38、舞踏会の終わり
私はマキシム君に抱きしめられながら、マキシム君の匂いや温もりを堪能していました。
マキシム君は、腕の中で鼻をクンクンしたり、ゴソゴソと動く私を不審に思ったのか、私の体を引き離してしまいました。
「レミー、僕って臭う?何か変?」
「‥いいえ、違います。‥マキシム君は臭くないです。むしろ良い匂いがします。私はその匂いを堪能していただけなんです。」
「‥僕の匂い?どんな匂いなの?」
「‥んー、もわんとした心地良い匂いです。」
「‥‥もわん?まあ、レミーが臭くないなら、良かった。‥‥ハハ、変なレミー。」
マキシム君はそう言って、ふわふわの栗毛を利き手でかき上げました。
その時のマキシム君の骨張った大きな手を見て、私はドキッとしてしまいました。
マキシム君は、いつの間にこんなにも大人っぽくなってしまったんでしょう‥‥。
‥‥マキシム君は初めて会った頃とは違って、私よりも背が高くなったし、背中も大きくなったような気がします。
‥‥私は今までこんなにもマキシム君の近くにいたというのに、実はマキシム君の姿形をあまりしっかりと見た事がありませんでした。
‥ですが、今こうしてまじまじと見てみると、まわりの人が『ボサボサ頭』と揶揄するその頭は、ふわふわで綿菓子みたいで可愛いし、伊達眼鏡の奥にある奥二重のキリッとした瞳も、とても凛々しく見えました。
‥‥私の目に映るマキシム君の全てが、何だか急にとても素敵に見えてきたのです。
「レミー?」
「‥‥はいっ、マキシム君。」
「ハハ、何だい?急にかしこまってしまって、変なレミーだな。」
「‥‥私、マキシム君が実はカッコ良いって事に、今頃気付いちゃいました‥。」
「ハハ、そんなこと言うのレミーぐらいだからね。」
「‥‥他の人は、マキシム君のカッコ良さを知らなくてもいいんです!私だけが知っていれば‥。」
「ハハ、今日のレミーは面白いなぁ。」
私達がそんなおかしな会話をしている間も、会場からはワルツの曲がずっと流れ続けていました。
「‥レミー、せっかくだから一曲だけでも踊ろうか。」
「ええ、是非。‥あっ、でも‥先程の騒動のせいで注目を浴びてしまうかもしれませんね‥。」
「レミーは何も悪くないんだから、堂々としていればいい。」
「‥ええ、そうですね。堂々としていましょう。」
私はそう言って、マキシム君の手を取り、会場の入り口へ向かいました。
「さあ、今から君のダンスで皆んなを感動させようじゃないか。‥そうすれば、先程までの悪い印象なんて吹き飛んでしまうさ。」
「アハハ、マキシム君大げさだよ。‥でもありがとう。」
私は、隣に立つマキシム君の笑顔に見惚れながら歩いていました。会場の入り口に立つと、案の定皆んなの注目を一斉に浴びてしまいました。
マキシム君が会場の皆んなに向けて礼をしました。私も続いてカーテシーをしました。
すると‥意外にも会場の皆さんから拍手が起こりました。私達は、皆さんから歓迎を受けているようです。
‥後から聞いた話によると、私がダイアン様にお説教をしていた姿が多くの女性達の支持を集めたようでした。また、私がメディチ王国からこのヒノキ国へ来た経由が、メディチ王国の誰かから広がってしまい、私に同情・共感する女性も多くいたようです。
それを受けてのこの歓迎ぶりなのでした。
皆んなは私達をダンスホールの真ん中へと導くように、道を作ってくれました。
私達は促されるままに、そこへ行きました。
すると、一旦止まっていた演奏が再び再開され、私はマキシム君とワルツを踊るのでした。
私はマキシム君の瞳が、室内のシャンデリアを映してキラキラしている事に気付きました。それに、ピアノ演奏をする有栖川先生の方へ顔を向けて微笑む横顔が美しい事を発見しました。
あと、マキシム君の首が案外長い事も知りました。
私はマキシム君から‥マキシム君の全てから目が離せませんでした。
マキシム君にうっとりしながら踊る私と、それを優しく受け止めながら優雅に踊るマキシム君‥
私達の踊る姿に、会場内の至るところから歓声があがりました。
気付くと、会場内で私達だけが踊っていました。
曲が終わると、再び会場内から拍手が起こりました。
私達は礼やカーテシーをして‥退場しました。
‥本当はもっとマキシム君と踊っていたかったのですが、何となくこのまま二人で退場するべき空気が流れていたので、やむなく退場しました。
私達は建物から出てくると、他に居場所を求めて、近くの温室へ入りました。こちらの温室には、会場へ入りきれなかった若い男女が大勢いました。
私とマキシム君はその中を通り過ぎると、とうとう建物の敷地から出てきてしまいました。
「‥‥。」
「レミーは、まだ踊り足りないようだね。」
「‥そうですね。正直もう少しマキシム君と踊っていたかったです。」
私がそう言うと、マキシム君が私の額にキスをし、にっこり微笑みました。
「‥レミーが踊りたい時は、いつでも応えてあげるよ。」
「‥マキシム君‥。」
「‥レミーの願いは、僕が全て叶えてあげるからね。」
マキシム君は、こんなにも甘いセリフを言う人だったでしょうか‥。私はマキシム君の告白の後から、マキシム君の魅力に翻弄されまくっています。
私の中で、マキシム君を好きな思いが飽和状態になっていました。
「‥私、今とても幸せなんですよ。‥こんなに幸せで良いんでしょうか。私、本当にマキシム君の事が大好きだったんですよ。」
私はそう言いながら、自分の頬を涙が伝っていくのを感じていました。
私はこれまでに、初恋相手のジャックや婚約者のダイアン様が、自分の目の前で他の女性と仲睦まじくしてる姿を見て、何度も傷付いてきました。
でも、でも今度こそ、マキシム君と結ばれても良いんですよね?
‥‥マキシム君は、今までの人生で私が一番好きな人、かけがえのない人です。
この人を‥マキシム君を絶対に失いたくない!
そう思った時、ふとフジコさんの事を思い出してしまいました。フジコさんの気持ちが、今の自分なら少しは理解できる気がしました。
‥そう言えばフジコさん、行方不明と聞きましたが、今頃どこで何をしているのでしょう‥。
私がそんな事を妄想して泣きながら俯いていると、マキシム君が私の頬の涙を拭いながら、クスクス笑っていました。
「ハハハ、本当にレミーは笑ったり泣いたり忙しいね。‥色々辛かった事を思い出してるのかい?もう何も心配ないから。」
そう言ってマキシム君は、私を優しく抱きしめてくれました。‥相変わらずマキシム君の手は、私の背中をトントンと優しく叩いてくれてましたが‥‥。
私はもっと、ぎゅーっと抱きしめて欲しかったのに‥。
そう思って、私はマキシム君を思いっきり抱きしめてみました。‥マキシム君は、戸惑いつつも、ほんの少しだけぎゅっと私を抱きしめてくれました。
この時、私達のまわりに温かく平和な空気が流れているのを感じました。
この日マキシム君が私に言ったように、それから何年かは、本当にこれ以上ないぐらい平和で幸せな日々が続いていったのでした。




