二人だけの配信
今時バーチャルな配信者はいくらでもいる。そんな中で出会った無名なVTuberと一人の視聴者のお話。一人の配信者と一人の視聴者はゆっくりとけれどしっかりと階段を上っていく。
「今日も見に来てくださって本当にありがとうございました。ついにシナリオ全部終えることが出来ました! それもこうして見に来てくださった皆さんのおかげです。本当にありがとうございました」
いつもとほとんど変わらない締めの言葉を画面の向こうに語りかける。
――お疲れ様です。
――クリアおめです!
――おつでした~
いつもとは違って、少し交流のある配信者さんのコメントがいくつか画面に流れる。
「明日も……何をするかは未定ですけど配信はしようと思いますので是非また見に来てください! それではお疲れ様でした。おやすみなさい」
――おやすみ~
返事のコメントを横目に見ながら、カチリと配信終了のボタンを押す。画面が止まっていることを確認すると、声を作るのをやめてふうとため息を零す。
今日配信は、数ヶ月続いた有名RPGシリーズの最終回だった。元々興味のある作品だったし、有名タイトルの実況をした方が少しでも多くの人に見て貰えるのではないかと言う思いもあった。そして何より、初めてのシリーズ実況だったと言うこともあって、こうして配信活動を続けていく事への希望を託していたような気もする。
だけど。案の定というべきか実際にはそう上手くはいかなかった。VTuberと呼ばれる配信者だけで何千何万といて完全に飽和状態だ。その中で人気になれるのは、声が良かったり話すのが上手で面白かったり、あるいはゲームが上手だったりと何かしら光るものがないと難しい。特に、私のように男が女性アバターを使用する――所謂バ美肉では市場が狭まる分尚更だ。
そして私には、そこまでの何かはなかった。調整の不十分な声はボイスチェンジャーを使っているのが丸わかりでしかもどこか聞きにくい。会話は出来るけれど一人で話し続けるのは得意ではなかった。ゲームプレイだって、プレイスキルに差が出るような作品ほど苦手だった。少なくとも現時点では、自分の中の光るものを見つけられていなかった。
そんな状況だから。自分でそう思っているからなのかもしれないけど、私の配信は半年近くが経った今でも視聴者もコメントも滅多に無いような状態だった。今日の配信だってコメントはたったの5個で視聴者維持率は10分程度。その10分だってVTuber仲間が見に来てくれていたからでしかない。
私は、完全に燃え尽きてしまっていた。そう簡単に人気になれるわけがないくらい準備中から分かっていたし覚悟もしていた。数人だけでも見てくれればそれでいいかなとその時はずっと思っていた。だけど。いざ初めて見るとそれは中々にくるものがあった。画面に向かって1時間2時間と一人話し続け、でもネタも尽きて同じような内容を繰り返して。自分ならそんな配信見ないのにと言った配信しか続けることが出来ていなかった。
もういっそ、このキリの良いタイミングでフェードアウトしてやめてしまおうかとすら思えてくる。でもそれは私のアバターを描いてくれた絵師さんに失礼だ。かといって何か宣言を出してやめるという事は大それているし、これっぽちも考えていなかった。
こんな気持ちになっているのも、一つの区切りがついてしまったからに違いない。それなら今日は早く寝て、また明日次のシリーズを考えよう。そしてそれを始めてしまえば忘れてしまうことが出来る。問題の先送りのような気もするけれど、それが一番現実的であるようにも思えた。
翌朝。
いつものようにおはようとSNSで呟こうとして、ダイレクトメールが1件来ていることに気がついた。最後に届いたのがいつだったかは覚えていないけど、内容はどうせどこかの配信サイトが無作為に送っている公認ライバー勧誘だろう。実際そういった内容以外のダイレクトメールを見たことが無い。
公認ライバーになろうとは思わないしそもそも私なんかではおこがましいにも程がある。通知を消すために画面を開いて、それが勧誘ではないことに気がついた。初期アイコンに初期の無作為な文字列で構成されたそのアカウントは、呟きもいいねも一つも無く、運用されてきた形跡がまるで見られなかった。まるでただ監視するだけのアカウントのよう。
勧誘ではないと言うことがはっきりとしたところで、送られてきた文章に目を通す。
『シリーズ完結お疲れ様です』
という一文から始まっていたそれは、つらつらと配信の感想が、想いが綴られていた。
――配信中にコメントできなくて申し訳なかったこと
――声は荒削りだけどどこかしっくりときたこと
――次のシリーズも楽しみにしていること
初めは嫌がらせか、他の配信者さんへの感想を送り間違えたのかと思った。でもそうで無いことがすぐに分かった。何も考えずに色々と話している中でポロリと零れた言葉を拾って、その上で想いを認めていたから。
沢山の好きに包まれたその文章を見ているとふいに涙がこぼれ落ちる。無名の配信者である自分にこうまでしてくれる人がいることがただただうれしくて、やめようなんて気持ちはどこかに消え去っていた。むしろ配信を始めたとき以上にやる気に満ちあふれていた。
ここまでの感想を貰ったのだから何か返事がしたかった。この人を、どうしても手放したくなかった。早くお礼をしなくてはと返事を打ち始めたところで思い出す。自分はVTuberで配信者だ。ならばこの手紙に触れるのも配信で行うべきなのではないだろか。
『ありがとうございます』
と一言返事をして、すぐに配信の準備に取りかかる。配信時間は変に変えない方が良いだろうからいつもと同じ時間に設定して、雑談配信とだけ銘打っておく。夜が来るのが待ち遠しかった。
開始10分前には準備を始める。配信用のソフトを立ち上げたり音楽を流したり。そんな中で、確認用に開いていた配信画面を見たときにあることに気がついた。そこには待機人数が2と表示されている。一つは私が今開いているけれど、私も他にもう一人配信画面を開いて始まるのを待っている人がいることに他ならない。もしかしたら今こうして待ってくれているのはあの感想をくれた人なのではないかという想いがわき上がる。そう思うと今すぐにでも配信を開始したくなる。だけどまだ数分は時間がある。ゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
時計の針が19時ちょうどを指す。配信開始のボタンを押してマイクのミュートを解除する。
「皆さんこんばんは。新人VirtualYouTuberの夜月銀花です。今日は久しぶりの雑談配信なんですけど、初めて配信の感想をいただいたのでまずはそれについて話していこうと思います!」
初配信の時以来ではと思うくらい元気いっぱいに始まりの挨拶をする。コメントはないけれど、あの人が見てくれている様な気がした。
これが私たちの出会いで、全ての始まりだった。