Pit Stop.わずらうは憂鬱の美羽華さま
窓の外に広がるのは青空。けれど、わたくしの目はその景色を目に写しながらも、その向こうに違うものを見ようとして――。
「はぁ……」
いけない。この前も先輩方から溜息を吐いていることが多くなったと指摘されたばかりだというのに。
最近、少しでも気を抜くと、気付かぬうちに物思いに耽り、無自覚に溜息を吐いているようなのです。
でも……、どうしてわたくしは、こうなってしまったのでしょう?
思い当たるのは、スラッグレースでしょうか。
幼い頃から何でもそつなくこなし、それ故に、何か一つのことだけに打ち込むという経験をしてこなかったわたくしですが、そういった背景に加え、お父様が若くしてトヨカ関連企業の重役に名を連ねているということもあって、今年は入学した豊加高校でスラッグという競技に参加することになりました。
スラッグの操縦は感覚的で分かりやすく、わたくしはすぐに実力を伸ばし、皆様からエースランナとして認めてもらう程になりましたが、本番では未だにトップを取ることが出来ずにいます。
初戦は、慣れない雨のコンディションの中で、走り慣れた様子の新港湾高校に僅か及ばず、後塵を拝する結果になりました。
第二戦目は、開始早々にその新港湾の方に追突された影響で、マシントラブルのために涙を呑む結果となりました。
……だけど、それらはそれほど後に引きずらなかったような気がします。
でも、先日の第三戦。
わたくしは、煌華女子のエース片山未玖さんと競り合い、けれどわたくしにとっては完敗と言っていい負けを喫しました。
そう、この後からです。わたくしが思わず溜息を吐いてしまうようになったのは。
あのレースの時、前を走る片山さんの、届かない背中を、わたくしは確かに悔しい気持ちや憎々しく思う気持ちで見つめながら追いかけていたはずです。
だけど、今振り返ると、何故かその背中が輝いて見えるのです。
あの背中に追いつきたい。
あの方に、届きたい。
そんな気持ちが湧き上がるのです。
そして、そんなことを思う時、同時に浮かんでくるのは、レース後、あの方がヘルメットを外した時の姿です。
飛び散る汗がキラキラと光を反射して、現れたあの方の笑顔もまた、輝いて見えました。
――わたくしが溜息を吐くのは、いつも、そんな情景を思い出す時のようにも思えます。
あの笑顔を見た瞬間、わたくしの胸の奥から全身へ、何かとても熱いものが広がったような気がします。
その気持ちは何なのか、わたくしはそれを確かめたくて、思わず彼女たちのピットガレージへ足を運んでいました。
緊張のせいか、少し言葉遣いが固くなってしまいましたが、あの方はそんなことは気にされてなかった様子でした。
そしてそこで、あの方は、わたくしをライバルだと言って下さったのです。
誰かにそんな風に言われるのは初めてのことでした。
そう言われた時にも、私の身体は熱を帯びたような気がします。
同時に感じたのは、嬉しさ、だったような気がしますが、今までに感じたことの無い感情だったような気もします。
その後に握手をしていただいた時にも、触れた指先から全身へ、一瞬で広がる、痺れにも似た熱さを感じた気がします。
――気がする、ばかりで、何一つ確信できることがありません。こんなことは初めてで、本当にわたくしはどうしてしまったのでしょうか?
だけど、次のレースのことを思うと、わたくしは、今の溜息ばかりの自分とは全く違う、別の自分になれるのです。
次のレースになれば、またあの方に会える。
そこでまたあの方は、わたくしをライバルとして、わたくし個人を、見てくれる。
そう思うと何故か、心の底から活力が湧いてくるのです。溜息を吐いている場合ではないと思えるのです。
だから、わたくしは、今はただ、その前向きな気持ちを持って練習に取り組みます。
次のレースはまだ先で、明日またそれを思って溜息を吐いてしまうかも知れません。
だけど、わたくしはそこで立ち止まりません。
あの方のライバルとして、恥ずかしくないように。
あの方に失望されないように。
そう思うと、わたくしはいくらでも頑張れるような気持ちになれるのですから――。




