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9th Lap.仕掛けるは灼熱の滑降路

「悲願成就のために! デュアルリンクよ! 私は帰ってきた!!」

「……? どうしたの? 急に」

 突然芝居がかった台詞を発した私を、響がキョトンとした顔で見ている。

 中学時代はなんとか一部の男子には通じていた古典的ロボットアニメ作品のネタだが、流石に現代の女子高校生には通じないらしい。……かく言う私も、兄貴の影響が無ければ理解できなかっただろうとは思うが。

 しかし、西暦二千年代に入る前の作品のネタが今でも生きているというのは、とんでもなく凄いことなのかも知れないと思う。どんだけロボットが好きなんだよ、と。

 外国人の中には、今なお日本にはニンジャやサムライ、そして巨大人型ロボットが実在していると信じている人がいるらしいが、ニンジャやサムライはともかく、巨大人型ロボットは今なら本当に実現されてしまうのではないかとさえ思える。

 ……ハッ! 待てよ? スラッグとアーマというのはその先駆となる存在なのでは? その古典的作品のロボットの名前である“モバイル・スーツ”というのは正に、レース中に私達が纏う装備を表現するのにぴったりな言葉と言えるのでは無いだろうか!?

 ……あれ? そういえば、二年くらい前に、都庁が十年以上掛けた改修工事が終わったことがニュースになっていたけど、まさか……。いやいや、流石に変形とか合体とか、そんなことはあるわけ――。

「おーい、未玖! 置いてくぞー!」

「あ、はーい、すぐ行きまーす」

 私の心の中のしょうもないノリは真智さんの言葉であっさりと霧散する。

 そんな、思わず変なテンションになってしまうような、熱い昂揚感をちょっと持て余しながらも、普段通りに返事して慌ててみんなの後を追いかけた。


 そんなわけで、第三戦の舞台は、ここ、勝手知ったるデュアルリンク・モテギ。初戦と同じく、六周での勝負となる。

 今回は今までと違って、第二週の週末に開催となる。来週からは学生は夏休みになるところが多いので、より多くの集客が見込めるレース開催が優先されたのだろうか。もしかしたら、まだ市民権を得ているわけでも無いスラッグレースが週末のスケジュールを使えること自体、凄いことなのかも知れないけど。

 しかし……、このサーキットで思い出すのは、あの、地獄の苦しみ。あれから早三ヶ月。今となっては、それも良い想い出だ。……ホントウデスッテバ。

 あの後も一度、学校行事の振替休日を利用して、ほぼ丸一日このサーキットを走らせてもらえる機会があったが、初めてパワーアシスト付きでこのコースを走った時には変な感動が湧き上がり、苦しみを分かち合った四人は涙さえ浮かべて、無言で抱き合ったものだ……。

 まあそれはともかく。

 このサーキットはホンドのホームコースということで、後方グリッドからのスタートにもかかわらず、私達は優勝候補と目されているそうだ。

 そして私達は現在、ポイントランキングのトップでもあるため、マークが前回以上に厳しくなることが予想される、というのが茉奈さんの見解だ。

 ――そういえば、ポイントの説明がまだだった。

 ポイントは、順位に応じて与えられ、この合計点で年間順位を競う。

 与えられるのは、一位が十ポイント、二位が七ポイント、三位が五ポイント、四位が三ポイント、五位が一ポイント、六位と七位がノーポイントとなっている。

 現在、二戦を終えて、一位は十二ポイントの私達、煌女。二位が十一ポイントの白清女子附属、三位が十ポイントの新港湾だ。優勝候補の豊加は七ポイントで五位。前回ノーポイントだったのは痛恨だろう。

 まだシーズンは三分の二を残しているので総合順位のことを言うのは時期尚早かも知れないが、前回私達が最後まで諦めずに一つ順位を上げたことで現在トップになっていることを考えれば、一ポイントでも多く取りに行く姿勢は最後まで絶対に忘れたくないと改めて思う。

 ――そうそう、レギュレーションについては、もう一つあった。

 私達がこの第三戦で優勝候補に上げられている根拠にも関わることだが、今回からレース中の順位の下位五人に速度上限の限定的解除、いわゆるブーストが導入される。

 ブーストされるのは出力ではなく、あくまで速度上限のうえ、その上げ幅も時速五キロ分程度で、更に前戦までの年間順位に応じた制限時間も決められるが、使えるというのなら有用な利用方法を考えるだけだ。

 まあ、前回、豊加と新港湾が早々に蚊帳の外になってしまったことを考えれば、観客側にも配慮したルールなのかも知れない。

 ともあれ、そのブーストの感触や、アーマの保冷機能の恩恵なども確かめて、土曜のテストランは何事も無く終了したのだった。


 日曜日、快晴。午後一時半のレース開始を前に、気温は既に真夏日を越えている。

 路面温度は更に高い状況で、午前中に行われたプロのレースではタイヤバーストによるリタイアも出ている。

 プロのレースは私達の倍以上の距離を走ることもあって、路面温度が一定以上の場合はピットインしてのタイヤ交換が義務づけられるが、それが間に合わなかったのだろう。或いは、他チームとの兼ね合いでピットインを遅らせる作戦などが原因だったりするのかも知れないが。

 いずれにせよ、私達も油断は出来ない。奏さんからは、少しでも異変を感じたら報告するように言われている。言われたのは響と一緒にいた時なので、私が信用されていないというわけでは決して無い、と信じている。

 響といえば、今回はランナ選考レースを部内で開催して出場者を決めた。これは、響と樹里が一緒に真智さんに提案したらしい。

 二人とも実際にレースを経験してから、やる気が漲っているような気がする。そして、私もそれに触発されて、凄く練習に集中できてる実感がある。

 三人が集まれば、話すのはほとんどがスラッグのこと。女子高生の会話としてはどうなのかと思わないこともなかったが、今はそれが一番楽しいからしょうがない。他のことに余計な色気を出して中途半端になるのが一番後悔するのだろうという予感のようなものもある。だからこれが、私達の一番輝ける青春だ。

 なんてことを頭の片隅で考えつつ、揺らめく路面でのフォーメーションラップを終えた。


 レース、スタート。

 すぐ前方の浜中は、セカンドの後ろにエースを置いた。ブーストが後ろの五人までということで、予想通りの動きだ。

 それ以外に目立った動きは無く、第一コーナへの侵入もハプニングは起こらず、落ち着いた立ち上がり。

 道中は豊加が新港湾との差を詰めていき、後ろもそのペースに引っ張られるように少しずつ差を縮めていく。――想定していた中では、私達にとって最も望ましい展開になった。

 そして、ヘアピンに差し掛かる。

《未玖、後ろは気にしないで良いからね》

「了解、任せといて」

 ブースト可能な時間は、前を走る総合四位の浜中は四十秒で、私達の後ろ、総合二位の白清は二十秒だ。

 私達に与えられたのは、たった十秒。この長いダウンヒルで消化するには短すぎるように思える。

 だが、直線の全てを最高速で走れるわけじゃない。それに、直線の終わり、90ディグリーズへの侵入はスピードが速すぎても危険だ。自然、心理的な抑制も利くだろう。

 そして私は、度胸試しなら誰にも負けるつもりは無い。

 ――だから私達は、ここで一気に勝負に出る。

 ヘアピンからの立ち上がり、浜中エースにぴったりと付く。

 さあ、もうすぐ下りに入る。

 浜中エースは最小限インに出てブーストをオン、更に加速を始めてセカンドと順位を入れ替わり、浜海セカンドに迫る。

 私は浜中エースについていくように動き、浜中セカンドの横、やや後方に並び掛けて浜中エースとの間に割り込まれるのを防ぐ。

 加速する浜中エースとは少し差が開くが、私とほぼ同じスピードで走る浜中セカンドが私の前を塞ぐことはもう出来ない。

 浜中セカンドがブースト権利を得るのは順位が変わってから五秒後。並んでしまえば、まだ私の前には出られない。

 浜中セカンドの後ろは響が蓋をしている。後ろにランナがいる状態での故意の急減速はチームペナルティの対象だ。浜中セカンドと浜海セカンドが急にスピードを落として後ろに下がり、私にブーストを使わせないような事態は起こらないはずだ。

 そして私もブーストを入れて、下り勾配も利用して最大限加速。

 すぐに浜中エースの背中が迫る。それはスリップストリームのおかげ、というわけでも無さそうだ。僅かな差とはいえ、ブーストで未知のスピードに入り、更にそれがこの下りで、彼女は無意識に躊躇いが出ているのかも知れない。

 私はもう一つインに出て、一気に抜きに掛かる。

 同時に浜海、更に平学もパスしていく。思ったよりも速い私達に対応が遅れたか。彼女たちも急な動きをして進路妨害でペナルティはもらいたくないだろう。

 それでも浜中のエースはそちらも気になったか、僅かにスピードが落ちたのを見逃さず、私は彼女の前に入り込んだ。

 ブーストはもう終わる。だが、コーナも近付く。それに備え、体勢を整える。

 すぐ前では、豊加と新港湾のエース同士、セカンド同士が並んでいる。豊加がイン側。ブレーキング勝負になる。

 でもきっと、豊加は勝つ。そのイメージで自分の走りを想像する。

 私もブレーキングをギリギリまで我慢、豊加のセカンドの横に飛び出す。

 ブレーキングは、ロックしない限界を攻める。

 私の強引にも見えるだろう動きに、豊加セカンド、新港湾のエースとセカンドは腰が引けたか。

 コーナリング。アウトギリギリに膨らむ。外側の左足をギリギリまで右足に引き付ける。その左足が――、ガチッ!

 縁石を掠めた!

 ――だけど、大丈夫! バランスも、グリップも、失わない。

 一気に前に出た!

 そこから加速してすぐ前の豊加エースを追いかける。

 しっかり後ろに付いて、焦らずにじわりと差を詰めていく。

《……ごめん、見入っちゃった。心臓に悪いよ、未玖。取りあえず、未玖、ポジション・ツー。後ろに新港湾エース、浜松中央エース、豊加セカンド、そして響、ポジション・ファイブ》

《未玖が飛び込んだ後ろの人達がかなりスピード落としてましたけど、進路妨害とか大丈夫ですか? おかげで私も前に出られましたけど》

《未玖がコースアウトしてたら無謀だって判断されたかも知れないけど、ちゃんとコースに残って走ってるからな、あの場所はそういう所だって認識もみんな持ってるだろうし、接触も無い。大丈夫のはずだ。とにかく、一周目は上出来だ。引き続き、気を引き締めて行こう》

「了解」

《了解》

 そんな通信をしながら、豊加になんとか離されないようにコーナを曲がる。

 最終コーナを立ち上がり、メインストレートへ。最終コーナ立ち上がりの加速で差を詰める。

 そして二周目。

 第一コーナ、ブレーキングで前に出るが、すぐにインから抜き返される。

 だが、それは想定済みだ。更にクロスラインを取ってインに飛び込んでいく。

 でも、少し足りない。

 流石に簡単にはやらせてくれない。でもだからこそ、ワクワクもする。

 さあ、まだまだ焦らず、しっかり後ろに付いてプレッシャを与えていこう――。


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