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Ep18

洞窟の奥深くで、道は二つに分かれていた。

玉屑と六辺香は、互いに顔を合わすことなく、二手に分かれて歩いていく。

当然俺達にも、分かれてついて来いってことなんだろうけど…

「………何?」

じっと見つめる俺に、愁は怪訝そうな視線を向ける。

「…気をつけてね」

「ああ?」

俺がさんざん馬鹿やったせいなのか、激しい戦いになるという予感からか…愁は若干気が立っているように見える。

「お前、誰に向かって言うてるつもりや?」

「…愁」

「……………」

「無事で…また、ここで会おうね」

当たり前や阿呆、と吐き捨てるように言って。

「お前こそ…らしくないこと言わんと、しっかりし」

愁は冷静な赤い瞳で俺をじっと見つめ、くるりと背を向けて玉屑の後を追った。

俺も…大きく深呼吸をして振り返り。

白いコートを身に纏う『敵』に…焦点を合わせる。


彼の体は、眩い白い光に包まれる。

『…参る』

返事はせずに『大通連』に手を掛ける。

ぐっと態勢を低くし、踏み込む。

二つの刀が中央で交わり、眩しい光を放つ。

縦横無尽に走る両者の刀は、耳に響く鋭い音を立てる。

『烏帽子』

大柄な六辺香の動作の隙をついて素早く唱えると、刀の先端から白く光る空気の塊が放たれる。が。

青白い光を帯びた大太刀が振り下ろされた瞬間、それは破裂音と共に薄暗い空間に消える。

思わずちっ…と小さく舌打ちして、目の前に迫ってきた刃を刀で振り払う。

六辺香の一撃一撃は素早く、そして重い。

得物が長い分、動きに間は出来るが。

それを感じさせない、隙の無さ。

この調子だと…なかなかの長期戦になりそうだ。

と。

不意に距離を詰めた六辺香は、短く鋭い咆哮と共に青白く光る刀を横一線に走らせる。

咄嗟に、構えた『大通連』で受け止めるが。

彼の腕力に加え『神力』の込もった刀の威力は、今まで以上に大きく。

ぐっと奥歯を噛みしめるが、ズズズ…と音を立てて足場が後退するのが分かり。

『大通連』は、刀身が白く眩い光を放つ。

どうやら…食い止めるのにも『神力』が必要らしい。

紺青の一族ほどでないにせよ、韓紅一族の『神力』には我々を遥かに上回るものがある…という、来斗の言葉が脳裏を過ぎる。

『反撃せぬのか?』

激しい動きと裏腹に、静かな声で問いかける彼に。

力を込めて大太刀をなぎ払い、後方に退き。

俺は口の端を上げ、笑って答えた。

「まあ…そう急かしなさんなって」

ほんの一秒だけ、息を止めて目を閉じる。

自分より大柄な大太刀遣い。

剣術の達人であると同時に、優れた『神器』遣い。

自分を遥かに凌ぐ『神力』の持ち主。

どう攻める?

答えは…一つしか無い。

自分に言い聞かせて、目を開ける。

『巴』

唱えるのとほぼ同時、六辺香の刀が白い光の刃を放つ。

二つの力は、ほぼ中央で拮抗し。

ぐっ…と腕に強い力が掛かる。

「くっ………」

全身の『神力』を集中させ、刀を前に押し出すと。

ふっと掛かっていた力が消え。

大きく跳躍した六辺香は、大太刀を高く振りかざし頭上から襲いかかってくる。

素早く『小通連』に持ち替え。

『神風』

唱えるのと同時。

大柄な彼の体は、巨大なかまいたちに包まれるが。

両手を体の前で交差させ、切り刻もうと襲いくる風の刃から自身を庇い。

六辺香は再び、大太刀を俺の頭上から振り下ろす。

体を捻って回避すると、素早く『大通連』を抜き。

至近距離で再び。

『巴』

しかし。

素晴らしい反応を見せた彼の大太刀から、さっきより大きな白い氷雪の嵐が放たれており。

拮抗した力は、次第にこちらへ迫って来て。

「行け!」

自らに喝を入れて放った『神力』は、吹雪の壁を貫くかと思われたが。

かっ、と目を見開いた彼の『神力』は…こちらの想像以上のもので。

目の前が、凍てつく白い光でいっぱいになる。

「あっ………!」

あまりに速く、回避することが出来ず。

冷たく硬い氷の礫が、幾つも体を貫き。

激しい嵐は、いとも簡単に俺の体を宙高く巻き上げ。

遠く後方の壁に強く叩きつける。

「うっ………」

全身を激しい痛みが走り。

一瞬…動けなくなるが。

ぐっと奥歯を噛みしめて立ち上がり、懐から『顕明連』を抜き放って叫ぶ。

『妙光』!

『かっ!!!』

鋭く叫んだ六辺香の刀から、再び白く眩い光が放たれる。

二つの光の衝撃に、意思に反して震える腕。

気が遠くなりそうな感覚。

…駄目だ。

「はああああっ!!!!!」

ありったけの『神力』を『顕明連』に込めると、黄色い光が放たれ。

一直線に六辺香の方へ走る。

「行けっ!!!」

………が。

六辺香の体を強い白い光が包みこみ。

『………甘い!』

光は大太刀の先端に集まって、黄色い光を貫くと。

一瞬でこちらに到達し…俺の体を貫いた。

「…っ!!!」

冷たい空気の中に、鮮血がほとばしり。

意識が瞬時に遠のいて、がくっと地面に膝をつく。

「………くっ」

呼吸が出来ない程の痛みに耐え、立ち上がって刀を構えるが。

突き上げるような感覚に…激しく咳き込んで。

鉄臭い味に…思わず顔を歪める。

…血…なんて………久々に吐いたな。

だけどこれは…以前のものとは違う。

『血の涙…か』

六辺香は、感情のない声で淡々と言う。

『自らに見合わぬ『神力』を発揮しようとすると…斯様に血の涙を流すと言うな』

血の涙?

…彼の攻撃で負った傷の他に、目から溢れでた赤いものが頬を伝っているのに気づく。

………ちと…やりすぎたか。

けど…これもまあ、想定の範囲内といえば、そうだ。

『顕明連』を抜き。

『妙光』!

黄色い光が一直線に六辺香に向かい。

青白い光と再び拮抗して。

目が眩むような閃光と、腕にかかる…物凄い力。

体に震えが走り。

ふっ…と一瞬、意識が遠くなる。

…っと、まずい。

はっとして、再び…『神力』を集中させる。

必死な俺と対照的に彼は刀に強大な『神力』を送りながら、依然…平静を保っている。

『もう…止さぬか』

「…だ…まれ」

『このままでは貴様…死ぬぞ』

…死ぬもんか。

「行け!『顕明連』!!!」

全身の力を込めて叫び、刀は今までで一番の輝きを放つ。

黄色い光は青白い光を貫き、六辺香の目の前に迫る。

が………

『はっ!』

鋭い声を上げ、刀を振るった彼の目の前で、それは…

まっぷたつに切り裂かれ…消えてしまった。

………まじ…か?

反撃に備えて防御の姿勢を取ろうとする…が。

瞬時に全身から力が抜け…

がくっ…と膝を突き、俺は冷たい地面の上に前のめりに倒れた。


…一夜。

立て。

でないとこのまま…死ぬぞ。

『どうやら、立ち上がる力すら、『神器』に吸い取られてしまったようだな』

…うるさいなぁ。

そう思ったが声に出すことは出来ず…また咳き込んで、血を吐いた。

『『神器』は、『神力』に乏しい人間の命をそぎ落としてしまうことがある。『神力』と、いわゆる人の魂とは表裏一体。身の丈にあった遣い方をせねば、『神器』は両刃の刃となる』

まだ若かりし日の龍雲斎先生の、凛とした声が耳に蘇る。

『その『神器』は、そなたにはちと…重すぎるのではないか?』

案じるような先生の言葉を、まだもっと若かった俺は笑って聞き流した。

あの時の感情は、『魅入られた』という言葉がぴったり来る。

『大通連』達は、多少の危険を受け入れて余りある程…美しい刀だった。

実際今まで一度も、不自由することなんて無かったし…

そう。今この瞬間まで、『神器』の恐ろしさってやつを実感したことはなかったのだ。

『貴様はこれまで、『神力』を使い果たさねばならぬ戦いを経験したことがなかったのであろう』

…腹立たしいが、全くもってその通り。

『神器』の力に頼らなくたって、十分に元来の剣術の腕で凌げていたのだ。

そのことまで、どうやら彼には読まれてしまったらしい。

『貴様程の遣い手…敵にしておくのはちと、惜しい』

「こう…えい………だね」

やっとのことで発した言葉に、彼は少し驚いたらしい。

『回復は速いようだな…そうか』

何がそうかなんだか…と心の中で悪態をつき、右肘にぐっと力を込めて上半身を起こすと。

目の前の地面に、鞘に収められた一振りの刀が転がってきた。

『使え』

「…何の…つもり…さ」

『それは『神器』ではない、ただの鋼の刀だ。今のお前でも難なく扱える筈』

手を伸ばして漆黒の鞘に収められた刀を手に取り、ゆっくりと立ち上がる。

「で…何をしようって…わけ?」

『私も…これを使おう』

手にしているのは、さっきまでの大太刀とは違い、俺に投げて寄越したのと似たような刀。

『これで一戦…手合わせ願いたい』

「………は?」

こいつ…何言ってるんだ?

『私はこれまでに、貴様程の剣術遣いに出会ったことがない。このまま『神力』の差故に貴様をむざむざ殺してしまうのは…勿体無いように思えてな』

体の傷はズキズキ痛み、いまいち力の入らない体は自分の意に反しふらふら揺れる。

そんな状況で…俺は黒い鈍い光を放つ、その鞘を呆然と見つめ。

よく回らない頭で…考える。

………つまり。

「『神器』抜きで…純粋に剣術で俺と…戦いたい…って…そういうこと?」

頬を伝う赤い涙を手の甲で拭って、小さく頷く六辺香を見つめる。

今までのをご破算にして、俺と剣術の勝負をする…だって?

ここまで圧倒しているというのに?

なんて………

いや…そうか。

思わず…笑みが溢れる。

「『酔狂』な奴だな、お前って」

まるで…どっかの誰かさんのようだ。

『何とでも言うがよい。どうせ負けはせぬ』

「どうだか」

きっと相当自信があるのだろう。

けど…それならこっちにだって。

受けて立ってやろうじゃないか。

すらりと長い刀は美しい拵えで、薄暗い空間できらりと光った。

「俺…良く知ってるよ。お前に…よーく似た奴」

六辺香はひっそりと微笑み、刀を抜いて構える。

『…ほう。それは妙な巡り合わせだな』

そう。

そいつは今…お前の目の前に立ってる。

『では…参る!』

「…いつでもどーぞっ!」


静かな空間に、刀の交差する激しい金属音だけが鳴り響く。

普段の得物と長さが違う…というのは、幾分かやりにくいものなのだろうか。

六辺香の動きは先程と比べると、やや精彩を欠いていた。

とはいっても、やはり。

「速いな、お前」

上段に構えた姿勢を崩さず、射貫くような鋭い目でじっとこちらを見据えている彼に、応戦しながら声を掛ける。

『貴様…仕掛けては来ぬのか?』

表情を大きく変えることはないが、さっきから防戦一辺倒の俺に少し…痺れを切らしてきたらしい。

「生憎…これが俺の持ち味なんでね」

『…小癪な』

振り上げられた刀がきらりと光り。

今までにない速度で、振り下ろされた。

「っと!」

既の所で回避するが、危うく刀を取り落としそうになる。

そして。

上、右、左、突き…次々に繰り出される刀のスピードは…突如、加速する。

『貴様の企みなど知れたこと!こうして私に刀を震わせることで、体力を消耗させようとしているのだろう!?そして、力を温存し…貴様自身の『神力』の自然回復を狙っている、違うか!?』

「まあ…それも一理あるけど」

キン、と耳障りな音が響き。

二つの刀が、交差したまま動かなくなる。

鍔迫り合いの状態のまま。

攻勢に出た俺に動揺したように、目を見開いている六辺香を…じっと見据える。

「ほらね、俺…こういうの得意じゃないんだもん」

刀をぐっと前に押し出すと同時に体を反らし、攻撃できる間を取って。

彼の手首に狙いを定め、素早く突く。

はっとした表情の六辺香は刀を振るい、既のところで攻撃を回避したが。

不規則な動きで大きく開いた胴めがけ、俺は横に向けた刀を一閃させる。

しなやかな動きで刃は彼の体を捉え…鮮やかな赤い血が飛び。

『ぐっ………』

刀を返し、彼の肩を狙って切っ先を滑らせる。

俺の刀は、六辺香の巨体を袈裟懸けに切り裂く…はずだった。

が。

柄を握る手に、激しい衝撃が走る。

「…驚いた」

結構、力入ってたはずなんだけど。

態勢を立て直した彼の反撃に、あやうく刀を取り落としそうになる。

先程よりは明らかに余裕のなさそうな六辺香は、痛みに少し顔を歪めながら、また立て続けに刀を振るい、俺を壁際にじわじわと追い詰めていく。

『どういうつもりだ?』

思わず笑顔になってしまった俺に、怒りの篭った声が飛ぶ。

「すまない。つい…ね」

わくわくしないと言ったら嘘になる。

こんなに手強い敵、これまでに出会ったことがないんだから。

『貴様は…私の見立て通りの男だ。剣術に長け…好戦的で冷血な』

「なんだか…誉められてるんだかけなされてるんだか、よくわかんないな」

淡々とした会話をかき消すような、激しく刀の交わる音。

そして。

靴の踵がこつん、と土壁に当たるのを合図に。

俺は刀にぐっと力を込め、彼の刀を外側に払う。

『なっ…!?』

体を捻って彼の背後に回ると、肩から脇腹に掛けて刀を振り下ろす。

硬い筋肉を切り裂く手応えと、刀を伝う血の匂い。

『くっ………』

六辺香は肩越しに…憎らしげな、ぎらりとした瞳をこちらに向け。

渾身の力を込めた刀をこちらに伸ばしたが。

その動きはさっきと比べると、遥かに緩慢に見える。

落ち着いてその切っ先を払い、彼の体を撫でるように刀を滑らせると。

今度こそ彼を確実に捉えたはずの刀が、彼の刀と交わり鋭い金属音を立てた。

「………っと」

腕に軽い痺れを覚える。

『なんのっ………!』

再び距離を取り、構え直した六辺香に…ほんの僅かに、気持ちが波立つのを感じるが。

『心は常に凪のように』

それを封じ込めるかのように、師匠の穏やかな声が脳裏を過ぎる。

…そう。

あいつの傷…決して浅くはないはず。

大きく一つ吠え、六辺香が刀を上段に構えるのが見える。

呼吸を整え、刀を下八双に構え。

『おおおおお!!!』

まるで嵐のようにこちらへ突進してくる彼を…凪いだ心で待ち構える。

引きつけて、引きつけて…まだだ。

微動だにしない俺を異様に思う余裕も、今は彼にはないらしい。

『食らえ!若造!!!』

六辺香の刀は、今にも俺の体を脳天から真っ二つに切り裂かんと唸っている。

が。

そうさせるには…ほんの一瞬だけ、俺の刀の方が速い。

『ぐうっ………』

刀の突き刺さった脇腹から鮮やかな血が溢れ、流れ落ちる。

「第2ラウンドは…俺の勝ちみたいだね」

口から血を流しながら、恐ろしい獣のような目でじろりと俺を睨み。

六辺香はそのまま…鈍い音を立てて地面に崩れ落ちた。

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