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Ep9

ふいと横を向く少女に、俺は思わず大きくため息をついてしまった。

白衣のポケットに両手を突っ込んで、そっぽを向いた彼女の前に立つ。

「あんなぁ…何度も言わせんなや。飯くらいちゃんと食えて」

「食べたくないっ」

「お前、まだガキなんやし」

「私はガキじゃないっ!」

「けど…栄養摂らんと治るもんも治らへんで?体もまだ大きなる途中やねんから」

彼女は鋭い視線を俺に向ける。

「ちゃんと飯食わんと、背も伸びひんし胸もおっきくならんで?いつも来るあの姉ちゃんみたいに…」

「宇・治・原くん?陰でそうやって人を胸元が寂しいみたいに言うの、やめてくれる?」

背後から聞こえてきた冷たい声に、ぞくっと背筋が寒くなる。

「あ…源たいちょ」

「もー、あなたって人はどうでもいいことをぺらぺらぺらぺらと…」

「いや、隊長…大きけりゃいいってもんじゃ…ねえ」

「うるさいわねえ!!!大きなお世話よ!!!」

咲良の背後から、けらけらと楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

「まあまあお二人さん…」

くれはは、初対面の男に少し身構えたようだ。

「食べたくないのも無理ないよ、病院のごはんおいしくないもんね?」

穏やかにそう言いながら手にした包みを見せて、一夜はくれはに微笑みかける。

「…何だ?」

「甘い物なら大丈夫かなと思って。プリンとかケーキとか、食べたことある?」

依然警戒した様子で見つめるくれはに、彼は楽しそうに自己紹介をする。

「くれはちゃん初めまして。俺、古泉一夜って言います。何回か来てるだろ?藍て子」

あ、と小さくつぶやいて、くれはは少し顔を赤らめる。

なんだかよくわからんが、こいつ三日月の前では少しだけ大人しいらしいのである。

「あの子、俺の恋人なんだ。くれはちゃんのこと藍から色々聞いてさ、友達になりたいなーと思って会いに来ちゃった」

「………友達?」

「そ。くれはちゃんは、すっごくかわいくて良い子だよーって聞いてさ」

くれはは目を丸くして、少し顔を赤らめた。

「それとね」

少女のかわいらしい反応を楽しそうに見て、一夜はポケットから取り出したハンカチを広げてみせる。

「…何だ?」

「タネも仕掛けもありません。ね?確認して」

くれはは意味を解しかねて、いぶかしげに彼の様子を見る。

「もう一つ、これは花蓮様からのお遣いなんだけど」

「…花蓮だって?」

少し表情を強張らせたくれはににっこり微笑みかけ、一夜はハンカチを手のひらに載せた。

「では………1・2・3!」

言うと同時にハンカチをとった彼の手の上には、指輪が一つ。

乳白色の大きな石がついており、鈍い輝きを放っている。

鮮やかな手つきに感心したように、ひゅう、と隣で咲良が小さく口笛を吹く。

手のひらを凝視する少女の表情に、大成功!と満足げに笑う一夜。

「これ、『玉兎』。氷の『神器』でね、君の能力が暴走しないように、コントロールするために身に着けておいてもらいたいって」

彼女は何も答えず、じっと一夜の手のひらを見つめたまま。

「気に入ってくれた?」

「………今の」

「ん?何?」

「今のっ!」

顔を上げたくれはの表情は、今まで見たことがないくらいの明るさだった。

「今の何だ!?どうやったんだ!?」

え?と不思議そうに一夜が目を丸くする。

「『神力』の類じゃないみたいだし…でも…」

「……手品、見るの初めてなのかしら?」

咲良がこそっと耳打ちする。

「でしょうね、あの様子だと…」

くれはは子供らしく瞳を輝かせ、楽しそうに一夜に言う。

「今の、もう一回見せて!」


朝からずっと閉じられたままの隊長室の扉。

僕は書類から目を離して、大きくため息をついた。

「本当は…今あの部屋、使っちゃいけないんだけどなぁ」

北の白さんからの情報や、韓紅に関する書物に目を通しているらしい。ここのところ連日、僕が出勤したときにはもういて、帰るときにもまだいる。

「ちゃんと寝てるのかなぁ…」

ひょっとしたら、食事も満足に摂ってないんじゃないだろうか。

「やっぱりここは、伍長の僕がちゃんと言って………」

立ち上がりかけて、やっぱりやめて再びため息をつく。

…だめだ。あの鋭い視線を向けられると、何も言えない。

ああどうしよう…頭を抱えてしまう。

以前はこんな風に、不機嫌になると硬く扉を閉ざしてしまうことがよくあった。

懐かしいなぁ…それはベルゼブが出てきて紺青が物騒になる前のこと。

こんな時、この扉を開けることが出来るのは『あの人』だけだったんだけど………

「お邪魔しまーす!」

元気な声に驚いて、思わず立ち上がる。

「ミカさん!!??」

大きな瞳がじっと僕を見据える。

「…いるんでしょ?」

「えっと………何のことだか」

僕に構わずずかずか進むと、ミカさんは勢いよく隊長室の扉を開いた。

「こら!!!何してんの!?」

ぎょっとした顔で彼女を見る、愁さん。

「舞………」

「舞…じゃないでしょ!?謹慎中のあなたが何で隊長室にいるのよ!?駄目じゃないの出勤してきちゃあ!」

「あの…ミカさん」

振り返ったミカさんの目は…一時の愁さんより怖い。

う、と思わず絶句する。

「風牙も風牙よ!わがまま放題させちゃってもう…」

「………すみません」

で、とミカさんは再び愁さんの方を見る。

「くれははどうなったの!?」

「それは………」

「行ってないんでしょ!?この何日か。私ちゃあんと知ってるんだから!」

「そんなこと言うても……」

「はぁ!?何???」

ぐっとミカさんが愁さんに顔を近づける。

至近距離でじっと見つめられ、愁さんが顔を赤らめる。

「あの子…僕が行くと不機嫌になるし……」

「で???」

「それやったら僕が行かへんほうが、あの子のためにもええのかなって………」

「そう、それが愁くんの言い分ってわけね???」

「あの…な……」

「…あなたねぇ、啖呵切ったじゃない!?『あの子のことは僕に任せて』って!霞様にも前言ったでしょ!?『韓紅の件は十二神将隊が』って!」

「えと………」

「今あなたがやるべきことは、あの子の心を和ませてあげることでしょ!?単独行動で兵士に怪我させたりして、大裳隊の皆さんにも迷惑かけて…わがまま言うのもいい加減にしなさい!!!」

完全に…圧倒されている。

ミカさんの迫力に少し引き気味になっていた愁さんだったが、そこで居直ったように腕組みをして大声を出す。

「舞にはわからへんねん!僕には僕なりの考えがあって…」

「愁くん、ちゃんとごはん食べてるの?」

「………は?」

「それに、ちゃんと寝てる?クマ酷いわよ?」

噴出しそうになって、バレないように顔をそむける。

それは…士官学校時代からずっと見てきた、とても懐かしい光景だった。

もう愁くんは、と呆れたようにミカさんがため息をつく。

「考えがあったって、体壊しちゃったら意味ないでしょ!?ただでさえ私達になんにも言ってくれてないんだから…結局、何も出来ず仕舞いになっちゃうのよ!?」

「それは…そうなんやけど」

「もう、いいわ」

ミカさんは愁さんの手をぐっと掴んで立ち上がらせる。

「舞!?」

更に顔を赤らめる愁さんを、彼女は有無を言わさぬ勢いで隊舎の外に引きずっていく。

「いいから行くよ!くれはちゃんのとこ。頑張って向き合わなきゃ、何も前に進まないんだから!!!」

「は……い…」

「風牙ごめんね!お邪魔しましたー!」

「あ…はあい」

二人の後姿を見送って、僕は思わず顔を緩ませてしまった。

お似合いのベストカップル………って、思ってたんだけどな。

「複雑だよなぁ…なんか」


「なあ、舞………もう離してくれへん?」

「あ、ごめんごめん」

舞の手の力が弱まり、僕はその腕を少し乱暴に振り払う。

「だいたいあの子は何にも言わへんし…お前も見てるやろ?」

「んー…確かに甘えてくれたの、あの時だけだったけど…」

「せやろ???それに全然笑わへんしなぁ…」

その時。

目の前の病室から聞こえて来たのは、少女の楽しそうな笑い声。

思わず舞と顔を見合わせる。

「あれ…」

「ああ…」

恐る恐る病室を覗き込む。

「はい!くれはちゃんが選んだカードはこれだね!?」

「………すごい!!!何で!?どうしてわかるんだ!?」

トランプを広げて、鮮やかな手つきで手品をしているのは…一夜だ。

彼の様子を、目を見開いて見ているくれはは…信じられない程の満面の笑顔。

「まあねー、俺にはくれはちゃんの心が読めちゃうんだもん」

「うっそだぁ!だってさっきは間違えたじゃないか!?」

「あれは俺のせいじゃないよーだ。くれはちゃんがちゃーんと、カードの絵柄を念じてくれないからさぁ」

「ちがう!ちゃんと言われた通りにイメージした!」

「そうかなぁ???じゃあさ…もう一回やってみよっか!?」

うん!と大きく頷くくれは。

すごいやろ?と背後から宇治原さんの声がして、舞と大きく頷きあう。

「ハンカチから指輪出す手品やってみせてな…来て早々にあの子のハート、がっちりキャッチや」

「さすが………一夜」

「紺青一と謳われるだけのこと…あるわね」

あ、藍!と一夜が嬉しそうに舞のほうを見る。

くれははぎょっとした表情で顔を赤くして、所在なさげにうつむく。

「藍から聞いてたとおり、良い子だね彼女!すっごくかわいいし」

「あ…うん」

「でも心配いらないよ。俺ちゃあんと藍の恋人だって自己紹介したからさ。ね?くれはちゃん!?」

「あ…ああ…そう聞いた」

「ね!?だから大丈夫っ」

………なんなんやほんまにこいつは………

宇治原さんがこほん、と小さく咳払いをする。

「そろそろ検査の時間やねんけど、一夜…」

「あ、そうなんだ?じゃあおいとましなきゃな」

え?とくれはが小さくつぶやく。

「…帰っちゃうのか?」

「うん、今日はね!でもまた遊びに来るから」

「いつ?」

「ええとそうだなぁ…俺色々忙しくて…」

一夜を見るくれはの目が少し影を帯びる。

それを愉快そうに見て、嘘だよ、と一夜はいたずらっぽく笑う。

「また明日昼から来るよ!俺半分ぷーたろーで暇だからさ、くれはちゃんが会いたくなったらいつでも呼んで!」

「………もぉお前なぁ………」

一夜が、むすっとした顔のくれはの頭を優しく撫でる。

「じゃ、またね」

彼女は、また子供っぽい笑顔になって大きく頷く。

「明日の昼だな!?約束だぞっ」


病院からの帰り道。

「すごいねぇ、一夜って…」

まだ信じられないといった様子の舞がつぶやく。

でしょー?と一夜は得意げに舞を見る。

「トランプは暇つぶしになるかと思って持ってっただけなんだけどさ、あんなに手品がお気に召すとは思わなくて…」

「それと甘いお菓子…でしょ?やっぱり女心を心得てるわ、あなたは」

「まあねぇ…ま、こういうのってもう必要ないと思ってたんだけど、意外な所で役に立つこともあるんだなぁ」

「必要ないって…」

だって、と一夜は舞のポニーテールに手をやる。

「俺は藍がいてくれればそれでいいもん、他の女の子に媚売る必要なんかないでしょー?」

歩みを止め、舞はちょっと顔を赤らめて一夜を見る。

ずきん、と胸が痛む。

そんな自分に動揺して…思わず見つめあう二人から視線をそらす。

「で、愁はこれからどうすんの?」

振り返って一夜が言うので、動揺を隠して何とか笑ってみせる。

「そうやな…とりあえず来斗んとこ行って…」

「駄目よ」

振り返った舞が、じっと僕を睨む。

「え???」

「何か本借りてきて、またどっかに篭るつもりでしょ?」

「…あの」

「もぉさっき言ったでしょ!?ちゃんと休みなさいって…ねえ一夜?」

「………何?」

「愁くんさ…今日一夜んち泊めてあげてもいいよね!?」

………はあ?

一夜も目を丸くして言葉を失っている。

「…どうして?」

「どうして…てことないんだけどね、一緒にごはん食べて、おうち泊めてあげてよ!」

うーん…と、さっきまで上機嫌だった一夜が少し困ったように笑う。

「舞…わかった!今日はちゃんと食事も睡眠も摂るから…僕のことは」

「だーめ!愁くんは見張ってないとちゃんとなんてしないでしょ!?いつものことよぉ」

「けどなぁ…」

いいよ、と一夜が少し困った顔のまま言う。

「でも…藍はどうするの?最近いつもうちに」

「ちょっと一夜!?」

顔を赤くして一夜を制すると、誤魔化すように僕達の前に少し進み出て、くるっと振り返る。

「じゃあ…わかった!私も別の部屋に泊めてもらおうかな!?」

「舞???」

「今日寒いしさぁ、お鍋にしよっか!?」

「…いいよ」

「あの…お二人さん?」

「いいから愁くんは黙ってついてきなさーい!」

楽しそうに言う舞に何も言えず…思わず小さくため息をついた。


士官生の頃は、学校からも近いこの家によく集まって騒いだものだ。

シンプルに片付いた一夜の部屋は、昔と全く変わらないように見える。

照明の落ちたリビングのソファーで、毛布に包まってすやすや寝息を立てている舞。

「寝ちゃったみたいだね」

一夜が僕に笑いかける。

寝室のベッドを僕に譲り、一夜は床に敷いた布団の上に胡坐をかいていた。

「結構飲んでたしな…」

「すっごく楽しそうだったよね、藍」

一夜もアルコールが入って上機嫌だ。にこにこと僕に笑いかける。

まったくなんなんや、このバカップルは………

ねえ、と一夜が僕に近づいてきて、こそっと耳打ちする。

一瞬耳を疑い…硬直する。

「………一夜」

「んっ?」

笑顔で聞き返す一夜の胸倉をぐっと掴む。

「お前本気で言うてんのか!!??なんつーけしからんことをお前は…」

「本気にした!?冗談だよじょーだん♪」

「冗談にしてもなあ!!!言っていい冗談と悪い冗談があるで!?お前一体舞のことなんやと思てんねん!!??」

「もーそんなのさぁ…冗談に決まってんじゃん?」

「お前の言い方は冗談に聞こえへんねん!いつもいつも、いい加減なことばっか言うて…」

「いい加減なんかじゃありませんっ。いくら大親友の愁でも、俺の大事な藍には指一本触れさせませんよーだ」

べー、と舌を出して、少し真剣な表情になる。

「安心したよ」

「………ああっ???」

「前とおんなじ愁だ」

「………はぁ?」

うつむいて頭をかき、一夜が俺さ、と小さくつぶやく。

「…しばらく紺青、離れてたでしょ?」

言葉の意味を図りかねて、黙って次の言葉を待つ。

「…まあ、戻って馬鹿やったのは俺なんだけどさ」

ああ、あの時のこと。

でも…

何で急に、そんな昔の話をする気になったのだろう。

「それでね、久々に会ってみたら…なんだか愁が愁じゃないみたいで」

「それは…」

「昔の記憶が戻ったんだろ?それはわかるんだけどさ…」

頭の後ろで手を組み、一夜は壁にもたれかかる。

「何か、無理してるみたいなんだもん」

「…無理?」

「うまく言えないけど…『孝志郎』の代わりにならなくちゃいけないって、頑張りすぎてるような気がするんだよな」

孝志郎はんの………代わり?

「おもろいこと言うなぁ一夜…孝志郎はんはちゃんと紺青に戻ってきてはるのに」

「確かにね。孝志郎は孝志郎だよ?けど…やっぱり昔の孝志郎とは違うもんね」

やっぱり意図が読めない。

一夜はサイドテーブルのグラスを手にして、淡々と話し続ける。

「愁は、孝志郎の変わってしまった部分を埋めようって…無理してる気がするけどな」

「変わってしまった部分?」

「孝志郎の代わりに十二神将隊の総隊長として、ちゃあんとみんなを纏め上げなくちゃいけないし、姫様達や他の軍の人間の信頼もキープしなきゃいけない。それに…藍も」

一夜は穏やかなまなざしで僕を見る。

「孝志郎の代わりに、藍の兄貴になろうとしてるだろ?愁は…」

「僕は…別に孝志郎はんがいなくても舞の兄貴やし…」

そうなんだけどさ、と困ったように笑う。

「いい兄貴面しなきゃいけないって…無理してない?」

「…無理?」

「クールでませたガキだったらしい、『風』って奴を演じてるんじゃないかと思ってさ」

どきん、と心臓が高鳴る。

「その上今回の韓紅の件が重なってさ…『風』は、どうしてもこの問題を自分の手で解決しなきゃいけないって、思っちゃうんじゃない?自分の一族の問題だからとか、母親の問題だからとか、さ。昔のお前だったら、俺なり来斗なりに話してると思うんだよね。それか…少なくとも、藍には」

黙り込んでいる僕の目を、じっと見つめる一夜。

「今日のこともさ、藍が変なこと思いついたもんだなぁ…って思ってるだろ?」

「あ?………ああ」

「それは間違い。あいつは昔からああだよ」

昔から…

「『愁くん大丈夫?』『愁くんしっかり!』って…あいつはいつもいつも、お前の心配ばっかしてたんだから」

思い出されるのは、士官学校の制服姿の藍。

俺さ、と彼は少し寂しそうに笑う。

「白状しちゃうと、本気でお前らデキてんだと思ってた」

「…は???」

「だって、若いもん同士寄り添って支えあっちゃってさぁ…何かあれば二人で孝志郎に頼ってって…俺の付け入る隙はないなぁって」

「な……お前……なんやそれは!?そんなん……」

その時だ。

「一夜ぁ???」

リビングの方から聞こえて来たのは、舞のか細い声。

何?と動じることなく一夜は答える。

「どこ………?」

ちょっとごめんね、と僕に向かってつぶやくと、一夜はリビングのソファの舞に近づいた。

「どうしたの?藍…」

舞は少し寝ぼけているようだ。ぎゅっと一夜の首に抱きつく。

「怖い夢でも見た?」

「…うん………あれ?………そっか。愁くんは?」

「寝てるみたいだよ」

暗がりで僕の姿が見えていないらしい。そっか、と安心したようにつぶやく。

「ねえ…一夜」

「何?」

「一人にしないでね…私のこと」


ふと、脳裏をよぎるものがあった。

『暗いところは嫌いなの』

夜中に目を覚ますと、舞はいつも寝ている僕を起こしてあんな風にしがみついて泣いた。

『一人にしないで、風…一緒にいてね』

小さな舞の、やわらかい髪を撫でる。

『心配せんでも、僕はどこにも行かへんから』

安心して笑うと、舞はまたすやすや眠ってしまう。

その寝顔に僕もなんだか安らかな気持ちになって、また眠りに落ちた。

幼い日の、温かくて懐かしい記憶。


…変わってないな。

思わず微笑んでしまう。

また眠りについたらしい舞に毛布をかけてやると、一夜は優しく額にキスをする。

「おやすみ…藍。いい夢を」

僕のいる寝室に向かいながら、ふいにうつむいて小さくつぶやく。

「いい夢………見せてあげらんないのは…残念だけど」

「い…一夜?なんやったら僕帰ろか???」

「え?何?俺今何か言った?」

「あ…いや」

リビングとの間のドアを閉め、一夜はまた真面目な顔で僕をじっと見る。

「さっきの話の続きだけどさ…」

「…何やったかな」

視線をそらして少し笑う。

『俺に言いたいことあるんじゃない?』

一夜が言いたいのは、多分そういうこと。

それはもしかしたら、こいつがずっと言いたかったことなのかもしれない。

あの日の明け方顔を合わせた時から…多分ずっと。

サイドテーブルのグラスに残っていた水割りを飲み干して、照明を落とす。

「寝よか…明日も早いやろし」

「あ…うん」

一夜に背を向けて横になる。

「一夜…あのな」

「…何?」

「僕…知ってたで?あの子がお前のこと好きやて…士官生の頃から…ずーっと」

「……………」

「みんな…多分孝志郎はんも…気づいてへんみたいやったけど…」

僕だって、一夜の気持ちにまでは気づいてはいなかったのだが。

一夜はずっと黙って僕の声を聞いているらしい。

「舞のこと、頼むで…一夜」

「………うん」


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