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忌巫女の国士録  作者: 真義える
水波盛
13/32

片割れ

「私が、双子……?」


 頭が追いつかない。

 それは最初に目覚めた時からだが、ずっと葵だけ置いてけぼりをくらっているように感じる。


「お(ぬし)水波盛(みなもり)の生まれに(ちが)いない。その(しるし)を調べれば故郷(こきょう)もわかるだろう」

「じゃあ……本当の家族のことも……?」

「すでに調べはすんでいる」


 惲薊(うんけい)がリンへ視線を流すと、リンが代わって言った。


「両親のことを教えてやってもいいが、知ったからといって親には会えない。故郷(こきょう)にも帰れない。お前は()()()だということを忘れるな」


 わざわざ刺すような言い方をされてムッとなる。

 だが確かに、捨て子なのは事実。生みの親と育ての親、どちらにも捨てられたなんて、悲しいを通り越して清々しい。

 それに葵はもうすぐ人柱(ひとばしら)になるのだ。

 親の事を知ったところで(やしろ)からは出さないと言いたいのだろう。


(────けど、私だってまだ諦めたわけじゃない!!)


「まあまあ、そんな意地悪いじわるをしては巫女に嫌われてしまいますよ?」


 この場にそぐわない、柔らかい声色(こわいろ)(さと)したのは、リンと向かい合って座っている優男だった。


「ニシキ」


 リンが男に厳しい眼を向けた。


「余計な世話は無用(むよう)と、常日頃(つねひごろ)から再三(さいさん)申している」

「けれど、弟の心配をするのは兄として当然(とうぜん)の心だろう?」

「ここでは公私混同(こうしこんどう)(ひか)える決まりです」


(き、兄弟だったんだ……)


 顔も雰囲気も似ていないからわからなかった。


 弟に突き放されたニシキは眉尻を下げた。

 派閥(はばつ)があるのは、ついさっきの論争(ろんそう)一目瞭然(いちもくりょうぜん)だが、兄の方はそこまで熱心ではないのかもしれない。


「ああ、そうだね。これはつい失礼を……。しかしリン、巫女は国の命運(めいうん)(にな)っているんだ。もう少し丁重(ていちょう)(せっ)するべきだろう?」


 リンはそっぽを向いた。

 改善(かいぜん)余地(よち)はないらしい。


(こんのオカッパ男児(たんじ)め……!!)


 葵が身の(うち)でメラメラと炎を燃やしていると、ニシキ派の神官がわざとらしくリンに訊ねた。


「それこそ此度(こたび)の騒動の原因では?」


 一斉にリンへ視線が集まる。

 しかし当の本人は顔色一つ変えず、小首を傾げてみせた。

 その態度に、噛み付いた神官はムッとした表情(かお)で内容を()げる。


「聞けば、巫女が目覚めるなり(やしろ)から逃げ出したとか」

「妖獣の襲撃(しゅうげき)のさなか、さすがの神子(みわこ)様も(きも)を冷やしたのでは?」


 もう一人が皮肉げに笑うと、数人の神官達もあわせたように鼻で笑った。


「いやなに、我らは神子(みわこ)様の身を案じておるだけにございまする」

「いざ災蝕(さいしょく)というおりに、また巫女を失っては責任をとらねばなりますまい」


 わかりやすい(あお)りだ。


「貴様ら!! 黙って聞いておれば無礼な!!」


 リン側に()した男達がすぐさま噛み付いた。


「だいたい、易々(やすやす)楼門(ろうもん)を開けたのは門番の失態(しったい)であろう!! リン様はしっかりと、おくり子のお役目を果たしておられる!!」

「そうだ!! 現に巫女は無事であろうが!!」


 そうだそうだ、と口々に野次(やじ)がとぶ。男達は左右から睨み合い、火花を散らした。

 最悪なことに、葵はそのド真ん中に座らされているのだ。

 しかも、内容が自分のこととなるとさらに居心地が悪い。

 葵は殺伐(さつばつ)とした空気のなか、いつ自分にも火の粉が飛んでくるかもわからずにビクビクしながら肩を寄せた。


「これ、よさぬか」


 見かねてニシキが止めに入った。


「巫女が(おび)えておるではないか」


 人の良さそうな、穏和な笑みを向けられて、葵は少しだけ気が抜ける。


「葵殿、お恥ずかしいところをお見せ致した。これでも気の()者共(ものども)なのです。どうか、お許しくだされ」

「は、はあ……」


 葵がぎこちなく頷くと、今度はリンに向き直った。


「大変失礼致した。災蝕(さいしょく)(せま)り、(みな)気が立っているゆえ。決して悪気はないのです」


 そうは言っても、リンが許すのだろうか。

 葵がビクビクしていると、ずっと黙っていたリンが口を開いた。


「いいて。此度(こたび)の件、まさか楼門(ろうもん)が開くとはつゆにも思わず、巫女から目をはなしたのも事実。私もまだまだ未熟者にございますれば、ご指摘、真摯(しんし)にお受けする所存(しょぞん)


(……だ、誰?)


 急に大袈裟(おおげさ)なくらいに丁寧な言い回しをし始めたリンを、まさか人格(じんかく)が変わったのではないかと疑った。

 そんなに丁寧な謝罪ができるなら、普段もそうすればいいのに。


(私にはあんなに横暴(おうぼう)で雑なくせに!!)


 ニシキは笑みを()やさずリンを見つめ、リンもまた、無表情ではあるが、ニシキを見た。

 いがみ合っているのは下の者達で、意外と当人達(とうにんたち)上手くやっているのかもしれない。


「────とはいえ」


 リンの独特な声が部屋中に響いた。

 誰もが彼に注目した。


「本来ならば決して開かぬはずの楼門(ろうもん)を、むやみに開けてしまったのは、門番達の怠惰(たいだ)と片付けるのは、いささか不憫(ふびん)に思いますれば──」


 せっかく(なご)んだ空気が一瞬でぶち壊された。

 リンが言わんとしていることがわからず、ニシキは眉を寄せる。


「近頃、本殿への女の出入りが多々あるとか」


 その言葉に、ニシキ派の男達の何人かが息を()んだのを、葵は見逃さなかった。

 ニシキは笑顔を絶やさず聞き返した。


「それは下女達だろう?」

「聞けば、兵士達の宿場(しゅくば)にある(くるわ)遊女(ゆうじょ)だという話。それも一人や二人の話ではない。顔馴染(かおなじみ)みもあれば、時には入れ代わりもあると」

「まさか……本殿へは手形(てがた)のない者を(まね)き入れてはならない決まりだ」

「その手形(てがた)すら持っていないのに、だ」


 ニシキはおかしな聞き間違いをしたような表情(かお)をした。どうやら部下達のしている〝悪さ〟は初耳(はつみみ)らしい。

 リンが容赦(ようしゃ)なく追い討ちをかける。


「本殿に住まう男は我々のみ。まさか、下女達が女を買うわけがあるまい」


 これには惲薊(うんけい)もわかりやすく顔をしかめた。

 ニシキ側の後方に座る一人が、焦ったようにリン側の神官達を指さした。


「お、お主たちの誰かではないのか!?」


 (なす)り付け方が下手すぎる。だがまあ、焦るとそんなものかもしれない。

 いわれのない罪を擦り付けられた側は、当然憤慨(ふんがい)した。それをリンが片手をあげていさめると、神官達はぐっと不満を飲み込んだ。


「門番達は、女を南棟へ通すよう言われたと言っていたが?」

「……記憶にござらん」


(政治家か!)


 葵は思わず心の中でつっこんだ。

 どこの国も言い訳の文句(もんく)は一緒なのだろうか。


「そうか、では個人の名を出せば思い出せるだろう?」


 すかさずリンが言い返すと、今度こそぐうの音も出なくなった。

 それでもリンの追い込みは終わらない。


「巫女が不足し国が危ういというのに、お前たちは随分(ずいぶん)と暇をしているらしい。こうも女の出入りが激しくては、巫女の顔を知らぬ門番達に、区別をつけろというのも無理な話。警備(けいび)(ゆる)みが(しょう)じたのは、堕落(だらく)した神官共の責任と言わざるを得ない」


 リンが睨みつけると、身に覚えのある神官(しんかん)達がたじろいだ。

 ついさっきまでリンが一方的に責められていたのが、いつの間にか形勢逆転である。


「であるのに、当人(とうにん)たちは責任意識も薄いと見える。我らの行儀(こうぎ)一つに多くの民の命運(めいうん)が掛かっているというのに、心を改めることすらできないのか」


 そういうことか、と葵はリンの魂胆(こんたん)を理解した。

 現代風(いまふう)に言い直すとこうだ。


『上の立場の俺は頭を下げたのに、お前らはプライドばかりで出来ないの? 国民の命が掛かってんだけど、おわかり?』


 相手の攻撃(こうげき)を逆手にとり、責任追及のみでなく、実直(じっちょく)さもアピール。

 最初の丁寧な謝罪は、このためだったというわけだ。

 全てはリンの思惑(おもわく)どおりということだ。


(うわあ、やっぱりあいつ超性格悪い!!)


「ついでに言えば、これに(じょう)じて私の顔に泥を()った者もいるようだ」


 ギラギラと殺気を向けられ、葵は勢いよく顔をそらした。

 尋常(じんじょう)ではない量の冷や汗が流れる。


(こ、殺される────!!)



「もうよい」


 鶴の一声でその場を(しず)めたのは、ずっと事の次第(しだい)を見守っていた惲薊(うんけい)だった。


「リン、そのくらいにしておいてやれ」


 リンは素直に頭を下げた。


「ニシキ、下官(げかん)たちの気の(ゆる)みはお主の責任。決してするな、とは言わぬが、女遊びも程々にせよ」

面目至極(めんぼくしごく)もございません……」


 ニシキが深々と謝罪すると、それにならって全員が手をついて頭を下げた。

 惲薊(うんけい)が睨みを利かせただけで、神官達は親に叱られた子供のように大人しくなる。そうさせるだけの威圧感があるのだ。

 葵には、惲薊が向けたその眼が、リンのそれと重なって見えた。

 顔が全然似ていなくても、やはり親子。似るところは似るのか。


 それにしても────。


(この会議……疲れる……)


 いつもこんなのでは、胃に穴があいてしまいそうだ。

 神官達は抜きにしても、トップの三人は血の繋がった家族であるはずなのに、それぞれの間には見えない壁があるように感じる。妙な感じだ。


 再び静寂がおとずれ、惲薊は葵を見下ろした。


「葵よ。村まで逃げたことは、すでにリンから聞いておる」


 葵はギクリとする。

 罰を言い渡されるのではないかと、怖くなった。


「だ、だって! 私死ぬんでしょう!? まだ死にたくないもの!! お願いします、家に帰してください!!」


 数秒、間があった後、神官達の罵声(ばせい)が葵に降りかかった。

 リンも今度こそ止める気はないようで、うんざりしたようにあさっての方向を見るばかりで、葵と目を合わせようとしない。優しげな笑みを浮かべていたニシキも難しい顔で押し黙っている。

 結局、罵詈雑言(ばりぞうごん)の嵐は惲薊(うんけい)が口を開くまでやむことはなく、葵は(うつむ)きながらじっと耐え続けた。


「お主は巫女の教育を受けていないゆえ、(おのれ)の運命を恐れるのもいたしかたない」

「だったら────!!」

「が、それは出来ぬ」

「どうして!?」

「一人の命と多数の命、どちらが重いか(はかり)にかけるまでもなかろう」


 もしかしたら、と微かな希望を抱いていたが、甘かった。

 ここには味方どころか、同情する者すらいない。

 残酷な現実を突きつけられ、涙が流れた。


「そもそもお主は赤子(あかご)の頃に死ぬはずだった。逃げたとて、(ここ)以外では生きられぬ。受け入れよ」

「でも、でも────!!」

「儀式は明日、とりおこなう」

「あ、明日!?」


 男達は声をそろえて返事をした。


「リン、巫女が命を()して国を救ってくれるのだ。できる限りのことはしてやれ」

承知(しょうち)しました」


 まるで葵が自主的に犠牲になるような言い方に耳を疑う。

 所詮、この当主も腹の中は真っ黒だった。


「ま、待って下さい!! そんなのって────!!!!!!!!!!!」

「それからリン、髪を染めろ。何度も言わせるでない」

「……は」


 惲薊(うんけい)は吐き捨てるようにリンに言うと、葵の訴えに耳を貸すこともなく行ってしまった。


「なんで、私がこんなことに……」


(明日……明日死ぬ……?)


 絶望に打ちひしがれる葵の声を聞く者は、誰もいない。

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