表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/27

ドネーション ―命の寄贈―


「いらっしゃいませー!」


 私の入店を告げるドアベルと共に、姉の声が耳に入る。

 店の中には広めのソファとバーバーチェアがそれぞれ二つずつある。ソファは待合室のような空間に。バーバーチェアは大きな鏡の前に。

 鏡には仕事着なのにオシャレな姉と、ジーパンをはき、Tシャツの上からシャツを着ただけの私が映りこんでいる。

 他の客はいないようだ。


「ねぇ、(あや)姉」

(あおい)じゃない。どうしたの?」


 二年ぶりに家から出た私を見てとくに驚いた様子もなく、姉は以前となんら変わらない対応をしてくれる。


「髪、切ってくれないかな?」

「どうかしたの? 失恋でもした?」

「うん、そんなとこ」


 からかうように聞いてきた姉に、私は適当な答えを返す。

 髪を切る理由はそれだけではないけれど、失恋したことも、確かに理由の一つだからだ。


「そっか。せっかくキレイなロングなのに。少しもったいないね?」

「どうせすぐ伸びるよ」


 いつのまにか背中まで伸びた髪を弄りながら、私は入り口側のバーバーチェアに座る。

 早く伸びろ、早く伸びろ、と祈っていた時期がなつかしいくらいだ。


「それもそうね。それでどんな風に切りたいの?」

「輪ゴムで縛ってまとめてバサッと」

「――ぷっ」


 思わず、といった様子で姉が吹き出した。


「何かおかしかった?」

「いや、あのね。私は髪型を聞いたつもりだったから、ついね」

「髪型か……」


 そういえばここ最近、髪型なんて気にしたこともなかった気がする。

 家に閉じ籠って人目を気にせずに済んでいたこともそうだが、髪を意識するようになったのはここ数年のことだし、意識するきっかけをくれた人とはもう二年も会ってない。

 それに、どうせまたある程度まで伸ばして、まとめて切るのだ。髪型なんて適当でいい気がする。でもどうせなら、プロに任せてみようと思う。


「おまかせでお願いします、美容師さん」

「はい、おまかせくださいお客様」


 遊び半分で少しかしこまってみると、姉は芝居がかった様子で答えた。


「じゃあ、葵――」


 すぐに元通りになったけど。


「――どうな風になりたい?」

「えっ。……似合えば、それでいいけど?」


 不意に聞かれた質問に、私は答えを出せなかった。


「髪とか服とか、そういうのは似合えばいいってものじゃないのよ」


 姉はそう言って、少し説明してくれた。

 姉曰く、一応私もプロだから容姿や髪質に似合う髪型にはできる、とのこと。しかし、当人の気持ちに似合うかはわからない。だからこその、どうな風になりたいのか。


「って言われても、急にはわからないよ」

「まぁ、そんなものよね。じゃあ、髪を切るのはなんで? 別にもう少しあとでもいいのか、今日じゃないといけないのか」


 なるほど。あとでもいいなら、ゆっくり考えられるわけか。でも――


「――明日は三回忌があるから、今日中に切りたい」


 三回忌が、親族以外も招かれる最後の法要なのだ。せめて、最後くらいは。


「そっか。じゃあ、凛ちゃんが好きそうな髪型にする?」

「えっ。そんなの知ってるの?」

「家も近所だったし、話す機会もあったからね。女子会の一度や二度はしたわよ」

「へぇ。そんなことあったんだ……」


 姉が彼女の好みを知ってることよりも、彼女が女子会などというものをしていたことの方が驚きだ。

 小学校の休み時間は男子よりも先にサッカーボールをとって行き、昼休みにクラス全員でドッジボールをすれば終始内野にいるようなやつだった。

 夏休み明けなんて、男子よりも日焼けして真っ黒になっていたと記憶している。中学でもバリバリの運動部だったと聞いた。

 男子よりも男子していた彼女が女子会。事実なのだろうが、ピンとこない。誰にでも意外な一面があるというのは本当らしい。

 それに、どんなのが好きだったのか興味がある。


「……じゃあ、それでお願い」

「オッケー。お姉ちゃんに任せなさい!」


 自信満々そうに自分の胸をトンと叩いてから、姉はてきぱきと準備を進めていった。


 髪を整え、定規で測り、輪ゴムで縛る。

 長さは「31cm」以上。

 もちろん、条件は満たしてある。そのために伸ばし続けてきたのだ。


「そうだ葵。せっかくだし、自分で切ってみる?」

「いいの?」


 私の疑問に姉は間髪入れずにうなずいてくれた。


「わかった。やってみる」


 縛った髪を肩から前に出し、姉が押さえてくれる。姉から借りたハサミを右手に持ち、左手は胸元で強く握りしめた。

 目を瞑り、覚悟を決めて、刃を髪に当てる。


 そして私はこの四年間を……彼女のためにと伸ばし続けたこの髪の毛(いのち)を、切り落とした。



 * * *




 幼馴染みの小夜(さよ)(りん)が元気だったのは、彼女が中学一年の頃までだった。

 いつのまにか彼女からは、お日様の匂いではなく、病院の臭いがするようになった。

 日焼けた肌は白く染まり、太陽の笑顔は曇天に覆われた。

 彼女の愛用の帽子がキャップからニットに変わるまで、そう時間はかからなかったように記憶している。

 それでも、私の日常は変わらなかった。

 彼女に連れられて公園に行く日々が、彼女へ会うため病院に行く日々になっただけ。

 公園で走り回るよりも、病院で彼女の話し相手をする方が、体力的には楽だった。それに、彼女と話してるだけの方が、鬼ごっこやら缶蹴りやらよりもはるかに楽しかったのだ。

 一番楽しかったのは、彼女が暇をもて余すようになってからだった。


「葵って、ふだんどう暇潰してる?」

「読書だね」

「ふーん。どんなん読んでんの?」

「漫画とか児童書とかのファンタジー。最近はラノベも読むよ。あ、ハリー・ポッターくらいなら聞いたことあるんじゃない?」

「映画なら一回だけ。けど怖かったし、ここじゃ見れないしなぁ」

「じゃあ、家に本があるから明日持ってくるよ。映画より明るい話しが多いし読みやすいから」

「うーん、葵がそういうなら読んでみよっかな」


 それからは、毎日のように本の話しをした。

 貸した本の感想を言い合い、次はどんな本を読もうか話し合った。

 私の好きなことを彼女と共有できることが、楽しくてしかたなかった。

 けれど、変わらないと思っていた日常に、変化のようなものはあった。


「ねぇ、綾姉。小夜は、なんでニット帽をかぶるようになったのかな?」


 それはなぜか、彼女に直接聞くのはためらわれた内容だった。


「抗がん剤治療とか、放射線治療とかじゃないかな」

「えっ……と。どういうこと?」


 理由を聞いたはずなのに、知らない単語が返ってきて、私は困惑した。

 よくよく考えてみれば、私の家族に入院している人はいないし、私の好きなジャンルはファンタジーだ。時々ミステリーと恋愛を読む程度で、医療系は読んだことがなかった。

 意味を理解できなかった私を見て姉は少し悩んだが、結局答えをくれなかった。


「私も詳しくはないからね。凛ちゃんに直接聞いてみな」

「……わかった」


 ――もしも教えたくないって言われたら、それ以上聞かないであげてね


 姉にそう注意されたあと、その日も私は彼女へ会いに行った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  ▼▼▼ 第11回書き出し祭り 第4会場の投票はこちらから ▼▼▼ 
投票は1月9日まで!
表紙絵
― 新着の感想 ―
[良い点] タイトル。テーマは重たいけど読んじゃうやつだ!いや、まだタイトルしか見てないんですけど、でもきっとそうですよね。誰が誰にドネーションするのか、それを誰の視点で語るのか。あるいは三人称だとし…
[良い点] 読みやすかったです。 [一言] 寄贈するって聞いたことありましたが、ドネーションと言うんですね。 葵さんの思いが少しでも救われるといいなと思います。
2020/12/27 14:02 退会済み
管理
[良い点] ドネーションが分からなくてググりました(定期)そして副題の意味をしりました。 重たいテーマですが重たすぎずに読めました。お姉ちゃんのおかげかなぁ。お姉ちゃんとの日常がうまくバランスが取れて…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ