謎の旅人(Ⅰ)
「イジー、デイジー!」
目の前には母さんがいた。どうやら僕は無意識のうちに外に出てしまったようだ。
「デイジーどうしたの。眠れなかった?」
母サランは、呆然とたったデイジーを見て不安を抱いた。それと同時に、ジュンの事も思い出した。今度はデイジーが連れていかれるのではないかと、恐怖と不安が込み上げてきたのだ。
「うん。でも大丈夫だよ」
デイジーは出来るだけ普通でいた。本当は母さんが帰ってきて嬉しかったけれど、そうするといつまでも甘える子供みたいで嫌だった。
「そう、良かった。獲物が手に入ったから、焼いてあげようか」
サランは早速、獲物を調理し始めた。
「いや、いいよ。僕はその辺を散歩してくる」
デイジーはそう言って、野営地を離れた。
近くには普通の川より少し広い川が流れている。下流の方であるのに、その夜は激しい音を立てて流れていた。
周りには、丸くなった小石が広く敷き詰められていたが、今は少ししか顔を出しておらず、その奥にある葦にさえ、川の水がかかるほどであった。
デイジーは川の近くまで来た。いつもの川でないことは承知していた。さっきから小鳥や虫たちの寝息が聞き取れない。既に川のそばを離れているようだ。何かあったんだろうか。
そうデイジーが思った瞬間、葦の向こうの方から物音(と言っても、耳の良いデイジーにしか聞こえないくらいのほんの小さな音だが)が聞こえた。
デイジーはその物音が、普通の物音ではないことに気がついた。甲高い音が風に吹かれて鳴っているみたいだ。
デイジーはなるべく音を立てずに、その音の出処へ向かうことにした。
───空が青く煌めく 海は碧く耀いている 風の囁きが聞こえる 雲が風にふかれて 生命の太陽が顔を出す
勇敢なる太陽 私は貴方の使者であり、守護者にある だから私は生命に懸けて貴方の光を護ります───
篠笛を吹いた後、女の旅人は唄った。綺麗に刈られた金色のピアスを煌めかせながら……。
デイジーは高く生えた葦を避けながら進んだ。
月明かりが美しい真夜中に、寂しそうに鳴るあの甲高い音は何なんだろうか。
野営地から随分離れたところまで来ると、広くひらけた場所にでた。その中央に大人二人分程の巨大な石があった。ちょうど、丸い月が石の串に刺さっているように見える。
デイジーは石の上に人がいることに気がついた。その顔は、月の影になっていて見えなかったが、泣いているのは分かった。
「泣いてるの?」
ただ一言だけだが、心臓が飛び出しそうなくらい緊張した。
「……」
石の上の人は何も言わず、そっぽを向いてしまった。
男か女かも分からないのに、何も応えてくれないとなると、僕の勇気は無駄だったってことかな。
「えっと、ごめん?」
急に石の上の人が振り向いたので、デイジーは驚きを隠せなかった。
「思ってもいないことを平気で口に出さないで!」
びっくりしたが、これで女だということは分かった。でも、どうして怒られたのかは分からなかった。
「ごめん」
「だから、思ってもいないことを口に出さないでって言ってるでしょう!」
どうやら「ごめん」という言葉が嫌いらしい。
デイジーがどう言葉を返そうかと考えているうちに、石の上の女は、軽やかに地面に飛び降りた。
「あなたの考えていることくらい分かるわ。言っておくけど、あなたは太陽への儀式を邪魔したうっとおしい存在。早く消えてくれる?」
刺々しい言葉を発したその女は、今の言葉を話す声とは思えないほど、透き通った声だった。近くに降り立った時に見えた顔は、暗くて見えにくかったがとても整っていた。髪はストレートでふわふわしている。
「邪魔してごめん。これはほんとに思ってるよ。今から僕は消えるから、太陽への儀式進めて結構だよ。じゃあね」
きつい言葉を浴びせられたデイジーは気分が悪く、さっさと立ち去った。
太陽への儀式ってなんだよ。あんなにきつく言わなくてもいいじゃないか。それに今は月の刻。太陽なんか出てない。
怒りに身を任せ、木に八つ当たりした。野営地に戻るまでに、この怒りを吹き飛ばしたかった。
しかし、この怒りも直ぐに消えてしまうことになる。
また、あの甲高い音が聞こえたのだ。美しい丸い月の中で、寂しそうに鳴っている。
デイジーは、その音を聴いているうちに、怒りとは逆に、寂しさで涙が溢れた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
皆さんに一つ説明があります。
本文で唄う女が『金色のピアス』を付けていましたよね。
そのピアスはヘリオドールという宝石で、宝石言葉は太陽への捧げ物です。
これはまた後ほど本文に出てくるので、皆さんには早めの説明です。
ということであの詩を作ってみましたが、あまり意味がないので、気にしないでくださいね笑