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2018/05/04

「おーい、そろそろ夜だぞ!」


「ん、んぅ……ん……」


 少女の口から艶めかしい吐息が漏れる。


「おーい」


 彼女が呼吸するたび胸は上下し、そしてそれは段々と力強くなってゆく。


「嬢ちゃん?」


 サラサラという布擦れの音、透き通るような白い髪。それはまるで一つの工芸品のような……


「起きろ!」

「んっ!」


 目が覚めた。もう太陽は沈みかけていて、空は茜色に染まっている。夕方だ。


「ふぅ……。

 ありがと、衛兵さん」


「どう致しまして。

 あと、俺にはグライアという名前がある。衛兵さんでも構わんが、出来ればそう呼んで貰いたい。」


「ん。わかった、衛兵さん」


「……」


 そろそろ夜。夜は私の時間だ。


 地面に直に置かれた簡素なベットから起き上がり、鞄を肩に掛けて休憩所から出る。


「行ってくる。

 お金が無かったら、また。

 助かった」


「ちょ、ここ宿屋じゃねえからな!

 宿代ぐらいは稼げよ!?」


 面倒そうなグライアの声を尻目に門を抜ける。


 森は西にあるらしい。夜は永いため、急ぐことはない。楽しみながら行くとしよう。


 昨日よりも少し大きくなった月を見ながら、私はそう思った。


 ◇◇◇


 空が完全な夜に染まる。


 私は森の入り口に立っていた。右手にはナイフ、体の左側には鞄を提げて。


 残っていた木の実を胃の中に入れ、鞄を空にする。


「薬草、あるかな?」


 獣道を辿りつつ、大地に生い茂る草達を確認してゆく。


「あった」


 まず一株目、葉っぱの部分をナイフで半分程切り取る。群生地を無くさないためだ。


 普通の冒険者が採取する程度ならそれ程の影響は無いが、何年も自然の中で暮らしてきた私のような者が本気で採り尽くすと、最悪は群生地が無くなる可能性がある。


 実際、七歳の頃にそれで薬草の類が全滅し、里の薬草が切れかけた。幸いにも繁殖力の高いものばかりで助かったが。


 そうして集めていると、二、三時間で鞄の半分程を満たす量が集まった。


「ふぅ……」


 額の汗を拭い、草むらに倒れ込む。


 ガサッ、という音に反応して右を向くと、鋼猪の子供と目が合った。


 即座に大地を転がり、流れるように起き上がる。


【脚力強化】


 スキルを発動し、即座に木の上へと飛び上がる。


 鋼猪とは、猪が鋼を纏ったような、名前通りの魔物である。子供がいるということは、近くに親もいるということだ。


 それに、子供と言えども魔物は魔物、簡単に倒されるような存在ではない。こういうときは、逃げるに限る。


【脱兎】


 スキルを更に重ね、森の外へと全力で疾走する。


 時折向きを修正しつつ、兎に角前へ。身体を一本の矢のようにして木々の間を駆け抜ける。


「あぁ……」


 周囲を確認し、猪がついてきていないことに安堵、帰還を決めた。


 森での行動には慣れているが、慣れと慢心は別物だ。慢心は、過ぎれば致命傷に繋がることもある。森や海なんかの大自然の中ではそれが特に強い。


 だから、私は恐怖を受け入れる。危険の存在を認め、戦場では自らを飽くまで弱者として扱う。恐怖と痛みを味方につける。


「ん!」


 両手に拳をつくり、気合を入れる。そう、まだ街に着いた訳ではない。家に帰るまでが遠足だ。


 そして、今回の収益についてだが、薬草の量は十分に有り、ゲーム時代の組合での報酬額から予想して恐らくは銀貨5枚にはなる。そして、探索中に偶然見つけた希少な霊草。こちらもそこそこの額になるだろう。


 そんな事を考えつつ、私は森からの帰路についた。


 帰りに魔物は見なかった、とだけ言っておこう。


 ◇◇◇


 深夜二時頃、私は門の前に佇んでいた。門が閉まっているため、中に入ることが出来なかったのだ。


 いや、跳躍力の関係上、物理的に入ることは出来る。 入りたくなかった、が最適解か。


 まあそんなことは兎も角、私は暇を持て余していた。


「何か……」


 そうこうして手を捏ねていると、昨日より少し大きくなった月に気づいた。


 ポン、と手を打ち、体を静止させる。


「お月見!」


 月見。それは、古来より一部の地域で行われて来た、月に供物を捧げたり、はたまた月を見ながら酒を呑んだりする、月を主題に添えた行事、食物の総称である。


 月が綺麗に見えるこの世界の大気。たとえそれが欠けていても、暇潰しにはぴったりだ。


 そうと決まればと、街の防壁の周囲に生える草の中、近くの河原に生える草の中から、ススキに似た植物を探す。


 少し時間は掛かったが、それは割と直ぐ見つかった。壺や花瓶の類いは持っていないため、地面に棒で穴を開けて其処にススキを挿す。


 尚、団子は近くに自生していた芋で、台は茎の太い草で組んで代用した。


 雰囲気作りのために、膝を付いて手を組む。


「月の恵み、感謝します。

 闇夜を照らす、その光。海をも動かすその力。

 其れは、まさに、……?」


 即興で考えた以上、普段は余り喋らない私にとって、それは必然といってもいい程。やはり私にはそれっぽく収めることは不可能であった。


 まあ、それでも満足したのか、私に向かって白銀の光が降り注いだのだが。この程度で、とは思うが、きっとこの辺りでは月に祈る者が極めて少ないのだろう。


 そう思い切りをつけ、大地に体を投げ出す。


 その日の夜空も、とても綺麗だった。

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