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Ep10

「あの…」

僕の呼びかけに、ターンするように軽やかにこちらを振り返る。

「何でしょうか?」

黒い瞳が前髪の間からのぞく。

「…いいんですか?」

ほんのひと時の沈黙。

真っ白なコートのファーが、冷たい風にふわふわ揺れる。

彼女は小首をかしげ、にっこりと僕に笑いかける。

「どうして?」

「いえ…その」

無邪気な笑顔に何も言えず…

「ちゃんと護衛もお願いしてますもの、何も問題ありません」

「そう…ですか」

「今日はいいお天気ですね」

僕の心配などそ知らぬ顔で楽しそうに青空を見上げると、彼女はまた歩き出した。

本当はわかってるくせに…と心の中でだけ、つぶやく。

小鳥のような彼女の声が僕を呼んだ。

「右京様、参りましょ」


「ちょっと病棟回ってくるわ」

誰ともなしに告げ、これから巡回する患者のカルテを掴んで廊下へ出る。

「んー………これは…」

芳しくないデータに頭をかきながら階段へ向かった、その時。

階段の踊り場に、見覚えのある黒髪の女性が立っていた。

「お仕事お疲れ様です、宇治原伍長」

彼女は優雅に微笑む。

「………あ…ども」

「くれはさんの病室は、どちらでしょうか?」

「………え…と」

「だ…大丈夫です!僕分かりますから!!!…すみません宇治原さん、呼び止めちゃって」

右京が慌てて女性の背後から言う。

「じゃ、また…」

「…おい」

俺の呼びかけに答えず、右京は彼女の腕を引っ張って廊下を小走りに去っていく。

パサ…と手にしていた書類が床に落ちた。

「宇治原さぁん、何してるんですか!?ぼーっとしちゃってもぉ」

ちかの甲高い声が背後から飛んでくる。

「あ…あの…今の」

「何ですか?」

ちかはさっきの二人を、見ていなかったらしい。

「今な…その………霞様が」

「霞姫…ですか???」

眉をひそめて、あんた何言ってんの?とでも言いたげな表情。

「行幸のご予定があるなんて聞いてませんけど?」

「そう…やんなぁ」

しかし…あの右京の慌てっぷりは…

「あっ、たいちょー!宇治原さんがぁ」

ちかが大声で呼びかけ、忙しそうに廊下を歩いている咲良を捕まえた。

「…霞様?」

「そう。変ですよねぇ?」

んー…と小さくうなって、持っていたペンで頭をかく。

「そういうこともあるんじゃない?ま、右京くんが一緒だったんなら問題ないでしょ」

「…そんなもんですかぁ???」

「ええんか!?ほっといて」

俺とちかをしばし不思議そうに見た後、人差し指を唇に当てて意味ありげに笑った。

「私…チクるのとかって嫌いだから」

「え………」

さあお仕事お仕事、と俺達の肩を叩くと、咲良はまた足早に去っていく。

「宇治原さん、ちかね…」

「ああ…」

「未だに隊長のこと…掴めません」

「…ああ」


ドアをノックすると、どうぞーという一夜さんの明るい声が聞こえてきた。

あら、と小さくつぶやく霞さん。

お邪魔します、と言ってドアを開く。

そこには楽しそうに手を振る一夜さんと、藍さんの姿。

それに…

そっぽを向くくれはと、そんな彼女を腕組みして怖い顔でにらむ愁さんの姿。

喧嘩の仲裁…だろうか。

僕の背後の人物に気づき、藍さんが目を丸くして立ち上がる。

「霞様!!??」

霞さんは唇の前で人差し指を立て、しーっと藍さんに合図する。

「だって……???」

何か言いたげな藍さんを傍に引き寄せ、一夜さんが楽しそうに笑う。

「霞様ってばお忍びデートですか?もう隅に置けないなぁ右京も…」

「…違います」

くれはは、ずっと霞さんの姿をじっと睨んでいた。

「何しに来た?」

「お見舞いです」

彼女のとがった言葉など意に介さない様子で、霞さんは穏やかに微笑む。

「だいぶ元気になってきたようですね」

「………知るか」

ふい、とそっぽを向くくれはに、愁さんが低い声でつぶやく。

「…ったくかわいくないなぁ」

「…何?」

依然として厳しい表情のくれはを、愁さんが不愉快そうな顔で見る。

「せっかくみんなが心配してくれてんのに、何様のつもりなんやお前は…」

「別に私は、お前に心配してくれなんて頼んだ覚えはないぞ?」

「またそうやって減らず口叩いて…ケガ人はケガ人らしく、子供は子供らしく、おとなしゅうしてたらええねん」

くれはが突然、ベッドの上で立ち上がる。

「何だと!?人が大人しく聞いてれば言いたい放題言いおって…『何様のつもり』は、こっちの台詞だ!!!」

まあまあ、と一夜さんが笑顔でくれはを座らせる。

「…愁くん?」

ちょっととげのある藍さんの声が飛ぶ。

物珍しそうに目を見開いて二人を交互に見た霞さんが、なんだか、と微笑む。

「恋人同士の喧嘩の仲裁のようですね」

「なにい!!??」

「何言うてはるんです!?霞様」

「あら、違いました?」

楽しそうに笑って、くれはの顔を覗き込む。

「何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってくださいね。是非、紺青の街も見ていただきたいし…とにかく、早く回復されること、お祈りしてますから」

くれははじっと彼女を見つめ、黙りこんでしまった。

黒い瞳には大きな戸惑いの色が見える。

それには気づかないふりで、ふふ、と嬉しそうに笑うと、霞さんは振り返って僕を見た。

「では、参りましょうか?右京様。城の者達が心配してもいけませんし…」

「そ…そうですね」

藍さん達に挨拶をして、病室を出ようとした、その時。

「………どうして?」

ぽつりとつぶやいたのは、くれはだった。

何ですか?と霞さんが振り返って彼女を見る。

「どうして………何でお前達は…そんなに私に…優しいんだ?」

白くて細い手がベッドのシーツを掴み、わなわなと震えている。

うな垂れた顔に黒い前髪がかかり、表情はよく見えない。

「私は韓紅の人間なのに…お前達のこと…傷つけたのに………何故!?」

ばっと顔を上げた彼女は、ぽろぽろ涙を流していた。

「もう、何が何だかわかんないんだ…私なんかに優しくしたって…お前達に何の得があるんだ?…冬鬼達のことか?韓紅のことを知るため?それとも…味方だって思わせて、利用しようとしてるの?私………」

霞さんはまたくれはに近づいて、彼女の髪を優しく撫でる。

「私たちは韓紅のことを、敵だなんて思っていませんよ。出来ることなら仲良くしたいって…そう思っているんです。花蓮様が紺青で平穏に暮らしておられること、それが何よりの証拠かと思いますけど」

くれはは涙の浮かんだ瞳で、じっと彼女を見つめている。

「混乱させてしまってごめんなさい。でも…本当よ。あなたに危害を加えようとか、利用しようとか…そんなひどいこと、これっぽっちも思ってません」

「…じゃあ………」

「私ね…あなたと仲良くなりたいの。あなただけじゃなく、あなたの一族の方々とも…信じてもらえるかわからないけど………」

霞さんは目を細めて優しく笑う。

「分かってもらえるまで、私何度でもあなたに会いに来ますから…だから、今は何も心配しないで。ゆっくり体を休めて頂戴」

くれはは黙ったままうつむき、両手で顔を覆って静かにすすり泣いた。


「可哀想ですね…」

眼下に広がる紺青の街。

都の郊外に位置する丘の上の展望台で、僕達は古びたベンチに腰掛けた。

くれはのいる、天后隊の病院の辺りを見つめながら、霞さんはまたつぶやく。

「混乱するのも無理ないわ…今までずっと信じてきたもの、それが一瞬で消えてしまったんですもの」

右京様?と霞さんが僕のほうを見る。

「右京様は14歳の頃…どんな子供だったんですか?」

「僕ですか?」

うーん…と茜がかってきた空を見上げる。

『僕も燕支の王子なんです!』

不自然なほどに背筋をぴんと伸ばし、父上や兄上にそう言い放つ子供の頃の僕を思い出したら、何だかおかしくなって思わず笑ってしまった。

「どうか、なさいました?」

「いえ、つい………生意気な子供だったと思いますよ。早く大人になりたくて、兄達と対等になりたくて、背伸びばかりしていました」

『いい?右京。あなたは今、どんどん色々なことを学んで、吸収していく時期なの。そうやって上ばかり見上げていては、成長するチャンスを見失ってしまうわよ』

花蓮様はそう言って、僕の額を指先でこん、とつついた。

『でも…僕はもう一人でちゃんとやれます!剣術だって兄様達より強くなったし…』

『それはそれ。大人になるってことは力が強くなることだけじゃないの。もっと勉強しなくちゃ駄目だし、お父様やお兄様のお仕事を見ることも大事よ』

むくれる僕に花蓮様は優しく微笑みかけると、柔らかい手で頭を撫でた。

『大丈夫。あなたが大人への階段を登って行ってること、私にはちゃんとわかってるから。でもね、子供のうちにしか出来ないことも沢山あるの。一度大人になってしまったらもう、戻っては来られないんだから…』

「『今しか出来ないことを見つけて、一生懸命やりなさい。そうすればきっと素敵な大人になれるから』…って」

そうですか、と霞さんは目を細めて笑う。

「花蓮様はやっぱり、素敵な先生だったんですね」

今思い返すと、あの時花蓮様は小春さんのことを考えていたのかもしれない。

14歳で一族を追われ、『花街』で大人の世界に身を投じた小春さん。

それに、周囲の人間に自分の素性を隠しながら生活し、小春さんを守って生きなければならなかった、16歳の自分自身。

「それでも僕は、そんなことわかってるけど…早く大人にならなくちゃって思ってました。早く大人になって、紫苑兄様と約束したみたいに燕支を守るんだって…でも、全然わかってなかったんだなって、今はちょっと恥ずかしいです」

ふふふ、と笑って霞さんは空を見上げる。

「私も…同じかも」

さっきまで笑っていた瞳が少し、翳る。

「紺青のために、私はいつまでも子供でいてはいけないんだって思ってました」

沢山の人の犠牲の上に建っている、紺青という国。

第一王女という立場の責任の大きさ、重さ。

「私…子供の頃、一度テロリストに拉致されたことがあるんです」

それは、霞さんが城の重臣と共に士官学校を訪れたときのこと。

「城からずっと、私たちの後をつけていたのでしょう。近隣国の、紺青に恨みを抱く人々が私を拉致して立てこもり、捕らえられていた同国の人間を解放するよう、父に要求したのです」

捕らえられていたのは、紺青で暴動を起こし、民に危害を加えた人間達だった。いくら王女を人質に取られているとはいえ、おいそれと取引に応じるわけにはいかない。

霞さんを救出するため多くの兵が投入されたが、相手の出方が分からず、ただ時間だけが流れていったのだという。

「怖かったでしょうね…訳の分からない連中に捕まって、助けも来ないなんて」

小さく頷いて、でも、と霞さんが明るく言う。

「『私はどうなってしまうんだろう』と、膝を抱えてうずくまっていた私の前で、突然大きな鉄の扉が吹き飛んだんです。びっくりして扉のほうを見たら…藍が」

『霞様!ご無事ですか!?』

懐かしそうに微笑んで、ゆっくり大きく瞬きをすると、霞さんは僕を見た。

「まだ彼女は士官学校の生徒でした。その後も何度も何度も藍は、私のことを助けてくれたけど…あの時が初対面で。ああ、この人は私とあまり年も違わないのに、なんて強いんだろう、優しいんだろうって…思わず私、泣いてしまって」

『危険な目に合わせてしまって…ごめんなさい』

涙声でかろうじてそうつぶやいた霞さんに、もらい泣きしてしまった藍さん。

『とんでもない!霞様は紺青にとって大事な大事な方ですもの、当然のことをしたまでです。私達のほうこそ遅くなってしまって、怖い思いをさせてしまって…だから、おあいこです』

「私達?」

ええ、と霞さんが笑う。

「孝志郎兄様や、愁兄様、それに来斗様…一夜様に剣護様。確か草薙隊長もいらっしゃったと思いますけど」

「…なるほど」

「私もこの人達みたいに強くなりたい、もうこんな風に皆さんに迷惑をかけたくないって思ったんです。それが確か…13歳の頃だったと思います」

彼女はうつむいて、小さくため息をつく。

「強くなれないのは今も同じ…なかなか難しいですけど」

「そんなことありません!」

突然大声を出してしまった僕に、彼女はびっくりしたように目を見開く。

「霞さんは強いです」

「…そうでしょうか」

大きく頷いて、彼女の顔をじっと見つめる。

「もともとお強いと思ってましたけど、もっと強くなられたと思います。強くて優しくて…藍さんにも負けないくらいに」

真剣な表情の僕に、霞さんは目を細めて優しく微笑む。

「…ありがとうございます」

「いや…そんな」

「右京様には私、いつも勇気づけられます…もし私が前より強くなれたとしたら、それはきっと…あなたのお陰です」

「霞さん………」

柔らかい黒髪に手を伸ばす。

もう片方の手に、霞さんの華奢で柔らかい手が触れた。

黒い、潤んだ瞳が近づく。

唇が触れ合いそうになった…その時。

「ここにいらっしゃったんですか、霞様」

低く重い声に、思わず握った手を離す。

はっとして声の方を見ると…

藍さんが両手を腰にあて、怖い顔で僕達を見ていた。

「ら…藍さん!?」

「別に、お二人がいつどこでいちゃいちゃなさろうと、お二人のご勝手だと思いますけど…お城、大騒ぎですよ?」

はあ、と大げさにため息をついて、肩にかかったポニーテールを後ろに払う。

「あら…大変」

「ご心配には及びません。お城の方々には申し上げておきました、『先ほどまで一緒におりましたので、すぐにお連れいたします』って。ですから霞様、藍と一緒に帰りましょう」

そう、と霞さんは何事もなかったかのように微笑んで、立ち上がる。

「あ…あの、それでしたら僕が…」

「いいえ、右京様は結構です」

「藍さん、お忙しいでしょうし、その…」

「いいえ、大丈夫です。丁度休憩中ですので」

藍さんは冷ややかに言い放ち、参りましょう、と霞さんを連れて城へと続く林の方に消えていってしまった。


空はいつの間にか藍色になり、一番星が輝いている。

ふう、とため息をついて、林の方に目をやる。

「そろそろ、出てきたらどうですか?みなさん…」

木々の間からひょこっと顔を出し、ぱちん、と指を鳴らして一夜さんが笑う。

「いやぁ、惜しい!あともうちょいだったのになぁ」

「ったく藍の奴、本当空気読めねぇよなぁ」

頭をかきながら草薙さんが毒づく。

「いい大人が、こんなことしてて恥ずかしくないんですか!!??」

すまん、と剣護さんが気まずそうに言う。

「俺は止めたんだが…こいつらが…な」

「なぁに言ってんのさ、剣護だってノリノリだったじゃん?」

「なわけねえだろうが!!!もとはといえば一夜、お前が…」

「…もう、いいです。よくわかりましたから」

「でも、あの様子だと…今日が初めてじゃないよねぇ?右京って純情そうに見えて実は結構…」

「なぁに言ってんすか一夜さんっ。こいつも霞様も子供じゃないんすからぁ」

「…わかりましたってば」

「ねえねえ、実際どこまでいってんの!?お兄さんに教えてごらんっ」

「…一夜さん」

そういえば、と気まずそうな顔をしている剣護さんに聞く。

「愁さんは一緒じゃないんですか?」

「あ、あいつなら」

なんだか嬉しそうに一夜さんが口を挟む。

「くれはちゃんのとこだよ」

「くれはの…」

「そ。ちょっと疲れたみたいで彼女眠っちゃったんだけどね、もう少しここにいるって」

「…そうですか」

微笑んで、僕は空を見上げた。

澄んだ冬空には、白く光る上弦の月が浮かんでいる。

大きく深呼吸をして、冷たい空気を胸いっぱいに吸い込む。

傷ついた、くれはという少女の心。

僕達には、癒してあげることが出来るんだろうか。

自分は一人前なのだ、一人前でいなくてはいけないのだ、そう思い続けてきた彼女。

願わくは、彼女が14歳の少女らしく、無邪気に笑える日が来るといい。

黙りこんだ僕に、おそるおそる草薙さんが尋ねる。

「お前ひょっとして…怒ってんのか?」

見当違いな言葉におかしくなって、思わず噴出してしまう。

「いいえ…ちょっと考え事してただけです」

僕はベンチから立ち上がり、戻りましょうか、とみんなに笑いかけた。


『お前が、たてはの娘か?』

その日も、私は氷の柱の中に眠る母をただ、見つめていた。

私が頷くと、白い髪のその男は手を差し伸べて少し笑って見せる。

『私は冬鬼だ。そなたの母上の尽力に感謝している』

『冬鬼?』

左様、と冬鬼は頷くと、じっと立ち尽くす私の手を取った。

『………何?』

その手は、はっとするほど冷たい。

『韓紅には、そなたの力が必要だ』

『私の…力?』

『そなたは母上より、もっと強い力を持っている。その力、私に委ねてはくれぬか?一族の未来のために…』

一族の…未来。

私達の一族の悲願、それは紺青を倒し、世界を制すること。

今紺青がいる、あの場所は、本来ならば韓紅がいるべき場所だったのだ。

紺青を倒せば、北の、暗く冷たい洞窟の中で暮らすようなこともない。突如襲い来る、飢えや病に怯えることもない。

紺青の王を倒せば、みんなが幸せになれるのだ。

そう…私はずっとそう、信じてきた。

母様もきっと、同じ。

でも…

『あなたと仲良くなりたい』

あの女は、そう言っていた。

どういうことなんだろう?

私達は今まで、一体何と戦っていたのだ?

否…何を恐れていたのだろう?

優しい藍や一夜の笑顔が脳裏に浮かび、最後に霞と名乗った、紺青の姫の笑顔がはじけた。

もっと早く…あの人達と出会っていたら。

母様は…あんな風にならないで済んだのかな?

母様………


目が覚めると部屋は暗く、月の光が差し込んで、一所の床だけをほのかに照らしていた。

ふと、うつぶせで眠っている人影が視界に入る。

そういえば、兄妹だ何だと言っていたような気がするな。

眠っている時のしぐさが、この前の藍とそっくりだ。

「おい…風邪ひくぞ?」

私が声をかけると、奴はだるそうにむっくりと起き上がり。

「いっ!!??」

突然顔を真っ赤にしてのけぞると、座っていたパイプ椅子が倒れ、ドタン!という物凄い音が静かな病室に響き渡った。

「…大丈夫か?」

「あ…ああ………」

床に尻餅とついたまま、みんなから愁、と呼ばれているその男は、顔を真っ赤にして何やらまごまごとつぶやき始める。

「あの…あれや。お前が…その…逃げ出したりしたら大変やと思て…その…」

呆れてしまって、小さくため息をつく。

こいつ…藍達がいないと、虚勢も張れないんだろうか。

「それは、手間をかけさせたな」

「あ…ああ!ほんまに…」

「なあ」

他に誰もいないので…仕方ない。

「な、何や?」

「そんなにうろたえるな、いい大人がみっともない」

彼がまた何か言おうとするのを遮って、切り出す。

「紺青と韓紅は、何故仲違いを始めたんだ?」

愁は不思議そうに私を見ると、窓の外に視線を移す。

「さあ…なあ。僕らが生まれるずっとずっと昔の話やし、記録っちゅう記録もそないに残ってへんみたいやけど」

ぽっかり浮かんだ白い月を見つめながら、彼は元に戻したパイプ椅子の上で膝を抱える。

「けど…最初に仕掛けたのは韓紅だったらしいで」

「…本当か!?」

「残ってる記録ん中ではな。韓紅一族は『神器』やオンブラを操る、強い力を持っていた。けど肝心の『神器』を作る技術力は…紺青の方が上やったらしい。紺青一族は遣える『神器』は限られるけど、自分に合う『神器』を遣った時の強さは韓紅を上回る。お互いの利害は対立し…血で血を洗うような争いが起こった。そして」

「…紺青が勝ち、韓紅は負けた」

詳しいんだな、と言うと、彼は少し照れたように笑った。

「仲直り…出来ないのかな?」

「…仲直り?」

私が頷くと、視線をまた窓の外に戻し、そうやなぁ…と小さくつぶやく。

「霞様はあんな風に言うてはったし、こんなこと言うたらあれやけど…紺青の人間で韓紅のことを知る人間自体、ほとんどいなくなってるしな…せやから、和解出来るかどうかはあんたら次第やと思うけど」

…そうか。

私が右手を差し出すと、愁はぎくっと体を硬くする。

「な…何や?急に…」

「…仲直りだ」

やっぱり変な奴だけど、ちょっとだけ見直した。

彼は足を組んで座りなおし、少し顔を赤らめて腕組みをする。

「仲直り…て、僕もともとお前と友達ちゃうし…」

…細かいことを気にする奴だな。

「じゃあ、分かった。友達になってやる」

「な…なってやるてお前…」

「嫌なのか?」

少し思案するようにじっと私の顔を見て、愁は私の右手をしっかりと握り締めた。

「…わかった。ま、そこまで言われたらしゃあないな…なったるわ、友達」

暗い部屋の冷たい空気の中で触れた、優しい笑顔の彼の手は、大きくてとても温かかった。

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