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2018/05/04
「やっ」
それ程踏み固められてもいない道を駆け抜け、国境線ともなっている大河の手前でスキルを発動、月が浮かぶ夜空を跳躍する。
【脚力強化】
【月の兎】
その様は正に大ジャンプ。圧倒的とも言える程の力と制限の緩和を以って飛距離を稼ぐ。
龍が入りそうな幅の大河を越えれば、其処から先は未知の領域。作中でも名称しか出てこない、自由国家ユートリアである。先程まで通って来た行商人達の道とは違う、人の入らぬ大自然が広がっている。
「ん、綺麗」
ふと地平線へと目を向けると、日が登り掛けていた。今までずっと夜の世界で過ごして来たため、太陽の光は余り目に宜しくない。辺りを見渡して適当な木を見つけ、その上で寝ることにする。
「ほっ」
ジャンプひとつで樹上に登り鞄を枝に引っ提げた後、いい塩梅の又に身体を預ける。
10分かそこらの時間ではあるが、もう既に陽は半分出ている。
「良い朝。おやすみ」
そう呟いた私は、意識を微睡みへと沈めた。
◇◇◇
夕方七時、私は夕陽を感じて目を覚ます。落下を警戒し、3分程瞑想した後、体を起こして辺りの様子を確認する。天気は快晴、風が強いため安心は出来ないが、北東に見える村の存在から最悪の可能性を回避出来そうなことを認識して心が穏やかになる。
暫し身の周りを確認し、ある事に気づいた。
「獣耳…… 」
異世界物のテンプレを思い出す。殆どの国家は人間によって運営されていて、それらの国では、特に宗教国家では、獣人やエルフの類は亜人と呼ばれ差別される、というものだ。
この世界にも適応されるかは兎も角、獣人の象徴である獣耳は、隠していて損のあるものではないだろう。
そう判断して鞄を探るが、手応えはない。必要最低限しか持って来なかったことを少し後悔し、迷った末に髪の中に隠すこととした。
木の根元から蔓を取り、耳を隠した髪を後ろで一つに括る。
少々蒸し暑くはあるが、一時のものと判断。鞄から木の実を齧った。
「そろそろ行こ」
持って来た木の実の五つの内三つを食べ終えたところで満腹になり、私は木を飛び降りた。
鞄を肩から斜めに掛け、草原を駆け抜ける。五分程で村の近くに来るが無視、そのまま道を見つけて道沿いに北東へ疾る。
時折休憩しつつ移動していると、半日も経たない内に街へと辿り着いた。もう夜も遅いため、星でも眺めながら朝を待つことにする。
一つ、二つ、三つ。光の強い星を線で結び、色々な形を作る。小さい頃からよくやっていた遊びだ。
雫形、星形、バツ印、などなど、綺麗な形を模索していると、ふと月が目に入った。綺麗な三日月だった。
◇◇◇
翌朝、眠気を堪えつつ門に近付く。すると、門のところに居る衛兵が話し掛けてきた。
「おーい、そこの嬢ちゃん!
旅人か?」
「ん、旅人」
問い掛けに答え、衛兵の前まで行く。鎧には所々に小さな傷があり、正に歴戦の兵士然といった感じである。
「どうすれば入れる?」
「入街税か、冒険者資格、だな。どっちも無いってんなら組合まで俺たちが付いてくが、どうする?」
鞄の中を探るまでも無く、金なんてビタ一文持っていない。
「組合まで、お願い」
「わかった。
この季節に旅立ちってのも珍しいが……まあいい、ちょっと交代頼んで来るから待っててくれ」
「ん、わかった」
衛兵のおっさんが門の内側の建物に入る。正直、これでは少し心配になるが、それだけ治安がいいということだろう。若しくは、無断で入っても捕まえられると考えているのか。
おそらくその両方だろう。などと考えていると、衛兵のおっさんがもう一人のおっさんと帰ってきた。最初の方のおっさんは鎧を外していて、軽装になっている。
「待たせたな。
んじゃ、行くぞ」
「ん」
衛兵のおっさんと街中を連れ立って歩く。周囲からの視線は暖かく、この街では新人冒険者の存在は珍しいものではないようだ。
すれ違う人々も、数こそ人間が多いものの、獣人やエルフ、ドワーフなどを始め、様々な種族が入り混じっている。
耳を見せても問題無いと判断して髪を下ろすと、おっさんが少し驚いた様子で話し掛けてきた。
「てっきり具人だと思っていたが……嬢ちゃん、獣人だったのか。
冒険者志望だろ? 見た目と違って、実は力とか強かったりするのか?」
「ん、脚力。
それより、具人って何?」
未知の単語だ。気になったので、率直に聞いてみる。
「具人か?
そりゃ道具とかよく作って使ってる、俺みたいな種族のことさ」
「んー…」
道具を作るとなると、多分人間のことだろう。おっさんには特にこれといった種族的特徴はないし、ぴったりとはいかないまでも大体当てはまる。
「人族?」
「え?
あ、ああそうだ。人間、なんて呼ばれたりもするな」
「わかった」
どうやら正解のようだ。
小さな達成感を抱きつつ、おっさんと会話を続ける。色々な話を聞けた。
◇◇◇
そうこうしている内に剣と杖の看板の前に着いたようだ。チリンチリン、という音と共に木製のドアが開き、酒の匂いと冒険者達の声が流れてくる。
おっさんに案内されて登録受付へ。今は新人が少ないのか、列は出来ていなかった。
「ヘレンさん、登録だ」
「あいよ」
おっさんに促され、受付の人から渡された用紙に必要事項を記入していく。最後に指でカードを擦り、登録が完了した。
名刺サイズで茶色い紐の付いた、金属製のカードだ。今のランクはEだが、Cランク以上になると買い物なんかにも使えるらしい。
ここから一時間程の森での常注依頼、薬草採取を受けて出た。私の脚なら15分で着く。
が、今は眠気が酷い。おっさんに頼んで門の休憩所を夜まで借りることになった。
「衛兵さん、おやすみ」
「おうっ!」
やっぱり昼間は目が眩しい。