既視
この作品には、インモラルな描写が含まれています。
当該描写によってご気分を害される可能性がある方は、読まずにご退出下さい。
昼下がりの湖周道路、初夏の日差しが水面に踊っている。
助手席に座った妻の携帯電話が、メールの着信を知らせた。
「瀬尾さんからよ。もう合宿所に着いたって」
「そう、わかった。こちらももうすぐ着くって、そのメールに返信しておいて」
「あ、写真が添付されてるわ。ほら、これ、息子さんの隆史君。また背が高くなってる。しかも、奥さん似のキリッとしたイケメン!」
前方のトラックとの車間距離を計っていたオレの視界に、携帯電話を持った妻の手が割り込んでくる。
「危ないって。運転中は見れないよ。ってか、もうすぐ本人に会えるのに、なんでいま写真やり取りする必要があるの?」
「いいじゃない。毎年の恒例行事、あちらも楽しみにしてくれてるんだから」
「一番楽しみにしてるのは、君だと思うけど」
オレから期待した反応が得られないと知ると、今度は後部座席の娘に携帯電話の画面を向ける妻。だが、難しい年頃真っ最中の娘からは、やはりそっけない反応しか返ってこない。
諦めの溜息を漏らすと、手元の携帯電話に視線を落とす妻。間もなく、無駄に高いトーンとテンションで通話が始まった。だからメールで返信して欲しかったのに……
通話の相手の瀬尾さんというのは、オレの元同僚だ。それぞれの子供の年齢が近いこともあって、いつの間にか家族ぐるみの付き合いをする様になった。
互いに転職して距離が開いたにも関わらず、いまでもこうして二家族でたびたび会っている。今日は毎年恒例の合宿所で待ち合わせて、一緒に宿泊することになっている。
助手席でまだ続いている会話をシャットアウトする為に運転に集中していると、間もなく見覚えのある交差点に差し掛かった。
ゆっくりと左折して林道に入ると強い既視感に襲われて、いくつかの記憶が痛みを伴って想起された。
また、今年もここに来たのか。
思わず震えそうになる指先を誤魔化す為に、慌ててステアリングを握りなおした。