私の使い魔は悪役令嬢
使い魔にしたいランキング。
男子は強くてカッコいい、それでいて希少なドラゴンを1位に選び。
女子は白馬の王子さまを1位、2位は異国のイケメン将軍で、3位には俺様系魔王を選んだ。
人間を使い魔にした例は古今東西を調べてもないわけで、絶対に叶うことのないランキング。
万が一、人間を召喚したとしても。
世の中は農民が大半を占め、更に言うならば人口の半分は女性。召喚もランダム要素が強く、数える程度しかいない王子や将軍よりも農民を当てる確率のほうが高い。
仮に王子や将軍を召喚できても。
次に立ちはだかるのはイケメンかどうかだ。
50才以上の王子だっているし、将軍の平均年齢も40才を越えている。
魔王に至っては、魔法を極めた王だからきっと召喚の魔法を防いでしまうに違いない。
という結論にたどり着いた私は、9才で夢を見なくなった。
それから6年後。
私は使い魔を召喚できる年になった。
◆◆◆◆
「リコリス。お前をヴァント家から追放する!」
ヴァント家屋敷の応接間。
部屋に入るなり怒鳴られた。
王都の学院から、辺境地を治めるヴァント家まで3日かけて帰ってきた途端に。
しかも追放?
「お父様。いきなり追放だなんてあんまりです」
「あんまりだと? 誇り高き貴族が使い魔として召喚されたのだぞ。しかも平民にだ。ヴァント家の面汚しめ!」
数日前。
15才になった私は、使い魔を召喚する儀式に参加した。
集まったのは貴族の子息たち。
それと例外が一人。
平民生まれのクロエ=サモンライフ。
彼女は平民ながら魔力をもっていた。
てっきり貴族しか参加できないと思っていた私たちは、参加資格を調べて唖然とする。
大昔に定められた参加資格には、『魔力をもつ者』とだけ書かれていたのだ。貴族たちは不満を抱いたものの、大昔に初代国王が定めたルールにケチをつけるわけにはいかず。
クロエの参加を渋々認めた。
そんなクロエはまたやらかす。
人間を召喚したのだ。
しかも貴族の娘。
使い魔になることはすなわち、奴隷になること。
召喚者を主人として、あらゆる命令に従順でないといけない。
更に言うなら、召喚によって結ばれた主従契約は破棄できない。つまり、貴族の娘は使い魔として一生を過ごすのだ。
貴族の娘は思ってもみなかっただろう。
自分が召喚する側だと思っていたら、召喚される側だったなんて。
他人事のように振り返っているけれど。
本当に他人事だったらどれほど良かっただろう。
リコリス=サーヴァント
召喚された娘の名前で。
私の名前だった。
なにかの間違いだと抗議したけれど、調べたところで問題は見つからなかった。
初の事例に大喜びの学院関係者。
貴族の子息たちはくすくすと笑い。
その日召喚された使い魔たちは、哀れんだような目を向けてきた。
私が使い魔になったことは、伝書鳩で実家にに連絡が行き。
私とクロエは、お父様に呼び出された。
お父様がなんとかしてくれる。
そう思って、帰りの馬車をすぐに用意した。
それから3日間かけて屋敷に着いた私はこの通り。
追放を言い渡された。
「私は被害者です!」
「知らん」
「実の娘を切り捨てるのですか!?」
「娘だからだ。息子であれば家督のこともあるから一考しただろう。しかし、娘なら家督は関係ない。政略結婚として使えたが、こうなっては切り捨てたほうがヴァント家のためだ」
これが貴族。
薄々感じていたけれど、ここまで貴族社会がプライドで動いていたなんて。
私は失敗なんてしてない。
ただ女に生まれ、召喚されただけ。
運命のいたずらで決まったようなものなのに。
私が悪いみたいに言われる。
あんまりだ。
「お前は今日から、クロエ=サモンライフの使い魔だ」
「ドッペル、ゲンガー?」
「そうだ。召喚されたのはドッペルゲンガーで、実のリコリスは体調を崩して屋敷で寝込んでいたことにする」
「意味がわかりません」
「何度も言わせるな。本物のリコリスは屋敷にいた。儀式の場にいたのは、リコリスになりすましたドッペルゲンガーだ」
「それだったら、本物の私を追放しなくても――」
「お前はクロエ=サモンライフの使い魔だ。サモンライフに命じられれば従う。そんな者を傍に置きたいか?」
お父様に迷いはなかった。
「入って来なさい」
困惑している私を置いて、お父様は誰かを呼ぶ。
応接間にはドアが二つ。私たちが入ってきたところと、執務室に繋がるドア。開いたのは執務室に繋がる方だった。
優雅な足取りで入ってくるのは少女で。
赤毛に赤い瞳、ドレスも真っ赤な色合いで――赤々としていた。
負けん気の強そうな目付きが、私を捉える。
少女の瞳に写る私も、赤毛に赤い瞳で、負けん気の強そうな目付き。
違いと言えば、私は学生服なことくらい。
「本日からリコリス=サー=ヴァントを名乗らせていただくことになった、ドッペルゲンガーです」
「私の口で、私の声で、私の名前を言わないで!」
「本物さま。お気持ちは察しますが、私としましても不本意なのです――貴方のような小娘の代役だなんて」
「っ!?」
言葉を失うなんて、本当にあるんだ。
父親から見捨てられ。
偽物からは、お前の代わりなんて嫌だと言われるなんて。
私の人生はなんだったんだろう……
「ヴァント家にお前の居場所はない。わかったな」
ここまでされたら、むしろ居たくない気持ちでいっぱいになり、自分から屋敷を飛び出した。
イライラして近くにあったお父様の石像を蹴った。
男性の急所を全力で。
急所にヒット。
石像は急所から真っ二つ。
使い魔になって失ったものがあれば、得たものもある。
怪力だ。
この力を使ってお父様とドッペルゲンガーを痛い目にあわせることもできた。けれど、今の私は力の調整ができない。お父様たちを殺してしまいかねなかった。それでは半殺しにできないので、今は石像で我慢しておく。
「……痛い」
石像を蹴った足が、じんわり熱をもつ。
お嬢様じゃなくなった私は、革靴と靴下を立ったまま脱いだ。
右足が腫れていた。
石像を砕いて腫れる程度の肉体は一見便利のように見えて、結局は地味に痛いので不便だと感じてしまう。
「お嬢様にしては良い蹴りね」
屋敷から出てきたクロエは、愉快そうに拍手。
「お父様と話さなかったの?」
「呼び出しておいて完全無視」
「大方。私とのやり取りを見せつけることで、私をネタに金銭とかを要求しても無駄ってアピールしたかったんでしょ」
「大金もってるくせにケチだねぇ」
「お金の問題じゃないわ。平民に脅されて屈した、そっちのほうが貴族にとって問題なの」
貴族としての誇り、尊厳、面子が大事だから。
それらを守るためだったら、お父様みたいに娘を切り捨てる貴族も普通にいる。もちろん、子供を愛する貴族もいるけれど。
私のお父様は違った。
「意外とお嬢様も苦労してんだ」
「もうお嬢様じゃないけどね」
「あのさー」
クロエは一旦口を閉じ、栗色の毛先を指くるくると弄る。
透き通った瞳がせわしなく泳ぎ、酸欠の魚みたいに何度も口を開けては閉じるの繰り返し。
「陸揚げされた魚の真似?」
「違う! 家に来ないかって言おうとしてたの!!」
「なに、同情?」
「同情だね」
違うと言ったら怒るつもりだった。
怒って、私を召喚したあんたのせいだと罵って、泣きわめいてやろうかと思っていたけれど。
やめた。
クロエだって被害者で、彼女に怒るのは間違っている。
「ボロだし、雨漏りするけど……」
「私、寝相悪いわよ」
「私も」
「一着も服がないけど」
「私のでよければ」
「……行くわ」
「じゃあ、使い魔を解約するまでよろしく」
クロエは握手を求めて、右手を出す。
私、左利きなんだけどと思いながら右手を出した。