Ep15
『来斗さん!報告します』
無線から響いてきたのは、威勢の良い周平の声。
『韓紅の討伐、順調に進んでいます。どうやらこないだの『三将』…でしたっけ?あいつらはこちらに赴いてないみたいで』
オンブラも以前ほどの強敵ではなく、城下で戦う十二神将隊の隊士達に制圧できそうな気配らしい。
『右京様達がアジトへ向かったの、気づいたんでしょうか?』
「…そうだな」
だとすれば、こちらに兵を向けることより、韓紅の拠点を固めることに注力しようと考えてもおかしくはない。
霞様も奴らの手にあるのだ。
こちらとしても、全力で戦いきれない事情がある。
おかしくはない…が。
「だとすれば…何故この時期に、わざわざ手下を送ってくる必要がある?」
『それは…』
俺の独り言を、そのままの問いかけと受け取ったらしい周平が、不意に言葉を濁らせる。
『右京様達がいなきゃ…大したことないって…なんか…ナメてたんじゃないですか?僕達のこと』
「そう…だろうか」
彼らは知らないのだろうか。
紺青の姫は…霞様だけではないこと。
「剣護何やってんの!?早く早く!!!」
杏の叫び声が、キンキン頭に響く。
「あー、分かったから…そう興奮するな」
「だってぇ、早く行かないと獲物全部他の隊の連中にやっつけられちゃうよ!?ただでさえ、こないだん時より数が少ないって話だしさぁ」
意気揚々と、『ジン』を掲げて胸を張る。
「お前…学校はどうした?」
こういう時士官生は、天一隊士の指示に従うことになっている筈なのに。
杏は不敵に笑い…ブイサインをして見せる。
「学校なら…さぼった」
「…さぼっただとぉ!?」
「演習みたいに先生達とうろちょろしなきゃいけないんじゃ、好きに暴れられないじゃん。剣護や勾陣のみんなと一緒の方が絶対面白いもん」
「お前なぁ、これは遊びじゃねーんだぞ!?」
「まあまあいいじゃない、役に立つよ?私」
それは…間違いないんだが。
その時、俺の背後で凛とした声が響き渡った。
「剣護さん!あちらです!!!」
指差す方角に…白い獣のような、オンブラの姿。
「よっし、行こう!!!」
獲物を確認した杏が目を輝かせて駆け出し、彼女も後を追おうとする。
………が。
止めるべきだよな、やっぱ。
「霧様!待ってください!!!」
くるっと振り向いて、霧江様は不思議そうに俺を見つめた。
「…何故ですか?」
彼女の手には、先の戦いと同じ『天叢雲剣』が握られている。
「何故って………」
「だって、敵が目の前に迫っているのですよ!?紺青の王女として、黙って見ているわけには参りません!」
「…城の方は…どうなさったんですか?」
「抜け出してきました」
「…黙って出てきちゃったんですか!?」
「城にいたのでは、行動が制限されてしまいますからね。玲央様も安全な所に避難していただきましたし」
「そんなこと言っても…危険なんですよ!?」
「大丈夫。お役に立ちますよ?私」
それは………間違いないんだが。
「剣護何やってんの!?もう、ぼーっとしてんじゃないわよ!」
「剣護さん!急ぎましょう!!!」
元気いっぱい走っていく二人の後ろ姿を見つめ………
思わず、深いため息をつく。
敵うか敵わないかはわからんが…
あの時あの場で本当に…『あいつ』と代わってやればよかったかも知れない。
「剣護!?」
「剣護さん!?」
「俺………なんでいつもこうなんだろ」
「でも…やっぱりおかしいよ」
爪を噛む私に、孝志郎が難しい顔をして頷く。
「先だっての戦いで、こちらの手の内は十分に把握している筈だ。右京と愁と一夜…あいつらがいなかったとしても、これだけの兵力では制圧出来るものではないことを…分からない連中でもないだろうがな」
「…そうだよね」
霞様が人質に取られてるとはいっても…右京様達は救出に向かっているわけだし。
初めて会ったあの日の…くれはの無表情な黒い瞳が脳裏を過ぎる。
「こないだ通りの戦法だとするなら、親玉は…」
「どこかで戦況を見守っている…か」
『こちらが油断したところを叩く、あるいは…注意を別に向けさせておいて、何か行動を起こすつもりなのかも知れんな』
無線機から、来斗の声が聞こえてくる。
一体…何を企んでるのかしら。
考えられるのは…第一に、霧江様。
どういう訳か行動を共にしているらしい剣護に、私は無線で呼びかける。
「霧江様頼んだわよ!どこから誰が狙ってくるかわかんないんだから!」
『…わかってるよ!』
そして…第二に。
第二に、は………何だろう。
『教えてやろうか?』
はっとして…
無線機を握り締め、叫ぶ。
「あなた………青女ね!?」
『ご名答!覚えててくれて嬉しいよ。ご無沙汰だねぇ、お嬢ちゃん』
思わず孝志郎の顔を見つめ、厳しい表情で頷く彼に促され、再び無線機に視線を戻す。
彼女が使っている無線の持ち主は………
「那智さん…」
さっき状況を確認してくると言って、隊舎を出て行ったばかりだ。
「あなた、那智さんをどうしたの!?彼は無事なの!?」
『このお兄さん、あんたのお仲間かい?それなら話は早い』
「答えなさい!那智さんは…」
『ああ…今んところは大丈夫さ。のびてるだけだよ』
けど、と…青女は低い声で言う。
『あんたの返事によっちゃ、どうなるかはわからないけどねえ』
「私の返事………?」
『み…かづき………さん』
那智さんの搾り出すような声が…無線から聞こえてくる。
『私達のことは…いい…から…どうか………』
「那智さん!!!」
か細い声をかき消す、青女の愉快そうな笑い声。
『聞いたかい!?あんたを助けようって…こーんなぼろぼろにやられたってのに、こんなに必死になっちゃってさぁ』
「黙りなさい!!!それで…あなたの要求は」
『お嬢ちゃん…あんたさ』
「………私?」
『そ。あんた一人でここへ来るんだ。そうすりゃここにのびてるお兄さん達、みーんな無事にお仲間の所へ帰してあげるよ』
一瞬…言葉に詰まる。
「それは………確かね?」
「藍?」
孝志郎がたしなめるように私の名を呼ぶ。
…分かってる。
罠かもしれない。
私一人じゃ、青女には敵わないかもしれない。
でも………
「ほっとけないもの!だって、那智さん達…このままじゃ」
「だが…お前が行ったら一体…誰が騰蛇の指揮を執るんだ?」
………そうか。
黙り込む私をちらりと見て、孝志郎が厳しい表情で無線に向かう。
「行くのは…俺じゃ駄目か?」
「孝志郎!?」
「自分で言うのもなんだが…お前らが狙ってる紺青の王家の血…俺も引いてるんだぜ?」
「孝志郎、待って!」
思わず、孝志郎の腕を掴む。
が………
孝志郎は、決意に満ちた眼差しで…じっと私を見た。
「藍…お前はここにいろ。みんなに指示を出すのがお前の…伍長の仕事だ」
「…でも」
「お前言っただろ?『騰蛇は私に任せて』って」
………そう…だけど。
『なーんて美しいんだろ!?本当にあんたら紺青は甘ちゃんで…面白いったらありゃしない!!!』
無線からは相変わらず、楽しそうな青女の笑い声が響いてくる。
『でもね、お兄さん…残念だけど、あんたじゃ駄ー目っ』
「…何だと?」
『私はね、ここへ来る前に誓ったんだ。そこにいる綺麗なお嬢ちゃんを…完膚無きまで叩きのめしてやろうって』
悔やむように奥歯を噛みしめる孝志郎の肩に…そっと手をかける。
『さあさあどうする?あたしゃ気が短くてねぇ』
…私が行く。
その決心はもう、固まっていた。
でも………
孝志郎の言うとおりだ。
私が行ってしまったら、騰蛇は一体…
「こらぁ藍!!!何やってんだおめえは!?」
突如聞こえてきた怒鳴り声に…振り返ると。
「なあにグズグズしてんだよ!?とっとと那智達を助けに行ってこい!」
「…草薙隊長!?」
「お怪我は…もう…?」
「馬ぁ鹿んなもん気合だ気合!この紺青の一大事って時に、うかうか寝てられっかよ!?」
隊士達に向かって大声で言い、目を丸くする私に…ぐっと顔を近づける。
「騰蛇にはこの通り、俺がいる。お前はお前のしたいようにしろ」
「…龍介さん」
「そんな辛気臭い顔すんな!こないだのリベンジだっつって、お前あんなに燃えてたじゃねーか!?」
龍介さんはにやりと笑い…ぐりぐり私の頭を撫でる。
「行ってこい!そいで…あの女を完膚なきまで返り討ちにしてやってこい!」
「………はいっ」
「あの…龍介」
孝志郎が、おそるおそる声をかける。
「あ?何だ………って孝志郎さん!?何でこんなところにいるんすか!?」
仰け反って大げさに驚く龍介さんを不思議そうに見て、孝志郎がつぶやく。
「元気そうだな…龍介。これなら、俺もここにいる必要は…」
「いっ…いえいえ!!!是非いてください!」
「だが…邪魔になるだけだろうし」
「そんなことは全っ然ないっす!孝志郎さんがいてくだされば、俺も隊士達も勇気百倍!千人力で戦えます!!!ですから、是非」
「………そうか…光栄だな」
………まったく。
呆れて見つめる私に、龍介さんの怒鳴り声が飛ぶ。
「こら藍!愚図愚図すんじゃねえ!」
「…はあい」
活気づいた隊舎の外は、強い北風が吹いていて。
ぎゅっと…身が引き締まった。
空を見上げ…つぶやく。
「よし…行くわよ、藍」
指先の白い指輪が、眩しい光を放ち。
くれはの青い瞳が…共鳴するように光る。
そして…
「行け!!!」
手の平から放たれた吹雪が、巨大な氷の塊に向かう。
が………
弾けるような激しい音がして、吹雪は冷たい空気の中に消えてしまった。
「また………ダメか」
奥歯を噛みしめる彼女の傍に駆け寄る。
「ねえ…私に任せてみてくれない?」
氷に対抗するのならば…氷より、炎だ。
だが、彼女は大きく首を振って、駄目だ…とつぶやく。
「でも………」
「分かってる。でも…霞に任せるわけにはいかない」
決意に満ちたくれはの瞳に…言葉を失う。
目の前には、彼女によく似た美しい女性の姿がある。
厚い氷の中にあって、その表情は…どこまでも穏やかで。
…幼い頃に亡くなった、お母様のことを思い出した。
柔らかくて、温かくて、清潔ないい香りのする…お母様の胸。
くれはにとっても、お母様は…かけがえのない、大切な存在であるに違いないのに。
「くれは………」
「心配は無用だ!韓紅の皆のため…」
彼女は不意に溢れてくる涙を、固く握った拳でぐい、と拭う。
「これは…私の務めだ」
なんて…強い少女だろう。
「見届けてくれるな…霞」
「………ええ」
その時。
背後に…寒気を覚え、振り返ると。
「…あなたは」
「冬鬼!?」
くれはが目を見開いて叫び、私を庇うように両手を広げる。
「聞いてくれ!冬鬼、私は…」
『くれは。お前はやはり…紺青に与するというのだな』
「紺青に与するのではない!これは韓紅のためだ!」
冷たい目をした男に、くれはは必死に呼びかける。
「本当はお前も分かってるんだろう!?今の韓紅に…紺青を倒し、天下を平らげるだけの力は残っちゃいない」
『私には…理解出来ぬ』
「理解しようとしないだけだ!そうやって、互いを理解しようとしない頑なさが…紺青と韓紅をこんなに遠ざけてしまったんじゃないのか!?」
『…必要ない』
「そんなことはない!私は紺青で…この目でちゃんと見てきた。あいつらは…一族の大人達が言うような悪魔なんかじゃない、私達をきっと助けてくれる」
『くれは…お前は、自らの手で母親を葬り去ろうというのか』
はっとした顔で…彼女は俯く。
『これは、お前の母親の…たてはの意思なのだ』
「……………」
『私は…受け継がねばならぬ。あと一日もすればその姿を消してしまうであろう…たてはの意思を…な』
くれはは…声を殺し、泣いていた。
大粒の涙が頬を流れるが…小さな体を固くして、懸命に耐えている。
思わず、私は…
彼女を抱きしめ、彼をじっと…見つめた。
「あなたには…彼女の思いが分からないのですか?」
『紺青…貴様には関係のないことだ』
「いいえ、ありますとも。くれはは…私の大事な友人ですもの」
ふっ…と、口の端をあげ、冬鬼は笑う。
『とんだ茶番だな…』
「………なんですって?」
『崇高で甘い理想なぞ…何の役にも立ちはせぬぞ』
「そんなこと…やってみなければ分かりません」
彼は私の言葉には答えず、踵を返して氷柱の間から去っていく。
「………冬鬼!」
小刻みに震えていたくれはが、顔を上げて彼を呼ぶ。
が…彼は歩みを止めることはなく。
思いがけない事を…口にした。
『韓紅の血を引く紺青の人間…どうやら、ここへ到着したようだ』
………右京様達が?
『奴らを迎え討ち、今度こそ…紺青を攻め、滅ぼす。私は…それをたてはに誓うため、ここへ来たのみ。貴様らなぞに興味はない』
「そんなこと…右京様が、あなたに負ける筈ありません!」
『勝手に己の理想に縋るがよい。現実を思い知るのは…時間の問題だ』
そして彼は、くれは、と…はっきりした声で呼ぶ。
『紺青を倒すこと…それがたてはの…そして、私の意思だ。くれは、貴様は貴様の…好きにするが良い』
「…冬鬼」
『だが………』
彼は、不意に立ち止まり。
低い声で…呟いた。
『それをたてはが許すなら…な』
その時。
氷の柱が目が眩む程の光を放った。
まるで、彼の声に…応えるように。
そして………
突如、氷の嵐が巻き起こり。
私とくれはの体を宙高く舞上げ。
激しく地面に…叩きつけた。
薄れゆく意識の中で…
あの人の声が…聞こえたような気がした。
「右京…様………」
洞窟の中は想像以上に複雑で、無数の部屋から幾つもの通路が伸びていた。
奥へ奥へと進んでいるはずなのに、同じところをぐるぐる回っているような錯覚に陥る。
韓紅一族が、一体どのくらいの規模なのかはわからないが…
暗い洞窟には人気がなく、冷たい空気はしんと静まり返っていた。
来斗さんの探知機をかざし、眉をしかめて目を細める一夜さん。
「えっと…こっち!」
「…ほんまに道合ってんやろなぁ!?」
「大丈夫だよぉ…多分」
「お前は…いっつもいい加減で、ほんまええ性格やなぁ!!!」
怒鳴る愁さんを迷惑そうに見て、そんなに怒鳴るなよ…と一夜さんは肩を竦める。
「あいつら遅かれ早かれ、どうせ俺達に気づくんだろうから…こっちから探してやんなくたって、待ってりゃあっちからお迎えが来るだろ」
「…だったら、こんな奥まで進んで来んでも良かったんと違うか?」
「そこはそれ。だって見てみたいじゃん、洞窟住居の中…なんて」
そこまで言って…
あ、とつぶやいて、ごまかすように笑う一夜さんに…愁さんの表情がみるみる険しくなり。
僕は思わず…小さくため息をついた。
「一夜!!!お前この一大事になんちゅう悠長なことを」
「そんなの、二人が何も言わないからいけないんだろ?」
「うるさい!!!口答えは無用や!!!」
「だから、そんなに怒鳴るなって………見なよ、右京呆れてるじゃん。右京は俺達と違って真面目なんだから」
「…誰がお前と一緒で不真面目やなどと」
「あの、愁さん…大丈夫です。一夜さんはそんな人だって、僕…だいたい分かってますから」
まだ何か言いたそうな愁さんを宥め、何気なく向けた視線の先に…
彼らは、静かに立っていた。
瞬時に…二人の視線が鋭くなる。
『おや、おしゃべりはもう終わりか?』
にやりと笑う玉屑。
「…まあな」
「なんだ。いるならいるって…声、掛けてくれれば良かったのに」
皮肉っぽく笑い返す、愁さんと一夜さん。
高らかに笑いながら、玉屑は六辺香を見る。
『そんなこと言われても、なあ…六辺香』
『…緊張感のない連中だと…呆れておったのだ』
『そ!それに』
彼の腰に装備された鎖鎌が、薄暗い空間できらりと光る。
『もうすぐあの世に旅立つお前らが憐れでよ…好きなだけ別れを惜しませてやろうと思ってな』
そんな挑発に乗る二人では、当然ないが。
不愉快そうな愁さんの舌打ちが、静かな洞窟に響いた。
「それはそうと…族長さんはどうしたの?お前さん達を盾にして、奥で震えてるのかな?」
冷ややかに笑う一夜さんに、六辺香が感情のない声で答える。
『お前達を叩きのめすことなぞ…冬鬼様の手を煩わすまでもない。奥で指揮をとっておられるのだ』
「霞さんとくれははどこだ?」
僕の問いに、眉を吊り上げ玉屑が低い声で応じる。
『連中か?さあなあ…あいつらの方こそ、俺達が怖くて震えてるんじゃねえのか?』
「………お前らっ」
逆上して身を乗り出す愁さんを制して、一夜さんが冷静に僕の名を呼ぶ。
「右京は先に行きな」
「…でも」
「こいつらの言うように、本当に冬鬼が奥で韓紅を指揮ってんだとしたら…そっちを何とかしない限り、紺青が危険に晒され続けることになる。霞ちゃんとくれはも心配だし…それに」
悠然と立つ二人の強敵に視線を向け、一夜さんは不敵に微笑む。
「あいつらは俺達の獲物だしね。そうだろ?愁」
「当たり前や!」
「そ。だから行きな」
二人は紺青で一、二を争う実力者だ。
心配することは何も無い。だけど…
玉屑達の背後にある、奥へ続く通路に目をやる。
「どうやって…突破しましょう?」
「それなら大丈夫。考えがある」
そこまで言って。
右京目瞑って、と…珍しく早口で言って、一夜さんは腰の刀を抜いた。
咄嗟に閉じた瞼の向こうが真っ白になり、周囲が眩しい光に包まれたことに気づいた。
…そうか。
『明光』
一夜さんの凛とした声が響き。
固い岩の壁が突き崩されるような音。
今だ。
僕は目を開き、動揺で一瞬動きを止めた、二人の敵の間を駆け抜けた。
『くっ…待て小僧!!!』
背後から聞こえる玉屑の叫び声には構わず、ただ真っ直ぐに視線を向ける。
服のポケットには、いつの間にか一夜さんが滑り込ませたらしい探知器が入っていた。
一夜さん、愁さん………
「どうか…ご無事で!」
「うまくいったみたいだな」
右京の背中を見送り、安堵の溜息をつく。
と。
「こらぁ一夜!!!」
耳をつんざくような大声で怒鳴り、愁が俺の胸倉を掴む。
「お前はほんま何を考えとんねん!?そういうのんはやるならやるで、もっと早く言わんかい!!!」
…ったく。
「そう…耳元でぽんぽんぽんぽん怒鳴るなよ。ただでさえここ音が反響するんだから」
「うるさいわ!誰のせいやと思とんねん!?」
「んなこと言ったって…一応言ったよ?『目瞑って』って」
「ああ!言うてたなぁ確かに『右京』にはな!」
「お前なら…分かってくれるかなと思ったんだもん」
「分かるか阿呆!!!あんなあ、突然目の前真っ白になってみぃ、びっくりするやろ!!!」
「………はいはい。ごめんね」
「『はい』は一回でええねん!」
「…はぁい」
「…だから、そこは伸ばさんで」
「まあ………敵さん待たせてるし」
俺達の言い合いに、さっきと違って顔色一つ変える気配のない二人。
ふとした油断で…右京を行かせてしまったことが、よっぽど悔しかったものと見える。
愁の黒い瞳が…戦闘の時特有の、鋭い光を宿した。
「お小言は後で聞くよ」
「そやな」
『漫才は終わったか?紺青の雑魚共』
どすの効いた玉屑の声に続き、不意に踵を返した六辺香の冷静な声が響く。
『…ついて来い』
「…どこへさ?」
『こんな狭い場所では力を出しきれぬ。もっと広い場所へ案内してやると申しておるのだ』
…罠か?
いや。
ここに来て、そんな小細工…六辺香なら絶対にしないだろう。
………違うな。
『俺』なら…絶対にしない。
「行こか、一夜」
こいつも…似たようなことを考えたに違いない。
厳しい表情で肩に手を置く愁に…俺は微笑んで頷いた。
右京…
俺達もすぐ追い付くから。
それと。
「藍………」
暗い洞窟の天井を仰ぐと、その名が口をついて出た。
大丈夫だよな。
「頼んだよ…紺青を」
『随分遅かったじゃないか』
青女は蛇のように目を細めて笑い。
彼女の足元には…傷だらけの騰蛇隊士達。
苦しそうにうめく…那智さんの姿も見える。
「…よかった」
ひとまず…命は無事のようだ。
『お仲間の心配なんかしてる場合かい?次にこんな目にあうのはあんただよ、お嬢ちゃん』
「その、お嬢ちゃんていうの…やめてくれない?私にはちゃんと」
「『三日月藍』…だったっけ?それとも、『十六夜舞』」
…よく、ご存知で。
そんなこたちゃあんと知ってるさ、と笑い。
彼女は一振りの、白く光る刀を抜いた。
『もうじき死ぬってのに…名前なんざ必要ないんだよ、小娘』
冷たい風が肌を刺す。
すう…と息を吸い込んで、軽く目を閉じ。
開くと同時に、ぐっと全身に力を込めて。
行くよ…『百花』。
『行くぜぇ小娘!!!』
「…来い!!!」
『役者は皆、舞台に上がったようだな』
肩で息をする僕に視線を投げ。
全身真っ白なその男は、そう独り言のようにつぶやいた。
これが…『冬鬼』。
花蓮様の一族の族長…否、族長で『あった』人物。
優れた能力と、冷徹さと…紺青への憎しみを内に秘めた人物。
そして。
くれはをあんな風に…追い詰めた男だ。
『待っていたぞ、韓紅の血を引く者よ』
「…霞姫は…くれははどこだ!?」
彼は答えず、僕に背を向け歩き出す。
「どこへ行く!?」
『そう…急くでない』
もっと静かな場所で、話をしないか。
落ち着いた彼の声が、静かな洞窟の中に響き渡った。