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速いは煌めきの乙女たち  作者: みたよーき


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14/15

13th Lap.臨むは運命の大一番

 十月も半ばを過ぎた。気候はすっかり秋めいて、五月から始まり半年に亘って開催されてきたスラッグレース初めてのシーズンも、いよいよ最終戦を迎える。

 五戦目までを終えて、ポイントランキングトップは三十四ポイントの豊加。次いで三十二ポイントの私達、煌女。三位は浜松中央の二十三ポイントで、一着で十ポイントを得ても豊加に届かないため、年間優勝の行方は豊加と私達の二チームに絞られた。

 私達が優勝する条件は単純明快、この最終戦を一着でフィニッシュすることだ。二着以下でも豊加より先行すればポイントで並ぶケースはあるが、その場合はレギュレーションにより、一着を取った回数の多い豊加がシリーズチャンピオンとなる。豊加が自滅するようなケースは、可能性が無いとは言わないが、考えるだけ無駄だろう。

 その数字だけを見れば豊加が有利に見えるが、最終戦の舞台はスズカ・レースウェイ。私達が夏場に走り込んだホンドのホームサーキットで、その分プレッシャもあるが、やはりアドバンテージの方が大きいだろう。

 また、スタートが前になるほど、アクシデントに巻き込まれる心配も減っていく。今回はスターティンググリッドが予選タイムアタックの速い順に前から並ぶため、単純な速さに自信のある私にとっては有利な点だ。とはいえ、それは即ち、最大のライバルである立川さんにとっても有利と言えるわけで、前向きな材料とは言い切れない面もある。

 ともあれ、色々な状況を想定しておくのは大事だが、机上に空論を並べ立てれば勝てるというものでも無い。

 私は、これまで積み重ねてきたこと全てを、このレースで発揮することに心血を注ぐのみだ。


 土曜日、予選当日。

 朝、ピットガレージへ向かう途中。まだ午前中早めにもかかわらず、パドックには関係者のみならず一般客の姿もそこそこ見えている。

「こんな時間でも意外と一般客もいるんだなぁ……」

 それは、私のほとんど独り言のような呟きだったが、奏さんが答えてくれた。

「この前のトヨカに対抗してるのか、今回はホンド(ウチ)も動員に力を入れてるみたいだし、トヨカも本拠地と言える愛知が近いから、また大勢の人が来るらしいし。まあ、最終戦だし、どっちも優勝のかかるレースがあるから、それも仕方ないのかも知れないわね。そういう人達を一般客って言って良いのかは分からないけれど」

「なるほど……」

 まあ、どんな事情だとしても、客が多いと私達の頑張りが認められているような気がして、ちょっと嬉しい。

 優勝争いから脱落したチームのガレージ周りも思いのほか活気がある。自動車や自動二輪の業界は、ガソリンエンジンが過去のものとなる以前から資本や技術の提携などで生き残りを図ってきた歴史があるそうで、その関係性は時代を経た今では過去の繋がりも含めれば複雑怪奇で、昔がどうだったかは知らないが、今では企業間に悪感情はほとんど無いらしい。このスラッグレース部門は各社独立しているようだが、スラッグを業界の新しい産業としてみんなで盛り上げていこうという仲間意識のような雰囲気があって、それがレースを良いものにしようという彼らのモチベーションになっている面もあるのかも知れない。

 もちろん、年間で優勝できなくても、このレースでの優勝はどこだって目指しているだろう。それを抜きにしたって、浜中は私達より上に上がる可能性を残しているし、白清だって年間順位で表彰台に乗ることを目標にしていても不思議じゃない。初戦から後は良いところの無い新港湾だって意地を見せたいだろうし、浜海や平学だって何らかの痕跡は残したいと思っているだろう。要は、どこもこのレースを諦めたりしてないし、そんな姿を見れば、私も改めて気合いが入るというものだ。

 そして、私達を含めたホンド陣営のガレージ周りも朝から人の出入りも多く、忙しそうにしている。

 今日のスケジュールは、午前中がテストラン、午後に三周のタイムアタックとなっていて、初戦とは少し形式が違う。タイヤは午前に使用したものをそのまま使用するルールだし、時間や体力のこともあるので際限なく走れるというわけでは無いが、それでもタイムアタック本番前に走れる周回は初戦よりも多くなるので、話し合いなども含めて準備が念入りになっているのだろう。

 しかし、こうして見ると、機材の提供のみならず搬入や設置もお世話になっているし、他にもデータに限らず色々とアドバイスなどを貰ったりと、今までは特別意識してこなかったが、私達学生は企業の人達にも大いに助けられているのだと改めて思う。

 そういった事に気付くと、恩には結果で応えたいという気持ちが湧いてきて、勝利への欲求がより強くなる。

 ――ふと、幸せだな、と思った。

 多くの人に期待され、多くの人に支えられている。

 ヒリつくような緊張感の中で戦いを楽しむことが出来る。

 その戦いに一緒に臨む、かけがえのない仲間達がいる。

 その戦いの中で高め合えるライバルもいる。

 そして、ここに至る全ての始まり、奏さんに、スラッグに、あの入学式の日に出会えたこと。

 ――そういったことを考えると、胸の中に温かいものが満ち満ちて、緊張も恐怖も気負いも無くなって、ただ、静かな、だけれどもとても熱い気持ちが残る。

 そんな、清々しくて前向きな気持ちで、私はガレージに足を踏み入れたのだった。


 午後、まずは男子の予選が終わり、続いて私達女子の予選が始まった。

 アタックのチャンスは、アウトラップを除いて三周。

 今回のアタックは宣言順で、前のチームがコースに出てから一分以上間隔を開けなければならないこと以外は、スタートに関して決まりは無い。

 シーズン当初から予定していたとおり、最終戦はチームではなく個人のタイムを比較して個々にグリッドが決められるが、同チームであればタイムアタックを同時に行っても構わないらしい。……とはいえ、アクシデントで共倒れになることを懸念して別々に走るチームばかりのようだが。

 私達は、響、私の順で走ることになっている。

 今回、他のチームのことは考えないことになった。他のチームが消極的なら最初に走ることになるが、特別な作戦があるわけでも無し、探られて困る腹があるわけじゃないなら、正々堂々走るのみ、ということだ。

「私達が一番、このコースを上手く走れるんだ!」

「えっ? うん、そうだね、不安になっても仕方ないし、そのくらい強い気持ちで走るね」

 私が言葉の裏に籠めたネタ的な意味は相変わらず通じなかったようだが、響が前向きになってくれたようなので、良しとしよう。


 先陣を切ってコースに出て行った響を見送って、自分のスタートに備えようとしていたら、バックパックに何かが触れた感触がした。

《あの……、少し、宜しいかしら?》

 振り返ると、そのアーマのデザインから豊加のランナだと分かる。……というか、話し方からして立川さんだろうとは分かるけど。

 私が手のひらを上に向けて左手を差し出すと、立川さんはちょっと躊躇した後に控えめに右手を乗せ、再び接触回線を開く。

《あ、あのっ! わたくしもこのレースで負けるつもりはありませんからっ!!》

 いきなりの宣言に一瞬面食らったが、すぐに、この前のレース後に私が彼女に言ったことに対しての言葉だろうと思い至る。

 わざわざそれを伝えてくれた律儀さに思わず頬が緩むが、ヘルメットのおかげで私の表情は立川さんに伝わらずに済んだようだ。

《そのっ! わたくしも今回は勝利にこだわりますから!》

「うん、もちろん私も。その上で、また楽しいレースにしようね」

 お互いがベストを尽くせば、自然とレースはまた楽しいと思えるものになるだろう。戦いの前にあまり多くを語るのも無粋に思える。だから私は、それだけを答えた。

《はい! ……あ、そ、それではまた。御機嫌よう》

 私の気持ちが伝わったのかどうかは分からないけど、立川さんもそれ以上は何かを語ること無く離れていった。

 私は改めて意識を走りに向けて、そしてピットロードからコースへと飛び出して行った。


 アウトラップも終わり、アタック開始。

 メインストレートを駆け抜け、第一コーナへ。第二コーナと合わせて、奥の方がグイッとタイトになっている感じで、慣れるまではクリッピングポイントを手前にとってしまうことが多かったが、午前の走りで夏場の勘は取り戻した。問題なくパスしていく。

 その第二コーナを立ち上がり、S字へ。クルマのレースを見たら、私達のスラッグの最高速よりも速いスピードでパスしていくので、スラッグなら全開のままいけるような気がするが、スラッグの高速域での旋回性能だと最初のコーナはともかく、逆バンクまで含めたその後がどんどんキツくなる。コーナリングのタイミングで前への荷重を絶妙に抜けると、トータルでは早くなるし、走っている感覚としても気持ち良い。私のイメージとしては、平泳ぎの息継ぎで上体を起こした後にグッと水を蹴ってスゥッと水を切る感じが近いような気もするのだが、響や樹里からの同意は得られなかったりする。

 逆バンクを立ち上がると、次は左へ長く続く、鈴鹿の『ランドップ・コーナ』。ここは、気持ち的には全開のまま走っていても、上りということもあって先が見通せず、身体に掛かるGもあって、無意識にスピードを落としてしまっていることがある。特に、インベタを意識しすぎると最もRがキツくなる部分でスピードが落ちていることが多いようで、響や樹里と比べると感覚的に走る傾向のある私は、注意が必要だ。

 続いて、二つのコーナから成る『テグラー・カーブ』。最初のコーナが、パッと見た感覚よりも走った感覚では浅いように感じるのだが、その感じを引きずったまま次の直角コーナに飛び込むと、曲がりきれない。だけど、分かっていれば問題は無い。

 立体交差をくぐり、ヘアピンを折り返し、さあ、スプーンまで飛ばしていくぞ、と行きたいところだが、二輪のレイアウトだと200Rにシケインが設置される。夏場に散々走ったので以前ほど苦手という感じは無いが、多少なりとも意識はしてしまう。それでも、最終コーナ手前と比べると楽だし、上手く走れた時のイメージを思い起こしながら無難にパスできたと思う。

 250Rを加速していくと、スプーン・カーブ。ここの一番奥まった部分のコーナも個人的には理想的なクリッピングポイントを取りづらい気がする。こうして一人で走っている時はそれほどでもないけど、夏場は、後ろに響や樹里がいる時に上手くいかない時があったので、つい早めにインを抑えたくなってしまったのかも知れない。そこからの立ち上がりが長い西ストレートでのスピード、タイムに影響するだけに、なんとなく嫌らしいという気がしてしまう。本番では気をつけないといけないかも。

 西ストレートを全開で走り、そのまま130Rへ。大丈夫だと分かってはいても、全開のままコーナに飛び込んでいくのは怖さもある。とはいえ、多分その緊張感も含めて楽しいと感じているので、私としては「待ってました!」という感じだ。この楽しさの後にはつい、この先のシケインなんて無ければ良いのに、なんて考えてしまったりもするが、そういう考えが苦手意識に繋がっていたのかも知れない。もう割り切ったけど。

 その割り切ったシケインに張り切って突入、タコメータ振り切った状態からのブレーキングもミス無く、無難に乗り切った。

 後は最終コーナを下って、メインストレートを駆け、フィニッシュ。

 手応えは――悪くない。このまま良い感覚でアタックを続けよう。


 ――結局、最終的なタイムは四分二十秒を切るには少し及ばなかった。だけど、響よりもゼロコンマ七秒以上速い。響も遅いわけではないから、かなり良い数字なのではないだろうか。

 その考えは間違ってはいなかったようで、結局、私のタイムがトップだった。二番手は立川さんで、私とは約ゼロコンマ二秒差。響が三番手で、続いて浜中のエース、白清のエースが僅差でその順番、以下、豊加セカンド、浜海エース、浜中セカンド、新港湾エース、白清セカンド、浜海セカンド、新港湾セカンド。そして平学はエース、セカンド共にマシントラブルでタイムアタック棄権となってしまい、最後方からのスタート。以上の順でスターティンググリッドが決まった。

 私は最終戦にして初めて、ポールポジションで本番をスタートすることになったのだった。


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