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燻焔

 金属製の火おこし器の中で、積み重なった炭塊が赤々と揺れている。



 両家の妻の指示の下、危なげな手つきで包丁を操って食材を刻む子供達。瀬尾はどこで油を売っているのか、魚釣りからまだ戻っていない。


 いつものことだが、火おこしはオレの役割となる。だが、一人で静かに取り組むこの作業は性に合っているらしく、特に不満はない。


 チャッカマンで火をつけた煙草をくゆらせながら、長い柄の火バサミで炭を掻き回す。そろそろ良い具合に焼けてきた。



 いくつか掴み出して鉄板の上に乗せると、ワイワイと賑やかなバーベキューサイトへ向かう。三方を耐火レンガで囲まれたバーベキューコンロの中央に、焼けた炭を設置する。


「ありがとうございます」と小さく告げる、瀬尾の奥さんの声が耳に残った。



 水を張った大鍋に食材が投入され、今度は米を研ぎに洗い場へ向かう子供達。



「あら、お部屋に携帯電話を忘れたみたい。ちょっと取りに行ってくるわ」



 大鍋の世話を瀬尾の奥さんに任せると、妻は合宿所の建物へ足早に向かった。


 オレは大鍋の横に薬缶を置いて、湯を沸かす。自宅から持参した珈琲豆を取り出して、合宿所備え付けのアルミカップにフィルターをセット。まずは少量の湯を落としてしばらく珈琲豆を蒸らしてから、ゆっくりと湯を注いでいく。


 この動作を二回。妻は紅茶党で、珈琲を飲まない。大きな木ベラで鍋をゆっくり掻き混ぜている瀬尾の奥さんにカップを示して、大鍋の世話を交代する。


 話好きの妻に付き合ってはくれているが、本来は口数の少ない人だ。頭上の広葉樹の葉を揺らす風の音に、「いただきます」と囁く彼女の声が混ざる。


 それ以上の会話はない。


 オレは黙したままその場を離れて、また火おこしの作業に戻る。



 やがて軍手をはめた子供達が飯ごうの蓋を外して、米の炊き具合に歓声を上げる頃。


 瀬尾が戻ってきた。



「ダメだ。なんにも釣れなかったよ」


「毎年だろ。少しは上達しないのか」


「いや、オレが来ると恐れをなして逃げ出すんだよ、ここの魚達」


「カレー、ちょうど出来たぞ。食いっぱぐれない野生の勘だけは、相変わらずだな」


「そんなに誉めるなよ、照れるだろ」


「こんなのもあるぞ。今年はチリワインの良いのが手に入った」


「お、流石! やっぱ持つべき物は気の利く友人だな」


「まだ何本か、合宿所の冷蔵庫で冷やしてるから。まぁ、座れよ」



 食事の後は、これまた毎年恒例の花火大会。


 子供達が小さかった頃には花火を振り回して火傷しないか冷や冷やしたものだが、彼らもいまや高校生だ。


 暗闇の中で二人が思い思いに点火する色とりどりの輝きを見守りながら、女性陣は食器の後片付け、オレと瀬尾は炭の後処理を担当する。



「なぁ、お前のところはその…… どうなんだ?」


「どうって、なにが。仕事か?」


「いや、まぁ、仕事もそうだけどな……」


「? なんだよ、瀬尾。お前らしくない。はっきり言え」


「もうすぐ子供も大学だ。家を出て行くだろ」


「あぁ、志望校に受かったらの話だけどな」


「そうしたら、ほら、家にアイツと二人になる」


「まぁ、そうだな」


「こんなこと言うとあれなんだが、仕事ばかりして来たから、オレ」


「……あぁ」


「ふと気付いてみれば…… アイツが何考えてるのか、全然わからないんだ」



 水を張った金属製のバケツに、火バサミで掴んだ黒炭を一つずつ沈めていく。次々と水蒸気の断末魔を上げる、紅い焔。


 オレの中に燻る焔もこんな風に殺せたら楽なのにな、瀬尾……

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