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Ep12

「と、いうわけで」

胸を張って、軽く咳払いをする愁さん。

「今日からお前の護衛を頼んだ、騰蛇隊長の草薙龍介や」

「………どーも」

面白くなさそうにつぶやく草薙さんを、興味津々の様子で見つめているくれは。

「りょうすけって…一夜の友達か?」

「ああ?まぁ、そんなようなもんだ…何か言ってたのか?あの人…」

彼女は嬉しそうに、笑顔で頷く。

「『あいつは藍とすごく仲良しだからちょっとやだ』って言ってた」

「仲良し…?やだ………って…一夜さん…」

青ざめる草薙さんを見て、愁さんは愉快そうに言う。

「ま、そうは言うても悪い奴やないし…何たって僕の従順な部下やから、僕がいない間、困ったことあったら何でも言ってな」

「………ちょっと待ててめえ」

草薙さんが低い声で言い、愁さんの肩を掴む。

「だーれが従順な部下だって?てめえも俺も隊長って、身分はおんなじじゃねえか」

「ああ?…お前、総隊長は誰か…分かってて言うてんのか?」

「総隊長っつっても、今は隊長連の取りまとめってだけじゃねーか!?昔っからなぁ、騰蛇隊長が一番影響力を持つものと相場が決まってんだ!だーれがてめえの言いなりになんかなるかよ!」

「お前…総隊長僕に押し付けといて、何やその言い草は!?」

「押し付けたんじゃねえ譲ってやったんだ!!!お前がやりたそーにしてたから、そんなにやりたきゃやればいいだろっつっただけだっつーの!!!」

「ちょっと二人とも…」

止めに入ろうとした僕を、すっと横から伸びてきた白い手が制する。

藍さんはそのまま黙って二人の間に入り、むんずと腕を掴む。

そしてその腕を…思い切り捻りあげた。

「い…ってぇ!!!何すんだ藍!?…て…ててて」

「い…いたたた………わかった舞…ようわかったから………」

「頼む………離して………」

「…いいでしょう」

ぱっと手を離し、鬼のような形相で二人を交互に見る。

「草薙隊長に浅倉隊長…私が申し上げたいこと、お分かりですね?」

「………はい」

「すみませんでした」

くれはが僕の袖を引っ張って、こそっと耳打ちする。

「藍って怖いんだな」

「まぁね………」

振り返ると同時に、ころっと表情を変えた藍さんは、にっこりくれはに笑いかける。

「そうそう!怪我もだいぶいいみたいだし、そろそろ退院してもいいかなって咲良さん言ってたわよ」

「本当か!?」

嬉しそうに聞き返すが、すぐに不安そうな表情になる。

「でも…」

「なあに?」

「ここ出たら私…どうなるんだ?」

それなら、と藍さんが何か言いかけた時。

バタバタという足音が廊下に響いて、病室に飛び込んだのは…

「こんにちは!」

「…花蓮様!?」

目を丸くしたくれはの手を握り、花蓮様はにこにこしながら自己紹介をする。

「はじめまして、くれはちゃん!私花蓮っていうの」

「…お前が……」

「そう!よろしくね。私、あなたのお母さんにもむかーし会ったことあるのよ!くりっとした大きな目、お母さんにそっくりだわぁ」

「………そうか」

花蓮様は屈んで、目を伏せたくれはの顔を覗き込むと、にっこり微笑んで言う。

「お母さんのこと聞いたわ。とっても残念だけど…あなたはお母さんの分まで幸せにならなくちゃね」

「………母様の…」

そうよ、と答えて、突然くれはの体を抱きしめる。

「…何だ!?」

「これからは私のことお母さんだと思って、沢山甘えてくれていいのよ!」

「…はぁ!?」

怒涛の成り行きについていけず、くれはは救いを求めるように藍さんを見る。

彼女は楽しそうな花蓮様をちらりと見て、困ったように笑う。

「実は…うちのお母さん、あなたのこと引き取るって言って聞かなくて…」

「ちょっと舞ちゃん、そんな言い方ないじゃなーい?うちなら空いてる部屋沢山あるし、私も秋風さんもくれはちゃんのこと守ってあげられるし、最適だと思うけどな」

犬や猫飼うんじゃないんだから…

傍にいた僕にだけ聞こえるようにつぶやいて、藍さんは小さくため息をつく。

「………お父さん、何て言ってるの」

「好きにしなさいって♪」

「………そう」

確かに、言って聞く人じゃないからなぁ…この人。

一睨で兵士達を震え上がらせる、あの朔月公を黙らせるなんて………

花蓮様、おそるべし。

楽しみだわ、と笑う彼女は止まらない。

「私ねー、舞ちゃんが小さい時、全然一緒にいてあげられなかったでしょ?女の子のお世話するのって楽しいだろうなぁって、ずーーーっと思ってたのよ!だって女の子って、お洒落したり、一緒にお料理したり、絶対絶対楽しいもの!ね!?」

突然同意を求められ、びっくりした顔のくれはは小さく頷く。

よろしくねー、と彼女の黒髪をぐりぐり撫でる花蓮様を見ながら、藍さんに耳打ちする。

「…あれ、一夜さんの入れ知恵でしょうか?」

「ええ…多分」

誰にも心を開く気配のなかったくれはの、突破口となった一夜さん曰く。

『彼女根はいい子だから、ノリと勢いで行けば絶対大丈夫!』

ある意味、霞さんもその言葉に倣ったと言えるが。

「花蓮様と一夜さんて、気が合いそうですよね」

「合いそうって言うか…すごく仲良しですよ」

「似てますもんね…押しが強いところが、どことなく」

「右京様もそう思います?」

はあ、とため息をつく藍さん。

その時。

「おい」

草薙さんが低い声で僕を呼ぶ。

「花蓮様登場で…俺ら蚊帳の外かよ」

「舞も…腕捻りあげといて放置はないで?」

「あ………」

あらごめんなさい、と気にする様子もなく、花蓮様がころころ笑う。

「一両日中にはお迎えに来るから、それまでこの子よろしくね、龍介くん!」

「はいはい………」

なんで呼ばれたんだろ俺…

草薙さんが小さくつぶやいた。


六合隊舎はいつも薄暗く、厳かに静まりかえっている。

周囲の冷たい空気によって、張り詰めた緊張感が一層増すようだ。

水色の光を放つ『水鏡』の刀身と、濃い青色の光を放つ『蛍丸』の刀身。

二つを刀掛に置き、真剣なまなざしで見つめているのは、七枝碧玉隊長だ。

僕と剣護さんは六合隊舎の板張りの床に、二つの『神器』をはさんで、彼女と向き合うように座っていた。

長い沈黙に耐え切れなくなった様子の剣護さんが口を開く。

「…どうだ?碧玉」

ふむ、と顎に手を当て、彼女は背後に控えている蒼玉隊長を見る。

「蒼はどう思う?」

「…おそらく、お前と同意見だと思うが」

「…打ち直す、か」

「打ち直す…って?」

彼女は僕達に向き直り、説明してくれる。

「これらの刀の属性は本来水だ。しかし打ち直すことによって、うまくすれば同時に炎の属性を持たせることも可能だと思う。古来より伝わる、非常に上質な刀だからな」

「本当か!?」

嬉しそうに立ち上がる剣護さんに、ああ、と微笑む。

「炎の力を持った『ジェイド』を使うのだが…しばしこの刀、預かってもよいか?」

勿論ですと言いかけた僕の声と、え!?という剣護さんの声が合わさって、静かな隊舎に響き渡った。

どうぞ、と譲ると、深刻な表情で剣護さんが聞く。

「しばしって…どのくらいかかるんだ?いつあいつらが攻めてくるかわからないのに、刀がないってのはなんつーか…」

気分を害したように、眉をひそめて碧玉隊長が言う。

「そうだな…三日もあれば」

「三日もか!!??」

聞き返すと同時に、両隊長の冷たい視線に言葉を失う剣護さん。

「あ…いや………問題ない」

「三日で仕上げていただけるなんて…さすがお二人は仕事がはやいですよ。ね?剣護さん」

「ああ!右京の言う通りだぜ、本当に」

碧玉隊長は刀を手にし、冷や汗をかいている僕達に背を向けた。

「多く見積もって『三日』と言ったのだ。出来次第報告するから、己が隊舎に戻って待つがよい」


道場の裏庭に面した縁側で、いつものように刀の手入れをしていると、ちらちら雪が降ってきた。

薄黒い雲の間から、真綿のような粉雪がふわふわ舞い降りてくる。

刀身に当たるとすぐに消えてしまう…その儚さ、清らかさ。

「六辺香…か」

白い髪は短く刈り込まれており、克己的な印象を与える切れ長の目。

それに…

がっしりした体格から繰り出される大太刀の破壊力。

『六辺香は韓紅一の剣豪だったそうだ』

くれはが以前、言っていた。

『後にも先にも、あいつほどの剣の使い手はいなかったんだと。でも、あいつ………』

うつむく彼女に笑顔で続きを促すと、怖いんだ、とぽつりとつぶやいた。

『底が知れない…というか、何考えてるかわからなくて…』

「そういう風に言われてた奴、俺知ってるな」

誰もいない裏庭に向かい、独り言つ。

そのように恐れられた人物が、かつてこの紺青にもいたのだ。

「『般若』…だったか」

少し懐かしくなって微笑む。

何だい?にやにやして、と背後から声がする。

「師匠…」

向き直って正座した俺を、笹倉先生は不思議そうに見る。

「自分より一回り大きな大太刀使いを倒すには、どうしたらよいでしょうか?」

「…そんなこと、刀を以て対峙するのに相手の大きさも得物の大きさも関係ないだろ?」

愚問だね、と笑い、穏やかな表情で問う。

「お前、怖いのかい?その大太刀使いが…」

怖い?

なんて新鮮な響きだろう。

しかし。

促すような師匠の目を見ていたら、当たらずとも遠からじという気になってきた。

「正直怖いです…死ぬのは」

なるほどね、という彼の自然な相槌に、つい…自嘲気味につぶやいてしまう。

「駄目だな…昔は怖いものなんか何もなくて、斬るか斬られるか…それだけだったのに」

死ぬことなんて、なんでもないと思ってた。

敵に斬られて死ぬのは己の責任…それ以上でもそれ以下でもない。

それが…どうしたことだろう。

そんなことないと思うけど、と彼は俺の隣に座り込む。

「死ぬのが怖くなったってのは、生きて守りたいものが出来たってことだろ?そんなに悪いこととは思わないがねぇ、僕は」

「そうでしょうか…」

冷たい風が髪を揺らす。

守りたいもの…

藍の笑顔が浮かんで消えた。

「お前さん、いい目になったね」

「は?」

「優しい目になった」

怪訝な表情を浮かべたらしい俺を見て、師匠は楽しそうに笑う。

「そりゃ昔から一夜は優男って出立ちだったけどさ、あんなのは見せかけだったろ?」

「…何がおっしゃりたいんですか?」

また可笑しそうに笑って、師匠は遠くを見るような目でつぶやいた。

「秋風も、そうだったんだよ」

秋風…っていうと………

朔月公のおっかない目つきが脳裏に浮かぶ。

「話したことなかったかな?彼とは士官学校の同期でね」

「………そう…だったんですか」

相当動揺してるみたいだねぇ、と、師匠は相変わらず楽しそうな様子。

そりゃそうだ…

師匠があの人に俺のこと、何て話してたか…なんて、考えただけでぞっとする。

「昔のあいつは捨て身の単独行動ばかりでねぇ…いつ死んじまうんだろうと、正直冷や冷やしてたよ。それが…花蓮さんだっけ?彼女が現れてからは変わってね。今のお前さんとおんなじようなこと、言ってたよ」

懐かしいな、とつぶやく彼に、もう一度静かに問う。

「勝てるでしょうか?」

「大太刀使いにかい?」

そうだねぇ…、と少し考え込むような表情をした後、彼は明るい表情で俺を見た。

「お前は僕の一番弟子だ。紺青一と言い切れるだけの覚悟もある。もしもお前が負けるようなことがあれば、僕も責任取って腹を切ろうじゃないか」

「…師匠」

「と、言うわけだから大丈夫だ。お前はもっと強くなるよ」

立ち上がって、少しずつ降り積もってゆく雪を見つめながら、師匠は力強い口調で言う。

「斬られる人間の痛みがわかった時、剣士は一回りも二回りも大きくなるもんだ。今は色々悩む時期なんだろうが…ま、精一杯もがくんだね」

ぽん、と俺の肩に手を置き、彼はにっこり微笑んだ。

「しかし…長生きはするもんだな」

「………何です?」

「まさか一夜に、こういう事言える日が来るとは思わなかったねぇ」

いたずらっぽい目をして、人差し指でつん、と俺の額をつつく。

「だって剣護ならともかく、お前が弱音吐くなんて前代未聞じゃないか!?」

ぽかんとする俺を尻目に、いやはや愉快愉快とつぶやきながら、師匠は奥の部屋へと戻って行った。


天象館の内部には、外の冷たい空気と対照的に、灼熱の空気が充満していた。

僕と剣護さんが見つめる中、藍さんの黒い瞳が赤い光を帯びる。

大きく一つ深呼吸をした彼女は。

腰の刀を一気に抜き去る。

それと同時に炎の筋が彼方まで走り、はるか遠くの天象館の壁にぶち当たると、一層真っ赤に燃えあがった。

「すっげえ…」

感嘆の声を漏らした剣護さんは、両拳を握り締めて天を仰ぐ。

「あーーー本当に待ち遠しいぜ!!!なあ右京」

「…そうですね」

碧玉隊長の腕は、以前『水鏡』の改良を依頼した件で保証済みだ。

彼女に任せておけば間違いはないだろうと思う。

「剣護さん…だめですよ、碧玉隊長のことあんな風に急かしちゃ…」

僕らは難しいことをお願いしてる立場なんだから。

そう言うと、剣護さんは困ったように頭を掻く。

「んー、それは重々わかってるんだが………もどかしいだろ!?自分の大事な刀を他人に託す…なんて」

確かに、真面目な彼が苛立つのは良くわかる。

「『神器』はやっぱ…わかんないことが多いからなぁ」

「そうですね」

ふう、と額の汗を腕でぬぐって、藍さんがこちらを見る。

「どうですか!?右京様」

「『百花』、ばっちり遣いこなせてるみたいですね」

えへへ、と嬉しそうに笑い、腰の『百花』を愛しそうに撫でる。

「これでなんとか…太刀打ち出来るでしょうか?」

「なんとかって…そんだけやれりゃ十分だろーが」

剣護さんの突っ込みに、少し難しい表情で彼女はつぶやく。

「青女…実力は多分、あんなもんじゃないわ」

「ああ…あの」

藍さんを殺そうとした、冬鬼の一味の紅一点。

細い体に白い長髪で、青白く光る刀を握り締めていた。

「次会う時は…」

ぐっ、と刀の柄を握り締める。

「負けないわ…絶対」


咲良は窓の桟に頬杖をついて、憂鬱そうに窓の外を眺めていた。

「やだなぁ…また雪か」

「雪、嫌いなのか?」

そういう訳じゃないんだけどねぇ…彼女は小さくため息をつく。

「寒いの駄目なの。春生まれだし、私」

「桜の季節ですか?」

龍介が聞いて、なるほどだから『さくら』さんねぇとつぶやく。

「桜?」

「見たことない?桜の花…」

頷くと、それはもったいない、と彼女は目を丸くする。

「薄紅色の綺麗な花よ。春が近づいて凍てついた空気が緩んでくるとね、木いっぱいにつぼみがついて、それがだんだん膨らんで、やがて一斉に開くの」

「ふうん…」

花なんて、北では数えるほどしか見ることが出来なかった。

「紺青の人間は、桜が好きなのか?」

そうだなぁ、と楽しそうに龍介が答えてくれる。

「『花見』っつってな、桜が咲くとみんなこぞって木の下で宴会やるんだよ」

「…花見…宴会」

紺青はやはり、豊かな国なのだな。

もう龍介くんは、と咲良が呆れ顔でつぶやく。

「宴会はどうでもいいでしょ?一斉に開いた花の命は短くて、春の長雨ですぐに散ってしまう、その一瞬の儚い美しさを愛でるのがお花見じゃないの」

彼女は意外にロマンチストらしい。

「私が生まれたのも、桜の花が満開の爽やかな朝だったんですって」

「…へえ」

雪と氷に閉ざされた北の地にも春や夏はあって、勿論嬉しいものではあったのだが…

遊びたい盛りの子供達ですら、浮かれていられる空気ではなかった。

「いいな」

でしょ?と聞き返す咲良には多分、私の言葉の真意はわからないだろう。

「春になったら見せてあげる!一緒に行きましょうね、お花見っ」

「う…うん」

「早く春にならないかなぁ」

「春になって桜が咲いたら…隊長、いくつにならはるんですか?」

いつからいたのか、宇治原が病室の入り口から顔をのぞかせて言う。

咲良の笑顔が凍りつく。

「………」

「…ついにカウントダウンかぁ、楽しみっすね、たいちょ♪」

「………うじはらぁ!!!」

やべ、とつぶやいて逃げる宇治原を追っかけて、彼女はバタバタと病室を出て行った。

「…何だ?あれは」

可笑しそうに笑う龍介に聞くと、いやいや、と手を振る。

「何でもねえよ、いつものことだって」

「あいつら、仲良いのか悪いのかよくわかんないな」

「ああいうのをな、『喧嘩するほど仲がいい』っつうんだ」

喧嘩するほど…ねぇ。

まだくすくす笑っている彼に、なあ、と声をかけてみる。

「お前と愁も同じなのか?」

「………何ぃ!!??」

何が気に障ったのかよくわからんが、龍介は怖い顔で怒鳴った。

「言っとくけどなぁ、俺は愁とはなんでもねぇんだ!!!一夜さんに何言われたのか知らねえけど、変な勘違いすんじゃねえぞ!!!」

「………わかった」

頷くと満足したように、わかりゃいいんだわかりゃ、と私の頭をぐりぐり撫でる。

でも…

『怒るのは本当のことを言われた証拠なんだぞー』

こないだ一夜が言っていた。


廊下で追いついて、持っていたクリップボードの角で後頭部を殴りつける。

ガツン!となかなかいい音がした。

「いっ!!??」

かなり痛かったらしく、宇治原くんはうずくまって頭を押さえている。

「ちょっ…たいちょう………」

非難めいた目をした彼を、両手を腰に当て、仁王立ちで見下ろす。

「いいかしら!?宇治原伍長。女性は三十からよ、よーく覚えておいて頂戴!?」

「………んなこと言うても」

「何か異論があって!?」

「………いえ…すんません」

「わかったら以後、言動には十分注意するように!」

「………はい」

無線が鳴る。

『隊長、患者さんの容態が…』

「了解、すぐ行きます」

じっ、と涙目の宇治原くんを睨んで、踵を返して病室へと急ぐ。

呼ばれた病室は別の棟にあった。

「ったく宇治原くんったら、いつもいつも腹の立つことばっかり言うんだから」

そういえば、次言ったら減給って言っとくの、忘れてたわ。

トントンと足音を響かせて階段を駆け下り、建物を出たところで…

背筋にぞっと寒気が走る。

「…誰?」

返事は無い。

代わりに…

背中からわき腹にかけて、硬い金属が体を貫いた。

「………くっ………」

『小娘はどこだ?』

「そんなこと………言えるわけが………」

刃が背中の、さっきよりもっと高いところに当たる。

『今度はここだ………確実に死ぬぜ?』

周囲に人影はない。

ちっ………

エコーのかかったような男の声が、どうなんだ、と苛立ったように響く。

刀が引き抜かれた箇所からは大量の血液があふれ出て、体温も少し下がってきたようだ。

…悪寒がする。

震える指で、病棟を指差す。

『………あんがとよ』

男はそうつぶやいて。

刀を振り上げ、私の背中を袈裟懸けに切り裂いた。


「…あら?」

藍さんが小さく体を震わせた。

「どうしたんですか?」

「ん…なんだか」

顔色が悪い。

「嫌な感じがするんです」

「…なんだって!?」

剣護さんが厳しい顔で僕を見る。

「前にも確か…こんなことあったよな?」

頷く。

あの時は確か…

そう、ベルゼブが一斉攻撃を仕掛けてきたときだ。

藍さんは懐から無線を取り出す。

「草薙隊長、三日月です」


男が去っていくのを確認して、そろりと病棟に入る。

かの名医は、自身の怪我を自身で手術したという。

ポケットから治癒系の『ジェイド』を取り出す。

ふっ、と握力を失い、カチン、と音を立て、石は冷たい廊下を転がっていった。

ち…小さく舌打ちをする。

手術する気力はあったとしても、そんな体力は、一体どこにあったのだろう。

大事なときにどうでもいいことを考えてしまうのは、悪い癖だわ。

「無線………」

ポケットに手を突っ込んだところで、がくっと膝からその場に倒れた。

這うようにして、病室へ向かう。

…知らせなきゃ。

階段をほとんど手の力だけでずるずると登る。

「…さむ………」

冷たい石の階段。

だから冬は嫌い。

いや…違う。寒いのは…冬のせいじゃない。

「宇治原くん………」

ふいにその名をつぶやいた自分に驚いて…少し呆れて笑ってしまった。

あふれてくる涙をぐっと堪える。

私…怖いのかしら?

でも…そんな弱々しいことでどうするの?

早く………

早くあの子のところへ………


『気をつけてくださいね、私の思い違いだといいんだけど…』

「おお、任せとけ」

藍からの無線を切ると、龍介は安心しろ、と私に笑いかける。

「だーいじょうぶ。俺を誰だと思ってんだよ」

「うん…でも」

カチャッ…と小さな音と共に、ドアノブが回る。

と同時に。

強い血の匂い…そして、女性が病室の床に倒れた。

「咲良さん!?」

その背中には、痛々しい大きな傷がある。

思わずベッドを飛び降り、彼女に駆け寄って手を握る。

「咲良ぁ!!!」

「………韓…紅の………」

「何だ!?」

「はやく………にげて………」

その時。

『くれはちゃん、みーっけ』

低い声が頭上に響き、そこに立っていたのは…

「…玉屑」

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