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忌巫女の国士録  作者: 真義える
プロローグ
1/32

始まりの夜

 その日はひどい雨模様に見舞われ、空には雷雲が(うごめ)き、金色の亀裂(きれつ)が走った。

 そんな不吉な空のもと、水波盛家(みなもりけ)(やしろ)に元気な産声があがった。


「そうか、()()か! でかしたぞ!!」


 奥方付きの下女の知らせを聞くなり、惲薊(うんけい)は歓喜の声をあげた。


「ですが、奥方様は……耐えきれず……」


 下女は暗い顔でうつむいた。


「……そうか、(れん)……いや、よう頑張ってくれた」


 (れん)は元々身体が弱かった為、覚悟はしていた。

 たとえ命を落とすことになったとしても、どうしても子を産みたいと、本人の強い希望で(のぞ)んだ出産だった。


「ならば、これも運命(さだめ)よ……」


 自分に言い聞かせるように呟くと、下女が恐る恐る口を開いた。


神王様(みわおうさま)、実は……」


 下女の発した次の言葉で、惲薊(うんけい)は顔をこわばらせた。



***



 早足に妻と我が子が待つ部屋へやってくると、勢い任せに障子を開け放った。


 信じたくはなかった下女の知らせをその目で確かめるなり、表情をより険しくした。雷鳴と共に照らされた顔は、般若のようにも見えたことだろう。


「なんと、不吉な……!」


 乳母の腕に抱えられたおくるみは一つ。だが、産婆も同じ布のおくるみを抱えており、生まれたのは確かに〝双子〟だという現実に、惲薊(うんけい)は震えた。


「先に生まれたのはどっちだ!?」


 子を抱く乳母と産婆を交互に睨みながらたずねるが、怯えきった二人は口ごもった。

 はっきりしない女達の態度が、惲薊(うんけい)の神経をより逆撫でる。


「どっちだと聞いている!!」

「……そ、その子です」


 惲薊が怒鳴ると、ようやく乳母が産婆の腕で泣く赤子を指し示しながら、わなわなと口を開いた。


水波盛(みなもり)家に()み子が生まれるなど、断じてあってはならぬ!」


 その迫力にその場の誰もが口をつぐむ。


「……で、では、言い伝えどおりに、水神(みずがみ)様にお返し致しますか?」


 乳母が震える声で言った。

 この国には大昔から、双子は災厄をもたらすという言い伝えがあった。

 双子が生まれた場合は災厄を避けるために、あとに生まれた忌み子を水神(水神)の川へ流すという掟が強く守られてきた。

 そうして魂を神のもとへ返上すれば、魂の(けが)れが祓われ、再び輪廻(りんね)へ戻れるという──。


「────いや」


 惲薊(うんけい)が厳しい表情で否定する。

 やはり一国を治める神王(みわおう)といえど、我が子ともなれば情がわくものなのだと、その場の全員が同情した。

 が、惲薊の考えはその真逆であった。


「万が一、生き残るようなことがあっては、たまったものではない」


 惲薊(うんけい)は産婆の腕の中にある()()を睨みつけ、無慈悲に吐き捨てた。


「始末せよ」


 誰もが息を飲んだ。

 乳母はその場に腰を抜かしたように崩れ落ち、産婆は渋い顔で忌み子をあやし続ける。

 乳母は急に課せられた責務の重さに、愕然(がくぜん)とした。

 とても出来ない、乳母はそう言おうとしたが、(あるじ)の眼は微動(びどう)だにせず、ただ真っ直ぐに「やれ」と言っている。その威圧に押し潰されそうになりながら、拒否すら許されないのだと思い知る。

 声を出せずにいると、代わりに産婆が口を開いた。


「ですが、神王(みわおう)様。その子の命だけは助けて欲しいと、奥方様の最期のお言葉にございます」

「なんと……! なんという罪深き……!」


 視線を横にずらせば、安らかに眠る妻の顔がある。苦痛から解放されたかのように穏やかで、わずかに微笑んでいるようにも見える表情は、達成感すら感じさせる。

 その天女のように美しい妻が最期に(のこ)したものが、国を窮地(きゅうち)へ追い込みかねないものだなんて信じたくなかった。


水波盛家(みなもりけ)の名を(けが)してでも、忌み子を生かせと言うのか……)


 万が一、国民に知れ渡れば大きな反感をかうことになるし、分家の耳に入れば、反乱に乗じて寝首をかこうとする(やから)も現れるだろう。どちらにしろ、ただではでは済まない。

 惲薊(うんけい)は考えに考え抜くと、妻の遺言に対して最低限の対処をすることにした。


「それを人目のつかない所へ。絶対に外へ出すな。(やしろ)の者にも知られぬように。それから── 」


 忌み子を抱く乳母に視線を向ける。


「人知れず、それの世話を致せ」


 乳母は震えながら数回頷いた。

 それから周りを見回すと、強く言い放った。


今宵(こよい)の出来事は他言無用! 水波盛(みなもり)に生まれたのは、息子ただ一人!」


 全員が息を飲んでうなずくのを見るなり、惲薊は身を(ひるがえ)した。

 部屋の外で膝を着いて待機している男が素早く立ち上がると、惲薊(うんけい)の背後を着いて行った。

 男は神王(みわおう)に仕える神官(しんかん)の一人で、名を吕海(ろかい)といった。真面目で忠義(ちゅうぎ)に厚く、下官たちにもよく慕われている。

 実際、惲薊も吕海(ろかい)の働きぶりには好感を持っていた。


 しばらく歩いたところで、急に惲薊(うんけい)が歩を止めた。

 吕海(ろかい)も慌てて立ち止まると、その場に片膝をついた。何事かと不思議に思いながらも、(あるじ)が口を開くのを、顔を伏せたまま待った。

 ほんの数秒、間があった。

 惲薊(うんけい)は振り返らず、おさえた声で──しかし確かな口調で任務を言い渡した。


「乳母と()()を地下牢へ」

「ち、地下牢、ですか?」

()()の存在が、どこから漏れるともわからぬ。それと──」


 吕海(ろかい)は身の内で、さすがに大袈裟ではないか、と思っていた。赤ん坊一人の存在を消すために、そこまでする必要があるのか、と。

 しかし、惲薊が下したかったのは、そんなことではなかった。


「これを知っている者を始末しろ」


 聞き間違いだろうかと、吕海(ろかい)(あるじ)を見上げた、肩越しに向けられたのは、狂気に満ちたソレ。


「一人残らずだ」


 鬼だ。血も涙もない、鬼が宿っている。

 目の前に立っているのが、同じ人間とはとても思えなかった。


「──は、はっ!!」


 慌てて吕海(ろかい)が返事をすると、惲薊(うんけい)は何事もなかったかのように歩き去っていった。

 残された吕海(ろかい)愕然(がくぜん)と床を見つめながら、およそ数名の命と(おのれ)の命を天秤(てんびん)にかけていた。


 その夜、水波盛(みなもり)(やしろ)では、二人の赤ん坊の悲鳴にも似た泣き声が止むことは無かった。

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