめと生き恥を晒すくらいなら、いっそのこと殺してくれたほうが楽だ」
「お前なぁ…」
愁さんが眉間に皺を寄せてぐっとくれはを睨む。
「せっかく助けてやったのに一体なんちゅうことを…」
「誰が助けて欲しいなんてお前に頼んだ?私は…」
「もう!二人ともいい加減にしてください!!!」
「ちょっと言い過ぎたかな…」
「そう…思います」
紺青の街を歩きながら、愁さんは頭をかく。
そう…
愁さんは人と接することが極端に苦手なのである。
初めて会った頃と比べるとだいぶ物腰も柔らかくなってきたような気がするが、くれはのように頑なな少女とどんな風に話せばいいかわからず、きっと困ってしまったのだろう。
「あの子…意地になってるだけなんやないかな」
「そう…ですね。きっと」
目が覚めたとき、彼女は藍さんに傍にいて欲しいと懇願したのだという。
暗い、知らない部屋に一人きり。
そんな環境にあって、それは14歳の少女のごく自然な反応だろう。
「一族に裏切られた、切り捨てられた…いうことがまだ、受け入れられへんのやろな」
「…本当に…酷い奴らですね」
少し間があって、彼は何か考え込むような視線を空に向ける。
「あんなチビに一族の命運なんて大きなもの背負わせて…そこまであいつら、追い詰められてるいうことなんやろか」
「…そうですね」
韓紅一族に一体何が起こっているのだろう。
よお、と背後から剣護さんの声。
「どうだった?くれはの様子は」
首を振ると、そうか、と厳しい表情を浮かべる。
「難しいなぁ色々と…」
剣護さんは、これから笹倉道場に行くのだという。
「藍が…『夏月さん』だったか?…あの人に言われてたこと、居合いをもう少し練習しないと『百花』は遣いこなせないってやつ、覚えてるか?」
「ええ…じゃあ今、一夜さんに習ってるんですか?藍さん」
「そうそう、今日非番らしくてさ…ちょっと気になったから見に行ってみようかなって」
「そうですか…僕も行ってもいいですか?」
僕は愁さんと別れて、笹倉道場へ向かった。
「お邪魔しま…」
「遅い!!!」
戸を開けた瞬間耳に飛び込んできたのは…
今までに聞いたことのないような、一夜さんの厳しい怒声だった。
パシン!と竹刀が床を叩く音が、静かな道場内に響き渡る。
「全然駄目!そんなんじゃさっきと全然変わらない!」
「はい!」
長身の剣士が繰り出した竹刀を避けた小柄な剣士が、竹刀を脇に構えぐっと踏み込む。
「やっ!!!」
鋭い声が飛ぶが、繰り出された竹刀は長身の剣士に難なく払われてしまう。
「遅い遅い!!!」
「はい!」
「もう一度!しっかり構えて!!!」
胴着と面をつけているのでその表情は読み取れないが、声からして…おそらく。
「あれ…藍さんと一夜さん…ですよね?」
そうだよ、と背後で声がして振り向くと、困った顔をした杏が立っていた。
「もう3時間くらいあの調子だよ…休憩なしのノンストップで」
「…マジかよ」
あ、と一夜さんが面を取ってこちらを見る。
「どうしたの?二人とも…」
「どうしたの、じゃねえ!!!」
剣護さんが凄い形相で一夜さんに迫る。
「少しは藍を休ませろ!!!足元ふらっふらじゃねえか!?」
「あ…そうだね。少し休もうか?」
「…は…い……」
「おっけ。じゃ5分間休憩!」
がくっと膝をついた藍さんは、ゆっくり面を取った。
手ぬぐいを取って大きくため息をつく彼女の髪からは、大量の汗が滴っている。
剣護さんが心配そうに藍さんの前にしゃがみこむ。
「藍…大丈夫か!?」
「うん…だいじょう…」
その時。
竹刀のぶつかり合う鋭い音が響く。
一夜さんが突如繰り出した竹刀を、藍さんが咄嗟に拾った竹刀で受け止めたのだ。
「何っ………」
「まだ、いけそうだね」
愕然とする剣護さんを尻目に、一夜さんは満足そうに藍さんを見る。
竹刀を下ろした藍さんの顔が、急にすっと青ざめた。
「どうした!?藍!?」
藍さんは口元を押さえると、剣護さんの声に答えることなく外に走っていく。
水道から水の流れる音。
おそるおそる様子を見に行った杏が、戻ってきて言いにくそうに僕達を見る。
「なんか…けろけろ吐いてるんだけど…大丈夫かな?」
「一夜っ!!!」
剣護さんが一夜さんの胸倉を掴む。
「お前なぁ!!!何考えてんだよ一体!!??」
「何って…『稽古つけてくれ』って言うから」
「だからってお前…わざわざ『勾陣式』でやる必要はねえじゃねえかよ!?」
『勾陣式』…確かに紺青に来た頃の勾陣隊の稽古はあんな風だったかもしれない。
「今どき勾陣の隊士でもやんねーよ!あんな手加減なしのぶっ通し稽古なんて…」
「『なるべく早く習得したい』っていうもんだから…」
「だからってなぁ!女なんだぞ藍は!?お前は大事な『彼女』を殺す気か!?」
「そんなつもりは…だって藍なら大丈夫かなぁって」
「あのなぁぁぁ!!!いくら強くたってスタミナは男の比になんねえだろうがよ!?」
二人と、困ったように見ている杏を残して外に出る。
藍さんは蛇口の水を首に受け、流れる水でバシャバシャと顔を洗っていた。
「藍さん………大丈夫ですか?」
返事がない。
うな垂れたまま蛇口を閉め、傍のタオルを手に取る。
彼女はタオルを顔に押し当て、大丈夫ですとか細く答えた。
濡れた胴着に水の雫がぽたりぽたりと落ちている。
「情けないとこ…見られちゃったな」
タオルに顔を埋めたままの藍さんの声は、なんだか泣いてるように聞こえる。
「そんなこと………剣護さんカンカンですよ?もう…一夜さんも少しは手加減して…」
「いえ、私がお願いしたんです」
「でも…」
「あの子は私が女だからって手加減されるのが嫌なの、よくわかってますから」
はっとする。
藍さんはタオルを握り締めて天を仰ぎ、一つ大きくため息をついて僕に笑いかけた。
「信じてくれてるんだから、期待に答えなきゃ」
「藍さん………」
「5分経つけど、どうする?」
まだ怒っている剣護さんを後ろに押しやって、戸口から一夜さんが藍さんに問いかける。
藍さんはしばし無言のまま一夜さんを見つめ、笑顔で答えた。
「よろしくお願いします!」
「大丈夫なのかよ…本当に」
つぶやいた剣護さんに、腕組みした杏が難しい顔で答える。
「私さ、二人の気迫に押されて何も出来ずにここで見てたんだけど…確かに速くなって来てるんだよ、藍の『抜き打ち』のスピード」
あれだけ出来れば上等なのに、とため息をつく。
「一夜隊長は一体、どこをゴールにするつもりなんだろ…」
「多分…藍さんが一夜さんを追い詰めるか、打ち負かすところまで、だろうね」
「えっ!!??」
「…右京、だってそんなの………」
「『百花』は一撃必殺の『神器』だからね…抜き打ちで負けたらもう後がないんだ」
厳しい稽古を再開した二人を見る。
「だから一夜さんはああやって、藍さんが辛いのも承知の上で教えてるんだと思う。一夜さん優しいから、きっと藍さんのことを思って身を削る思いなんだと思うよ」
「………なるほどねえ」
「………そうかなぁ。単にあいつがドSなのか、いつもみたく何も考えてないだけなんじゃないかと…」
パシン!!!と鋭い音。
「駄目駄目駄目っ!全っ然駄目!!!キレがない!」
こんなに激しい声を出す一夜さんを見るのは、正直初めてだ。
「もう一度お願いします!」
藍さんの凛とした声が響く。
しん、と道場が静まり返る。
ピリッと彼女の周囲の空気が引き締まる。
これに賭けてる…それが伝わってくる。
一夜さんも静かに構えなおした。
鋭く声を発して藍さんに打ち込む。
「やっ!!!」
即座に繰り出された藍さんの竹刀が、一夜さんの胴を鮮やかに捉える。
パシッ!という鋭い音。
次の瞬間には二の太刀が一夜さんの肩を鋭く叩いていた。
杏が目を見開いて立ち上がる。
剣護さんは大きなため息をついた。
「………いった」
「すごい………」
「………やったあああ!!!藍やったじゃん!マジで!?一夜隊長やっつけるなんてすごいっっっ!!!」
藍さんは一夜さんに大きく一礼して面を取ると、興奮気味の杏に笑いかけた。
「藍さん…」
お見事、と面を取った一夜さんが静かに言う。
「よく頑張りました!ま、こんだけ出来れば上等でしょ」
「ありがと…」
弱々しく微笑んだ藍さんを、一夜さんは優しいまなざしで見る。
これが二人の絆………か。
思わず笑顔になって二人を見る。
その時。
「ごめんねー藍、きつかったよね!?もーこんなにかかるなんて思わなくてさぁ…」
一夜さんが満面の笑みで藍さんをぎゅーっと抱きしめる。
「えっ………?」
「俺藍のこといじめるつもりはなかったんだからね、それだけはわかって!」
「あ……うん…」
「本当によく頑張ったよ……それでこそ俺の藍♪」
感心した表情から一転して、うんざりした顔になった剣護さんが怒鳴る。
「一夜!!!お前なぁ公衆の面前で何やってんだよ!?」
「………何?剣護まだいたの」
「まだいたのっててめえは…」
「あの、一夜………私、汗だくで気持ち悪いからシャワー浴びて来たいんだけど」
「あ、そうだよね!?ごめん気づかなくて。なんなら一緒に」
「こらあああ!!!それ以上言うな!!!」
呆然と彼らのやり取りを見ている杏の肩を叩く。
「…行こっか」
「…そうだね」
あ、待って、と一夜さんが僕を呼び止める。
「くれはちゃんの様子はどう?」
「それが………」
「そう………困ったわね」
花蓮様は寂しそうに微笑む。
「そうやって周囲を拒絶するところ…小春と同じね」
「母さんと?」
そうよ、と彼女は僕を見る。
「あの子も一族を追われることになった時、そうだったの」
『私は一人で生きていくしかないんや。小さい頃親に捨てられて、それからずっと一人で生きてきた。きっとこれからも…』
部屋の片隅にうずくまり、ひっそり笑う母さんに思わず花蓮様は言ったという。
『私も一緒に行ってあげる!あなたは一人じゃないでしょ!?私がいるわ』
おおきに、とつぶやいて母さんは笑ったけど。
「それ以来小春はちょっと変わったわ。わがままも甘えも口にしなくなったし、『花街』での生活も辛いこと沢山あったろうに、愚痴を聞いたことなんて一度もなかった」
そうだな。
星の綺麗な空を見上げる。
「僕も母さんの優しい、寂しい笑顔しか…覚えてへんわ」
それと、あの美しい歌声。
「でもね…あなたの存在はあの子の救いだったのよ」
冷たい風を頬に受けて静かに目を閉じる。
「秋風のお兄さんだって、小春にとって大事な人だったんでしょうけど…結ばれないことは分かりきったことだもの。好きな人の子供を産んで、家族が出来るってこと…幸せだってあの子は言ってた」
「そうか………」
「あなたと舞と暮らしてた頃…小春は本当に楽しそうだったもの。あんな風にあの子が笑ってるとこ、私見たことなかったわ」
立ち上がって花蓮様も空を見上げる。
「結局ね…私には何にもしてあげられなかったの」
「そんなこと!」
「そうよね…私は小春がいてくれてよかった。小春のお陰で秋風さんにも出会えたし、舞やあなたや、右京とも出会えた。小春のお陰でこんな風に空を見上げていられるんだもの」
ねえ、風…花蓮様は少し暗い声で僕に呼びかける。
「韓紅に何が起こったのかしら?冬鬼は一体…何を企んでいるの?」
「今はわからへんけど…でも」
母さんの笑顔と…あの少女の顔が脳裏をよぎった。
「僕が何とかします。韓紅のことも…あのくれはって子のことも。だから…安心してや」