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もしも、明日死ぬのなら。

 拝啓


 これは、私の償いの話です。

 

 私の実家はとある田舎にあります。そこは盆地で、夏は猛暑に冬は豪雪、そんな地域です。静かな場所で、猛暑に扇風機という風情もあるので、毎年の夏休みには帰省しています。これは、そんな私の地元であった話です。


 今回お話しすることは、何も解決していない、釈然としないものです。

 ですが、これを話すことで少しでも償いになればと思い、筆をとりました。


 幼い頃は「見えないものが見える」と言います。

 では何故、大人になるにつれて、それらは見えなくなるのでしょうか。

 それらに中てられてしまって見えなくなるのでしょうか。

 それとも、ただ見て見ぬふりをしているだけなのでしょうか。


 私にはわかりません。

 明確なのは、この話が”本当に”起きたということです。



 そして、私がまだ生きているということです。

 あれは、私が夏祭りで親とはぐれた時でした。

 幼いながらに好奇心旺盛だった私は、親とはぐれた不安の中でも自由に行動していました。いつも手を繋いで離さない両親から解放されたあの時の高揚は、それほどに強烈だったのです。今思えば、それが始まりでした。

 自由を得た私は、提灯をぶら下げた鳥居から、境内を見つめていました。

 「神社やお寺で誰も近寄らない場所に立ち入る」遊びを始めようとしたのです。

 記憶は美化されるものですが、その時見上げた提灯はやけに綺麗でした。

 薄ぼんやりと地面を照らす提灯を見上げれば、その奥にまばらに星を砕いた空がありました。首が痛くなるぐらい見上げて、暫し立ち呆けていたと思います。あの時不思議だったのは、隣に並ぶ屋台も往来する人の声も、次第に聞こえなくなっていったことです。提灯の明かりに吸い込まれそうな感覚でした。

 その神社というのは、鳥居を抜けると参道が伸びて、小川を跨ぐ橋があり、そこを過ぎると石段がありました。それを上り切るとまた参道があり、道なりに一度曲がると拝殿がある神社でした。鳥居から石段まで30メートルもないのですが、参道の半ばで屋台の音は掻き消えるほど静かな場所です。夜になると厳かな雰囲気の中に不気味さがあります。

 そこへ向かって、私は歩き出しました。その耳には、「先程まで聞こえなかった屋台の音」が遠く聞こえてきました。

 ここで引き返していたら、どれほど良かったでしょう。

 僅か10メートルほど進んだだけで、人の気配など一切しなくなりました。

 鳥居を隔てて、あちらとこちらが分かたれている感覚がしたのです。不思議なもので、鳥居から境内に一歩入ると、外の喧騒は偏に弱くなるのです。それを面白がっていた私は、どこまで行けば音が聞こえなくなるのかと試したくなりました。10メートルでは、人の気配が消えただけにすぎません。

 

15メートル。まだ遠くで音が鳴っています。

20メートル。小川に近しくなったせいか、水音が強くなっていきます。

25メートル。ちょうど橋の位置です。殆ど音は聞こえなくなっていました。

30メートル。だいたい石段の位置です。どうしてか、音は大きくなりました。

35メートル。石段の中腹です。音は消えませんでした。


 仕方ないので、一番音の小さかった橋の位置まで戻り、小川に沿って盛り上がった畦道を歩くことにしました。懐中電灯なんてありませんから、月明かりを頼りにして、不安定なその道を歩いていきました。

 参道から離れるにつれて、さらに音は小さくなっていきました。代わりに聞こえてくるのは虫の声。鼻をくすぐるのは草木の匂い。少しばかりの肌寒さを前に、勇気を振り絞って歩みを進めていきました。ツクツクボウシやコオロギ、カエルの声なんかもした記憶があります。中でも一番色濃く覚えているのは、ホーホーという鳴き声です。フクロウだったと思ってはいますが、わかりません。

 しばらく道なりに行くと、完全に音は聞こえなくなっていました。正直に言えば、自ら進んだにも関わらず、怖くなっていました。でも、それがたまらなく好きだったのかもしれません。

 恐怖や不安と綯い交ぜになった好奇心は、とうとう道の終わりまで私を連れていきました。しかし、そこには何もありませんでした。ただ真っ暗な帳が降ろされて、どこか神聖な空気がするだけ。


 ――そう思いたかったんです。

 あの時、見て見ぬふりを出来ていたなら。

 はっきりと覚えています。そこには何かがいたんです。

 目玉はありませんでした。手足も定かじゃありません。

 ただ、何かがいたんです。

 私の目には何も映っていないはずなのに、私は何も見ていないはずなのに、ただ一点だけを見つめたまま、目を逸らせませんでした。全身が総毛立ち、逃げろ逃げろと身体を奮い立たせます。それでも身体が動かないんです。重くて不安定な身体を翻せば襲われるような気がして。だから私は。


 ――声をかけてしまったんです。


「誰?」

 返事はありません。ただ、鳥肌は幾分か静まりました。

 目も自由に動かせるようになって、身体も少し動くようになりました。

 遠くから戻ってくる小川の音と虫の声。

 その時になってようやく、何も聞こえなくなっていたことに気づきました。

 私は一目散に逃げ出しました。不安定な畦道を懸命に走りました。胸がひゅうひゅうと音を立てても構わずに、ただ走り続けました。涙は出ませんでしたが、鼻水が喉の方へ降りてきて気持ち悪かったのを覚えています。咽ながら走って走って走って――。

 ――ようやく、元の橋まで戻ってくることが出来ました。


 ですが、背後に気配があったのです。

 咄嗟に振り向いてはいけないと思いました。

 だから、そちらを一切見ずに、全力疾走で鳥居を潜り抜けました。そのまま泣きながら走って家に戻りました。どこまでも付いてくるような感覚を否定しながら走りました。

 家に戻り、乱暴に玄関を開けると、両親がいました。

 呑気にタコ焼きを食べながら、泣いている私に尋ねました。

「どこ行ってたの」

 正直、こんな事を言われるだなんて思ってもいませんでした。だって、両親は私の手を握って離さないような親だったんです。どこかで迷子になれば探して抱き上げてくれるような両親だったんです。

 でも、私は見て見ぬふりをしました。

 この話を誰にもせず、両親に抱いた違和感も忘れることを決めました。

 なぜなら、認めてしまったら終わりだからです。


 これが私の経験した話です。

 毎年、夏になれば帰省しますが、あれ以来、神社には近づいていません。

 何故この話をしたのかというと、許されたかったのです。

 ですが、これだけでは許されないのです。


 ――この話には続きがあります。

 私が「何か」を見てしまったあの日からしばらく、私は家の前で2度車に轢かれかけました。しかも、同じ体勢、同じシチュエーションで、同じ車種の同じ場所に。そして、奇妙なことに、そうなる数日前に決まって予知夢を見ていました。

 両親が蹴ったボールを取り損なって夢中で追いかけ、道路に面した緩やかな斜面で転ばないようにした結果、車に轢かれずに済む夢。ボールが車に撥ね飛ばされた音を聞いてようやく何が起こったか理解する。そんな夢。

 目覚めると汗だくで、具に覚えている夢の内容と一緒に、どうしてか黒いモヤが思い出されたんです。それがあの場所で見た「何か」だと思いました。


 そして、私はその夢の通りに車に轢かれかけることになります。

 もちろん、それを偶然と片付けることもできます。それに出来すぎているんです。だから、この話をしても、誰も信じてくれません。なので、もう一つの話をするのです。そこで初めて、誰かは信じてくれるのです。

 それは、小学校高学年に起きた事故です。


 私は友人二人と一緒に、自転車に乗っていました。

 今でいうオフロードバイクのごっこ遊びをしていたのです。全力で一番上のギアで漕ぐ。猛スピードで走り抜ける。でこぼこな道も気にせず、汗だくになりながら走り回りました。

 

 実は、神社の隣はお寺なのですが、そこは通り抜け出来る場所でした。

 具体的に説明をすると、丁字の横棒が通り抜け出来て、左から右に抜ければ車道に出ます。縦棒の部分が、先程の話に出てくる石段の部分です。

 なので、お寺までの坂を懸命に上り、そのまま突っ切って境内を抜けるようなルートを進んでいました。先導するのは友人二人。私たち三人の距離は等間隔でした。

 友人が境内を抜けて車道に出る。

 もう一人の友人が、それを追いかけて立ち漕ぎになる。

 私はちょうど境内に侵入したところ。

 瞬間、何故か途轍もない不安に襲われました。

 全身に緊張が走り、さっきまで出来ていた立ち漕ぎが出来ないのです。

 ハンドルを握る手が震えて、下手に転ばないように重心を後ろにやりました。

 この時、私はあの「何か」を忘れていました。ただ、猛スピードの中、どこから来るのかわからない恐怖が身体を支配していました。そして、そのまま、車道に出ようと少しスピードを緩めた友人に近づいたところ。

 

 ――頭の中に映像が流れてきました。

 友人が車に轢かれて、私がその車の側面に猛スピードで突っ込む映像でした。

 私はすぐさまブレーキをかけて、車の目の前で止まることが出来ました。

 代わりに聞こえてきたのは、車両がボールを撥ねるような音でした。

 友人は骨折、私は無傷でしたが学校で先生に事情聴取されることに。

 ですが、何よりも恐ろしかったのは、私が突っ込んでいた場合です。ヘルメットなどなく、車の向かいには塀があったので、骨折では済まなかったでしょう。

 あの時、もしもブレーキをかけなかったら。


 いずれにせよ、境内前での事故を最後にこういったことはなくなりました。

 私はまだ生きていますし、予知夢を見る回数も減りました。見たとしても普通の日常でしかありませんし、黒いモヤは出てきません。

 ですが、あの最後の事故が境内のすぐ外で起きたこと、3回もの予知、そのすべてがあの「何か」を見てしまった瞬間からだと、信じなければいけないような気がしています。

 最後の事故以来、私は「あそこで何かを見た」と自分に言い聞かせています。

 それ以来、私は事故にもあっていません。

 ならば、そうやって忘れずにいるしかないのです。

 

 だって、私。

 次は――。


 ごめんなさい。

 これは償いの話です。

 あの時見たものを忘れようとした私の。

 友人を巻き込んだ私の。

 そして、あなたまで巻き込もうとした私の。

 醜い人間の、償いの話です。

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[良い点] ……なにい……なんなのお……気になるわよお…… 淡々と書かれているからこその薄気味悪さというか、乙一さんの『夏と花火と私の死体』を彷彿とさせられる語り部の冷静な目線が特徴的だと思いました…
[良い点] タイトル。これはどのジャンルにも対応できるタイトルですね。あえて言うなら純文学がいちばん可能性高そうですけど。 小学校高学年から中学生くらいは、こういうタイトル好きだと思います。きっと一回…
[良い点] ぞ、ぞくぞくしました……。ホ、ホラー? ホラーですか? 耐性がないので中盤は声がでそうになりました。 短編でもおいしいなぁと思いながら、書き出しですからこれからいろんな怖いエピソードが出て…
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