兄と告白1
「ひょーいたいしつ?なんすかそれ」
月曜の放課後、僕は沙也加が生徒会室に来る前に春さんと副会長に例のことを聞いていた。
聞きなれない単語を聞いたのといろいろと混乱していることが合わさって僕は漢字がなかなかでてこないでいた。僕がバカだからではない。
「憑依体質、ね。まあ、簡単に言っちゃうと霊に憑りつかれやすい体質ってことかなぁ」
「春……それは白石君でもわかっていると思うよ……。そうだな、憑りつかれた霊の……憎しみとか後悔とかそういった強い思いを直に受けちゃうって言ったらわかる?」
副会長ごめん!わかんなかった!
でも、二人のおかげでだいたいのことは把握した。
「ってことは、この前――土曜日までの沙也加とはまったくの別人ってことですか?」
「うーん……まったくってわけではないと思うよ。一つの身体に二つの人格が存在している――言うなれば多重人格を引き起こしているから、これまでの記憶とかは霊のほうにも影響しているはずだし。沙也加ちゃんのほうにも夢として霊の人格が出ていた間の出来事とか生前の記憶とかが夢としてでているはずだし。というか、乗っ取られているわけじゃないから沙也加ちゃんの人格が全く出てきていないってわけではないでしょ?」
副会長に言われてこの間までのことを思い出してみる。
…………。
僕が覚えている限りではずっと同じだったような気が……いや、僕が覚えていない――知らないところでは沙也加の人格だったとしたら……。
「なるほど……確かに。それで?治す方法はあるんですよね?」
僕が聞くと、二人は顔を見合わせ気まずそうに押し黙ってしまう。
「いやいや……冗談でしょ?」
春さんが決心したように息を吸うと、僕に優しく言った。
「ごめんね……それは私たちの力じゃ無理なの」
「……っ!」
いつもとは違う春さんの口調が本当のことなんだと言っていて、僕は唇を噛みしめる。
……ああ、いつもそうだよ。僕が知らない間に世界は――沙也加は変化し続けていて、困っているときに限って僕は――なにもできない。なにもしてやれない。
手遅れなんだ。
あの時だって――今だって。
沙也加が一人で悩んでいる時……いや、僕は沙也加が悩んでいることさえ、悩みを抱えていることさえ知らなかった。無力で無知で――無能だ。
「でも、霊を追い出すことならできるよ」
春さんの言葉に僕は顔を上げる。
続けて、
「それは、霊の願いを叶えてあげること」
「私たちはそうやって沙也加ちゃんの中にいる霊を追い出す――成仏させてきた」
「さて、お兄さんはどうするのかな?」
春さんにそう問われ、僕は一瞬目を瞑ると、二人をまっすぐ見て言った。
「そんなの考えるまでもないですよ。妹のためだったらなんでもします。――僕を二人の仲間に入れてください」
ようやく僕は歩きはじめる。あの時から止まっていた時間を歩きはじめるのだ。
****
思い返すのは昨日。ちょうど起きてきた沙也加に僕がなんの気兼ねもなく「昨日は楽しかったね」と言ってしまったところから今日につながる。
その時僕は声も出なかったよ。あんなに楽しそうにしていたのに、最後にはありがとうまで言ってくれたのに、返ってきた声は――「昨日?なんかあった?」
一生懸命僕は説明したよ。あそこの店の服はかわいかったとか、試着した服はすごく似合っていたとか、クレープがおいしかったとか――けど、そんな僕を沙也加はかわいそうな人を見る目で見ていた。
なにかがおかしいと思ったのはその時。
母さんにも聞いたし、一応千春にも電話して聞いた、それで春さんに聞いたところ明日は沙也加ちゃんより早く生徒会室に来てねだった。
「はぁ……なにがなんだかわからん」
春さんと副会長の話を聞いた後の今現在、僕は混乱状態にあった。
一応の納得はしたもののわからないことだらけである。
デートの記憶がないってことは、人格が消えた――つまり成仏したってことだよな?
えっと……あのデートは霊とデートしてたってことで……ってことはその記憶を夢で見るはずなんじゃないのか?なんで覚えてないんだ?
……さっぱりわからん。どうなってんだ。
春さんたちには聞きたいことがまだまだあったが――聞けなかった。それを聞いて僕は平静ではいられないだろう。そう思うと聞けなかったのだ。
「……の!……あの!聞いてます?」
「ん?あ、悪いなんの話だっけ」
僕は今、件の沙也加のこと――ではなく千尋に恋しちゃってる女の子と話(僕が質問を受けているだけだが)をしていた。
部活(?)の最中である。
この部活――相談部は部員は僕を入れて四名と普通ならば廃部寸前の部活なのだが、それは春さんの権限でどうにでもできるらしい。
顧問の先生は聞かされていないが僕の予想だと神部先生あたりだろう。
部員は部長が副会長で、副部長が東雲さん、それと春さんと僕だ。東雲さんとは僕はまだ会ったことがないので男か女もわからないのだが、まあ、そのうち会えるだろう。
相談者の女子生徒――花森はなは僕をジト目で見てくるが、僕はそれをするするっと躱し話の続きを促す。
「話の腰を折ったのはそっちなんですけど……ま、いいです。それで、黒咲君の好きな食べ物とか知ってます?」
「胃袋を掴む作戦か。それはいいな!だが、僕は千春の好きな食べ物なんて知らん!」
「そうですか……」
花森さんは僕と同じ高校一年生のはずなのだが、さっきから敬語で話してくる。たぶん千春はこういうのが好きじゃないから、今後のためにさっきから砕けた話し方をさせようとはしているんだけど、これがなかなかうまくいかない。
ちなみに言うと、僕は千春の好きな食べ物を知っている。チキンのトマト煮込みだ。ただし――母親が作ったもの限定の……。
千春のイメージをなるべく壊さないように質問に答えているはずなんだが、花森さんが聞いてくるのはほぼすべて千春のイメージを壊しかねないものだったので、僕も意外と苦労している。
「し、質問タイムはこのくらいにして作戦を変えようよ」
「具体的にはどうするんですか?」
「観察。授業中以外はずっと千春のことを見ているんだ!」
「完全にストーカーじゃないですか!」
ふむ。ダメか。ダメかな?ダメですよね。
「なら直接聞いてみるか?お前はどんな女子がタイプなんだ?って」
「え、えー、でも……うーん」
冗談のつもりだったのだが、花森さんは下を向いて考え込んでしまった。
どうでもいいから帰りたい!他人の恋愛なんてマジでどうでもいいわ!帰れなくともアリスちゃん成分を補充したい。
「つーか、今更聞くのもアレだけど……花森さんは千春と喋ったことってあるよな?」
「…………」
黙っているところを見るとどうやらそれはないらしい。
マジかよ……話したこともないやつと普通付き合いたいとはならんだろ。
マジか、一目ぼれかぁ。面倒だ。
「まあ、アレだな。まずは話すところからだな。今日はもう千春は帰っちゃったっぽいし明日からってことで。じゃあな」
花森さんの返事も聞かず、僕はその教室から飛び出した。
「アリスちゃああああああああああああああああああああああああああああああん!」
幼女の名前を叫びながら全力疾走をしている男子高校生の姿を月曜日の放課後目撃されたという情報があったが、それはもちろん僕ではない、と願いたい。
まあ、僕なんだけど。
次話も同じサブタイトルです
誤字脱字等あれば教えてください!