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短編(ホラー、パニック)

安心する女

作者: くまのき

 僕は彼女を愛している。


 彼女は美人ではない。一般的な感覚では、美人から遠く離れた顔立ちをしている。

 しかしそれでも僕は彼女の事が好きで堪らなかった。

 顔は必要ない。彼女と一緒にいると安心する。


 ただそれは世間で言う所の内面を好きになるなどと言うロマンチックな感情とは違った。

 彼女は性格が良いとは決して言えない女性だった。

 だが顔形が必要ない事と同様、彼女が持つ性格、人望、知性、知識、経済力、全てが僕にとって必要無い。

 ただ、彼女の目を見ていると何故か安心する。これはある種、彼女の才能だった。


 この事を言うと彼女は快い顔をしない。

 彼女は容姿に恵まれていない事を自ら受け入れ、それを糧にし自己研鑽を怠らない人間だった。

 努力により手に入れた学や地位でなく、安心するという漠然とした才能を褒められることが、逆に彼女の誇りを傷つけた。


 かと言って学や地位を褒められたとしても、彼女は素直には受け取らない。

 彼女はその人生で経験した苦心苦労により用心深い性格になっていたため、甘い言葉を罠と疑う性格になっていた。


 僕は彼女と共に過ごし安心を得るために、彼女を褒める事だけは絶対にやらないという、矛盾を抱えた生活を続けた。

 その矛盾により生じる違和感は僕にとってさしたる問題ではなく、彼女の目を見て安心する事がただ幸甚であった。



 難儀な事に、僕がそのような心持ちであることが時に彼女の自尊心を傷つける場合もあった。

 彼女は褒め言葉を素直に受け取る事が出来ない性質なのだが、それでも気まぐれに褒められたいと思う日もあり、僕の無難な態度が彼女を不愉快にしてしまうのだ。

 そのような時に彼女は僕以外の男と寝る。

 そして僕以外の男が見るのは彼女の経済力だけだと言う事を再度実感し、また僕の元へ戻るのだった。

 僕は彼女の浮気を許し、いや、そもそも怒る事さえもない。


 彼女の目を見て安心する、いつもの暮らしへと戻った事に感謝するだけだった。



 ただ今回の彼女の浮気は、今までになく長い。

 多少の焦りを感じ彼女達の様子を隠れて伺うと、男の瞳に僕と同じ光を感じた。

 あの男は彼女の経済力でなく、僕と同様、安心できる目に惹かれているのかもしれない。

 相手の男は社会的地位もある有名な医者だという。

 彼女の経済力に惹かれたわけではなさそうだ。僕は虞を抱いた。


 このまま彼女が僕の元へ帰ってこないのは、僕の人生全てを失う事に等しかった。

 僕はそのまま彼女達を尾行した。


 二人が男の自宅へと入ってしばらく経った。

 僕は痺れを切らし、ついに侵入を試みた。忘れていたのか無精なのか、男は玄関の鍵を掛けていなかったため、容易に侵入することが出来た。

 二階から物音がする。

 二人に勘付かれないように恐る恐る階段を上り、部屋をそっと覗く。

 男が机に座りなにやら作業をしていた。更に見渡すと、彼女がベッドに寝ている。


 しかしどうした事だろうか。

 眠っている彼女が彼女ではない。

 僕が求めるいつもの安心を感じることが出来ない。


 男の方を見ると、何やらガラス瓶のようなものを大事に眺めている。

 その瓶の中身が見えた後、僕は思わず廊下に飾ってあった陶器を持ち上げ、部屋の中に押し入り、男の頭へ振り下ろした。

 男は苦しそうに頭を抱えたが、僕は容赦なく追撃を与えた。

 男が動かなくなったので、僕は男が眺めていたガラスの容器を抱え、その場から立ち去った。


 容器の中は液体で満たされ、その中に二つの球体が入っていた。

 僕はそれを見て安心し、いつもの暮らしへと戻った事に感謝した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 好みな文体に加え、するすると脳に入ってくる筆致で夢中になりました。 ラストの着地点も気持ち悪いのに気持ち良い、そんな読後感があります。 [一言] これぞ短編!という作品でした。 面白かった…
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