Ep3 新生十二神将隊
「一夜さんが?」
くすくす笑う霧江様に、つられて俺も笑ってしまう。
「あいつがヤキモチ妬きだなんて、俺ぜーんぜん知りませんでしたよ!気色悪いったら…」
腕組みする俺に、霧江様は嬉しそうに目を細めた。
「きっと…藍のこと、本当に愛してらっしゃるんでしょうね」
「でも…そうならそうと、もっと早く言えばよかったんじゃないかと思うんですよね、俺」
だいたい…藍も藍だ。
あんだけ一夜が大げさにしてりゃ、周囲にはバレバレだと思うのだが…どういうわけか、隠そう隠そうとこそこそする。その態度が余計一夜を騒がせる…という悪循環になっていることに、どうやら気づいてはいないらしい。
「藍だって、一夜がいなくなったときひどかったんですよ!?ご存知だと思いますけど…」
「ええ…可哀想で見ていられませんでした」
「でしょ!?だったらもっと堂々としてりゃいいんですよ。実際見たわけじゃないから知りませんけど、二人の時は一応甘えたりとかもするらしいし…」
と、言いながら…想像したら気味が悪くなってやめた。
藍はあれか…所謂ツンデレってやつか?
「人の心って、複雑ですものね」
「それ……単純な俺にはわかんないってことですか?」
そうは言ってませんけど…と、霧江様は相変わらず楽しそうに笑っている。
「剣護さんはいつもまっすぐでしょ?だから、焦れったく思われるんでしょうね」
「…そうでしょうか」
「霧江様…そろそろ、ご公務のお時間ですが」
霧江様付きの女官がやって来て、例によって恐い顔でこちらを睨んだ。
「片桐隊長も、今日は会議のご予定ではありませんでしたっけ?」
「あ、いっけねぇこんな時間だ!」
慌てて立ち上がる俺に、彼女は大げさにため息をつく。
「全く…身分のある方なんですから、もう少し色々とわきまえていただかなくては」
「曽野、いつも言ってるでしょ!?私がお願いして来ていただいてるんだって」
「ま、いいじゃないですか!また来ます」
「片桐隊長!?またってあなた………」
女官の言葉をスルーして、俺は城の中庭を走り出た。
今日の総隊長会議は…久々の長丁場になるだろう。
その日。
韓紅一族の冬鬼という人物の襲来後初めての、総隊長会議が執り行われた。
「ベルゼブの脅威が去って、早1年半…」
愁さんが静かに言う。
「十二神将隊の組織が完全に固まりきらないこの時期に、大きな敵と対峙するのは…あまり有難いことやないな」
「随分と弱気でらっしゃるんやなぁ、総隊長はんは」
つぶやいた草薙さんを、愁さんは鋭い目で見据える。
「何や?…僕はただ、現状をありのままに述べただけで」
「現状をありのまま…かもしんねえけど、さ。そーんな弱腰の発言が『総隊長』の口から出たとなっちゃあ、俺達としても立つ瀬がねえなぁ…と思ってさぁ」
「なんやて?」
「やっぱり総隊長なんて大役、浅倉隊長には荷が勝ちすぎるんですかねぇ」
「…言ってくれるやないか」
「あ?…やんのかこら」
二人が椅子から勢い良く立ち上がった…その時。
バン!と机を叩く、大きな音が響き渡った。
「いい加減にしなさい、二人とも!!!」
二人はぎょっとした顔で、鬼の形相の藍さんを見る。
「あなた達はこの中で、一番発言力のある人達なのよ!?恥を知りなさい、恥を!!!」
末席の藍さんの怒鳴り声に目を丸くした二人は、小さくなって…元の席についた。
「…相変わらずだな、あいつらは」
僕の隣で孝志郎さんが呆れたように呟き、一夜さんは同意するようにくすくす笑っている。
総隊長である愁さんの意向で、総隊長会議の模様は別室のモニターに、全て映し出されるようになった。僕達はその様子を、各隊の伍長達と一緒に控え室で見守っているのだ。
こほん…と、一つ咳払いをして、玄武隊の宗谷隊長が立ち上がる。
「韓紅一族だが…現在も北にいると考えて間違いないだろう。隊士に命じて探らせてみたところ、北西のはずれの荒野に居住しているらしいとの情報が入った」
ただ…と言葉を濁し。
「拠点である洞窟の構造が複雑らしくてな…集落全体の規模とかそういった情報が全く」
「…そうか」
愁さんの呟きに頷いて、宗谷隊長は周囲の他隊長に視線を向けた。
「今闇雲に仕掛けるのは得策ではないだろう。情報収集にもう少し時間をもらいたい」
「そやな。そっちはよろしく頼むわ」
しかし、と唸って…柳雲斎先生が顎に手をやる。
「以前と違い標的が特定出来ぬとなれば、守りにも万全を期さねばならぬだろうの」
それなら、と、草薙さんが勢い良く立ち上がる。
「騰蛇隊は現状、全隊士を街の警備に充てられますし…あとは勾陣と太陰と、状況に応じて天一隊の協力も貰えれば、心配ないと思います」
名前の挙がった三隊長が頷き、来斗さんが続いて発言する。
「奴らがどこからどんな形で攻めてくるか、については…俺も色々調査中だ」
そうか…と思案げに頷いて、愁さんは腕を組み直す。
「四方の守護も厳戒態勢で頼む。僕は都に詰めるから…悪いけど、鈴音はんと磨瑠は南の方も少し気にかけてくれるか?」
「承知しました」
「まかしてくださいっ」
二人の歯切れの良い返事を聞いて、愁さんは万事整ったというように、パン、と手を打った。
「よし…じゃ、そういうことで皆頼むで」
十二神将隊ではベルゼブ戦の後、簡単な組織再編が行われた。
都を拠点とする勾陣隊と太陰隊の伍長は今のところ空席になっており、騰蛇隊伍長の藍さんが必要に応じて、二つの隊長の補佐役を務めている。
天一隊の伍長に任命されたのは、以前から天一隊士だった桐生五色さん。
真面目な好青年といった出立ちで、高瀬隊長に似た雰囲気の人だ。
そんな僕の感想に…士官学校の同期だという月岡伍長が、苦笑して首を傾げる。
「まあ、実力は確かなんですけどね…五色って、ちょっと突発事項に弱いところがあって」
「突発事項?」
「要するに、テンぱるんですよ。慌てて失敗する性質っていうのかな。高瀬隊長もそんなきらいがあるし、大丈夫かなって心配ではありますけど」
桐嶋伍長が、横から可笑しそうに口を挟む。
白虎隊の槌谷隊長の下には、同じく天一隊から隊を移った樋野あずみさん。まだ不安定な西の国々を女性二人で統括しているというのだから、その実力は推して知るべしである。ちなみに彼女も、月岡伍長達の同期らしい。
「慣れない西の土地で、きっと苦労なさってるんでしょうね」
「いや…あの子は大丈夫。ミカさんほどじゃないですけど、相当デキる子でしたし」
その時、広間に凛とした女性の声が響き渡った。
「槌谷隊長!お疲れ様でした」
「ええ。あなたも」
「我々は西へ?」
頷く槌谷隊長に、不満げに草薙さんが声を掛ける。
「今日はゆっくりしていきゃいいじゃねえか?最近は西も落ち着いてるんだろ?」
「いえ!そうは参りません、槌谷隊長!」
二人の隊長を前に…ぴしゃりと言い放つ樋野伍長。
「西の情勢は日々一刻変化しているのですから、ここで気を緩めては今までの努力が水泡に帰してしまいます!」
「…そうか?」
「草薙隊長は…少し、平和ボケなさっているのではありません?」
「な…なんだとぉ」
「草薙くん落ち着いてっ…わかったわ樋野伍長。至急戻ることにしましょう」
「そうこなくては!さすが槌谷隊長、責任感がお強くていらっしゃいます!」
にっこり笑う樋野伍長は…どうやら、草薙さんがお気に召さないらしい。
「ったく、一時の藍よりかわいくねぇぜ」
「何かおっしゃいましたか?草薙隊長?」
「龍介さーん?聞こえましたけど…」
恐い顔で睨む女性伍長二人………頼もしい限りである。
最後に、玄武隊の敷島葵伍長。会うのは今日が初めてだった。
「敷島くん!?」
彼を見るなり、藍さんが目を耀かせる。
「あなた、卒業して故郷に帰ったんじゃなかったっけ?」
敷島伍長は、藍さん達と士官学校の同期なのだそうだ。
「三日月さん、僕の故郷…どこだったか、覚えてる?」
彼の言葉に、あ…と気まずそうな顔をする藍さん。
「そっか…常盤だったね」
「そ。クーデターの一件で、常盤の軍は壊滅状態になってしまったからね…宗谷隊長に、何かお役に立てることがあったら教えてくださいって、以前お願いしておいたんだ」
大変な苦労を重ねてきたに違いないのに、彼は穏やかな口調で淡々としている。
が。
そんな彼を見つめる剣護さん達の視線に…何となく、刺があるように感じた。
なんだろう…と、首を傾げる僕の前で、敷島伍長は突然、ぽんと手を叩き。
「三日月さん…ひょっとして彼氏でも出来た?」
「…ええっ!?」
真っ赤になった藍さんを見て、やっぱり…と笑う。
「鋭いなぁ…葵」
剣護さんが感心したように呟くと、楽しそうな表情のまま、彼はくるりと振り向いた。
「だって、学生の頃の三日月さんって、綺麗なんだけど色気ゼロっていうかさ」
「……………」
ひくっ…と…藍さんは顔を引きつらせる。
「『男なんて要りません私は一人で生きていきます』って、全身からオーラ出てたもの。やっぱ10年近く経つと人間変わるよね」
「………そうだったかなぁ。俺には変わらないように見えるけど」
「剣護も…がっちがちの石頭で一夜の金魚のフンだと思ってたのに、いつの間にか隊長さんだもん!出世したんだな」
う…と言葉に詰まる剣護さん。
「その上あの根暗の愁が総隊長って…僕、夢でも見てるみたいな気分だよ」
「敷島………」
黒いオーラを漂わせる愁さんの肩を、一夜さんがけらけら笑いながら叩く。
「しょーがないじゃん!葵にかかれば愁はそんなもんだよ」
「………そ…そうか」
愉快そうな笑みを浮かべて、一夜さんを見る…敷島伍長。
「小耳に挟んだんだけど…紺青の好色一代男が、最近は随分と大人しいらしいじゃない?」
静かに微笑んでいる一夜さんの目が…きらりと光る。
「ま…ね。お前が夢ん中彷徨ってる間に色々あってさ、心を入れ替えたってとこかな」
「ふーん…まぁ、そうは言っても人間の本質って、そうそう変わるものじゃないもんねえ」
「そう…だねぇ。でも…葵も気をつけたほうがいいんじゃない?『口は災いの元』って…よく言うし」
涼やかな笑顔で、穏やかな口調で話す二人は…かなり恐い。
「舞様!お疲れ様でしたっ」
不意に、小さな人影が藍さんに飛びつく。
「朱々丸…お前の隊長さんはあっちだろうが」
磨瑠さんを指差す草薙さんに、べーと舌を出したのは、朱々丸こと青龍隊の間宮伍長。
「お前さぁ…藍のことお守りしますとか言ってたけど、本当に強いのかよ?」
草薙さんの言葉にカチンと来たのか、彼はすっ…と腰の小さな剣に手をかけた。
「…試してみるか?」
「試すって…お前」
草薙さんが、呆れたように笑った…その時。
突如、外で爆発音が響いた。
「何だ!?」
小さな窓から、身を乗り出して煙の上る方角を見定める…と。
外には、以前と同じ白装束の忍者が十数人と、白い毛並みの狼のようなオンブラが数十体。
広場を守る兵士の十数人程が彼らの攻撃を受けたらしく、凍てつく吹雪に半分凍ってしまったような姿の者も確認出来た。
広間を出て廊下を走り、城の庭へと続く扉を開くと。
源隊長が先陣を切って、躊躇なく外へと歩み出た。いつものように、宇治原伍長も彼女に続く。
「我々はすぐ救護にかかります。宇治原くん?」
「はい」
『アムレット』
肩にかけた『蜂比礼』をはずし、彼女が負傷した隊士達の前に立つと、柔らかい黄色い光のバリアが、ふわりと彼らを包みこんだ。
白装束の忍者達は、一斉にこちらに視線を向け。
冷気を帯びた無数のくないを…放った。
『水天』!
『水鏡』の青白い光が、くないの攻撃を受け止める。
が。
「くっ………」
束を握る腕に衝撃が走る。
やはり…敵は、なかなかの手練らしい。
「皆!賊を城に入れるんやないで!」
愁さんの声と同時に…十二神将隊の各人は、一斉に敵に向かっていった。
白い狼達を見据え、『螢惑』を構えると。
狼達が目を青く光らせて襲い掛かり、同時に凍てつく吹雪の塊が迫る。
『火柱』!
幾つも立ち上った炎の柱は吹雪を吹き飛ばし、狼達を一瞬で燃やし尽くした。
「愁さんさっすがぁ!」
指を鳴らして叫んだ後、風牙は『青龍偃月刀』構え…唱える。
『蒼龍』!
と。
半月刀の刀身に沿うように現れた水の刃が、残った狼を真っ二つにした。
それは…なかなかの破壊力だった。
「氷は駄目でも、水の『神器』はまあ…それなりに通用するみたいやな」
「え、僕………実験台ですか?」
「宗谷隊長、僕も応戦してよろしいでしょうか?」
「…ああ」
白さんの許可を受けて、葵が静かに刀を抜く。風の『神器』…『彩雲』だ。
『明車』!
次の瞬間。
風の刃が幾重にも折り重なり…周囲のオンブラに襲い掛かると、獲物達を一気にズタズタに切り裂いた。
叫び声を上げ、消えていく狼達をしばらく見守って。
俺も『蛍丸』を抜き、構える。
『水刃』!
狼達が水の刃に切り刻まれていくのを見て、こちらを振り返った葵が、嬉しそうに笑った。
「やるじゃないか剣護!あれか、虚仮の一念ってやつ!?」
「………気を悪くするぞ」
「忍者……か」
蒼玉がつぶやく。
「同業者を相手にするのはあまり、気が進まないな」
頷いて『莫耶』を抜き、蒼玉と背中合わせに立つ。
飛んでくるくないを払いながら、態勢を整える。
『雷公』!
『風伯』!
私達に合図は必要ない。
ぴたりと揃った声同様、『神器』から放たれた雷と風は一つになり、白装束達の起こした吹雪をかき消して進む。
「ぎゃぁ!!!」
白装束達は雷に打たれ、風に吹き飛ばされて地面に叩きつけられた。
「まだまだ鈍ってはいないようだな、我々も」
「そのようだな…碧」
横で、お見事!と目を細める磨瑠。
「じゃあおいらも」
意気揚々と槍型の『神器』である『グングニル』を構えると、彼の長いひげが…ビリビリと電気を帯びた。
大きな瞳が黄色く光り。
『Pinne』!
槍の先端から白い光がほとばしり、貫かれた白装束達はばたばたと地面に倒れた。
「おい磨瑠!さっきまでそこにいたチビどうした!?」
『雷電』を構えて叫ぶ草薙に、磨瑠は澄まし顔で言う。
「『舞様』を追っかけて、どこかへ行っちゃいましたけど」
「おいっ!お前いいのかよ、伍長がそんなで!?」
「ちゃんと敵に向かっていさえすれば問題ないです。おいらは心が広いですからね」
「孝志郎、『神器』の扱いは分かるのか?」
気遣いなど無用…というように、『村正』を抜いた孝志郎がにっと笑う。
「ああ…どことなく体が覚えているようでな」
「そうか…それは心強い」
霞様と霧江様をかばうように立ち、『アロンダイト』を構える。
「ここは我々にお任せください。お二人は奥へ」
「…でも」
「心配には及びません」
きっぱり言って、孝志郎と顔を見合わせる。
「行くぞ」
「ああ」
白装束の忍者に向かい…唱える。
『紫電』!
『火蜥蜴』!
目の前の忍者達は、雷と炎の攻撃にあっさりと倒れてしまった。
………しかし。
まだまだ後陣は大勢控えており、数の減る気配は全くない。
「…厳しいな」
『村正』を振るう孝志郎の言葉に、頷く。
「それに…あの狼の化け物もなかなかのようだ」
「ああ。だが…さっきから皆で一斉にかかっているというのに、一向に減る気配がない」
「俺は…奴ら、倒れた端から蘇ってきているように思えるるんだが…思い違いだろうか」
思わず…言葉を失ってしまう。
記憶を失っても、彼の洞察力の鋭さは衰えていないらしい。
「孝志郎、韓紅一族はオンブラを自由に操ると言われているんだ」
なるほどな、と孝志郎は呟く。
「だが来斗…そうだとしても、あの白い雑魚達にそれが出来るとは、さすがに考えにくいと思わないか?」
「どこかに親玉がいる…と言いたいんだな?」
頷いた孝志郎は、近くで白装束と戦っていた右京に向かって怒鳴る。
「右京、姫達の護衛を頼む!」
彼もまた…同じようなことを考えていたらしく。
わかりました、と厳しい表情で答えると城の奥へと走り去って行った。
負傷した兵士の応急処置をしつつ、周囲の様子を伺う。
白装束の忍者と白い狼は、数を減らす気配が無い。
それに………
「ねえ、宇治原くん」
「なんでしょ?」
手を止めることなく、背を向けたまま彼は聞き返す彼に…再び声を掛ける。
「皆さん、だんだん拡散していっているように見えるんだけど…気のせいかしら」
ちょっと顔を上げ、また怪我人に向かいながら彼は頷いた。
「多分…間違いないっすわ。俺達をばらばらにするのも、奴らの作戦のうちなんやないですか?それで、弱ってる奴から叩くと…肉食獣みたいな発想ですね」
「…ええ」
韓紅というのは、想像以上に戦闘に長けた一族らしい。
「気ぃつけてくださいね、隊長」
早口で言って、宇治原くんは短剣『アゾット』を負傷した兵士にかざし、唱えた。
『ヒール』
短剣から放たれた白い光が、傷口に集まると。
そこから黒いオーラのようなものが浮き上がり、黒い霧のように負傷者の上に広がる。
中心点を見定めるように目を細め、彼が短剣を抜き放ち、黒い霧を断ち斬ると。
白い光は明るさを増し…黒い霧が消え去ったとき、負傷兵の傷はほぼ癒えていた。
ふう、とため息をついて、宇治原くんは額の汗を拭う。
「ったく…『ケリュケイオン』は、こんなんせんでも手っ取り早くて、力も強かったのに」
「…壊したのは…あなたでしょ?」
「まあ…そうなんすけど」
口を尖らせる彼にちょっとだけ微笑み、周囲をもう一度見回す。
「浅倉くんに伝えた方がいいかしら?…きっと戦ってる人たちは自分自身で精一杯よね」
「皆…大丈夫かしら?」
不安げな霧江に、笑顔で頷いてみせる。
「大丈夫よ。愁兄様達に任せておけば、何も心配いらないわ」
私が今すべきことは、城の人たちの安全を確保すること。
城内の重臣の一人にオンブラの襲来を告げ、避難を促す。
「姫様方、一体どちらへ!?」
「私達は城下の様子を見るために、東塔の方へ」
「そんな…危険です!」
大丈夫よ、と笑って霧江を見る。
「霧江がいてくれるもの。私だって何かあれば戦う用意はあるし」
その時。
「待ってください!」
背後から、右京様の頼もしい声が聞こえてきた。
「僕がお供します!」
重臣達はまだ不安そうな顔をしていたが…私達は東塔へと急いだ。
塔を登り、屋上から城下を見渡す。
「今のところ…大きな混乱はないようですね」
ほっとした表情を浮かべる霞さん。
「しかし………」
城の前の広場が、白い集団に覆われている状況に変化はない。
「何か…おかしいわ」
霧江様がつぶやいた。
その時。
突如、背後で………凍てつく吹雪が巻き起こった。
「きゃ!!!」
地面に叩きつけられ、慌てて体を起こし、振り返ると…そこには。
「貴様が…紺青の王か?」
白いローブを纏った、一人の少女が立っていた。
皆がオンブラや白装束の忍者相手に懸命に応戦している最中にあって、私は…『氷花』で必死にオンブラを振り払うのだけで、精一杯だった。
「…っもう!」
オンブラに向かって悪態をついた…その時。
『無様なもんだね、花蓮の娘』
はっとして…振り返ると。
そこには…痩せた、白い着物の女が立っていた。
冬鬼同様全身真っ白で、まるで雪女のようだ。
手には、きらりと光る一振りの日本刀。
「あなた…」
『私の名は青女』
彼女が名乗ると同時、周囲を吹雪が吹きすさぶ。
『冬鬼様の命によりお前を殺しに参った』
ちっ、と…思わず舌打ちする。
………まずい。
今までのオンブラ達とは違う…彼女は相当な力の持ち主のようだ。
でも…やるだけやってみなきゃ。
『氷花』を構え、『神力』を集中させ。
ありったけの力を込めて…唱える。
『ブリザード』!!!
『ふふ…無駄だよ』
余裕の笑みを浮かべた彼女が刀をかざすと。
吹き荒れる青白い吹雪の光は、その刀身に触れ…ふっ、と消えてしまった。
次の瞬間。
彼女の細い目が大きく見開かれ…青く妖しく光り。
刀から凍てつく吹雪が放たれ、私の体を切り刻んだ。
「くっ………」
全身を走る痛みに、思わず顔を歪めるが。
そこに…更に大きな風が吹き付けた。
「あっ………!!!」
体を地面に叩きつけられ、呻き声を上げる私に…彼女はゆっくりと近づいてくる。
『…学習しない娘だね』
「う………」
『まあ、それでも…我々に歯向かおうっていう、その心意気は認めてやろうじゃないか』
「藍!」
声の方に視線を向けると、一夜がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
しかし。
突如現れた青白い吹雪の壁が、彼の行く手を遮り。
『…邪魔立てはさせぬ』
そこには白いコートを纏った、大柄な男の姿があった。
「…何だ!?」
『…六辺香』
低い声で呟いて、男はゆっくりと大太刀を抜く。
「随分と…雅な名前なんだね、お前」
皮肉っぽい笑みを浮かべ、一夜も静かに『大通連』を抜いた。
「けど…悪いけどそこは退いてもらおうかな!?」
『巴』!
一夜の刀の先から放たれた風圧が、男の大太刀から放たれた白いバリアに遮られ。
二つの力が拮抗して…閃しい光がほとばしる。
「くっ………」
青女と名乗った女は、顔をゆがめる一夜を愉快そうに眺め…こちらに向き直ると、蛇のような目で私を見据え、ちろりと舌なめずりをした。
『さあお嬢ちゃん。王子様が苦戦している間に、あんたの息の根を止めてやろうじゃないか』
「藍!!!」