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3rd Lap.訪れるは初めてのサーキット

 私が正式にスラッグ部へ入部してから、二週間が経った。

 だけど、入部してからの活動と言えば、ルールの確認だったり、他のモータスポーツの映像を見てのコース確認やレースのイロハを学んだりといった座学、他にはVRモニタを使ってのイメージトレーニングなど。並行して基本的な体力、筋力のトレーニングも行ってきた。

 結局、この二週間でスラッグに触ったのは、あの入学式の日だけだった。

 ――私が無茶したせいで触らせてもらえないの!?

 と思って聞いてみたが、どうやらそうでは無いらしい。

 何でも、普及用のスラッグと競技用のスラッグではかなり感覚が違うため、レースに参加する私達は、普及用に慣れてしまうのはあまり宜しくないそうだ。

 そして、競技用スラッグは安全性のために、今はまだ個々のサイズに合わせたオーダメイドで製造する必要があるので、完成までに時間が掛かってしまっているのだという。

 確かに、入部して最初に行われたのは、身体測定だった。足のサイズだけでなく全身のサイズを測られたので、それがスラッグのためとは考えてなかったけど。

 それはともかく。スラッグに触れもしなかったのは、昨日までのこと!

 今日は学校が休みの土曜日、早起きをした私達は、いよいよ完成したスラッグを試すため、栃木県までやって来ている。

『デュアルリンク・モテギ』。

 それが今、私達が訪れている場所の名前。

 予定では今シーズンの第三戦の舞台でもあるこのサーキットは運営会社が本戸技研の系列だそうで、今回はプロチームの人達との合同テストという形で、素晴らしい舞台での初走行の機会が訪れたのだった。

 南ゲートをくぐり、そのまま車の自動運転で道なりに暫く運ばれて行って辿り着いたのは、パドックと呼ぶ場所らしい。

 奏さんに聞いたところ、パドックとは大雑把に言えばピット裏のスペースで、今は大きめの車両が三台止まっているくらいだが、四輪や二輪のレースになれば各チームの設備などが並び、更には各々が色々と趣向を凝らしたり凝らさなかったりして賑わうのだそうだ。

「おはようございます、関屋さん」

 辺りを見回しながら先ほど聞いたことを思い返していると、奏さんが知り合いなのであろう男性に声を掛けている。

「やあ! おはよう、奏ちゃん。君たちの荷物は十番のガレージに運んであるからね」

「ありがとうございます――」

 その後もこの後の打ち合わせなのか、あれこれと話を続けている奏さんをそのままに、響の案内でピットへ向かう。

 そうそう、正式にスラッグ部に入部してからは、チームとしての結束を高めるため、と言うことで、全員名前で呼び合うことになったのだ。とはいえ、流石に先輩を呼び捨ては気が引けるので、そこは、さん付けだけど。

 ピットガレージに足を踏み入れると、思っていたよりも殺風景な光景が目に映った。でも、そう感じたのは、レース中のピットの映像しか見たことがないからなのだろう。

 壁際には四つの、人がすっぽり入ってしまいそうなくらい大きなケースが置いてあり、これが強烈な存在感を放っている、と言うよりも、これくらいしか目立ったものが置いてないだけとも言える。

 ……いや、ついそれに注目してしまうのは、それが私の求めているものだろうというのが一番の理由か。

「真智さん、真智さん、あれ、あれ、ですよね? ですよね!」

「……そうだね、未玖くん。あれが、あれこそが、私達のスラッグだッ!」

 そうして、テンションの上がった私は、付き合いの良い真智さんに心の中でこっそり感謝つつ、いよいよ競技用スラッグと対面するのだった。


「おおー! 全然違いますねー!」

 ケースを開けてまず目に付いたのは、首元から足首辺りまで、ほぼ全身を覆う形のスーツだ。

 夜空をイメージした濃紺の地にゴールドで幾何学模様の柄や縁取りが施されていて、胸元には校章が燦然と輝いている。

 やや厚手なのは、安全性確保だけでなく、防暑防寒用の液体循環式冷温装置や、制御に必要な各種センサ、更にはちょっとしたパワーアシストというか、姿勢維持を補助する装置なども内蔵されているからだそうだ。冷温装置の液体はそれ自体が緩衝材の役割も兼ねているそうで、安全性向上に貢献しているらしい。

 普及用ではパーツに分かれていたプロテクタが一つに統合され、更に機能性や信頼性を増したこのスーツを『アーマ』と呼び、これがきっと私に安心感や勇気を与えてくれるだろう、と、丁寧に教えてくれた奏さんだったが、「だからといって最初のような無茶はしないように」と、私に釘を刺すのも忘れなかった。

「……流石にこんなに高そうなものを、初日で痛めるような無茶はしませんよ」

 と言った私を見るみんなの目が、疑いの色を湛えていたのはきっと気のせいだ、……と良いな。

 おほん。もちろん、普及用と違うのはそれだけじゃない。

 スラッグ自体もより重厚感を増し、前後の長さが増してタイヤの数も八つに増え、タイヤ自体も質が違うように見える。足首周りを保護している部分にはスーツと接続する部分もあって、そこから背中に背負う形の制御装置と繋がり、より高度で細やかな制御が行われるそうだ。足の膝下前半分を覆う形の周りよりも上に飛び出している部分は、脛を護る為だけでなく、前方への可動域を制限されているが、それによって前傾姿勢を支える役目も果たすらしい。脛でアクセルを踏み込むイメージに近いかも知れない、なんて奏さんには言われたが、一般車両はほとんどが自動運転なので、その例えはいまいちピンとこなかったりする。

 ヘルメットは二輪や四輪のレース同様のフルフェイスで、見た目はさほど特別な部分はないように見えるけれど、首の後ろでスラッグと同じようにスーツと接続する形になっていて、シールド部モニタへ表示する各種情報の伝達や、冷温装置ともそこで繋がる形になる。もちろん、ヘルメット本来の役割である頭部の保護も世界最高峰の性能を誇るそうだ。

 そして、見た目で一番分かりやすい大きな違いが、ACUエアロ・コントロール・ユニットだろう。

 肩に乗せる形で装着するパーツは、さほど大型というわけではないが、ぱっと見は砲身の短いナントカキャノンと名前が付くロボットのようかも知れない。ただ、その前後に付いている口から出てくるのはミサイルでもレーザービームでもなく、気体だ。

 腰回りに装着するパーツから吸い込んだ空気に内部で何らかの物質を加えて、その混合気体を前方に吹き出すことで動的キャノピィとでもいうものを生成し、向かい風を防いだり、クルマで言うエアロパーツのような働きをするのだそうだ。後部の排気口は反力を相殺するためのもので、それによって推進力を得るのはレギュレーション違反になるとのこと。良く分からないけどそれだけでも凄い技術らしい。

 更に、高速走行中に刻一刻と変化する状況にほぼタイムラグ無しで対応できるのは、各種センサの高性能化やコンピュータの処理能力の向上、予測AIの進化など、最新鋭の技術が結集されているからだ、というようなことを、本戸姉妹が代わる代わる教えてくれた。

 蛇足だが、説明してる時の響は、ちょっとだけ“ドヤッ”とした表情をしていて、なんとなく微笑ましく思いました、まる。


 最初にテスト走行を行うのは、私と真智さんだ。

 響は奏さんと、樹里は茉奈さんと一緒になって、先にエンジニア側の勉強を行うようだ。

 私と真智さんがスラッグの装着を終えると、みんなでピットレーンを横切り、企業の人達が設置しておいてくれたピットウォールスタンドへ。

 そこで茉奈さんと樹里がPCを接続し、何やら設定などをしていたが、それもすぐに完了した。

「それじゃ、システム、ウェイクアップ」

 と言いながら、ただ電源ボタンを押しただけなのだが、そんな言い方も、奏さんがやると全く嫌みがなく様になっている。……私だったら「ポチッとな」と、古典的な作法で行うところだ。

「……正常に起動したわね? それでは、モニタリングシステムとの同期を確認します。真智、未玖、少しこのピットレーンを走ってみて。あ、言うまでもないけど、制限速度は厳守。今は三十キロメートル毎時よ」

 そして私は、慎重に真智さんの後を追うようにして走りだす。

 時速三十キロと言えば、普及用スラッグの全速よりも少し遅い程度。実際にそのスピードで走ってみると、これでも充分早く感じる。だが、今期のレースでの速度上限はおおよそ時速百二十キロだ(実際はもっと速く走れるが、レギュレーションでクラス毎にリミットが設定されているので、ソフト的に制限を掛けているそうだ)。

 ――この四倍のスピードというのは、どんな世界なんだろう?

 そう考えても、恐怖はあまり感じない。不安は、ちょっとだけある。期待は……、とてつもなく大きい。

 そんなことを思いながら端から端へぐるりと廻ってピットスタンドへ戻る。どうやら走行時の状況は正常にモニタできたようだ。スラッグ、アーマ各部の動作も問題なし。

 各部ダメージのモニタリングは故意に試すわけにもいかないので、チェックは切り上げ、いよいよサーキット走行に移る。

《無線も問題ないわね。それでは、まずはピットロードからコースに出て一周、時速四十キロ前後でゆっくりとコースを確認。その次はもう少しスピードを上げて、もう一周。イメージトレーニングと実際に走る時の感覚の違いを良く確認しながら走ってね。そうしたらコントロールライン手前で一度ストップして、実際のレース同様にグリッドに並んでスタートしましょう。そこから走るのは二周。一週目は慎重に、二週目は無理をしない範囲でレースを想定して走りましょうか。真智も未玖も夢中になって忘れないように》

《ラジャ》

「了解です」

 奏さんとの通信を終了してコースへ向かおうとしたら、また無線が入った。

《二人とも、気をつけて。本番で実力を発揮するには練習も全力で取り組むべきだけど、怪我をして本番に出られないんじゃ意味がないわ。まだ最初だし、安全第一で、ね?》

 その通信の主は、文字媒体では全く存在感が感じられなかっただろうけど、もし映像媒体なら先ほどからチラチラと見切れていたであろう女性、つまり、顧問の星野聡美先生だ。

 先生は学生時代はバレーボールの選手だったが、大切な試合を怪我で棒に振った経験があるそうで、自己管理の大切さをその時の悔しさと共に口を酸っぱくして教えてくれている。でも、決して厳しいだけの人ではない。

「あ、なんか先生の声を久しぶりに聞いたような気がします」

《……朝は弱いのよ……》

 そんな風に、ちょっとからかいたくなるような、親しみやすさや愛嬌を持った、素敵な先生なのだ。これから先も存在感が薄いかも知れないが、いつも私達の側にいることを忘れないであげて欲しい。

「アハハ。……それじゃ、先生の忠告を胸に、気をつけて行ってきます」

《ええ、その上で頑張ってね》

《それじゃ、行こうか、未玖》

「はい!」

 そうして私は、初めてのコースへ足を踏み入れたのだった。


 ピットロードを出ると、すぐに見えてくるのは右へ曲がる第一コーナ。一週目は無線から奏さんのコース案内付きだ。

 第一コーナはいわゆる直角コーナだが、同じく右への直角コーナの第二コーナとの複合コーナとして一つの回転半径でラインを取るのがセオリィで、スラッグでもそれは有効らしい。

 二つの直角コーナを折り返すと、ストレート。そして、メインストレートに近い距離を走ったところで左へ曲がる第三コーナ。

 第三コーナは直角よりも厳しいコーナで、この後の左に曲がる緩めの第四コーナと合わせて、その先に続くストレートへ良い形で立ち上がるためにも、しっかりとしたブレーキングが必要だということを強調された。

 ……確かに私の場合は、速さに対する恐怖はあまりないから、逆にスピードを落とす方に勇気が必要なのかも知れない。

 第四コーナからやや下りのストレートをスピードに乗って走ると、待っているのは九十度よりも鋭く右に曲がる第五コーナ。ここは、よりスピードが出ている分、第三コーナよりもブレーキングが難しくなる上、バトルになりやすい地点でもあるらしい。

 その第五コーナを立ち上がると、目の前にはトンネル。その先はいわゆる『130ラディウス』と呼ばれる右への緩いコーナで、この辺りは全開のままで走り抜けられるそうだ。まだ想像だけど、全開のまま曲がるのって、普通にストレートを全開で飛ばすより、なんとなく好きかも?

 ただ、その先には左、右と連続するS字コーナがあるので、そこを出来るだけ直線的に抜けるための準備も忘れてはいけない。

 また、この辺りからヘアピンコーナまでは上り勾配が続いているので、ブレーキは利きやすくなるが、必要以上にスピードを落としすぎると加速が鈍っているのでロスが大きくなるだろう。S字はあまりスピードを落とさずに走り抜けられるようだが、その分余計にその先の、左へのV字コーナは注意が必要かも知れない。とはいえ、そのV字コーナは奥の方がなんか難しくなってるらしいので、ブレーキが弱すぎても宜しくないようだ。

 V字をパスして上っていくと、右に曲がって綺麗にUターンする形のヘアピンコーナへ。

 このヘアピンの先はこのコースで最もスピードの出る『ダウンヒル・ストレート』が待ち受けているので、ヘアピン自体は無理をせずセオリィ通りのライン取りでしっかり立ち上がることを意識するのが良いだろうとのこと。

 で、そのダウンヒルストレートだが、下りと聞いていた割にはそれほど……、なんて思っていたら、急に来た。坂が、いや、崖が。

 まあ、流石に崖は言い過ぎかも知れないけど、割と度胸満点に見える真智さんでもここに差し掛かるところで《うわ……》と言っていたので、結構な恐怖感があると言えるだろう。私の主観ではあるが、映像で見るのと実際にここに立つのでは印象がまるで違う。

 私の場合は、つい「うひゃあ!(喜び)」という声が出たわけだが、無線の向こうの沈黙はきっと私の勇気に感動してものが言えなかったのだろう。……呆れていたわけではない、と信じたい。

 ともかく、そんな坂を下ったところには右へ曲がる『90ディグリーズコーナ』で、ここもハイスピードからのブレーキングということで意図せずとも接近戦になりやすいポイントのようだ。

 そこを上手く曲がれれば、二つ目のトンネルをくぐって、左へ曲がるコーナが二つ続いてからの右へ曲がるラストの『ヴィクトリィコーナ』。この最後の部分は、二輪でも四輪でも地味に難しいと言われたりするところらしい。

 確かに、一つ目の左カーブの先の道が広くなっていて感覚が惑わされたり、最後は曲がりながら坂を上る形になっていたり、スラッグでも気の抜けないところではありそうだ。

 そして最後は直線でフィニッシュ。一週目はゆっくりだったこともあって、恙無く終了した。


 二週目に入る直前、真智さんから無線が入った。

《未玖、先に行くか?》

 その提案に、少し迷って、真智さんの走りを参考にすることも考えたけど、それよりも自分自身の感覚を大切にするために、その申し出を受けることにした。

「はい、行きます」

《オッケ。それじゃ私は少し待ってから追いかける。いきなり速く走ろうなんて考えず、未玖なりに色々試したり確認しながら走ってみな》

「はい!」

 返事とほぼ同時にコントロールラインを越える。

 そして、そのタイミングで今まで以上に前に体重を掛ける。

 グッ! と加速感。真智さんを追い抜いていく。

 ――速い! そして、気持ち良い!

 カーブに備えて外へ移り、カーブ手前で少し重心を戻し、そして、曲がる。

 風の抵抗はあまり感じない。スーツのせいかもしれないが、でもACUがバッチリ働いているのだろう。

 身体が出口方向へ向いたところで加速してコーナを脱出する。

 ゆっくめに廻っていたさっきと違って、加速時やブレーキ時、グッと身体に掛かる力をより強く感じる。これがいわゆる“G”というものだろう。

 まだ全速ではないのに、姿勢を維持するのに結構力が要るように感じる。姿勢の乱れは、主に重心の動きで操作するスラッグにとって致命的にもなりかねないから、筋トレをしっかりやれと言われていた意味が正に身を以て理解できる。

 次のコーナに向けて、ストレートの反対側につける。次はしっかり減速しろと注意された最初のコーナだ。

 コーナ手前で重心を後ろへ。前へ向かう慣性に逆らう形になるが、あまり後ろへ身体を倒すように意識するとスラッグが止まってしまう。

 だけど、あまり難しく考えなくても、思ったよりも感覚的にスラッグは追従してくれた。

 しっかり減速して、コーナのインを掠めるようにぐいっと曲がる。

 ごく短い直線のアウトに膨らみ、第四コーナのインの奥側へ向かうように曲がっていく。

 まだまだ全開ではないが、さっきよりもだいぶ速いスピードだ。それでも加速しながら直線の奥に飛び出すことなく、しっかり曲がることが出来た。

 またストレートのアウトにつけ、下りでスピードを出しすぎないように気をつけつつ、更に加速。シールド内側に表示されているスピードメータを気にして、90を越える辺りで自重。

 第三コーナよりも早めに、慎重に減速して第五コーナをパス。

 直線アウト側を加速して進み、次のコーナの内側を目がけて飛び込んでいく。

 低速域では二輪や四輪と比べて小回りの利くスラッグだが、高速域では意外と旋回性能は高くない。その為、速度を落とさなければいけないコーナは意外と多いそうだ。でもだからこそ、減速せず曲がれるコーナというのは魅力的に映るのかも知れない。

 その130Rを走っていると、グゥッと横からの力を受ける。思ったよりも姿勢を保つのがキツい。キツいんだけど……、楽しいのは何故!?

 だがいつまでも楽しんではいられない。次のS字は登りなので見通しが良くない。集中しないと。

 S字を出来るだけ小さい回転半径のラインを意識して走る。だけど、抜けてすぐ反対側につけてV字に備えないといけないので、全く気が抜けない。

 V字も慎重にインをなめてパス。直線を登っていく。何も知らない一週目の時は一瞬この先のピットロードに向かいそうになってしまったが、同じ轍は踏まない。

 ヘアピンはひとまずは充分に減速してインベタで走る。立ち上がりを急ぎすぎないように意識して、いよいよダウンヒルへ。

 順調に加速して坂に差し掛かる。そして、いざ大滑降!

 と、気合いを入れたのは良いんだけど、このスピードで、これだけの下り坂で重心を前に傾けるのは、精神的、身体的、共にかなり緊張する。

 スラッグの重量感と高性能なタイヤのグリップは足元をしっかりコースに縫い付けてくれているけど、速度を維持するための姿勢を維持するのもかなり筋力的な負担が掛かる。理由がフィジカルであれメンタルであれ、腰が引けてしまえば当然スピードは落ちるだろう。

 今は更に全開にならないようにも気をつけている。だけど次のコーナにも備えないといけないので、内面ばかりに意識を向けているわけにはいかない。

 また早めに減速を開始。余裕を持って直角コーナを曲がり、トンネルへ。

 緩い左カーブを曲がる。変わる道幅や、目に映るショートカットロードやピットロードに惑わされず、最後のS字を綺麗に立ち上がるラインを意識して左コーナを掠め、直線的に右コーナのインについて上っていく。

 後は真っ直ぐ。そして、コントロールラインを、越えた。


 減速して、ふぅ、と一息吐いたところで奏さんから無線が入った。

《お帰りなさい。ちゃんと私の話を聞いてたみたいね。最初にしては良い走りだったと思うわ》

「ありがとうございます。でも、スラッグが思ったように動いてくれるからっていうのもありますよ。奏さんや茉奈さんのおかげですね」

 そんな話をしていたら、真智さんが戻ってきた。

《よっしょっ、ただいまー。奏、どうだった?》

《お帰りなさい。ライン取りは問題なし。スピードはもう少し上を試しても良かったんじゃないかしら? タイヤ状況は、こちらでモニタしてる感じでは未玖の方が消耗が大きそうね。二人とも、実際の消耗を見たいから一度戻ってきてくれる?》

《ラジャー》

「了解でーっす」

 そのまま進んでピットロード出口側から戻ると、途中でプロチームの人達が拍手してくれたり、サムズアップしてくれていた。

 ――こういうのって、なんか良いな。

 そんな、ささやかな嬉しさを胸に感じながら会釈を返して、私達はガレージへ戻っていったのだった。


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