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屋敷と侍女と時々猫  作者: 予備役赤色
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半旗

お久しぶりです。随分とお待たせいたしました。平身低頭して許しを請うばかりです...お楽しみいただけたら幸いです。

 ....今日は雨が降っている。いや、雨が降るのはさほど珍しいことではない。この国では晴れている方が希と言っても過言ではない。私は雨が好きではないが、意外なことに今日は何も感じない。あの雨の匂いすら。いや、感じることが出来ない。目に映るもの、肌に触れるもの、すべてが分厚い膜を介しているかのようだ。


 どこか現実から浮いているような感覚のまま、私は海軍省の前に立った。...半旗が掲げられている。戦時ではないにも拘らず陛下の艦が失われたからであろう。だが旗は、ひっそりと頭を垂れている...はためいてはいない。旗も又、沈痛の面持ちを浮かべている。私にはそう見えた。












 今朝早く、海軍省から電報が届いた。簡素な文章で


「宛 バーセラル男爵 ハリソン・エインズワース


 アンドリュー・ヘインズ 大尉 は戦闘行動中行方不明(M I A)。海軍省へ連絡乞う。


 発 海軍省」


というものであった。受け取り、読んで、尚信じられなかった。信じたくなかった。



 確かに、昨日届いた新聞では「駆逐艦が哨戒行動中に沈没」と速報が載っていた。街では随分と騒ぎになっていたようだ。

 だが、その艦に兄が乗艦しているとは夢にも思わなかった。











 重苦しい音と共に扉を開け、海軍省へ入る。

 中には、私と同じように呼ばれたであろう人々が小さな列をなしていた。この空間に響くのは、やり切れぬ思いから発せられる嗚咽、そして憤りだ。私も列に並んだ。そして暫く待った。



「次の方」



 そう呼ばれ私は係りの者と相対する。私は口を開けぬまま電報を差し出した。



「エインズワース様ですね。アンドリュー・ヘインズ大尉は、貴方宛てに遺書を残しておられました。お持ちいたしますので少々お待ちください。」



 さほどかからぬうちに一通の封筒を携えて彼は戻ってきた。



「こちらが遺書になります。...海軍は大尉の王国への献身と忠誠に敬意を表します。」



 私はそれを無言で受け取り頭を下げるた。それが、今できる精一杯であった。










 館に戻り、玄関を開けた。

彼女が出迎えてくれたが、驚くような顔で私を見ている。どうしたのだろう。



「御主人様、それでは風邪をひかれます。着替えをお持ちいたしますから少々お待ちください。」



 そこで初めて私は自分が濡れ鼠であること、そして傘を海軍省に置いてきたことに気付いた。

彼女からタオルを受け取り、頭と顔を拭う。そして遅まきながら僅かに寒気を覚えた。



「御主人様、着替えでございます。お湯が張れましたらお呼び致します。」



 そういって彼女は浴室へ向かっていく。柄にもなく慌てているようだ。迷惑をかけてしまったと思いながら、彼女が服と共に持ってきてくれた紅茶を飲んだ。


 かすかに、でも確かに香りを感じられた。






 あれから風呂に入り、部屋に戻ってきた。彼女に礼を言うと、



「御主人様をお支えする、それが私の仕事ですから。どうかお気になさらず。」



 そう微笑みながら言われてしまった。そのうちなにか礼をしなければならないだろう。






 机の上には兄さんの遺書がある。読めば兄さんの死を認めてしまうようで、なかなか手が付けられないのだ。だが、読まなければ兄さんも困るだろう。しばし逡巡して、私は封を開けた。






「 弟へ


 まずは、すまない。謝っておく。なにかやらかしたら素直に謝った方がいいというのは俺とお前が子供時代共に学んだことだ。これを読んでいるということは、どうやら俺は運がなかったが、勘は当たったようだ。


 今回の任務は大陸の緊張が高まっていることを踏まえればそれなりに危険もあるが、その度合いも知れている。皆一様にそう言うのだ。だが、どうにも嫌な予感がして、俺は今こうして柄にもない手紙を書いている。

 

 最初にも謝ったが、ほんとうにすまない。これが戦時ならお前も覚悟があるだろう。だが今は違う。どうして死んだのかも分からんだろうが、俺にはどうすることもできなかったのだろう。


 子供の時にした約束も、どうやらここまでだ。ここから先は俺は兄として弟であるお前を守ってやれなくなった。母さんと父さんにも親不孝で申し訳ないと伝えてくれ。遺書は書いたが手違いがあるといけないので念のためだ。


 本当はもっと多くの事を書き記しておきたいが、俺は文章を書くのが上手くない。それに、あんまり長く書くとほんとに死ぬと分かっているかのようで縁起が悪い気がしてな。だから、もし読んでいるならもっと書いておけと怒ってくれ。枕元で続きを読んでやる。




 俺が見れなくなったこれからの時間をお前が幸せに生きられることを祈っている。


 不出来な兄より 」






 気付けば私は泣いていた。本当の肉親のように思い、接してきた。私にとって強さと信頼の象徴のような兄だったのだ。色んなことをした。たまには怒られもしたが、楽しい日々を過ごせた幼少期は兄さんといられた時だ。頼れる兄さんを本当に失ってしまったのだと、私は嗚咽を漏らし、歯を噛みしめることしかできなかった。






 書斎の棚に置いてあった酒を取り出した。兄さんから美味いと聞いていたから買った物なのだが、兄さんと飲むことは出来なくなった。なんとなく今は、酒の力に縋ってでも現実をぼやかしたかったのだ。

 栓を開け、直接呑む。それなりに強いもののようだ。喉を通るときに焼けるような感覚がある。こうしていれば辛いことも忘れられるだろうか。そう思いながら呑み続けた。





 彼女が部屋に入ってきた。ノックも気付かぬほどに酔っているのか。それでも悲しみは消えていない。


「御主人様。そんなに呑まれて、そのままここで寝られでもしたらお身体に障ります。」


心配そうに私を見てそう告げる彼女が、私には酷く温かく見えた。私は耐えきれず彼女に訥々と語り始めててしまった。何が起きたのか。兄と私はどう育ったのか。脈絡もなく、ただ涙を流しながら話してしまった。

 だが、彼女は何も言わずに話を聞いてくれた。ただ静かに。時折頷きながら、酔った泣き顔の男の話を。余りにも優しかった。そして心地よかった。



「御主人様。人は別れを避けられません。それは辛いですが、避けられないのです。でも、それを隠すことも、抱え込む必要もないのです。辛く悲しいときは、泣いて叫んで。そうして外に出さなければ、毒となって心を蝕みます。ですから、泣いていいのですよ。」



 彼女は優しくそう告げて、私を抱きしめてくれた。彼女の温かさと甘い香りを感じながら、私は意識を手放していった。


今回はちょっと分量が多いかもですね。又続きを書いていきますのでよろしくお願いいたします。

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