このラブコメの教科書、負けヒロインの勝たせ方が書いてないんですけど!?
俺はラブコメの主人公だ。多分そう。んで最近転校してきた女子が初恋の相手で隣の席で家も隣のヒロインが出てきた。たまたまだ。ちなみに名前は織姫で俺は彦星。これもたまたまだ。
なあこれ運命の相手だよな? 望んでないんですけど???
何せ今はお互い好きじゃない。初恋はただの初恋だ。たまたまハブられてた織姫と仲良くなってたまたま家出した織姫を見つけてたまたまこれからは織姫を絶対守ると誓いのキスをしただけだ。たまたまな。
いやそんなことはどうでも良い。
俺が運命の相手を望んでない理由。それは別に好きな子が居るからだ!!!
ヒナはなぁ、可愛いんだよ! 何がってもう全部可愛い!
……だと言うのに、明確な勝ちヒロインが居るせいでラブコメイベントの相手が全部織姫になる。
このままだと織姫ルートまっしぐら。
そして俺は決めた。
それならもう、ヒナにプロポーズしてしまおうと。
負けヒロインを勝たせたい。というか勝ってもらいたい。勝って欲しい。
窓の外からは部活に励む生徒の掛け声が響き、西日の差す教室には黒板の前に立つ俺と一番前の席に座るヒロインの二人だけ。何ともラブコメチックなシチュエーション。
だと言うのに。
「何でそこに居るのがお前なんだよ!?」
「き、急に何よ!? アンタが日直だったから待ってあげてたんでしょ!?」
「もしこれがラブコメの冒頭ならお前めちゃくちゃ特別なヒロインだぞ!? てかいい加減帰り道覚えろよ!?」
「べ、別に良いじゃんバカ!」
どうすんだよこれがプロローグだったら……わかりやすい方向音痴属性なんざ付けやがって……!
目の前でぷりぷり怒るのは七夕織姫。ツンデレキャラっぽく目鼻立ちがはっきりしていて、しかし髪型は少し特殊で長いリボンを使ってハーフアップにしている。名前の通りまるで七夕伝説の織姫のようだ。
ちなみに俺の名前は天ノ川彦星。これがラブコメなら絶対意識して付けられてる。しかも絶対くっつくやつ。
「お前は危機感が足りないんだよ」
「そんなのどうしろって言うのよ」
「良いか、今から俺がラブコメの基本について教える。いかにお前がヤバいことをしてるか把握してもらうぞ」
「えぇ……普通に帰りたいんだけど……」
いや知らん。これは織姫にも知ってもらわなきゃダメなことだ。
「まずはラブコメの主人公について説明するぞ。このキャラに重要なのは三つ。『口調』と『初恋相手』と『友人の有無』だ」
「口調ってどんな感じなのよ」
「俺みたいな喋り方だ」
「言ってて恥ずかしくないの?」
恥ずかしいに決まってるだろバカ。でも実際そうなんだから仕方ない。仮面ライダーに憧れてた昔の俺を殴ってやりたい。
「……初恋相手って言うのは?」
「織姫のことだな。誓いのキスまでしてしまった仲だろ」
「あ……そっか。そう、だったわね……」
「顔を赤らめて恥ずかしそうに唇を触るなよ!?」
「何よ!? 彦星だって赤くなってるくせに! し、知ってるんだからね! あれから考え事をする時に唇を触るようになったこと!」
「やめろバカ! 後々俺が意識するようなこと言うな!」
俺ですら知らないことをお前が言うんじゃねえよ! 何だその癖恥ずかしい癖!?
「……で、最後の友人の有無って何よ? 別に彦星は友達居るでしょ?」
「親友が一人居るけど、むしろそれが問題なんだよ」
「何で? 彦星がよく読んでるラブコメの主人公ってぼっちばっかりじゃない?」
「そのパターンもあるが、織姫みたいなヒロインが居る場合はその親友が俺達を意識させるんだよ。余計なお節介でな」
「あー、前に体育館倉庫に二人で閉じ込められた時みたいな感じ?」
「それだ。マジぶっ殺してやろうかと思ったよ」
貴重な体育館倉庫イベントを望まないヒロインに消費しやがって。ありがた迷惑の擬人化だなアイツは。略して迷惑だ。
「とりあえず俺がラブコメの主人公なのはわかってもらえたと思う。多分そうなんだよ」
「ホント恥ずかしくないのそれ」
「やめろ」
「中二病……って言うんだっけ。そういうの」
「やめろやめろ! そんな目で俺を見るな!」
バカみたいなことを言ってる自覚はあるよそりゃ! でももしそうだったらこのままいけば俺お前と付き合ってしまうじゃん!? 織姫もそれは嫌だろ!?
「……俺は!!! ラブコメの主人公!!! それで進めるからな!!!」
「うるさっ!? もう良いわよそれで……」
「次はヒロインについて説明するぞ」
俺は無理やり話を進める。織姫はツッコむことを諦めたのか小さくため息をついた。
「ヒロインには二種類あるんだ。勝ちヒロインと負けヒロインな」
「よく彦星が言ってるやつね」
俺は首肯する。ここは本当に重要な話だ。
「まず勝ちヒロインあるあるを話すぞ。一つは恋愛にあんまり詳しくない。山場で恋心を自覚するためだな」
「アタシも恋愛ってよくわかんないんだよね」
「次にクラスの席がやたら近い」
「そう言えばアタシと彦星っていつも隣よね」
「そして主人公の初恋の相手」
「アタシじゃん」
「お前なんだよ」
そう、お前なんだ……紛うことなきお前なんだよ……。完璧に勝ちヒロインなんだよお前は……。
「……次だ。負けヒロインあるあるについて」
「うん」
「まず何と言っても優しいこと。最後には相手を想って身を引くからな」
その切なさが胸を締め付けると共に幸せにしてあげたくなる。ガチで報われて欲しい。
「次に髪が短いこと。これは何でかわからんがショートで勝つヒロインってあんまり見たことない」
「ふーん」
織姫は普通よりも長いから真逆だな。勝ちヒロインめ。
「そして幼馴染みであることだ。これは一応織姫も当てはまりそうな気はするけどな」
「でもアタシは小三の頃に一回転校してるけどね。今年ここに転入して彦星と再会したわけだし」
「ちなみにその流れはとんでもない勝ちヒロインムーブだぞ」
「……アタシのこと好きなの?」
「好きか嫌いかって言われたらそりゃ好きだ。だけどそれは親愛の意味で、恋愛としてなら話は変わる」
「だよね」
織姫に驚いた様子はない。そういうリアクションだろうと俺も思ってた。
なぜなら。
「俺には別に恋愛として好きな子が居るからな!」
「日野森ヒナちゃん。アタシ達の一個下で高校一年生。小柄で俯きがちだから目立たないけど実はすっごい可愛い」
「おい待てその説明は俺のもんだ!」
「そして優しくてショートカットで幼馴染み」
「そうだよ負けヒロイン要素全部持ってるんだよヒナは!」
ただ幼馴染みと言っても出会ったのは織姫が引っ越してから。丁度入れ替わりでヒナが引っ越してきて、それから内気なヒナを俺が連れ出すようになった。
「……だけど!!! それも今日で終わりだ!!!」
「そうなの?」
「何を隠そう今日はヒナの誕生日なんだ。俺は今日告白をしてこんなクソみたいなラブコメに終止符を打つ」
ラブコメは主人公の告白が終着点だ。ラブコメをめちゃくちゃ勉強した俺が言うんだから間違いない。
「ねえ彦星。でもそれってヒナちゃんが彦星の告白を受け入れたらの話じゃないの?」
「恐ろしいことを言うなよ。一気に怖くなってきたわ」
「だって彦星のことを好きとは限らないし」
「皆まで言うな! ……大丈夫なはず。いつも俺に優しいし。それに今日はヒナの誕生日っていう一年に一回しかない完璧なタイミングだし。これでダメなら大人しく次の手を考える」
諦めるなんて言語道断。流石に嫌われてたら泣いて諦めるけど。
「てことで俺は今からヒナを呼び出す。悪いが織姫は席を外してくれ」
言うなり俺はすぐさまヒナにメッセージを送る。放課後は大体図書室で本を読んでるからまだ学校に居るはずだ。ちなみに文学女子も負けヒロインあるある。クソが。
ヒナからはすぐに返信が来た。今から行くね、と絵文字もスタンプも無い簡素な返事だが、一周回ってそれすら可愛い。好きな子の行動って全部が可愛いんだよな。
俺は早鐘を打つ鼓動を落ち着けるため、大きく深呼吸をした。
◇
窓の外からは部活に励む生徒の掛け声が響き、教室にはちぎれ雲の隙間からオレンジの西日が差し込んでいた。
さっきと同じシチュエーション。しかし違うのはこの教室に居る人間が織姫からヒナに変わってること。
「お待たせ、彦星くん。急に大事な用って言うからビックリしちゃった」
はい可愛い。すぐビックリするところめっちゃ可愛い。
「今日はヒナの誕生日だろ? だからちょっとな」
「ふふ、正直待ってたんだ。だって彦星くん毎年お祝いしてくれるもん」
は? 可愛い。国宝超えて世界遺産だろこれ。守っていこうぜこの可愛さ。
「……あの、さ。いきなりで悪いんだけど、その」
「……どうしたの?」
ヒナはいつもとは違う空気に軽く俯き、だけど上目遣いにその丸い瞳で俺を見つめる。
……落ち着け、俺。イメトレは何百回としてきただろ。
「俺、ずっとヒナと居てさ。初めは歳上のお兄ちゃんとして引っ張ってたつもりだったんだけど」
「……そうだね」
「でも気付いたらそれが変わってて。……だから、あのさ」
気付けば環境音は何も聞こえなくなっている。
聞こえるのは、俺の心臓の音だけ。
「俺、ヒナのことが──」
──バリィィィィィン!!!!!
「「!?」」
な、何だ!? 何の音だ!?
そしてすぐに気付く。
転がってきた野球ボールを見て、打球がピンポイントでうちの教室の窓をぶち破ったことに。
「……ヒナ! 怪我はしてないか!?」
「あ、うん……大丈夫……」
突然過ぎる出来事にヒナは驚愕を超え放心している。まあそりゃビックリするよな。
……じゃねえよ!!!
俺の告白は!? そんな場合じゃない!? そうだよなクソが!!!!!
とりあえず危ないのでヒナを教室の外に出し、廊下で待っていた織姫に先生を呼ぶよう頼んだ。可哀想な目で俺を見るな。俺が一番俺を可哀想に思ってるわ。
そして俺は無心でほうきとちりとりで破片を集めてる。ハヘン、キラキラシテテ、キレイ。
「……告白、やり直しだよなぁ……」
甘酸っぱい空気は一気に霧散した。辛くて泣いちゃいそう。
……てかこれ告白ってまた一年後か!? 嘘だろ!?
「はぁぁぁ……」
俺は暢気にピカピカ反射してるガラスを見て、地殻をぶち抜きそうなくらい深いため息をついたのだった。





