Ep4 くれは
少女は静かに僕達に近づいてくる。
まだ十代前半くらいだろうか、幼さの残るその顔に表情は一切ない。
能面のような顔でじっと霞さんを見つめ、もう一度問う。
「答えよ。そなたが紺青の王か?」
「ええ…そうです」
あなたは?と霞さんが静かに問うと、彼女はくれはと名乗った。
「この間…愁さんに会いましたね?」
僕の方をちらりと見て少女はつぶやく。
「愁というのは…あの黒髪の男のことか」
「そうです!愁さんからあなたのこと聞きました。あなたは…」
僕は霞さんと霧江様をかばうように、くれはの前に立つ。
「あなたは冬鬼という人物に利用されているのではありませんか!?」
「…利用?」
ふっ、と初めて笑顔を浮かべる少女。
「何を訳のわからぬことを…私と冬鬼は同志だ。冬鬼の意思は私の意思でもある」
「そう…思い込まされているだけなんじゃないですか?」
「…何?」
「あなたはまだ幼い…まだまだ知らないことだって沢山あるはずです!だって…」
突如目の前で激しい吹雪が吹きすさび、咄嗟に『水鏡』を抜いて吹雪を防ぐ。
「くれはさん!話はまだ終わっていません!」
「黙れ、話すことなど何もない。私の目的はただ一つ」
荒れ狂う吹雪の中に静かに立ち、くれはは霞さんをまっすぐに指差す。
「紺青の王の息の根を止め…紺青の国をこの世界から消し去ること」
急に吹雪が強まり、『水鏡』のシールドが鋭い音を立てて砕け散った。
「あ!!!」
体が煽られ、地面に叩きつけられる。
「う………」
「貴様も韓紅の血を引く者ならば、黙ってそこで見ているがよい」
「君は僕の祖母を…知っているのか?」
吹雪は更に激しさを増し、凍てつく風に圧迫されて体の自由が利かない。
冷たい風の吹き荒れる中、少女は静かにつぶやく。
「お前は知らぬのだろうが…韓紅は一族のつながりを最も重んじるのだ」
冷たい空気が肺に入るのをこらえながら、かろうじて彼女の言葉に答える。
「一族の…つながり?」
「左様。だから韓紅にとって宿敵である紺青に魂を売り渡した花蓮と小春を許すわけにはいかない…あやつらの子孫も同様だ」
「でもあなたの一族は、花蓮様と小春さんを…」
くれはは反論した霞さんをじっと見据えて言う。
「それは一族の慣わしとしてずっと行われてきたことだ、何も特別なことではない。一族を離れた人間は、遠く離れた土地でひっそりと暮らすか自ら命を絶つのが今までの常だったというのに…」
彼女は冷たい目でつぶやく。
「彼女らのしたことは…一族に対する大いなる裏切りだ」
「やれやれ…紺青も紺青やけど、韓紅一族っちゅうのもたいがいなんやな」
背後から聞こえてきた声に、彼女は驚いたように目を見開く。
「愁さん…」
「あんたらの狙いは見抜かせてもらったで」
愁さんの背後には孝志郎さんと来斗さん、それに草薙さんと剣護さんの姿。
「僕らのこと散り散りにして、あんたが最後に一人ずつ叩くつもりやったんやろ?」
くれははじっと愁さんを睨む。
「ま、そうまではいかへんでも、みんながそれぞれ苦戦してる間に霞様を狙おうって魂胆やったんやろうけど…そこまでや」
愁さんは厳しい表情の少女に不敵な笑みを投げる。
「かわいい顔して考えることはえげつないんやな、あんた」
「ふ…」
くれはは愁さんを睨んだまま、口元だけ笑ってみせる。
「お前が韓紅の実力者だということはよくわかった。しかしこちらには…霞様と霧江様、それに愁に孝志郎だ…一人で抵抗できるものではないだろう」
来斗さんが静かに言う。
「大人しく投降すれば危害は加えん。まずは下のオンブラ達を鎮めてもらおうか」
「…仕方がない」
くれはがすっと右手を上げると、階下のオンブラがすっと溶けるように消えた。
無抵抗すぎるその反応に、僕は少し身構える。
僕達を見渡すようにして彼女は静かにつぶやいた。
「退くぞ、玉屑」
『…承知』
彼女の周囲に突如凍てつく吹雪が吹きすさぶ。
「何だ!!??」
くれはの前には長身で細面の男が立ちはだかっていた。
冬鬼と同様服だけでなく髪も真っ白で、白く光る鎖鎌を手にしている。
舌なめずりをして、男は小さく悪態をつく。
『ったくよぉ、やっと呼ばれたかと思ったら撤退命令なんて…つまんねえったらないぜ』
「黙れ、玉屑」
『応戦すりゃ勝ち目もありそうなもんだけどなぁ…作戦が頓挫したから仕切りなおし、なんて周到なこったぜ』
「黙れと言っている」
『はいはい…で、残りの連中はどうした!?』
「残り!?」
僕のほうを楽しそうに見て、玉屑と呼ばれた男が言う。
『ああ、良いことを教えてやろう。俺は冬鬼様にお仕えしてきた三将の一人だ』
「三将?」
『そう!じゃあ問題だ。三から一を引くと残りは…?』
「あと二人…」
『ご名答!じゃあもう一問』
甲高い声で笑って玉屑が僕を見る。
「何!?」
『…お前らの仲間…足りないのはさて何人だ…?』
はっとして下を見る。
「藍さんと一夜さんだ…」
「なんやて!!??」
顔色を変えた愁さんに、愉快そうに玉屑が笑いかける。
『まあ、もう手遅れかもしんねえけどなぁ!行ってやったほうがいいんじゃねえか?大事な仲間なんだろ?』
『随分頑張るじゃないか、お嬢ちゃん』
私は凍傷で痛む体を引きずって、青女の攻撃を必死に回避し続けていた。
無様な姿の私を愉快そうに見ながら、青女は次々に吹雪の攻撃を放つ。
その光る目はまるで小動物をいたぶる肉食獣のようだ。
『じゃあ…これでどうだい!?』
目の前に突如大きな吹雪が巻き起こる。
「あっ!!!」
吹雪で宙高く巻き上げられた私の体は、そのまま猛スピードで城壁に叩きつけられる。
「う………」
『あははは!!!今度ばかりは逃げ切れなかったようだね!』
「藍!!!」
一夜の声が遠くから聞こえる。
うっすら目を開けて見ると、一夜は六辺香と名乗った大男と激しく刀を交えていた。
激しい金属音が鳴り響き、一夜の刀が払われる。
「…なっ!?」
一夜は振り下ろされた大太刀を避けて『大通連』を拾い、切り返しの一撃を放つ。
しかし、とっさの攻撃も六辺香の大太刀によって止められてしまう。
『…お主、なかなか』
「…お前もね」
皮肉っぽく笑いながら額に汗を浮かべている一夜。
一夜が苦戦するなんて…
韓紅一族…かなりの強敵なのかもしれない。
その時。
首筋に冷たい刀の感触。
『王子様の心配より…まずは自分の心配をしたほうがいいんじゃないかい?』
目の前には舌なめずりする青女の姿。
…まずい。
『…じゃあね、綺麗なお嬢ちゃん』
大きく振りかざされた刀身がきらりと光る。
「そのくらいにしておけ、青女」
突如聞こえてきた少女の声に驚いて振り向く青女。
『くれは…あんた一体』
「今日はここで退く。六辺香!お前も刀を納めよ」
『…承知した』
ちっと舌打ちして私を一瞥すると、青女は背後の少女に歩み寄った。
『一体全体どういうことだい!?いいところだったってのに…』
『まぁ仕方ねえだろ青女!くれは様がそうおっしゃるんだからよ』
「無駄口はいい」
くれはと呼ばれた少女はじっとこちらを見つめてつぶやいた。
「お前が花蓮の娘…か」
「あなた…」
あの佇まい…小春さんに似てる。
達観したような、全てを諦めたような…彼女の纏うあの空気。
「次はない。覚悟しておくのだな」
「待って!!!」
私の言葉に耳を貸さず、彼女は他の真っ白な仲間達と吹きすさぶ吹雪の中に消えていく。
吹雪の中で青女がつぶやく。
『…じゃあね』
そして私の方をじっと見て…
顔を引きつらせて笑った。
『餞別だよ!!!』
青白い光の短刀が藍さんに向かって放たれる。
「藍!!!」
「藍さん!!!」
驚いて立ち尽くしている藍さんに一直線に向かった短刀は…
突如巻き起こった炎の渦にかき消された。
ちっ、と舌打ちして青女は吹雪の中に消えてしまう。
「何が…起こったんだ?」
来斗さんがつぶやく。
「…やれやれ。やっと僕の出番が回ってきましたね」
炎の渦が消えた場所に藍さんを抱きかかえて立っていたのは、僕と同じくらいの年の青年。
長い髪を後ろでひとつに束ね、衣冠のような衣装を身にまとっている。
黒髪で色白で端正な顔立ちの…まるで牛若丸のような印象だ。
「大丈夫ですか?舞さま…」
「あ…なた…」
草薙さんがはっとした顔で怒鳴る。
「お…おいお前!!!もしかして……朱々丸か!?」
彼は涼しい顔で笑って答える。
「ご名答!よくわかったね」
「でも…一体どうやって?」
さっきまで今の3分の1くらいの大きさしかなかったのに。
僕のほうを誇らしげに見て朱々丸は答える。
「この『ヴォーパルソード』…これを遣うために神力を高めると、僕はこんな風にあなた方と同じ大きさになれるんです。まあ、一時的なものですけどね」
抱きかかえていた藍さんをおろすと、彼は優しく微笑みかける。
「驚いたでしょ?」
「…ええ」
「舞さまに助けていただいてから僕、一生懸命修行したんですよ!舞さまに認めてもらいたい、お役に立ちたいその一心でね…」
藍さんの両肩に手をかける。
「僕、かっこよかったですか?」
「……ありがとう」
藍さんの頬が少し赤らんだような気がした。
二人の会話をさえぎるように草薙さんが怒鳴る。
「お前一体今までどこにいたんだ!?この騒ぎの中よぉ!!??」
草薙さんの怒りをよそに、朱々丸は涼しい笑顔で答える。
「それが…倒れてきた木の下敷きになっちゃって身動きとれなくてさ」
「…なんだぁそれは!?」
「仕方ないじゃない、僕小さいから。でも…間に合ってよかったです、舞さま」
「だぁかぁらむやみに藍に触るんじゃねえよ!!!」
「龍介…何もお前が怒らんでもええやろ……」
「うるせえ愁!……一夜さん!一夜さんも何か言ってやって……」
草薙さんが振り返った先では。
一夜さんが半笑いのまま固まっていた。
「い…いちやさん???」
「あ……あははは………」
「だ…大丈夫か???一夜…」
「何が?俺別になんとも……」
「いやその……顔色悪いですよ?」
「いやいや…気のせい気のせいっ」
じゃあねーと肩越しに手を振って、一夜さんは一人城の外へ歩いていってしまった。
沈黙が流れる。
「……大丈夫でしょうか?」
つぶやいた僕に、剣護さんが腕を組んでうなる。
「あいつ…こういうシチュエーション慣れてないからな、きっと」
嬉しそうに藍さんに話し続ける朱々丸をちらりと見て、草薙さんも言う。
「まさかあいつがあんな美少年だったとはな……」
「ハニーフェイスなら近いもんがあるけど…そのセンでは一夜のほうが不利やで?」
「年いってる分、な」
「来斗さん…厳しい」
藍さんは興奮気味の朱々丸をなだめるように笑っていたが…
なんだか、その表情は暗いような気がした。
その日の夕方。
城の中庭を歩いていて、ふと見上げた塔のてっぺんに人影を見つけた。
「藍さん何してるんですか!?」
ぼんやり空を見つめていた藍さんは少し驚いた顔になって、ゆっくり微笑んで僕を見た。
「別に…ただのサボりですけど」
城の東の塔は見晴らしのいい気持ちのいい場所で藍さんのお気に入りだったのだが、そこにいる姿を見かけるのは久しぶりのことだ。
「『氷花』のこと…考えてたんですか?」
隣に立って聞くと、やっぱりわかりますよね、と困った顔で笑う。
「…藍さんは『氷花』にそんなにこだわらなくても、『神器』であればある程度何でも遣いこなせるじゃないですか」
「まぁ、理屈ではそうなんでしょうけど…やっぱり相性ってありますからねぇ」
「相性?」
「そう。例えば私が『水鏡』を遣うこと、それ自体は不可能じゃないかもしれませんけど…右京様の『水無月』と同じだけの威力は出せないと思います」
士官学校の学生は卒業までにそれぞれ相性のいい『神器』を見つけるのが慣わしなのだという。実際『神器』を常備出来る人間は紺青でも限られた人間だけだが、自分に最適な『神器』を知っておくことが必要…ということらしい。
「士官学校の『宝物殿』でね、この子は私をずっと待ってたみたいに感じたんです。それに『ベルゼブ』との厳しい戦いも私をずっと守ってくれたのは『氷花』ですから…」
『氷花』を愛おしそうに見つめながら藍さんは言う。
「駄目だから別の…って、理屈ではわかってるんですけどね。なかなか思い切れなくて」
「…そうですね」
でも、とまた空に視線を移した藍さんがつぶやく。
「なんとかしなくちゃ私…お荷物ですよね」
『一体どういうつもりだ?』
冷たい静かな空間に冬鬼の声だけが響き渡る。
『戦果もあげずにのこのこ帰ってくるとは…』
「…しかし」
『お前は臨機応変という言葉を知らぬのか?』
黙って俯く私の頭上から玉屑のけたたましい笑い声が振ってくる。
『ったく、だから言ったじゃねえか!?冬鬼様に怒られても知らねえぞって』
『本当だよ…私だってあの舞って娘、あともうちょっとで殺れそうだったってのに』
青女が毒づく。
『あんた…あいつらに囲まれてびびっちまったんじゃないのかい!?』
「違う!!!」
俯いたまま叫んだ私に、冷たい冬鬼の声がかかる。
『では…何だというのだ?』
『くれはが実戦に出るのは…初めてだったはずでは?』
今までずっと黙って聞いていた六辺香が静かに口を開く。
『あの場には紺青の王だけでなく、同じように高い『神力』を持った人間が集まっておりました…慣れない彼女が自分の身を守りながら指揮を執り続けることは至極困難かと』
『…だけどねぇ!!!』
六辺香は反論しようとする青女をちらりと見た。
『お前は追い詰めていたと言うが…窮鼠猫を噛むという言葉を知らぬか?』
怪訝そうに眉をしかめる彼女に更に言う。
『あの娘は韓紅の血を引くだけでなく、紺青の炎の能力も受け継いでいるのだぞ…くれはのように『神器』を介さず能力を発揮したとしたら…』
『…ま…まあ…ね』
冬鬼が顎に手をやって静かに言う。
『六辺香の申すところも一理あるかも知れぬな』
くれは、と突然呼ばれ、びくっと身を硬くする。
『次こそは…失敗は許されぬぞ』
「…わかっている」
広間を離れる冬鬼の後を、厳しい顔をした青女が追う。
『…頼んだぜ?くれは様』
玉屑があきれたように言って広間を去って行く。
その場に残った六辺香の方をじっと見る。
「どういうつもりだ?私はお前にかばってもらおうなんて…」
『…勘違いするな。私はただ事実を述べただけだ』
無表情に言って、六辺香も私に背を向ける。
『どちらにせよ、お前にはしっかりしてもらわねばな…冬鬼様の後、韓紅の命運はお前の手にかかっているのだから』
「…そんなことは重々」
『わかっているつもりなら…余計に性質が悪いな』
「何!?」
『自覚が足りん…と言っているのだ。自分の胸に手を当ててよく考えてみよ』
しんと静まり返った冷たい広間に一人で立つ。
血が滲む程唇を噛んで、拳を握りしめる。
…悔しい。
皆で私のこと…馬鹿にして。
紺青の人間の『神力』には我々が想定していた以上のものがあった。
オンブラも忍び達もどんどんやられていって、再生するのに精一杯だった。
いきなり本丸に仕掛けるという作戦自体が無謀だったといっていいだろう。
冬鬼ならわかってくれると思っていたのに…
自覚が足りないだと?
思わず笑いがこみ上げる。
……いいだろう。せいぜい馬鹿にしているがいい。
青女が追い詰めていたという娘…
黒髪に黒い瞳の、意思の強そうな娘だった。
花蓮の娘…か。
まずは………
カチャリ、と鍵の開く音がしたので、慌てて布団に包まり明かりを消す。
「ただいまー」
荷物を置いたらしい音がして、こちらへ近づいてくる気配。
「…寝てるの?」
黙って息を潜めていた俺に、藍はやさしく問いかける。
「ねえ…一夜?」
少し沈黙が流れて…
彼女はいきなり布団をはがすと俺の頬を思い切り引っ張った。
「キツネがタヌキ寝入りしてもまるっきりお見通しなんだけど???」
「い…いたいいたい……」
こういう風に容赦ないのは以前と全く変わらない。
何すんだよ、とつぶやく俺に、何怒ってんの?と不機嫌そうな声を出す藍。
「別に…怒ってなんかないけど?」
「…嘘」
「じゃあ…何で怒ってるなんて思うのさ?」
「うーん……ヤキモチやいてるのかなぁって」
「俺が?あのチビに?……まっさかぁ冗談キツイぜ藍!」
「…そうだよね」
そう…なんだよ。
「でも…機嫌悪いでしょ」
「ま…ちょっとはね」
寝返りを打って、藍に背を向け壁に視線を向ける。
六辺香。
あの腕なら並みの勾陣隊士など一たまりもないだろう。剣護でも少し厳しいかもしれない。
その上あの『神力』だ…正直難しい相手だな、と思う。
「藍のこと守るって言っときながら…あんな奴相手に苦戦して、藍危ない目に合わせちゃって…我ながら情けないなぁと思ってさ」
「…そんなこと」
「その上あんなチビに藍のこと助けてもらうだなんて…」
「ほらぁやっぱりヤキモチ妬いてるんじゃない!?…もう」
私だって結構落ち込んでるのよ?と彼女はか細い声でつぶやく。
「『氷花』が手も足も出ないんだもの。霞様達のこと守らなきゃいけない立場なのに自分の身の安全も守れないなんて…情けないったらないでしょ?」
藍はもともとプライドが高いし、それに見合うだけの努力も積んできたのだ。
だから今回の一件は相当ショックであるに違いない。
それなのに…
「…慰めてくれないの?」
ぽつりとつぶやく藍。
彼女をフォローしてあげるのが今の俺の役目だっていうのは重々分かってる。
だからこそ…こんなに不機嫌でいる自分になお一層腹が立つのだった。
「俺なんかじゃなくても、藍には慰めてくれる奴いっぱいいるでしょ?右京だって心配してるみたいだったし、孝志郎だっているし…それに、あいつだって」
「…だから、何でそんなに朱々丸のこと気にするのよ?」
「…別に、気にしてなんかないけど」
「だから…私は一夜に慰めてほしかったの!」
衣擦れの音が聞こえる。
「何してんの?」
また、しばし沈黙が流れる。
見て見ぬ振りでちらっと彼女の方に目をやり、また壁の方に視線を戻す。
「……喧嘩してるんだよね?俺達…」
「…そうなのかな」
「…こういうの、なし崩しって言わない?」
「…だって、一夜と喧嘩したことって今まで一度もないじゃない。これが喧嘩なのかもわかんないし、原因もわかんないし…私何も悪いことしてないから謝るのもおかしいし…仲直りの仕方もよくわかんないもの」
頑固で理屈っぽいのも相変わらずだ。
けど………
「…ねえ」
急に声が大きくなったのにぎょっとして振り返ると、彼女の大きな瞳が目の前にあった。
「……駄目?」
理屈じゃないよな…やっぱ。
「……………いや、駄目じゃない」