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Ep11

最近、彼女は機嫌が良さそうだ。

「ねえねえ、咲良?」

甘えたように私を呼ぶくれはに、嬉しいような困ったような、複雑な気持ちで返事をする。

「くれはちゃん?出来たら『源先生』って呼んで欲しいんだけどなぁ」

「でもみんな、『咲良さん』って呼んでるじゃないか。藍も一夜も愁も、うじはらも」

「宇治原???」

…あいつ。

そんなことどうでもいいから、と彼女は持っていた本を広げてみせる。

「これ、どういう意味?」

「え?…うーん、なんて説明したらいいのかなぁ」

こんな難しい哲学書、一体誰が渡したんだろう?

「愁が暇なら読めって、持ってきたんだけど」

「…こんなもの読んでるんだ、彼…」

その割には性格ねじれてるっていうか、だからかっていうか…

こんなこと言ったら失礼か。

「本だったら三日月さんの専売特許じゃない。彼女に頼んだほうがいいと思うわよ?」

「そうなのか」

なあ、と少し不満そうに私を見る。

「私、いつまでこうやってここで寝てたらいいんだ?」

実際、傷もほとんど治ってきているし、後は自宅療養で十分なのだが…

それはあくまで、通常の患者さんの話。

彼女は退院したら、この後どうなってしまうのか?

上の人達が決めあぐねているところではあるのだが、残酷な言い方だけど、彼女は捕虜なのだし、どこかに幽閉されてしまうかもしれない。

それはあまりに酷だと思う。

「そおねぇ…もう少ーしだけ良い子にしてたら多分」

「本当!?」

最近聞き分けがよくなって、ちょっと可愛くなってきた彼女の身の上を思うと、退院許可を出せないでいる自分がいるのだった。

懐の無線が鳴り、ちょっとごめんね、と彼女に告げて廊下に出る。

『宇治原でっす。大裳隊の人達来てはるんですけど』

病室の様子を確認して、小声で尋ねる。

「あの患者さん達のところ?」

『ええ。お通ししてもいいですか?』

患者さん達というのは、以前一夜くんに半殺しにされた韓紅の忍者達のこと。

傷も大分癒えてきて、このところ連日大裳隊の取調べを受けているのである。

「ええ。でも、あんまり長時間にならないようにって橋下くんに伝えて」

りょーかい、と間延びした返事を残し、無線が切れた。

そう、あの人達もねぇ…どうしよう。

後で宇治原くんにも相談してみよう。

一つ大きく深呼吸をして、お待たせ、と笑って病室に戻る。


『遅くなってしまって申し訳ない』

来斗さんからの連絡で、僕達は図書館に集合した。

「洞窟住居というものを知っているか?」

首を振ると、藍さんが小さく手を挙げて言う。

「石灰岩の土壌に、雨や風の浸食で出来た洞穴とかを使った住居…ってこと?」

その通り、と来斗さんが答える。

「韓紅の住居はおそらく、そういった構造になっているんだと思う」

そう言って、広げた古い本を僕達に見せる。

「玄武の宗谷隊長の話では、彼らの集落と思しき辺りには石灰質の奇岩群があるようなんだ…その内部に集落があるとすれば、全貌が知れないというのも頷ける話だと思ってな」

「内部ったって…ただの洞穴なんだろ?それ。そんなに複雑になってるもんなのか?」

剣護さんが首を捻る。

「洞窟住居って、横穴だけじゃなく縦穴も利用するものらしいわ」

藍さんが別のページの開いて、挿絵を指差した。

「通気口がうまく出来ていて、かなりの深さまで新鮮な空気を供給出来るようになってるはずよ、確か」

「へぇー…先人の知恵ってやつだな」

でも、と草薙さんが来斗さんを見る。

「そんな風に複雑で、中の造りがわかんないんじゃ、こっちは手の打ちようないじゃないっすか」

「それだ」

来斗さんが自信たっぷりに笑って、僕達を見回した。

「彼らは『神器』のような物を持っていたな?」

「え?ええ、そうっすね」

「この近辺では、『ジェイド』の含有率の高い鉱石が多く発掘されている」

「………はぁ」

「『ジェイド』に反応する探知機のようなものを上手く使えば、その反応パターンから中の構造を知ることが出来るんじゃないかと思うんだ」

「エコーをとる…みたいなこと?」

藍さんの言葉に来斗さんが頷く。

「でも…そんなにうまく行くでしょうか?」

「そうだな…まあ、本当に攻め込まねばならなくなった時は、最後の手段として考えざるを得ないだろうが…」

「争わずに済む方法があれば…いいんですけどね」

鍵になるのは…多分。

「くれは次第…ってところかな」

草薙さんが、誰ともなしにつぶやいた。


病室にくれはの姿はなかった。

「…あれ?」

まさか…逃げたのか?あいつ。

どうしたの?と背後から声が聞こえて、振り返ると不思議そうな顔の一夜が立っていた。

「あ…あの」

「おや、脱走かな」

何でもなさそうにつぶやく一夜に、思わず声を荒げる。

「お前なぁ!脱走かな、やなくて…」

「まあ、待ちなさいって」

一夜は懐から、小さなレーダーのようなものを取り出す。

「何や?これ…」

「来斗にもらった。『玉兎』に反応するようになってるらしいよ」

「…な………」

まだ試作品らしいけど、とレーダーをあちこちに向けながらつぶやく。

「彼女を疑うわけじゃないけどさ。突然連れ戻されることもあり得るし、どこ行っちゃうかわかんないのは確かじゃない?居場所が分かるに越したことはないでしょ」

「そ…そら、そうかも知れんけど…」

あ、こっちみたい、と一夜が突然歩き出し、慌てて僕は後を追った。


そこは、韓紅の忍者達の病室だった。

「…本気でおっしゃっているのですか?」

男の声。続いてくれはが小声で言う。

「ああ…お前達もこれまで見ていてわかるだろう?奴らはそう、悪い奴らじゃないと思う」

「ですが…くれは様」

「長い歴史の中で、すれ違いがすれ違いを呼んで、今こういう風になっているだけなんじゃないかと思うんだ。きちんと話し合えば、分かり合えるんじゃないだろうか」

「そんなこと…」

「冬鬼様達が、何とおっしゃるか…」

「それは………」

くれはが黙り込む。

「よくお考えになってください、くれは様。たては様がご自身を犠牲にしてまで、成し遂げようとなさったこと。冬鬼様がそのお志を遂げること…紺青を倒し、韓紅がそれに成り代わることこそ…一族の長年の悲願なのです」

「でも…本当に…そんなこと、出来るのか?」

くれはが言うと、彼らは黙り込んでしまう。

「彼らの技術力も、文化も、今の我々より遥かに上だ。それに紺青が統治している国々、我々に治めきれるだろうか?」

しばし沈黙が流れた後、一人の男が悲痛な面持ちでつぶやいた。

「それでも…良いのです。一矢報いることが出来さえすれば、それで」


くれはは、僕達を見ると、気まずそうにつぶやいた。

「咲良に…言いつけるのか?」

一夜が楽しそうに首を振る。

「心配ご無用!退屈だもんね、わかるよ」

…そういえば、一夜も以前は脱走常習犯だった。

そうか、と少しほっとした顔をした彼女に尋ねる。

「何でここが、わかったんや?」

「さっき…咲良が無線で何かしゃべってたから」

部屋に戻ってベッドに座り込むと、くれはは大きなため息をついた。

「…聞きたいことがあるんだ」

「何や?」

「お前達が私達のことを悪く思っていないとして…私達と仲直りしたいと思ったとするだろ?でも…紺青の人々はみんな、お前達の考えに賛成してくれるのか?」

『あなたのお親しくなられた方々は、まだお若いようですし…国を動かすだけの影響力をお持ちではないのではありませんか?』

さっきの連中に、そう言われたらしい。

「私も頑張ったけど…駄目だったし」

「そうか…ありがとな」

「別に愁のために言った訳じゃない!けど…」

「それなら大丈夫!心配いらないよ」

僕とくれはのやりとりに黙って耳を傾けていた一夜が、身を乗り出して言う。

「何でそう、言い切れるんだ?」

「こいつだよ」

笑顔で僕の背中をばしん、と叩く。

「な…何や一体…」

「愁はね、紺青の国を動かす偉い人になるんだよ、近い将来」

「え?」

「お…おい一夜………」

それにね、と人差し指を立てて誇らしげに言う。

「紺青を動かしてる偉い人、全部で3人いるんだけどさ、他の2人も後継者は俺の友達なの。2人ともすっげえいい奴だから…」

なんなら今度連れてくるよ、と楽しそうに笑う。

「だから、紺青は大丈夫だよ」

「…そうか」

「これからもっともっと、いい国になると思う。こいつらが頑張ってくれるからさ」

彼の言葉に少し考え込んだ後、くれはが言う。

「友達友達って言うけど…お前は何もしないのか?」

「俺?」

「そ…そやそや。お前は頑張らへんのか?」

うーん、と一夜は天井を仰ぐ。

「俺ねえ…どうしよっかな」

「どうしよっかなって、お前…」

僕が朔月公の後を継ぐかどうかはまだわからない。来斗だってそうだし…孝志郎は、もっと不確定なのではないだろうか。

むしろ…舞が師匠の実子であることを考えれば…こいつにだってその可能性はあるのだ。

俺さ、とつぶやいて一夜は窓の外を見る。

「一回死んでるんだよね」

「………は???」

目を白黒させるくれはに構わず、彼は視線を外に向けたまま言葉を続ける。

「でね、色々考えたんだけど…」

「何だか………よくわからないんだが」

くれはが救いを求めるように僕を見たので、いいから黙って聞いてやってくれ、と耳打ちする。

一夜は振り返ると、清々しい顔で僕達を見た。

「俺さ…そういうのは、もう、いいかなって」

「?」

「そういうの…って」

「地位とか、お金とか、権力とか…見栄とかプライドとか、もういいから俺は好きなことやって生きてこうって思った」

それが剣術…か。

「ささやかでも紺青の為になることが出来れば、それでいっかぁ、って。それにさ、俺んちって商売やってたろ?」

「そうやったな…そういえば」

「ガキの頃、親父忙しくて全っ然構ってくんなくてさ…お袋は長いこと病気で入退院繰り返してたし、うつるといけないとかで、あんまり傍にいさせてもらえなかったから…結構淋しくてさ」

そんな話…初めて聞いたな。

「自分の子供にはそんな淋しい思い、させたくないなぁって思う。そんだけ」

「…そんだけ…って?」

くれはの問いに、天井を仰いで答える。

「師匠の道場を継いで、弟子育てて、生活出来るだけのお金があれば、それでいいかなって思うんだ。それで、藍と一緒になって、藍と………」

急に黙って、うつむく。

「何や?」

「いや…何でもない」

くれはは不思議そうに、うつむいてくつくつ笑う一夜を見ている。

「藍と…俺の………子供かぁ………」

…こいつは………。

思わず後頭部をガツン、と思い切りどつく。

「痛っ」

「あほかお前は!!!…女の子の前で何ほざいとんねん!?」

「???」

「別に俺…そういう意味で言ったんじゃないんだけど………」

「何だかよくわからんが…」

くれはが笑って言う。

「愁達は紺青を、ささやかでも幸せに暮らしていけるような、良い国にしていこうって思ってるんだな?」

「あ…ああ」

頭をさすりながら一夜が言う。

「表舞台に立とうとは思わないけど、俺も協力は惜しまないよ」

「…そうか」

「だから大丈夫。なんならさ、また霞ちゃんと話してみたらいいと思う」

「霞…か」

少し黙り込んだ後、そうだな、とくれはは明るい顔で頷いた。


「たては?」

花蓮様が聞き返すと、愁さんは頷いて言う。

「多分、あの子の関係者やと思うんですけど…家族とか、そういう」

顎に手を当てて少し考え込んだ後、花蓮様がつぶやいた。

「…知ってるわ」

「本当ですか!?」

「冬鬼の従妹に当たる子よ、何回か会ったことあると思う。あの頃はまだちっちゃかったけど…」

その子がどうしたの?と花蓮様が難しい顔のまま問う。

「その人が犠牲になって何とかって…」

愁さんの言葉に、うーん…と首をひねる。

「ごめんなさい…分からないわ。ただ…」

「ただ?」


『韓紅には、族長の一族だけに伝わる秘術があるって、聞いたことがある』

朔月邸を出て、くれはの所へ向かう。

「くれは…話してくれるでしょうか?」

僕の問いに、愁さんが難しい顔で首を捻る。

「さあなぁ…けど、あいつに聞くよりしゃあないし…」

『一矢報いることが出来れば、後はどうなってもいい』…なんて。

「そこまで思いつめるような事情が、彼らにはあるってこと…ですよね」

「ああ。花蓮様や母さんが一族を離れてからこの20年の間に…な」

病院の前で、藍さんに会う。

「お見舞いですか?藍さんも」

「…それが」

困った顔で言葉を濁す。

そして。

「わっ!」

突然、藍さんの背後から誰かが飛び出した。

「ええっ!?」

「か…霞さん…」

うふふ、と楽しそうに笑う霞さんは、この前と同じ白いコートを着ている。

「びっくりしたでしょ?」

「え…ええ」

右京様が甘やかすから…と藍さんが耳元でささやく。

「こうやってお城抜け出すの、癖になっちゃったらどうするんですか!?」

「そ…そんなこと…僕に言われても」

「この前、約束しましたもの、くれはと」

困惑顔の僕達を尻目に、霞さんは平然とくれはの病室がある建物へと向かう。

「ちょ…ちょっと待ってください!霞さん」


病室に入ると、くれはは妙なことをしていた。

サイドテーブルに載せられた大きな器は、氷で満たされており。

彼女はそれを、じっと見る。

暖かい部屋の空気で、氷は徐々に小さくなっていく。

「何してるの?」

藍さんが声をかけるが、くれはは視線を動かさない。

黒い瞳は悲しみを湛えて、氷の中の何かを別の物を見つめているようだ。

愁さんが少し困った顔をして、おい、と彼女にもう一度声をかける。

「…『こほりはしらのいつとせ』」

彼女はふいに、つぶやく。

「…何?」

霞さんの問いかけに応じるように、彼女は膝を抱え、こちらに向き直る。

視線は未だ、氷の塊のほうにある。

「氷、好きなんだ。冷たくて、清らかで…」

「…そう」

霞さんが続きを促すように、優しく微笑んで相槌を打つ。

「母様も…好きだって言ってた」

「…そうなの」

「母様ってあの、犠牲になったとかなんとかって母様か?」

くれはは目を大きく見開いて愁さんを見る。

「ち…ちょっと愁さんっ………」

「あ…まずい」

「やはり…聞こえていたか」

少し寂しそうに微笑んで、彼女はつぶやいた。

「す…すまん。盗み聞きするつもりやなかったんやけど………」

「いいんだ」

「…聞いてもいい?」

彼女は黙って頷き、僕の方を見る。

「韓紅の一族には、古来より伝えられている秘術がある。それはおそらく、花蓮や小春も知らぬだろう」

彼女はもう一度、『こほりはしらのいつとせ』とつぶやく。

「韓紅の族長の家には、小さな神殿があるんだ。族長の血を引く、優れた能力を持った女性が5年間、そこに毎朝毎晩祈りを捧げる。すると…ある願いを叶えることが出来るんだ。彼女の命と引き換えに…な」

悲しい瞳で、彼女は僕達をゆっくりと見渡す。

「母様は願いを叶えるため、神殿に毎日篭もるようになった。その時はまだ、会話を交わすことも出来たけど…何かに取り付かれたみたいに古文書を読みふけっていて、神殿に描かれた魔法円の中でずっと何かを唱えていて…まるで母様じゃないみたいだった」

幼かったくれはは、その行為の意味を知るよしもなかったという。

5年が経ち、彼女の目の前で…母親は氷になった。

「突風が吹いて、母様の体は一瞬で氷の柱に閉じ込められてしまった。硬くて厚い氷に、母様の体が閉じ込められたことで…願いは成就することになったのだけど」

「願い…というのは?」

霞様が尋ねる。

くれはは彼女をじっと見つめ、はっきりと言い放った。

「韓紅の力と命を氷の柱に与え、死者を蘇らせる」

「…死者!?」

はっとした表情で、藍さんが口元を押さえる。

「………それが冬鬼…なの?」

くれはは強い表情で頷く。

「彼が命を落としたのは、私が生まれる少し前だ。彼が亡くなって以降、一族は衰退していった…だから母様は、古い言い伝えとして残っていた呪術を蘇らせ、彼を現世に呼び戻すことを思いついたらしい」

彼が現世にいられる時間は、くれはの母親が祈りを捧げた時間と同じ、5年だけ。

生前は優れた能力を持っていた冬鬼だったが、その力を取り戻すために多くの時間を要したという。それが…約4年半あまり。

「つまり…あいつが生きてられんのはあと…半年足らずってことか?」

愁さんを見つめ、くれはが頷く。

「一族は滅びの一途を辿るのみだ。冬鬼が居てくれれば、紺青への積年の恨みを晴らすことも出来ようと…一族の人間は皆、そう思っているんだ」

「………そんな」

信じられない、という表情で、藍さんが言う。

「いくらあの人が高い能力を持っていたって、彼がいなくなっただけで一族が滅びるなんてそんなこと…」

「私が生まれる前に命を落とした人間は、冬鬼一人ではない」

玉屑、青女、六辺香…彼女はつぶやく。

「彼らも皆そうだ…冬鬼が死んだその頃、韓紅の人間のほぼ半数が、次々に命を落とした」

「…半数!?」

「流行病でな…狭い村だから、蔓延するのにそう時間はかからなかったそうだ。治療法も分からず、人々は皆、家族が目の前で死んでいくのを…黙って見ていることしか出来なかった」

愁さんが辛そうにうつむく。

「私の父も…私が生まれるほんの一週間くらい前に亡くなった。父様の死を最後に病の悪夢は去ったけど…」

霞さんが僕の袖とそっと掴む。

「一族で重要な地位を占めていた人物は冬鬼を始め、ほとんどが死んでしまったから…」

「だから…韓紅は衰退していったのね?」

「ああ…」

くれはの母親の秘術によっても、蘇らせることが出来たのは冬鬼と三人の部下だけだったのだという。冬鬼は彼らを従え、残った村人を組織し、紺青を倒すための計画を練った。

生き残った村人の中で最も能力の高い人物…それが、くれは。

母親以上の優れた力を持つ彼女は、本来であれば一族に害をなす恐れがあるとして追放される運命にあるのだが、非常時であったためにそんな余裕がなかったのではないか…

彼女は落ち着き払ってそう言った。

「利用できるものは全て利用する…いや、せざるを得ない…所詮、そういうことだったんだな」

話し終えると、くれははゆっくりと大きくため息をつく。

窓の外では、静かに雪が降り始めていた。

「子供は皆、物心つく前からその話を聞かされて育つんだ。『紺青の人間がいなければ、私達はこんな思いをすることはなかったのだ』と…老人や女子供ばかりが残った村には活気もないし、大人達は皆暗い表情をしている。幼い子供達が心から笑えるようなことも…ほとんどない」

降り積もる雪を見つめながら、彼女はつぶやく。

「でも………本当に、これでいいんだろうか?」

握り締めた白い手が、小さく震える。

「一矢報いたところで…何になる?そんなことしたって、一体誰が幸せになるんだ?みんなが笑顔になれるはずもないのに…本当にこれで」

「ええわけないやろ」

愁さんが彼女の頭に手を置く。

「お前は正しいで?くれは…お前の言うとおりや」

「………愁」

「紺青に攻め入って、紺青の人間も韓紅の人間も仰山犠牲になって…そんなん、ええわけない。お前が言うたように仲直り出来れば、韓紅一族がもっと豊かに暮らせるように、僕達が手伝うことも出来るし…」

「何より、紺青に対する憎しみの気持ちを捨て去ることが出来れば、もっと穏やかに暮らすことも出来るでしょうね」

霞さんが僕を見る。

「何とか…ならないでしょうか?」

「そうですね…彼らの命があと半年もない、ということは、紺青に攻め入ってくる日もそう、遠くないでしょう…その前に…冬鬼の暴走を止めなくては」

「…出来るのか?」

弱々しく尋ねるくれはに、力強く頷く。

「ああ…僕達に任せてくれ」

そうか、と彼女は瞳を潤ませる。

「頼む………小さな子供達が親を亡くして悲しむ姿、見たくないんだ」

辛い思いをするのは自分が最後でいい、彼女はそう、つぶやいた。

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