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兄とお出かけ

 「知らない天井だ……」


 いや、知ってる天井でした。言ってみたかっただけ。

 休みといっても早起きが習慣としてしみついてしまっているので勝手に目が覚めてしまう。本当はもっと寝ていたかったけど、起きてしまったものはしょうがない。


 立ち上がって伸びをして――やっぱまだ寝てよう……。さすがにまだ眠いや。

 せっかくの休みに休むのは当たり前だ。これが当たり前。

 僕は自分に言い訳をして、夢の世界へと旅立った――はずだった。


 その数分後――僕は腹部の痛みで現実へと引き戻された。

 トイレに行きたいほうの痛みではなく、もっと――物理的な痛みと言えばいいだろうか。

 目を開けると目前に満面の笑みの沙也加さやかがいた。

 目前というのは本当に文字通りの目前で、鼻と鼻が触れ合うほどの近さに顔がある。いわゆる馬乗りの状態なのだが――正直言って邪魔くさい。というか、邪魔だ。

 さっきの痛みもこいつがなにかやったのだろう。僕は無理矢理起こされたのと昨日のこともあって少し機嫌が悪かった。いつもならかわいいと思うところも、今日に限って――今日の朝に限っては――ウザかった。


 「今すぐどかないとキスするぞ。そのかーわいい唇に」


 冗談に聞こえないような声のトーンで言うと、沙也加は一瞬びくっとしてそそくさと僕の上からどいた。

 どいたと同時に、


 「キモっ!さすがにキモい!ううん。普通にキモイ死ね!」

 「…………」


 そこまで言わなくてもよくない?元々は君のせいだよね?なんでお兄ちゃんがこんな気持ちになってんの?泣きそう……。

 妹にここまで言われると、さすがの僕でもこたえるのでおとなしく毛布にくるまった。

 もうこっからでないもんねーだ!謝ったって許さないんだからっ!

 自分でもキモいと思うようなセリフを心の中でつぶやき、もう一度夢の世界に旅立つ準備をはじめる。


 「寝んな!」


 沙也加は僕を寝かせないように毛布をひっかきまわしはじめる。

 僕が顔だけ出してなんの用だと問うと、沙也加はびしっと僕を指さし言った。


 「今日は買い物に行く約束の日でしょ!」


 そうだった……。忘れていたのはこれか。


 「まさか忘れてたの?」


 さっきまでの威勢のいい顔つきはなくなり、急に不安そうな表情になる。

 うわぁ……やっべ……。これは僕が悪いわ。

 かといって、忘れてたなんて言ったら、泣きだすか拗ねるかものすっごい不機嫌になるかのどれかだしな……。ここは優しい嘘を吐こう。うん。いや、ごめんなさい。


 「そんなわけないだろ?お兄ちゃん沙也加とデートすんのすっごく楽しみだったよ!いやー、今から楽しみだなー」

 「そ、そう?……って、べ、別にデートじゃないんだからっ!ただの買い物!勘違いしないでよねっ!」


 絵に描いたようなツンデレゼリフ……どこで覚えるんだか。

 

 「十時に駅前集合だから!」


 そう言うと、沙也加は僕の部屋から飛び出していった。

 ……家から一緒に行かないのかよ。どういうことだよ……マジで。


 起き上がって、部屋のテーブルの上を見ると洋服が積まれていた。どうやらこれを着ろということらしい。お前は母さんかよ。

 あと、なるべく朝は馬乗りにならないでね……いろいろとまずいから。


****


 別々に行くのにも関わらず朝食を一緒に取り(意味がわからない)、一緒に歯を磨き(意味がわからない)、確実に僕より歩くスピードが遅い沙也加が後に出ることになり(意味がわからない)、現在十時十分である。

 予想通りまだ沙也加は来ていない。本当になにしてんだか。

 はぁ……とため息を吐き空を見上げる。天気予報によると今日は晴天らしい。その通り、空には雲一つないのだが――なんというか、僕の心は雲でいっぱいだった。

 曇天だ。

 曇天って天丼みたいでおいしそう。


 「はぁ……」


 二度目のため息を吐くと、遠くからパタパタと走ってくる足音が聞こえた。


 「ご、ごめん!道路混んでて……待った?」


 どうやらバスで来たらしい沙也加は荒くなった息を整えながら聞いてくる。


 「待った待った。超待った。待ちすぎて帰ろうかと思っちゃったくらいには待った」

 「そこは『今来たところだよ』っていうところでしょ……ポイント低いなぁ」


 いつからポイント制になったんだよ……つーか、それだと僕も遅刻したことになるじゃん。なんでちゃんと時間守ってんのにわざわざそんな風に言わなきゃなんねぇんだよ。

 少女漫画の読みすぎだろ。

 まあ、いいや。

 妹に対する文句を心の中で言ってとりあえずストレスは発散できたのでよしとした。


 「なんじゃそりゃ……まあ、なんでもいいけどさ、そろそろ行こうぜ」

 「うん」


 ちょうど電車も来る時間だろう。


 僕たちがこれから行くのは隣町だ。隣町は結構な頻度でテレビで紹介されるくらいには繁盛している。

 若者の町といったほうがわかりやすいだろうか。

 正直僕は隣町が嫌い――というか苦手である。人がたくさんいる時点でもうダメ。その中には当然マナーの悪いやつらもいるわけで、そんなやつらとはできれば関わりたくない。

 沙也加と一緒じゃなかったらまず行かない。そんな場所である。まあ、普段から僕はあまり外出しないのだが。


 約二十分電車に揺られ、やっと隣町に着いた。駅にはゴミのように人がいるしで、僕は駅を出た時点でげっそりしていた。

 沙也加はそんな僕を心配してくれたが、せっかくのお出かけの楽しみを奪うことは兄として許されないので、僕は笑顔で大丈夫だと答えた。

 まだ心配そうな顔をしていたが、僕が念押しすると渋々という感じで納得してくれた。


 こういうところはいいと思うんだよ。兄じゃなかったら告白してるかもしれないまである。

 他人への配慮っつーか、他人を思う気持ちって大切だと思いました。


 「これからどこ行くんだ?てか、なにすんの?帰る?」

 「まだ来たばっかでしょ……。うーん。とりあえず適当にお店まわろ?」

 「りょーかい」

 「そ、そうだ!はぐれるといけないから手……繋ごう?」


 ?

 なんかむずむずする。なんだろう……この気持ち。

 いつもとなんか雰囲気が違う気もするし。まさか……恋?

 ……いや、それはないわ。兄が妹を好きになるなんてありえない。もちろんそれは恋愛的なほうの好きって意味だ。家族とかそういう風な好きなら――僕は沙也加のことが大好きだし――世界で一番好きだ。

 まあ、僕は家族以外の他人を本当の意味で好きになったことなんてないからはっきりしたことは言えないが……沙也加に対するこの気持ちは後者だと思っている。

 

 「お兄ちゃん?」


 なかなか返答しなかったのを不審に思ったのか、沙也加は僕の顔を覗き込んでくる。


 「ああ……悪い。ほら、行こうぜ」


 僕はそれに手を差し出して応えると、沙也加はぱあっと嬉しそうに笑い、ぎゅっと手を握ってくる。

 沙也加の体温が手のひらから伝わってきて、やはり変な感じはするが、僕はそれを心に押し込み歩き出す。



 二時間ほど店をまわり(特になにも買ってはいなかった)、ちょうどいいころ合いになったので昼食にすることにした。この辺は屋台やら出店やらも結構あるので、そこでなにか買って食べることにした。

 決して店に入るのが面倒だったからではない。


 結局、女の子が大好きなクレープになった。僕はそれだと足りないのでたこ焼きも買う。

 たこ焼きはまだ少し時間がかかりそうだったので、沙也加には近くの公園で待っててもらっている。


 でもアレだよな。どうしてなにか買いもしないのに出かけたりするのだろうか。ほかのご家庭でもそうなの?家だけ?家は家、他所は他所ってやつ?

 ま、どっちでもいいや。


 僕は屋台のおじさんにお金を渡し、たこ焼きを受け取る。

 意外とうまそうだ。


 僕が沙也加の待つ公園に戻ると――三人組にナンパされていた。それぞれ金髪、金髪、茶髪の男たち。

 なにこのデートテンプレ展開。まあ、沙也加はかわいいしな。

 関わりたくないけど関わるしかない。ナンパされているのが沙也加だから。

 僕はため息を吐きながら沙也加のほうへと向かう。


 「沙也加」


 僕が名前を呼ぶと困り顔だった沙也加の顔は花が咲いたようにぱあっと元気になり、僕のほうを向いたナンパ野郎たちの間を縫ってとててと近づいてきた。


 「なにしてんのお前。だから言ったろ?彼氏待ってる感出しとけって」

 「だって……あの人たちしつこかったんだもん」


 ぷくっと膨れる沙也加を横目に、僕は一歩前に出ると、


 「ってことなんでお引き取り願います。たこ焼きあげるんで」


 と言い、ひょろっとした金髪の人にたこ焼きを渡した。

 僕の昼飯……お前のことは忘れないぜ!


 「て、てめぇ……なめてんのか!」


 その金髪の男が急に殴り掛かって来た。

 それを寸でのところでかわし、チラッと沙也加の足元を見る。

 よし。やっぱり沙也加はスニーカーだな。いやぁ僕の記憶力もバカにできないな。

 ヒールだったらどうしようかと思ったぜ。

 だって……

 

 「沙也加……逃げるぞ!」


 走れないからな!

 僕は沙也加の手を掴むと、そのまま駅の方向に走り出す。

 痛いの勘弁!

 

 「う、うん!」


 後ろは振り返らず走る走る。

 金髪たちと思わしき怒号が後ろから聞こえるので怖くて振り返れないわけではない。

 横を見ると、沙也加は――笑っていた。

 なにがおもしろいのだろうか。僕の顔?


 どこをどう走ったのか、どのくらい走ったのかなんて覚えていない。やっとのことで駅へ着くと、そのまま改札を通る。

 息すらつけないままちょうど発進のベルが鳴った電車に飛び乗る。


 ドアが閉まると、息の荒いまま空いていた席へと座った。

 や……ヤバい……苦しすぎる。奇異の視線なんて気にしてられるか!とにかく息を整えないと。

 普段運動しない僕にとってはキツイ……。つ、つーか、キツイなんてものじゃない。危うく酸素足りなくて死ぬかと思った。マジで。

 隣に座る沙也加は僕よりも早く息を整え終わり、スマホを見ていた。

 少しはお兄ちゃんの心配してくれてもよくない?


 ふぅ……。

 ようやく僕の息も整ったところで、行きに買ったお茶を一口飲む。電車の中ですいませんと一応心の中で謝っておいた。


 「そういや、なんで走ってるとき笑ってたんだ?」

 「ん?ああ、やっぱりお兄ちゃんといると退屈しないなぁと思って。なんか嬉しくなっちゃった」

 「ふぅん……」


 こんなこと今まで一度も言ってくれたことがなかったから素直にうれしい。

 僕の顔で笑っていたわけではなかったしね。


****


 家に着いた僕はもうへとへとだった。歩く気力もなかった僕は母さんに車で駅に迎えに来てもらい(こういう時は助かる!)、現在早めのお風呂タイムだ。

 マジ疲れた。隣町に行くってだけで疲れんのに、それに加えて人混みにナンパときたもんだ。疲れないわけがない。沙也加が誘ってこない限りはもう絶対行かない。

 僕が風呂からあがり部屋でごろごろしていると、沙也加が入ってきた。


 「どうかしたのか?」


 なかなか話しはじめない沙也加に僕はしびれを切らし、僕から話しかける。

 

 「ううん。なんでもない」

 「?……そうか」


 なんでもないならなんで来たんだろう。

 沙也加はくるりと回ってドアのほうに身体を向けるとドアノブに手をかける。

 ……?本当になんだったんだろう。

 

 そして――顔だけ僕に向けると、笑って言うのだ。


 「お兄ちゃんありがとう」


****


 翌日、昨日の沙也加はいなかった。

なんか書ききった感がすごい。

物語が動き出すような出さないような……。

また次話で。


誤字脱字等あれば教えていただけると幸いです。

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