おdie金はこちらまで
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廃ビル、屋上、木のベンチ。自殺願望に満ちている。
特に辛いこともないが、生きていたってムダじゃないか。残して困る人もいない。考えたってムダなのに、そんなことが頭に浮かんで離れない。そんなとき、何となくここに来てしまうのだ。
「そうなんすねぇ。でも分かんなくもないっす」
なんていう身の上話をしていた。
彼は悪魔と名乗った。どうみても、どこにでもいそうな大学生だ。しかし、手から炎を出してみせたので、きっと本物なのだろう、多分。本人曰く、少し前まで大学に潜りこんでいたらしい。
初対面のはずなのに、話しやすくてベラベラと話してしまった。もしかして会ったことがあるのだろうか。そう思ったが、悪魔の知り合いなんていないので気のせいだろう。
「という訳でさ、いっそサクッとやってくれない? 魂とかあげちゃうよ?」
「悪魔って、対価をもらう代わりに願い叶えてるんすよ。殺しちゃったら対価ないじゃないっすか。むしろここからサクッと飛んだほうが楽っすよ」
「自分で踏み出すほどじゃないのよね。やりたいけどモチベーションはないっていうか」
「そっすかぁ、じゃあ諦めてください」
素っ気ない。でも初対面の人に、仕事のルールとやらを破らせる訳にもいかないし。
「そーする。ある日、頭にレンガ落ちること祈ってる」
「賢明っす」
しばらく沈黙が流れる。沈む夕日でも眺めていたが、つぎに沈黙を破ったのは彼だった。
「オレも仕事やめたいんすよねぇ。憧れて、頑張って大手に入ったんすけど。なんか違うっていうか」
「あー、分かる。現実見えちゃったり、自分の限界見えちゃったりするよね」
「姉さんも分かります? 頭の中では全てぶん投げたいんっすけど、それすらも現実見ちゃうっていうか」
「分かりすぎて死にたい」
どこの世も世知辛い。お互い、解決しようとはしてないが、悩みの種はあるようだ。というか、いつの間に姉さんになった。
「なんかぽくないっすか? 社会人の姉と大学生の弟さんみたいな。一人っ子なんで上に欲しかったんすよね」
「あー、なるほど。というか心読めるんだ。そりゃそっか、悪魔だし」
心読めるんだ。とくに読まれて困ることもないが、あまりいい気はしない。
いっそ現実逃避も兼ねて、友達の描いてた男同士の恋愛漫画でも思い浮かべてやろうか。片方は悪魔本人にしてあげよう。おお、分かりやすく顔をしかめた。
次読んだら本番を思い浮かべてやる。そう脅迫すると、顔を青ざめてうなずいた。ヨシ。
そういえば、究極の現実逃避といえばアレだろう。思いつくままに提案してみる。
「いっそこのまま逃避行、なんてどうよ。小説ならロマンチックな恋が始まるところよ?」
「姉さん、そんな柄じゃないでしょう。ラブもロマンスも知らなさそうっす」
「だから死にたいのよ」
初対面の人に聞いた私がバカだった。フラッシュバックする過去の失恋たち。幼馴染の冷たい目。あぁ、死にたい。そもそも男の人と仕事以外で会話したのって、高校生のとき以来だし。
「いっそ、姉さんも悪魔やってみます」
「組織的なのに、入んないといけないんでしょ?」
「悪魔になるだけならフリーでもいけるっす。スキルと手助けがあれば、初心者でも資格不要で好きなように働けるっすよ」
「えー、なにそれ最高じゃん。今すぐ会社やめよっかな」
「決断早くないっすか? もうちょっとあるでしょう。ほら、人生を狂わせちゃう葛藤とか。対価に命取る葛藤とか」
うーん、あるかなぁ。めちゃくちゃになると可哀相だけど、本人の希望だから仕方ないよね。
「あまりないかなぁ」
「凄いっすね。姉さん悪魔向いてますよ。死んでもいいと思ってて、殺すのに抵抗ないとか天職っすよ」
「そーかなぁ、えへへ」
「褒めてはないっす」
まあ、どう考えても社会不適合者だもんね。私に適合していない社会が悪いのよ。そういうことにしておこう。
「じゃあもう契約するっすか? 対価はまあ、一年くらいオレの従者になってもらうのが妥当っすね」
「従者かぁ、悪くはないなぁ。食ってけるなら全然あり」
「今の会社やめずに、副業みたいな感覚で大丈夫っすよ。ニートと思われるのが嫌なら、潜入先もいるっすからね」
思ったよりも悪魔って、現代社会に紛れ込んでるんだなぁ。もしかしたら、過去に私があった人の中にも、一人くらいいたりして。
決断できずにズルズル就職しての今だけど、会社やめずに副業でやれるならやってみてもいいかな。
「うーん、早速やっちゃおうか」
「了解っす」
カバンを漁る悪魔。しばらく漁っていたが、目当てのものを見つけたのか。何やら箱のようなものを取り出す。私と悪魔の座るベンチ、その間に置いた。
「怪しげな道具とか使う感じ? 魔法陣とか見れちゃう?」
「いや、名前と住所、電話番号とか書くだけでいいっす」
そう言って、悪魔はペンとタブレットを取り出し、私に差し出してきた。思ったよりちゃんとした契約だ。なんならデジタル化してるし。うちの会社より進んでるんじゃなかろうか。
「マイナンバーとかいる? どっかにメモってたけど」
「必須じゃないっすけど、あるなら書いてほしいっすね」
どこにメモってたっけと、スマホの中を探る。写真フォルダの中に、住民票の画像なかったかなと、過去の画像をめくっていると、新卒・大学・高校時代、輝いていた頃の思い出たちが蘇ってくる。
ああ、新社会人になってお世話になったがやめるとき、また会おうねって写真を撮ったな。高校の頃、席が近くてたまに喋ってた男の子と、卒業するとき写真をとったな。
人間をやめてしまうなら、もう会えないかもしれないが、不思議と後悔はしていない。まだ悪魔になってはないが。
ようやくお目当ての画像を見つけ、ササッと書類に記入する。タブレットいいね、私も買おうかな。なんて考えながらも返却し、次の手順を待つ。
「……はい、確認したっす。次の手順っすね」
「今度こそ魔法っぽいものみたいなぁ」
「残念、あとは寝るだけっす」
そう言われた瞬間。眠気に襲われ、ガクンと膝を落とす。ああ、これはこれで魔法だな、なんて思いながら。せめてベンチに座ろうとするも、体はまったく動かない。
「ふう、長かったっす。従者を作れるようになって。ようやく君も見つけて」
悪魔がなにか言ってるが、眠すぎて何も聞こえない。
「対価をやるから殺してくれって言われたときはヒヤッとしたっすよ。なんとか誤魔化せたっすけど」
あー、本当に聞こえないから後でいい? そう伝えたいが、うめき声一つ出てこない。
「初めてあったあの日から、ずっと君が欲しかった」
不思議と温かい気配に包まれて、抵抗もできず眠りに落ちた。