4
・・・。
・・・。
「つぅー。頭いてー。」
ってあれっ?
目の前には草原。見渡す限りの緑が広がっている。
ここはどこだろう?
公園か何かかしら?あらやだん。大自然って素敵☆
都会育ちのわたくしには、心のオアシスですわ☆
そして、大空の向こうには、とってもかわいい大きな鳥さん☆
「って、えっ、えーーーつ!!」
鳥かと思っていた生き物は、1mは優に超えるであろう巨大な蛾だった。
しかも、こちらへ向かって真っすぐに飛んでくる。
えーと、ここは冷静に、
「逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。」
キリッ!
っていやいやいや。
大好きなアニメの名台詞に浸っている場合じゃないですやん。
めっちゃこっちへ向かって来とりますやん。
モ〇ラみたいなやつが俺を捕食する気まんまんですやん!
「あああああああぁー!!」
やっと状況を悟った俺は、一目散に逃げだす。その時だった。
ピコン。
「ホルダーのスキルが発動。《加速》のカードを取得しました。使用される場合は《加速》と頭の中で唱えてください。」
頭の中に浮かんでくる文字。
・・・。
えっ?何これ!?
ついに俺もおかしくなったのか?
ふふっ。
サヨウナラ☆古いわたし。そして、ビバ☆新しいわたし。キリッ!
「ギィィィィィ!!」
って、いやいやいや。
本当にふざけている場合じゃないですやん。もう目と鼻の先ですやん!
ええぃっ!
「《加速》!」
藁にもすがる思いでその言葉を唱えた。同時、ふわりと足が軽くなる。
「おっ、すげぇこれ」
気が付けば、俺は風を切り裂き走っていた。
それも人類がおよそ到達できないであろうスピードで。
これならあの巨大蛾も?
「ギィィィィ!ギィィィィ!」
後ろを振り返る。
恐らく俺を見失ったのだろう、遥か後方で旋回を繰り返す巨大蛾の姿がみえた。
「ふう、よかったー。」
走りながら一息。
でも、あれ?これってどうやって止まるんだろう?
「あああああぁー!止まれぇぇぇ!」
ピコン。
「《加速》の効果を解除します。」
やった!でも間に合わな・・・。
ズドーォォン。
俺は目の前の大きな木に激突した。
ピコン。
「ホルダーのスキルが発動。《停止》のカードを取得しました。」
いてて・・・。なんか今日はこんなんばっかだな。ずっと痛い。
「先輩はドMすからねー。ははっ。」
「ちげぇよ。全部不可抗力だ」
田村の笑い声が聞こえた気がする。思わずつっこんでしまった。
というか、ここは本当にどこなのだろう?
最初は公園や植物園かとも思ったが、そうなると先ほどの巨大蛾の説明がつかない。
だったら夢?だが、木にぶつかったときの痛覚は、妙にリアルだった。
「限定ボックス、開けたかったな。」
ははっ。こんな時でもHopeのことを考えるなんて、自分の暢気さに少しあきれる。
・・・。
「はっ!カード。」
巨大蛾から逃げるために使用したカードのことを思い出す。
あれ、カードってどうやって確認するんだ?
「カード表示。」
・・・。
なにも起こらない。
「カード一覧。」
「カードオン。」
「デッキ一覧。」
「デッキオン。」
・・・。
「表示。」
ピコン。
「ステイタス画面を表示します。」
あっ!なんかできた。やっぱ人間、やればできるものだなー。
名前:三上優
年齢:16歳
所持スキル:「ホルダー」
所持カード:《加速》《停止》
ステイタス:
HP 25/32
MP 20/22
物理攻撃力 10
物理防御力 10
魔法攻撃力 10
魔法防御力 10
すばやさ 10
16歳って、えぇっ!めっちゃ若返ってるー。
体は子ども、頭脳は大人。その名は、のアレですやん。
ってことは、俺の体!?
おもむろにTシャツを脱ぎ、胸元を確認する。
やったー。ない!あの煌々と生い茂っていた俺の胸毛がない!つるつるだー。
これで女の子から気持ち悪いって言われない。ごめん、私毛深い人無理なんだ。って振られることはもう二度とない。
ひやっほーい。生理的に嫌いって言葉を聞くこともないぞー!
あとは顔だが・・・。水たまりを探し、水面に移った顔を見る。
・・・。
うわー、俺、なんか超イケメンになってるー。
元の顔とかけ離れすぎていて、ちょっと引く。
これはもう、骨格から変えないとこうはならないやつですやん。
髪型やファッションを頑張れば到達できる雰囲気イケメンとは、かけ離れた領域ですやん。
・・・。
ちょっと落ち込んできた。
これはもう完全に異世界転生じゃん。
もう現代には戻れません!みたいな。
ははっ。いやいやいや、そんなんありえないし。
絶対頭打っておかしくなったに違いないし。って、それはそれでいやだな。
ぎゅるるるー。
現実逃避しているとおなかが鳴った。
やっぱ生理的欲求ってすげー。マズローさんマジ神っす。やっぱ、生理的欲求が最上位っす。
・・・。
色々考えるのは、おなかを満たしてからにしよう。
まずは水だな。
《加速》。
俺は超速で走りながら近くの森の中を散策し始めた。
「あった!」
目的の湖はすぐにみつかった。
俺は水を手ですくうと、口に運ぶ。それを夢中でくりかえした。
ぷはーっ。うまい!やっぱ水分って大事。
「ガルルルルッ!」
あれ、なんか後ろで声がしたような・・・。
ははっ。まさか、ね。
・・・。
恐る恐る振り返る。
すると目の前には、まるで巨大な熊の様な生物が二本足で立っていた。軽自動車程の巨躯。漆黒の体。そして鋭い牙の間から延びる細く長い舌の先端からは、ぽたぽたぽたと涎が流れ落ちている。
「うわわぁぁっ!」
俺は慌てて《加速》を発動。森の中へと逃げ込んだ。
グアァァ!
やばい。追ってくる。
スピードは・・・。よし、こっちほうが早い!
しかし、すぐにその判断が誤りであったことに気づく。
鈍重そうな外見とは裏腹に、巨大熊の身のこなしは軽やかだった。木々や地面のぬかるみに足をとられ減速する俺に対し、巨大熊は木々の間を縫うようにして着実に距離を詰めてくる。
グアァァ!
やばいやばいやばい。このままでは追いつかれる。
どうする?
どうする?
・・・。そうだ!
《停止》。
俺は減速の動作をしないまま、その場でぴたりと停止した。物理法則を無視した、ありえない動き。
「ガ?ガアァァッ!」
目標が急停止したことに気づいた巨大熊は、減速しようとしてバランスを崩し転倒、そして、
ガン、ガガガガ、ガン!ズドォォォォン。
複数の木にぶつかり、その場に倒れた。
・・・。
助かった、のか?
ピコン。
「グリズリーを討伐しました。ホルダーの効果が起動します。」
ピコン。
「《経験値C》のカードを取得しました。《経験値C》は消費カードのため、自動消費されます。」
ピコン。
「《経験値C》の効果により使用者のステイタスがアップしました。HP+5、MP+3、物理攻撃力+3、物理防御力+3、魔法攻撃力+0、魔法防御力+0、すばやさ+5。《経験値C》は消滅しました。」
経験値?ステイタスアップ!?
まさか!表示画面を開き、ステイタスを確認する。
ステイタス:
HP 20/37
MP 20/25
物理攻撃力 13
物理防御力 13
魔法攻撃力 10
魔法防御力 10
すばやさ 15
一部のステイタスが上昇していた。
・・・。
なんか色々と混乱してきた。
落ち着け。落ち着け俺。一旦、置かれた状況を整理してみよう。
①今俺は別人として別の世界にいる。痛覚のリアルさから夢の中の可能性は低い。
②現世の俺は既に死亡しているか、意識を失っている可能性が高い。
③この世界で命を失うとどうなるのかについては不明。
④ステイタス、モンスター、魔法のようなカード、以上の3点から、この世界はRPGゲームに近い構造をしている。カードの入手条件は不明。モンスターを倒すとステイタスが上がる。
こんなところか。うーん。やはりいまいち実感がわかない。
ぎゅりゅりゅりゅる~。
忘れるな、といわんばかりに2度目のお腹が鳴った。
そうだ。俺、お腹すいてたんだ。
周囲を見渡し、食べられそうな木の実を探す。
・・・。
ない。
食べられそうな木の実がみつからない。
《加速》。
さらに広い範囲を探す。
・・・。
やばい。食べられそうなものが全然見当たらない。
木の実らしきものはいくつか発見した。
しかし、それらは毒がありますといわんばかりにギトギトした発色のもの、あるいは果肉がほぼないものばかりで、とても食べられるような状態ではなかった。
魚も考えたが、湖がモンスターの溜まり場になっている可能性は高い。
巨大熊のような捕食者に再度遭遇する可能性を考えると、湖に近づくことはできなかった。
・・・。
あの熊、食べられないかな?
倒した巨大熊のことを思い出し、死体に近づく。
白濁した眼。剥き出しの皮膚。漏れ出た体液。
動物の死体をみるのは初めてではないが、決して気持ちのいいものではなかった。
・・・。
「背に腹はかえられない、か。」
先のとがった石を拾い、熊の腕を切断しようと試みる。
カリッ。
石で引っ掻いた刹那、
「うわっ!」
溢れ出る赤い血液に、思わずたぢろいだ。
ピコン。
「ホルダーのスキルが発動。《黒煙石のナイフ》と《剣技》のカードを取得しました。」
ナイフ!?やった。
「《黒煙石のナイフ》発動。」
カラン。黒い石で精巧に作られたナイフが目の前に出現した。
・・・。
・・・。
まさか!?
手に取ったナイフを見て思わず息を呑む。
特徴的な波型の刃先。持ち手に彫られた絡み合う3匹の龍。
手にしたナイフは、俺が最も愛用していたHope のカード「黒煙石のナイフ」のイラストと瓜二つだった。
・・・。
はっ!もしかして!
「《剣技》発動!」
ピコン。
「《黒煙石のナイフ》に《剣技》の効果がエンチャントされました。これにより《スラッシュ》の効果が起動します。」
シュッ。シュババッ。
瞬間、流れるようにナイフを手にした右手が動き、巨大熊の体は解体された。
・・・。
間違いない。
《黒煙石のナイフ》に《剣技》をエンチャントすることで得られる効果は、俺がはじめての世界大会で使用したコンボの1つだ。効果はホブゴブリンや、スノーウルフなど、中級モンスターを無条件で破壊することができるというもの。これにより劣勢を覆し、俺は10代目のチャンピオンとなった。
「Hopeのカードがこの世界でも使える!?。」
今は可能性にすぎない。しかし、この仮説は、俺のモチベーションを上げるには十分すぎる内容だった。
「うぇーい!とぅっとぅるー♪三上さん家のごはん♪はーじまーるよー。さーてと。肉の下処理を終えたら、次は火をおこす準備をします。」
薪は、スラッシュでにより枯れた木を切断することで、簡単に集めることができた。
次に、周囲の枯れた植物、木の皮などを拾い集め、火種をつくると、環状に組み上げた薪の上に置く。
「えっ。マッチやライターもないのにどうやって火を起こすかって。甘い。甘いよ。チミたち!もうとろっとろに甘い。ふふふっ。じゃじゃーん。ここで秘密兵器、カードスリィィーブ!」
なんか独り言多くなってきたな。
俺は、ポケットに入っていたカードスリーブに水たまりの水を入れ、それをレンズ代わりにして火種に太陽光を集めはじめた。
TVで見ただけだけど、これで大丈夫なはず?うん。きっと大丈夫!
20分後・・・。
「やべー全然つかないじゃん。」
・・・。
・・・。
一時間が経過し、あきらめかけたその時、火種の中に小さな明かりが灯るのがみえた。
うん。人間、やはりやってみるものだ。
ふぅー。ふぅー。消えるな。頼む消えないでくれ。
枯れ木や草など、燃えやすいものを少しずつ足しながら、慎重に火種を大きくしていく。よし、火がついた!そう思ったそのとき、
ぼわっ。ぷしゅぅ。
恐らく薪が湿っていたのだろう。火種は組み上げた薪に燃え広がることなく消えてしまった。
・・・。
終わったー。そう思ったその時、
ピコン。
「ホルダーのスキルが発動。《火焔》のカードを取得しました。」
奇跡が起こった。神様~!
《火焔》!
早速試してみる。するとピンポン玉ほどの火の玉が6つ、円を囲むようにして出現した。
「いけ!」
巨大熊の肉片に火の玉がぶつかる。
じゅわっという音とともに、食欲を貫く芳ばしい香りが周囲に広がった。
あちっ。俺は焼けた肉にかぶりつく。
「うまい!」
ははっ。
肉を頬張りながら、俺は、この生活も悪くはないかもしれない、そう思い始めていた。
--------------------------------------------------------------------------------------------
毎朝8時に1話投稿します( *´艸`)!
高評価、ブックマークいただけますと筆者のモチベーションが上がります<(_ _)>