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Final Lap.速いは煌めきの乙女たち

 最終戦本戦、当日。天気は快晴に恵まれ、観客も過去最高となる三万人超を記録しているらしい。

 結局、雲行きが怪しかった第四戦も天気は最後まで保ったし、雨に降られたのは初戦だけだったな、なんて、ちょっとした感慨と共に思い返す。初戦に悔しさを味わって以来、それなりにウェットコンディションでの練習もしていたが、その成果が発揮される場面が無かったことは、ちょっとだけ残念にも思えるけど。まあ、得意だ、と言うほどでもないので、私にとっては良かったのだろう。

 ともあれ、気持ちの良い天気だけでなく、スタンドやパドックから漂う昂揚感に当てられて、私の気持ちも昂ってきている。今行われている、男子の表彰式が終われば、そう時間を待たずに私達のレースが始まる時間になる。それまでに落ち着かないと……。

「よし! それじゃ、最後の確認をしようか」

 パン! と手を叩いて注目を集めた真智さんが、そう言って私達を集める。

「昨日も言ったけど、ここまで来たらもう、小細工は無しだ。幸い、未玖も響も、想定していた中でベストに近いマッチベターな結果を出してくれたから、ただ全力で走り抜けば、結果は付いてくる。スラッグは、奏と茉奈が完璧に仕上げてくれた。樹里や先生だって、これから出来ることは無くても、今日の為にこれまでベストを尽くしてくれた。私はこうして声を掛けるくらいしか出来ないけど、私に出来るベストを尽くす。だから後は……」

 そこで真智さんは一呼吸置いて、そしてまずは響に向かって口を開く。

「響も今日は余計なことを考えずに全力でぶつかってくれたら良い。前のお嬢は強敵だけど、ウチが豊加みたいなワンマンチームじゃないってこと、見せてやれ!」

「はい!」

 真智さんは、響の力強い返事に頷いて、そして今度は私に向かう。

「未玖は……、さっきからそわそわしてるみたいだけど、難しく考える必要は無いよ。未玖なら、どうせコースに出ちゃえば、ドン、と肝が据わるんだから。そしたらまた未玖らしく、無茶でも何でもしてくれたら良い。だから……。だから、未玖らしく、一番速く、帰ってこい!」

「……ハイッ!!」

 真智さんの言葉から、そして、みんなの視線から、微笑みから、私への信頼を感じた。

 そのせいで、ちょっと泣きそうになって、私の声は、少しだけ、震えた。

 そんな自分をごまかすように、私は更に声を張り上げた。

「円陣を組みましょう!!」

「……いきなりどうしたのよ、未玖?」

「まあまあ奏。そういえばそういったこと今までやらなかったし、最後くらい良いじゃん。な、茉奈?」

「そうね、良いと思う」

「じゃあ、肩を組みましょう! ほらほら、樹里も、先生も、こっち来て」

「……うん」

「……青春ねぇ……」

 そうして、みんなが肩を組んで円になる。

「えっと……、未玖、ここからどうするの?」

「えっ? うーん、じゃあ、私が掛け声やるんで、それに続いてみんなで、「オーッ!!」って、奇をてらっても仕方ないんで、良くある感じで。あっ、掛け声は真智さんの方が良いか……」

「いや、エースである未玖に任せる」

「分かりました。それじゃ……行くよ?」

 みんなが頷いてくれたのを確認して、おなかから声を出す。

「煌女ーッ! ファイッ!!」

「オーッ!!」

 みんなの声は一つに。

 それは、みんなの心も一つだという証明のように思えた。


 フォーメーションラップを終えて、グリッドに付く。

 上体を軽く前後させて、スラッグを微妙に前後させながらその場に留まる。スラッグの感覚を確かめるために、今では癖のように染みついたその動作が自然と出てきた。身体が適度にリラックスできている証拠だ。

 一人で並ぶのは初めてのことだが、想像していたよりも心細くない。真智さんの言うとおり、肝が据わったのかも知れない。

 ランプが点灯する。動きを止めて、スタートに備える。

 そして、レッドシグナルが……消えると同時に、スタート!

 ジャンプスタートは無く、みんな綺麗にスタートしたようだ。

 オーヴァテイクのチャレンジが多い第一コーナも、スタート直後では波乱も無い。

 静かな立ち上がり。その静けさが嵐の前触れかも知れない、なんて不安は私には全く無くて、体も心も充実しているのを感じていた。


 三周目。後ろの方では順位の変動が出始めているが、私はトップを守っている。

 立川さんとの差は、ヘアピンやシケインのような大きめの減速が必要なコーナでは見た目の差は縮まるが、実質的には縮まっていない。逆に言えば、私がミス無く走っているにも拘わらず、全然引き離せてもいないので、一つでもミスをしたら簡単に捉えられるだろう。

 その、起こるかどうか分からないミスを、立川さんが虎視眈々と狙っているのが分かる。分かるから、私は緊張感を強いられる。

 でも、それが、楽しい。

 ドキドキするような緊張感は、私の身体を萎縮させるものでは無く、むしろ集中力をより深化させてくれる気がする。その先に、いつかも感じた、きっとゾーンと呼ばれる感覚がある。そして、彼女の存在が私をそこへ導いてくれている、そんな予感がある。

 下り勾配の西ストレートでは、バックモニタに響の姿も確認できる。

 響もまた、私に、そして、私に付いてくる立川さんに、食らいついている。

 その事実がまた、私をワクワクさせる。

 きっと今、私は笑顔だ。昨日にも、ふと感じた幸せを、もっと強く大きく感じて、笑いながら走っているんだ――。


 四周目、立川さんは私に対して揺さぶりを掛けてきた。

 ヘアピンで、シケインで、インに飛び込もうとしてくる。

 スプーンで、インに潜り込もうとしてくる。

 五周目も同様に。

 第一コーナから第二コーナへの減速のタイミングで、ヘアピンで、200Rシケインで、スプーンで、最終コーナ手前のシケインで。彼女は何度だって諦めずに私を誘い、ミスを突こうとしてくる。

 それは普通に走るよりもずっと大変だと思う。しかも、自分自身もミスは許されない状況で。

 なんて凄い精神力、なんて凄い集中力。

 私も追う立場なら、同じようにチャレンジするだろう。それでもやっぱり、彼女に感服する。

 だけど、だからこそ、私も私の全力を以て受けて立ち、トップをキープし続けた。

 私は多分、立川さんの技術を信頼している。多少強引に見える走りでも、彼女は私を巻き込んでクラッシュするような事はしない、そんな、確信めいた信頼感がある。彼女にとっては皮肉的かも知れないけど、きっと、そのせいで私は冷静さを失わずに走れていた。

 そうして私はトップを維持したまま、いよいよレースはファイナルラップに突入する。

《……未玖、ファイナルラップ》

 真智さんからの、それだけの無線。その声が早くも震えているように聞こえたのは気のせいじゃないように思う。

 それはつまり、私がこのままトップで走りきることを疑っていないということ。その信頼には、応えたい。

 タイヤのグリップも問題ない。スラッグ自体に問題が起こる事なんて、端っから心配していない。だって、奏さんの仕事だから。

 身体は疲れを感じている。でも、スラッグは私に違和感を感じさせず、思い通りに追従してくれている。茉奈さんのセッティングのおかげだ。

 もちろん響だって、樹里だって、ついでに先生だって、それぞれの仕事にベストを尽くしている。

 だったら後は、私が私のやるべき事を、果たすだけだ。


 西ストレート立ち上がりで、立川さんとの差が広がった。

 既にこれまでのレースで最長の距離を走っているし、ここまで彼女は極限の集中状態で走り続けていたのだから、心身共に疲労が出ても不思議じゃない。

 ――結局、スポーツものの漫画などで見ることのある、土壇場で秘めた才能が開花したり、凄い技が咄嗟に生まれたりしての大逆転なんて、現実にはそうそうあるわけじゃない。

 きっと、最後に物を言うのは、日々の積み重ねなのだろう。

 私は、その、日々積み重ねてきたものを、信じることが出来る。

 もし、私独りの努力なら、私はそれを信じ切ることが出来ず、立川さんの執念に屈していただろうと思う。

 でも、私にあるのは、みんなと一緒に積み重ねてきた努力だ。だから、私自身に自信を持つことも出来る。

 それは、きっと、私の独りよがりな想いじゃない。

 その証拠に、ほら。

 バックモニタに映る立川さんのすぐ後ろに、響がいる。

 この先、多分シケインくらいしかオーヴァテイクを狙える場所は無い。

 でも、響は諦めていない。私はそう信じている。

 だから。

 ――私は、一足先に、行ってるよ。


 恐れず、大胆に130Rへ飛び込む。

 シケインは、少し慎重になったけど、大きな遅れは無い。

 後は、最終コーナを曲がって、栄光のゴールへ――。


 チェッカーフラッグがはためく。

「やったっ! やったっ!! やったぁっ……!!」

《おめでとう、未玖。お疲れ様》

 私はそのままウィニング・ランへ向かって――、第一コーナ手前で、止まった。

《……未玖? どうしたの?》

「……かなでざぁん……。だみだで、ばえが、びえだくてぇ……、はしでばじぇん……」

《涙で、前が、見えなくて? 走れません?》

「……そうでず」

《そう、仕方ないわね。……こっちも、真智が号泣しちゃって使い物にならなくてね》

 そう言う奏さんの声も、震えている。――なんて、今それを指摘するのはきっと、野暮というものだろう。

 そんな会話をしている私に、誰かが飛びついてきて、そのまま二人、倒れ込む。いや、この場で飛びついてくる人間なんて、一人しかいない。

《っ…………うぅっ……》

 響は何か言おうとしたみたいだけど、出てくるのは嗚咽だけだった。

《響も、最後は惜しかったけど、良くやったわ。お疲れ様。そして、改めておめでとう、二人とも。……それに……、ありがとう、未玖》

 その言葉に、落ち着き掛けていた涙がまた溢れ出して。私と響が落ち着くまで、しばらくの時間が掛かった――。


 そして。

「…………奏さん?」

《未玖? 聞こえているわよ》

「奏さん、その……、私の方こそ、ありがとうございます。私は、独りじゃなかったから、勝てました。きっと、私がトップに立てたのは、みんなが私を押し上げてくれたおかげです」

《それは……。ううん、そうね。私は、私達が貴女に引っ張り上げられたと感じているけど、きっと、どっちも正しいのね》

「はい、そう思います」

《うん、それが、チームというものなのでしょうね》

「……それと、もう一つ、ありがとうございます、奏さん」

《ん?》

「私と、出逢ってくれて」

《ふふっ。何それ。……もう、そんな素敵な台詞は、恋人のためにでも取っておきなさい》

「ははっ。そうですね!」

 こうして私は、最終戦をポール・トゥ・ウィンで飾ったのだった。


 この場に立つのは二度目だけど、今度はより感慨深い。

「――続いて、最終戦のチャンピオン、そして、シリーズチャンピオンに輝きました、煌華女子高等学校のエース、片山未玖選手にお話を伺います!」

 そう、半年に及ぶ戦いの、頂点に立っているのだから!

 私はどこか夢心地のまま、インタビュアの質問に答えていく。ただただ仲間への感謝ばかり口にしていたような気はする。

「――それでは最後に。来年のスラッグレースでも、高校部門の継続開催が決まっています。ディフェンディングチャンピオンとして臨む、来シーズンの意気込みをお聞かせ下さい!」

「……そうですね、他のチームも、今季の悔しさをバネにもっと成長して挑んでくると思いますけど、私達はチャンピオンとして恥ずかしくないように、もっと強くなって、正々堂々と戦()()()()ないかと思います。王者だけに!」



 ――苦笑だった。

 今日も応援に駆り出された僕は、あの子の顔を見て、もしかしたらまた、という予想はしていた。

 だから、最後にぶっ込んできた駄洒落にも、苦笑程度で済んだのかも知れない。

 そう思っていたのは僕だけではないのだろうか、スタンドには前よりもずっと多い観客がいるけど、あの時のように不思議な空気にはなっていない。

 多分、あの子の歓びが前よりも強くて、その伝播が早いのだろう。

 見れば、スタンドの観客の多くも、つられて笑顔になっている。

 表彰台の隣に立つ、悔しいはずの彼女たちでさえ、笑顔を見せている。

 そこでふと、上司の存在を思い出す。

 三十路手前で、キャリアウーマン、なんて古めかしい呼び方をされる、ちょっと気難しい印象を与える上司。

 あの時は見事な真顔を見せていたその上司を、恐る恐る振り向けば、そこにあったのは、思わずドキッとするような、――笑顔だった。



「なぜか、先生の弟さんが先生よりも目立っている、そんな気がするんですけど。そしてついでに、新しい恋が始まってるような気もするんですけど」

「なんで!? って言うか、片山さん、私の弟の事なんて知ってるの……?」

「いや……デュアルリンクの時の祝勝会で、酔った先生が呼びつけてたじゃないですか……」

「あ、あら、そうだったかしら? オホホホホ……」

 私のきゅぴーんとした直感から、思いがけずデュアルリンクの時の話が出たところで、あの時と同じように立川さんが私達のガレージへやってきた。

「あの……、少しお時間、宜しいかしら?」

「立川さん。うん、大丈夫だよ」

「ありがとうございます。……その、まずは片山さん、そして皆様、優勝おめでとうございます」

「ありがとう。立川さんも、個人ポイントトップ、おめでとう」

「ありがとうございます。ですが、やはりそれは、おまけのようなものですわ」

「そうかな……、私は凄いことだと思うけど……」

「もちろん、わたくしの努力の結果ですから、誇りには思います。ですが……」

「うん、確かに、私が逆の立場なら、素直に喜べないと思う。それでも、やっぱり立川さんは凄いって、私は思うよ」

「あ、ありがとうございます……。オホン。……ですが、豊加は強いと言っていただいても、それは、わたくしが速いというだけのことなのです。対して、煌華女子は、片山さん達、みんなが速かったのです。皆様の優勝は、その結果だったと思います。今日のレース、最後にセカンドの……本戸さんに肉薄されて、そのことを痛感いたしましたの」

「……うん、ありがとう……」

 立川さんのその言葉は、ただ私が褒められるよりも、ずっと嬉しいと感じて、そのグッとこみ上げてくる嬉しさに、声が少し震えた。

「…………ハッ。で、ですからっ! わたくしはそのことを肝に銘じて、来年に向かって準備を進めていきます。来年こそは、わたくし()()が優勝の栄冠を戴きますから、覚悟していて下さいませ!」

 ちょっと泣きそうになった私の方を見て一瞬、ぼぅっとした立川さんだったが、すぐに立ち直って宣戦布告をしてきた。それは、私にとって……願っても無いことだ!

「うん! 私達も、負ける気は無いよ! もっともっと強くなるから、そっちこそ覚悟しててね!」

 そうして私は、幸運にも巡り会えたライバルと、来年の再会を誓い合い、固く握手を交わして、別れたのだった。



 ――こうして、私達の、そして、スラッグレースの、初めてのシーズンは、終わった。

 でも、私達の戦いは続く。

 来年は、レギュレーションの大幅な見直しが検討されているらしいし、新規参入を希望するメーカや学校もあるらしい。

 きっと、今年とはまた違う景色が、目の前に現れてくるのだろう。

 でも、不安は無い。

 私は、独りじゃ無いから。

 来年も、私は大好きな仲間達と、もしかしたらそこに、新しい仲間も加えて、次の戦いに立ち向かっていくのだろう。

 それは、想像するだけで、心が浮き立つような光景だ。

 そして私は、私達は、そこに勝利というより素晴らしい光景を付け加えるために、オフシーズンも走り続ける。

 もっと強く、誰よりも速く、走ることが出来るように――。



 ~速いは煌めきの乙女たち・FINISH~


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