Ep7 百花(後編)
後半でした。
本当にすみません…
突如、『宝物殿』の隅の方で火の手が上がる。
剣護さんと顔を見合わせ、そちらへ駆けつける。
『スノウイング』!!!
藍さんの握った『氷花』から青白い光が放たれる。
その先には…士官学校の制服姿の少女。
彼女はぐっと態勢を低くすると手にした刀を素早く抜き放ち、青白い光を一刀両断にする。
刀からは炎の渦が放たれ、そのまま藍さんに向かっていく。
「きゃあ!!!」
炎の渦に吹き飛ばされて壁に激突する藍さん。
「藍さん!!!」
次の瞬間、刀を鞘に納めた少女は藍さんの目の前に飛び込み、鞘ごと刀を振り下ろす。
「!?」
慌てて『氷花』で刀を受け止める藍さん。
そのまま鍔迫り合いの形で二人はしばし向き合う。
『どうしたの?私に勝たなきゃ『百花』は手に入らないわよ?』
エコーが掛かったような声。
「………右京!!!」
剣護さんが突如、腰を抜かして倒れる。
「どうしたんですか!?」
「あの子…体、透けてるよな………」
…確かに。
オンブラ?
…いや、違う。
彼女は藍さんと刀を交えたまま、こちらをちらっと見て笑う。
『剣護くんて面白いのね…『神力』はそんなに高くないけど、霊感は強いってとこかしら』
「おい!?お前!!!何で俺の名前知ってるんだよ!!??」
『まあね』
笑ってまた、藍さんの方を見る。
ぐっと刀に力を込めて『氷花』を振り払い後方に飛び退ると、再度鞘から刀を抜き放つ。
彼女の周囲に炎の渦が巻き起こり、僕らの近くまで飛んでくる。
「あっ!!!」
藍さんは『氷花』を構えて氷のバリアを張るが、突破されてまた壁に叩きつけられる。
『藍ちゃんてばだらしないなぁ…もうゲームオーバー?』
全身に火傷を負った藍さんは、体をかばうようにゆっくり立ち上がる。
「そういう…とこ…本当に……似てますよね……」
『そうかしら』
にっと笑うと、少女は再度鞘ごと刀を振り上げて藍さんに向かう。
鋭い金属音がして、両者の刀が交わる。
あの鞘…それ自体が刀のような形状をしている。
先端は鋭利でなく切れ味もそう良くはないようだが、あのスピードで繰り出されればそれなりの破壊力はあるかもしれない。
少女は華奢で可憐なその姿からは想像もつかないようなスピードで刀を繰り出す。
防戦一辺倒になっている藍さんに、楽しそうに少女が言う。
『藍ちゃんは、もうちょっと剣術の腕前を磨いたほうが良さそうね』
「大きな…お世話です」
『せっかくいい先生が傍にいるんだもの、手取り足取り教えてもらえばいいじゃない?』
キン!と鋭い音をさせて少女の刀を払うと、藍さんが真っ赤な顔で怒鳴る。
「あなたねぇ何言ってるんですか!?」
『あら、私何か間違ったこと言ってる?』
「…間違っては…ないですけど…」
『やだぁ藍ちゃんてば照れてるの!?かっわいいー!』
「いい加減にしてください!!!」
剣護さんが座り込んだまま、僕の袖を引っ張る。
「右京、藍のやつ…あの子のこと知ってんのかな?」
「…みたい…ですね」
頭に血が上った様子の藍さんが『氷花』を構え、吹雪が周囲に吹き荒れる。
『ブリザード』!!!
少女は涼しい表情でぐっと腰を低くすると、腰の刀に手をかける。
一気に抜き放つと同時に放たれる、さっきより巨大な炎の渦。
二つの力はぶつかり合い、眩しい光が周囲を包む。
高い『神力』を持っているはずの藍さんが、歯を食いしばって必死にこらえている。
少女は依然涼しい表情のまま、刀を素早く振り上げて一気に振り下ろす。
新たに起こった炎の渦が拮抗した二つの力をはじいて、藍さんの体を吹き飛ばす。
「きゃぁぁぁ!!!」
地面に叩きつけられた藍さんは満身創痍の状態。
「う………」
すぐに立ち上がれない様子の藍さんを見つめ、少女は鞘に納めた刀に再度手をかける。
「やめろ!!!」
思わず叫んだ僕を少女はじっと見て、笑った。
その時、気づいた。
この人………
『降参する?それとも君達が相手になる?』
にっこり笑って両手を広げる少女。
『私はどっちでも構わないけど…』
「待って…」
藍さんが重い体を引きずるように立ち上がる。
「右京様、剣護……ここは…私が」
「でも!藍さん…」
「やらせて…ください」
決意に満ちたまなざしに、僕は何も言えなくなってしまう。
少女は楽しそうに笑って藍さんを見る。
『じゃ、再開しましょうか?藍ちゃん』
燃えるような痛みが全身を包む。
立っているだけでも…意識が遠くなりそうだ。
彼女は高い『神力』の持ち主だったのだろう。
『百花』の破壊力も『氷花』を遥かに凌いでいる。
弱点………
さっきから彼女はいちいち刀を鞘に納めて、抜刀して技を繰り出している。
何か唱えている様子は一切ない。
……もしかしたら。
『本当に大丈夫?私さすがにあなたを殺しちゃうつもりはないんだけどなぁ』
「…大丈夫です」
あの『鞘』を…狙う。
「行きます!」
ぐっと態勢を低くする。
彼女の気を読み、一瞬の隙をついてぐっと懐に飛び込んで『氷花』を構える。
彼女は素早く刀を抜き、炎の渦が至近距離に迫る。
「藍さん!!!」
体をひねって直撃を回避。体を焼かれる痛みに耐えながら唱える。
『スノウストーム』!!!
狙いは最初からあの『鞘』だ。
氷の渦が彼女の左手に握られた鞘を吹き飛ばす。
『!?』
更に唱える。
『スノウイング』!!!
青白い光と氷のつぶては彼女の体を吹き飛ばした。
壁に叩きつけられて、小さく悲鳴を上げる彼女。
火傷の痛みに耐えながら、『百花』の鞘を拾いに走る。
『…あ…なた…』
鞘を手にして彼女の前に立つ。
「これが…必要なんですよね?」
弱々しく笑う彼女。
「返して欲しかったら…降参してください」
『わかったわ…あなたの勝ちよ、降参!』
『大事にしてね…私のお気に入りだったんだから』
そう言って『百花』を藍さんに渡すと、少女はふっと消えてしまった。
「やっぱあれ…幽霊だったのか?」
小さくため息をついて剣護さんを見る藍さん。
「本当に…剣護って不思議ね」
手元の無線が鳴る。
『来斗だ!外にオンブラが…』
走って外に出ると、そこには氷の渦を身に纏った獣のような巨大なオンブラ。
「藍!それは…」
来斗さんの問いかけに頷いて、藍さんが言う。
「私にやらせてください!」
「…無理ですよ藍さん!さっきの戦闘でふらふらじゃないですか!?」
「…戦闘!?お前、その怪我…」
「大丈夫です!」
不安げに見つめるみんなの前で、藍さんは『百花』を構える。
「…行くよ、『百花』」
そう言って藍さんは『百花』を抜き放つ。
すらりと美しい刀身が赤く光っている。
その時。
『あああもう!!!』
さっきの…少女の声。
『駄目よそんな遣い方じゃ!!!』
「…あなた」
つぶやいた藍さんが突然、ふらっと態勢を崩す。
「藍さん!!!」
青い顔をした藍さんが、荒い息でつぶやく。
「何…これ?」
『いいから一旦その刀を鞘に仕舞いなさい!!!』
少女の言葉に従った藍さんは、少し楽になったように大きく深呼吸をする。
「右京…俺…さっきの女の子の声、また聞こえる気がするんだけど…気のせいか?」
「声?」
青い顔をした剣護さんに不思議そうに訊ねる一夜さん。
「あー!お前隊舎の方どうしたんだよ!?」
「あ、それなら戻ってきた隊士達に『もう結構です』って言われちゃった」
「……そうか」
「で…声って何?」
この刀…きっと『神力』の消耗がすごく激しいんだ。
『その通りよ!だからさっきやって見せてあげたんじゃない!?もう…』
「やって見せてあげたなんて・・・思ってなかったでしょ?」
『いーえ?最初からそのつもりだけど』
絶対…嘘だ。
その時オンブラが大きな吹雪を巻き起こし、こちらに放ってきた。
「ええ!?」
慌てて『百花』を抜き、その吹雪を受け止める。
炎の渦が巻き起こり、吹雪はかき消された・・・が。
がくっと膝から崩れる。
『駄目駄目駄目!!!もうーぶきっちょさんねぇ藍ちゃんてば!!!』
渾身の力を振り絞って刀を鞘に納め、ぜえぜえ息をしながらつぶやく。
「もう…いつまでいるんですか」
目の前に氷のつぶてが次々に飛んでくる。
慌てて刀を抜こうとしたところに、甲高い声。
『駄目抜いちゃ!!!これくらいなら鞘で払えるから刀は抜いちゃ駄目!!!』
慌てて言葉通りに鞘ごと構えて氷の塊を弾き返す。
確かに…
鞘ごと振り回してもこの刀、普通の刀と大差ない重さだ。
『もーうー全っ然構えがなってない!』
「少し静かにしててください!」
私が怒鳴るのを、彼女の声が聞こえない周囲の人々は不思議そうに見ている。
その時、背後からお母さんの冷ややかな声が飛ぶ。
「こらそこの嫁姑!ちったあ真面目にやんなさいよ」
かあっと顔が熱くなる。
「嫁!?」
『ほらぁ、藍ちゃんがしっかりやらないから花蓮に怒られちゃったじゃなーい!』
「黙っててください!」
『ちょっと落ち着いてよぉ藍ちゃん…お姑さん扱いされた私の身にもなって頂戴!?』
はあ、とため息をついた私に、静かに言う彼女。
『抜刀術って…知ってる?』
「…一応」
『出来る?』
「…形だけは」
『もーだからちゃんとお稽古しなさいって…ま、いいわ。今日は大目に見てあげる』
ちょっと真面目な声になって彼女が言う。
『私の合図に合わせて刀を抜く!任せて、絶対失敗しないから』
「…本当に大丈夫なんですか?」
『勿論!私を誰だと思ってるの?』
「…そうですね」
目を閉じる。
目の前にオンブラの気配。
また大きな吹雪の塊を放とうとしているのが分かる。
しかも…今までで一番でかい。
『態勢を低く、もっと…そう、それでいいわ』
彼女の言葉に身を任せる。
『まだよ…重心を意識して………』
冷たい風が吹きすさび、オンブラが冷気を放つ。
『今!』
かっと目を開く。
ぐっと前足に重心を移して、刀を一閃。
目の前の巨大な吹雪の塊は炎に真っ二つにされて消えた。
反す刀で、もう一閃。
炎の渦が猛スピードでオンブラに向かい、オンブラの体を一刀両断にした。
カチン、と刀を鞘に納める。
オンブラは悲鳴を上げながら、炎に燃やし尽くされて消えた。
それはまだ、私がほんの小さな子供の頃のこと。
降りしきる雪の中、私は小春さんに手を引かれ風と三人で兵士達から逃げていた。
紺青の城外で兵士達がすぐそこまで迫っていた、そのとき。
突如目の前に巻き起こった炎の渦に兵士達は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
はっとして見ると、目の前に立っていたのは一人の女性。
『大丈夫?』
その女性は小春さんに向かってにっこり笑いかけた。
『小春?』
『…大丈夫や』
ぐすぐす泣いている私の頭を撫でて笑いかけると、女性は再び小春さんを見る。
『さ、行きなさい!ここは私に任せて』
『…でもあんた……体悪いのに…』
微笑んで彼女は両手を広げてみせる。
『何言ってるの、私はこんなに元気よ?…だから行きなさい、小春。そして私に見せて頂戴、あなたの『愛』の形…』
小春さんははっとした顔で女性を見る。
『約束したでしょ?彼と一緒になれなくても、風と幸せになるからって』
黙って頷く小春さん。
『風くん…あなたもね』
彼女は次にしゃがみこんで風に笑いかける。
『男の子なんだから…守ってあげてね、お母さんと舞ちゃんのこと』
『…うんっ』
『よし!』
笑って女性は迫ってくる第二陣の兵士達に向かって立つ。
『またいつか…どこかで会いましょうね!小春』
小春さんは涙目で頷いて、私達の手をとった。
『おおきに…夏月』
「花蓮…一つ、思い出したことがある」
秋風がつぶやく。
「あの日…小春達を追って城外に出る途中、門の傍に倒れていた夏月のこと」
『私は後でいいからあの子達を追って』
あの子はそう言ったという。
「あいつ自身は無傷だったのだが…戻る途中に肺病の発作を起こしたらしい。喀血して服は真っ赤でな…それなのにそんなことを言うあいつに…何も言えなかった」
夏月は秋風の幼馴染で何でも話せる大事な理解者だったのだと、いつか聞いたことがある。
「あの日悪化したのか…詳しいことはわからんが、その数ヵ月後あいつは息を引き取った」
「…そう」
それは私が紺青を去った後のことだ。
「それって…」
ああ、と彼は小さくつぶやく。
「古泉の人間は…誰も知らぬのではないかな。病院を抜け出したことも、小春達を助けに行ったことも…な」
『お疲れ様』
夏月さんの明るい声が響く。
「ありがとう…ございました」
『今日のところはこんなものかしらね。よく出来ました、けど…』
少し間があって、意地悪く笑う。
『抜刀術、ちゃんとお稽古してね!』
「わかりましたってば」
『大丈夫!一夜にゼロからきっちり教えてもらえばすぐ上達するから』
「……そうですね」
『あの子は私の自慢の息子だもの!信じてくれて大丈夫よ』
「…はいはい」
『安心したわ』
優しい声。
『あの小さかった舞ちゃんがこんなに頑張りやさんに育ってくれて』
「…夏月さん」
『それに、こんなに綺麗になっちゃって…嬉しかった』
「私も…あなたとお話出来て嬉しかったです」
じゃあね、と笑う彼女に慌てて声を掛ける。
「待って!!!」
『…何?』
『百花』を握り締めて、じっと一夜の顔を見る。
「このまま…一番肝心な人に何も言わずにいなくなっちゃうつもりですか?」
不思議そうな顔で私を見つめる一夜を見て、寂しそうに笑う夏月さん。
『仕方ないわよ…あの子はそんなに『神力』も高くないみたいだし…声は届かないわ』
「…試してみましょう」
『でも…』
「やってみなくちゃわからないじゃないですか」
私はまっすぐ一夜の前に進み出て、『百花』を差し出す。
「何?」
「これ、触ってみて」
「…何で?」
一言文句つけないと気が済まないところも…
親子だなぁ、よく似てる。
「…いいから」
不思議そうに『百花』に触れた一夜が、はっとした顔で私の背後に立つ夏月さんを見る。
『…大きくなったね、一夜』
夏月さんは一夜に優しく微笑みかける。
『それに…こんなに沢山の人から愛されて…母さん、嬉しかった』
一夜の髪に手を伸ばす。
『あなたの笑顔、大好きだったわ。だからこれからも…笑顔で一生懸命生きてね』
呆然としている一夜に、にっこり笑って夏月さんは言った。
『そして…幸せになってね。私より何倍も、何十倍も…でも』
夏月さんの体が光に包まれる。
『私すっごく幸せだったから…私より幸せにって言うのはなかなか難しいわよ!?』
最後にいたずらっぽく笑うと、夏月さんはふっと空気に溶けるように消えた。
しばらく虚空を見つめていた一夜が、視線を私に移す。
「…よかった、うまくいったみたいね」
笑顔でそう言うと、瞳を潤ませて一夜もにっこり笑った。
「ありがと…藍」
隊士の一人の報告を受けて森の中を進む。
「草薙隊長!」
小声で呼ぶ隊士の姿。
「あれ………なんですけど………」
指差す先に見えたのは…
焦土と化した森の一角に佇む愁の姿。
そして…
血の海に倒れる、いつぞやのくれはとか名乗る少女。
愁は感情のない瞳でただ、彼女の姿を見つめていた。
「あの……」
何か言おうとする隊士を制し、愁に向かって怒鳴る。
「愁!!!何やってんだよお前!?」
我に返った様子の愁ははっとした顔でこちらを見る。
「龍介………」
俺は思わず駆け寄って、その頬を思い切り殴りつけていた。
よろめいた愁は、恨めしそうに俺を睨む。
「馬鹿野郎!!!心配かけやがって…」
「お前………」
しゃがみこんで、少女の脈をとる。
「まだ…」
「………何や?」
「この子…息あるんじゃねえか!?おい、誰か天后隊に連絡!」
目を丸くした隊士が慌てて無線のスイッチを入れる。
「…この子は………」
「馬ぁ鹿こんなガキんちょに敵も味方もあるか!…お前がやったのか!?」
「いや…こないだの………」
あいつらか…
「ひどいことしやがるぜ…ったく」
まだぼんやりしている様子の愁の胸倉を掴み、怒鳴る。
「何で一人で動いたんだ!?」
「…それは………」
「何で俺達に何の相談もしてくれねえんだよ!?」
胸倉を掴む手に力がこもる。
「こんなんじゃいつかの孝志郎さんと一緒じゃねえか!!??仲間なんだぞ俺達は!!!」
「……龍介」
無線で連絡を取っていた隊士が駆け寄ってくる。
「隊長!!!天后隊受け入れオーケーとのことです!」
わかった、と答え、うつむいている愁に再度怒鳴る。
「とりあえず…侘び入れてもらうのは後だ!この子運ぶぞ!!!」
「…ああ」