Ep23
『やっぱりな。お前なら、こんな簡単にくたばっちゃいねぇだろうとは思ってたが』
玉屑の声に、うっすらと…目を開ける。
『上で待っててやったのに、あんまり遅いんで来ちまったぜ』
あの…ガキ。
あの姿、あの声、それにこまっしゃくれた喋り方まで…あれはまるっきり『昔の僕』だ。
一体、どういうつもりなんやろ。
『おいおいどうした?さっきまでの威勢の良さはどこ行っちまったんだ?』
あんな事言われりゃ…誰だってこうなるわ。
僕の戦い。
紺青の為。紺青の民の為。
霞様の為。
………分からない。
物心ついた時からずっと、自分は一人ぼっちだと思っていた。
朔月に伝わる様々の武術剣術を叩き込まれ、一番弟子という呼び名に恥じないようにと、がむしゃらに戦ってきたのだ。十二神将隊に入隊した後も、南の前線で何度となく、抵抗勢力と死闘を繰り広げてきた。それに、あのベルゼブとの戦いだって…何度駄目だって、諦めそうになったことだろう。
けど。
僕は一体、何の為に戦ってきたんだろう。
そんなの、考えたこともなかった。
『感じるか?』
唐突な問いを僕にぶつけた玉屑は、冷たい天井を見上げ、独り言のようにつぶやく。
『やつら…やりやがったな。どうやら氷柱を破壊したらしい』
「な…に………?」
『あの姫さんの仕業か、くれはかは…わかんねーけどな』
…そうか。
僕がこんな無様に戦ってる間に…みんな、やってくれたんやな。
『つまり…俺の命も、残り僅かってことさ』
一瞬寂しげな光を宿した、玉屑の目が…爛々とした妖しい色を帯びる。
『こうなったら…是が非でも、てめえの首は頂いてくぜ。心置きなく、あの世に戻ることが出来るように、な』
『螢惑』。
相変わらず、その光は…失われたままで。
もしかしたら…今度こそ、『神器』としての力を失ってしまったのかもしれない。
思えば、こいつのお陰で僕は、ここまで走って来れたんだ。
………ここで…終わってしまうんだろうか。
『気分はどうだ?こんな地下の暗くて冷たい所で、一人淋しく死んで行くなんざ』
………そうか。
父親にも知られず、花街の片隅でひっそりと生まれ。
母親を失い、自分の出生に関する記憶の全ても…失って。
そして…一人で、必死に生きてきた。
死ぬのも…一人…か。
何だか………自然なことのような気も…する。
『ご無事で!』
右京の声が、脳裏にこだました。
『気をつけてね』
その末尾に重なるように…一夜の声。
『愁くん』
舞の声と。
『愁兄さま』
霞姫の声、霧江姫の笑顔。
こいつには…あと、どのくらいの時間が残されているのだろう。
それはきっとそう、長くない。だとすれば、こいつをここまで引き止められて…僕も少しは、あいつらの役に立てたんじゃないだろうか。僕の戦う意義なんてものは別にしても、それはきっと意味のあることなのだろう。
ここらが………潮時…か。
次の瞬間、脳裏をよぎったもの。
振り返って、じっとこちらを見つめる…黒い瞳。
何も言葉を発することなく、静かに佇む彼女の姿。
その背後に…艶やかな紫の着物姿の、髪の長い女性の姿が透けて見えた。
感情のない、ぼんやりとした瞳に。
不意に………優しい光が点った。
母さん。
『幸せになって』
………そうだ。
『じゃ、いくぜ。これが最後だ』
玉屑の鎖鎌が冷気を帯び、吹きすさぶ凍てつく風に包まれた。
『螢惑』は…相変わらずだが。
体の芯から沸き上がってくる…燃え滾るような、何かを感じた。
『やっと分かったみたいやな』
あどけなさの残る少年の声が、耳の奥で響いている。
『お前はずっと、自分の為に戦ってきたんやろ?』
『おっ、やる気か?…そうこなくっちゃなぁ!』
玉屑が愉快そうに笑い、顔を引き攣らせて叫ぶ。
『食らえ!!!』
襲い来る冷たいかまいたちを、炎の壁が受け止める。
ずしりとした重みが、全身に加わった。
『母さんに生かされた命、守るために…何が幸せかなんてわからへんけど、何事か成し遂げて、己の命の価値を証明するために、お前は戦ってきたんや』
声に鼓舞されるように、炎は勢いを増し。
燃え盛る火柱の向こうには、歯を食いしばる玉屑の姿が見える。
『だからお前に、目の前の男を浅ましいとか、身勝手だとか、そんな風に言う筋合いはない。けど…それでええやないか?己の為に戦い続けて、それが巡り巡って舞や、孝志郎や、姫達や、紺青や…くれはの為になるんなら』
「お前…さっきから、ごちゃごちゃうるさいわ」
少年の声が、不意に途切れる。
玉屑を見据えたまま…僕は両拳を握り、交差させて前方につきだした。
「要は…僕のやりたいようにやったらええ、いうことやろ?」
『……………』
首狩り…だと?
ふざけたことを。
それに。
『俺を一度でも圧倒した男を生かしてはおけない』…だったか。
あいつの言葉…そっくりそのまんま、返したる。
「あいつが…とにかくむかつく。だから倒す。それだけや」
傍らに立つ、少年が笑う。
『そやな…それでええ』
それこそが『浅倉愁』だ。
そう呟いて、彼は炎の中に消えた。
『そんなら僕も…力の尽くし甲斐があるってもんや』
…はっとした。
腕の『螢惑』に…赤い光が戻ってきたのだ。
「そうか」
灼熱の炎と、襲い来る冷たい吹雪に歯を食いしばって耐えながら。
僕はにっ、と笑って…『螢惑』に答えた。
「ああ…頼むで、『螢惑』!!!」
『朱雀』!!!
次の瞬間。
重圧を振り切るように広げた両手の先端から、激しい炎がほとばしり、暗い洞窟内部を赤々と照らし出した。
シュウ………と、蒸気の吹き上がるような音と。
『うあぁぁぁ!!!』
どこか野獣の雄叫びにも似た、男の叫びがこだまして、ふっ…と、消えた。
静かになった空間に、私一人。
今まであった氷の柱は…いつの間にか消え失せている。
たてはさんは………一体どこへ行ってしまったんだろう。
と。
ずきん、と胸に激痛が走り。
薄暗い洞窟の風景が…一気に遠のいていって。
鈍い痛みと共に、私の体は地面に崩れ落ちていた。
『………紺青の姫よ』
今までと違う…気遣うようなたてはさんの声。
「なんだ………まだ…いらっしゃったのですか」
寒い。
身動きが取れなくて…濡れた体から、熱がどんどん外に逃げていくのがわかった。
ふう…と、深い溜息をつくと、目の前がぼうっと白く曇る。
「………ああ…こわかった」
言葉にすると、閉じ込めていた感情が一気にこみ上げて来て。
涙が流れて…止まらなかった。
『そなたは…何故』
「あなたの前ではせめて…『強い紺青の姫』でいなければと…思ったのですもの」
ずっとずっと、憎しみの対象であったはずの…紺青の姫。
それが恐怖に震え泣き叫ぶ、ただのか弱い娘であったなら、命を捨ててまで私を討とうとした彼女は…なんと思うだろう。
怖くて怖くて、仕方がなくとも。
「せめて………毅然とした態度だけは崩さずに。そうすれば、あなたは最後まで『敵は高飛車で憎たらしい、非情な紺青の姫だ』と思うことが…出来るでしょう?」
『敵に憎ませるのもそなたの務めだ、と…申すのか』
「ええ………それがあなたへの、せめてもの償いになるだろうと…思ったのに」
ふっ…と、口元が緩む。
「こんな風に見破られてしまっては…仕方がありませんね」
『ああ………そのようだな』
…優しい声。
『そなたは良い王になる』
たてはさんは、懐かしい、温かくて柔らかくて甘い…母様の声だった。
『紺青の姫でなければ、そう…申しているところだ』
「………お褒めにあずかり…光栄です」
きっと、母様の代わりに…私を褒めてくださっているのね。
そう思ったら…涙はいつの間にか、乾いていた。
『私は、もう…行かねばならぬ』
「…たてはさん」
『だが、一片の悔いもない』
晴れ晴れとした声が、頭の中で響いた。
そして、閉じた瞼の裏に浮かび上がったのは。
『私の敵は紺青の姫で…良き敵であった』
初めて見る彼女の…明るい笑顔だった。
くれはは、たてはさんにとても良く似ている。
幸せそうに笑った顔が…特に。
彼女が消え、静かになった洞窟には。
どこかで吹く、風の音だけがこだまする。
くれは…ごめんね。
母様と最後に、お話したかったでしょうに。
………でも。
これで私は…ちゃんと、自分の役割を果たすことが出来たわ。
後は………
右京様。
お願いしますね…紺青を。
…くれはのことも。
獣の遠吠えのような風の音は。
次第に…遠ざかっていった。
「私も…少し休んだら………必ず…参りますから」
「くれは、くれはしっかりしろ!!!」
遠く聞こえた右京の呼ぶ声が、段々近づいてきて。
私は…ゆっくりと目を開けた。
私の手を包んでいた温かい手を握り返すと、彼はほっとしたように目を細める。
「大丈夫か?」
「………ああ」
地面で、白い石の欠片が…きらきらと光っている。
指輪のあった手をゆっくりと上げ…彼に見せ、笑った。
「せっかく…花蓮がくれたのに…無駄にしてしまった…な」
あの時。
もう駄目か、と思った瞬間。
この指輪…『玉兎』が…砕けたのだ。
すると。
私の力が具現化した白い鳳は、拘束が外れ…活き活きと羽ばたいた。
そして、裂ける程大きく口を開き、白い嵐を吐き出した。
冬鬼の獣は、氷雪の渦に飲み込まれ。
地獄の底から響くような叫び声と共に、その姿を…消した。
「何とか…だが、約束を破ってしまったな」
『もう、『神器』を介さず力は使わない』
そんな風に、霞達と約束していたのに。
「でも………ありがとう。お前のおかげで助かった」
優しい笑顔の右京に…私も微笑んで頷く。
「だが…無駄になってしまったな」
私の呟きに、彼は不思議そうな顔をする。
ローブのポケットに、手を突っ込む。
柔らかい曲線の硬いものが、ひやりと手に触れた。
『これを、右京様に』
それは別れ際に、霞が私の服に滑りこませたものだ。
「何?」
「ああ…実は、霞が」
その時だ。
体が…大きく震えた。
霞む視界の先に、見えたもの。
………まさか。
『危ない所だったな』
そんな。
仕留めた筈だ…確実に。
思わず傍にいた、右京の腕をぎゅっ…と握りしめる。
「冬…鬼………」
腹の底から息を吐き、じっと前方を見据えると。
岩肌を覆っていた氷は、蒸発し濃い霧となって、周囲をぼんやりと包みこんでいた。
僅かに生えていた苔の類は、黒い煙と焦げた匂いを漂わせており、白い視界の向こうには、焼けて赤く光る岩が見える。
玉屑は………
静かな、どこか満足げな笑みを浮かべ、僕の目の前に立っていた。
『大したもんだぜ、紺青』
背後の焼けた岩々と立ち上る煙が、玉屑の笑顔の奥に、ぼんやり透けて見えている。
『この玉屑を倒すなんて、な。てめえは俺の見込み以上の男だ』
「当たり前や。最初から分かりきってたことやろ」
『…言ってくれるぜ』
清々しい声で笑って、彼は僅かに光の刺す、天井を仰ぎ見た。
『礼を言わにゃならねぇな』
「…礼?」
『楽しかったぜ。浅倉愁、てめえのおかげでな』
その生涯を戦いに捧げた、韓紅一の戦士。
病に倒れ、命を落とした…その事が、とにかく心残りだったのだという。
『どうせ死ぬんだったらよ…強い奴と戦って、首刎ねられて死ぬ方がよっぽど俺らしい。そう思うだろ?』
「…まあな」
『だから、狩って百を刻むのも良し、殺られて灰になるのも良しだ』
満足気に言う彼に、僕は思わず笑みを浮かべて頷いた。
呆れた奴。
けどまあ…ここまで潔いと、逆に気持ちがいい。
ありがとよ、と笑う彼の姿は、どんどん薄くなっていく。
『先に、地獄で待ってるぜ』
「地獄、かい」
『当たり前だろうが。お前にも俺にも、天国なんざ似合わねえよ。ま、死ぬときは…しっかり首洗って来るんだな』
「…望むところや」
腕の『螢惑』は、強敵だった彼を見送るように、仄かな赤い光を放っている。
『あばよ』
片手を上げ、くるりと僕に背を向けて。
玉屑は………
白い霧の中に…消えた。
『そろそろ目を覚ましたほうが良かろう…』
六辺香の声が耳元で聞こえ、はっとして体を起こす。
「あ…れぇ………?」
…彼の姿はそこにはなく。
冷たい風が、静かに吹き抜けていた。
話しているうちに…いつの間にか、気を失っていたらしい。
あいつ…消えてしまったんだろうか。
「別れの挨拶くらい、させてくれたってよさそうなもんだけど」
唇をちょっと尖らせて、呟いてみて。
岩のごつごつした天井に、視線を向けてみた。
さっきに比べると、大分体の自由も戻ってきたような気がする。
まあでも…あいつらしいって言ったら、そうか。
右京、愁…大丈夫かな。
……………それと。
「藍………」
「………あれ」
今の………
周囲を見渡して、首を傾げる。
「…気のせいか」
…そうだよね。
そんな筈………
その時。
はっとして…けたたましい獣の声の聞こえる方角に、じっと目を凝らす。
それは、ちょっと異常な光景だった。
沢山の白い獣達と一人対峙する男性は、全身傷だらけで。
どれも、限りなく致命傷に近い。
四方から襲い来る獣の鋭い牙に喰いつかれる度、苦痛に一瞬顔を歪めるが…素早く態勢を整え直し、鋭い突きで獣を撃つ。
彼はもうずっと、そんな危険な戦闘スタイルを続けていた。
身の毛のよだつ悲鳴を残して数体の獣が消えた後、彼は表情を変えずに何かをぷっ…と吐き出す。それは血まみれの…透明の石みたいなもの。
彼は血に染まる白衣のポケットからまた似たような石を取り出すと、素早く口の中に入れ、奥歯でぐっと噛みしめ軽く目を閉じる。
すると。
満身創痍のその体は…白い光に包まれ。
痛々しくえぐれた傷が少しだけ、小さくなるように見えた。
その時………ふと気づく。
あれ…『ジェイド』か。
自らの体をそうやって僅かずつ回復させながら、彼はたった一人で病院を守っているのだ。
背中で青女の小さな呻き声が聞こえ、慌てて我に返ると…私は彼の名を呼んだ。
「宇治原さん!!!」
珍しく眼鏡を掛けていない彼は、はっとした顔で振り返り…目を細め怪訝そうに私を見る。
「お前…何や?その」
「説明してる暇はないんです!お願いですから彼女を」
『だ…から………要ら…ないって………』
「お前…阿呆か。そいつは紺青を襲った張本人やねんで?」
「分かってる!分かってるけど!それに怪我させたのも私だけど!でも!お願いですから、彼女を助けてあげてください!」
『甘い…ね………あんたは』
その時。
ふっ…と体の力が抜けて。
私は彼女を背負ったままの態勢で、ぐしゃっと地面に崩れ落ちた。
「三日月!?」
病院を囲んでいたオンブラ達は負傷した主の姿に動揺したようで、すっと蜘蛛の子を散らすようにどこかへ行ってしまい。
不意に静かになった病院の中庭で、宇治原さんは慣れた手つきで私の腹部にきつく包帯を巻き、上から『ジェイド』をあてがって…呆れたように笑った。
「…たく、そんだけど派手に出血しとったら、貧血起こすに決まってるやろ」
一瞬気を失いかけたが、『ジェイド』のお陰で少し体に力の戻った私は…慌てて起き上がり、激痛に耐えながら彼女の名を呼ぶ。
体中傷だらけの青女は、降り積もった雪の上に…静かに横たわっていた。
宇治原さんの腕を掴み、もう一度…彼女を助けてあげて、と叫ぶが。
『要らないっつってんのが聞こえないのかい!?』
最後の力を振り絞ったような彼女の叫びに…私は思わず、言葉を失った。
『紺青の手に落ちて…情けなんかかけられちゃ………冬鬼様に合わせる顔がない』
「何…何言ってるのよ!?」
私は這うようにして彼女に近づき、ぎゅっとその細い腕を掴む。
「あなたは生きなくちゃ駄目!生きて北に帰らなきゃ」
『北に………?』
そうよ、と大きく頷いて、私は驚いたように目を見開く彼女に…必死で声を掛ける。
「そう!北に…冬鬼の所へ帰るの!そして伝えなさい!ちゃんと…あなたの気持ち!」
『私の………気持ち?』
私を倒せたとしても、打ち破られたとしても…結果は同じだ。
彼女に残された時間はもう、僅かしかない。
「あの人が好きだったんでしょ!?ずっと言えなかったんでしょ!?氷柱が溶けて消えてなくなったら…もう一生、伝えることは出来ないのよ!?それに」
たてはさんが青女を『哀れむように見ていた』?
そんな筈…ない。
「たてはさんはね!あなたが羨ましかったのよ!」
『私が…羨ましい………?』
「そうよ!族を追われるような忌まわしい力を持たず、正面から一族の皆を守ることが出来る、そんなあなたが!哀れに思っていたものがあるとすれば」
脳裏に蘇るのは…悲しげなメロディを口ずさみながら、遠い目をして北の空を見上げる…小春さんの横顔。
その記憶は、青女の言葉で思い浮かべたたてはさんとぴったり重なって、私の胸を…ぐっと苦しく締め付けた。
「たてはさんが本当に忌まわしく思っていたのは、あなたじゃない…彼女自身よ!!!」
驚いたように目を見開く青女の腕を、強く掴んで大きく揺さぶり、私は更に呼びかける。
「今までずっと誤解してたってこと、帰ってちゃんとたてはさんに謝って!あなたは北へ帰って、やらなくちゃいけないことが沢山あるのよ!!!だから」
リアリストの宇治原さんは、私の言動に呆れ果てているのかもしれない。
青女に縋って怒鳴る私を止めたりもしないで、静かに成り行きを見守っていた。
私は傷口に当てられていた『ジェイド』をそっと、青女の手に握らせる。
「ね…これ、しっかり持って。おとなしくしてればすぐに楽になるから」
かろうじて、口の端を上げ。
『ほんと…とんだ甘ちゃんだね…あんたは』
青女はそんな風に呟いて。
『ジェイド』を宙に放ると…どん、と私を突き飛ばした。
「!?」
彼女の体が…青白い光に包まれ。
輪郭が次第に…薄れていく。
「青女、あなた…」
『お別れ…だよ…お嬢ちゃん』
囁くような微かな息で呟いて…彼女は静かに瞼を閉じた。
『あんたの…言う通りかも…しれない…ね。最期は………冬鬼様のお傍に』
眩い光の中、懸命に目を凝らす。
「一体…何をするつもりなの!?」
『私…の………残った力を…お返しするんだ…あの方に………さすれば…あの………たてはの想いにも…適うだろう…せめてもの…罪…滅ぼしに………』
「馬鹿なこと言わないで!」
私の叫びに小さく首を振り。
青女は、もう何も思い残すことはない、と…呟いた。
『再び…冬鬼様…に…お目にかかれて…お傍に…仕えることが出来て…本当に………幸せだった』
それに。
彼女は、今までに見たことがない穏やかな表情で…私を見つめる。
『あんたみたいな…根っからの…お人好し………生まれて…初めて見たよ』
「………青女」
『今度生まれ変わったら…あんたみたいに生きるのも…悪く…ない』
まっすぐ自分の気持ちと向きあって、誰かを愛し…そして愛されたい。
その表情には迷いも、苦痛も…一切なくて。
白い雪野に消える間際の、彼女の優しい声は…私の耳の奥に残った。
『三日月藍………今度生まれ変わったら、もっと………別の形で』




