兄と親友
あいつ――白石沙也加に『お兄ちゃん』なんて呼ばれたのはいつぶりだろうか。
あの時から僕と沙也加との間には大きな亀裂が入ってしまっていて、どうしてもそれを塞ぐことができない。
どうにかこうにか塞ごうと努力したつもりなのだが――いつもいつも失敗ばかりでどんどん嫌われていくばかりだった。
沙也加とは正真正銘双子の兄妹なのだが、顔がまったくと言っていいほど似ていないためよくからかわれる。
そういえば……昔泣きじゃくりながら帰って来た時も兄妹のことをからかわれたって言ってたっけな。
それからだっただろうか、自分たちのことをあまり知らない人たちに兄妹だと言うのをやめたのは。
僕は日本史の授業そっちのけで沙也加のことを考えていた。
そのため、いつの間にか日本史の授業は終わっており、とっくに昼休みになっていた。
「七瀬、飯食おうぜ」
「あ、ああ」
今話しかけてきたのは黒咲千春。
クラスメイトで親友だ。
茶髪でスラっとしていて――言いたくはないが、イケメンだ。
僕とは名前が中性的同盟を組んでいる(千春が勝手に命名した)。
「また沙也ちゃんのことか?」
「またって……別に最近は考えてなかったよ」
沙也加と僕の関係を知っているのはこいつが小学校からずっと同じ学校だからだ。
それにしても馴れ馴れしすぎる!
お前別に沙也加とそんなに仲良くなかったろ!
「最近はってことは今は考えてたのか」
「まあ、そうだけど……つーか沙也ちゃんって呼ぶのやめろ」
「わーシスコン兄貴が怒ったー!」
うっぜぇ……。
千春はいつもこんな感じだ。小学校からまるで成長してないというか……まあ、そこが唯一のいいところなんだろうけど。
「べっ、別に妹のことなんて全然好きじゃないんだからねっ!」
「キモっ⁉」
「素で言われた!」
コントはこのくらいにして僕たちは弁当を食べ始める。
お、この卵焼き母さんにしては美味いな。いつもはちょっとべちゃっとしてるのに。
誰しも成長するんだなぁ……なんて実の母に対して失礼な感想を言っていたためか思い切り舌を噛んだ。
「っ~~!」
「お前なにやってんの……」
痛すぎて身悶えていると、千春から呆れたようなため息が聞こえ、ますます惨めになる僕だった。
そんな中、教室のどこからか視線を感じ思わずきょろきょろ見回してしまう。
ああ、そういうこと。
このクラスにも少なからずスクールカーストはある。そういうカースト上位者たちが少しうるさくした僕たちに無言の圧力を送っているのだろう。
例えば、教室の真ん中を陣取ってきゃあきゃあ言っている女子たち。例えば、教室の後ろの方で大人数で固まっている男子たち。
正直どうでもいいが、目をつけられても面倒くさい。
僕たちは一応威嚇してから教室の外へと移動する。
がるるるる!
「さて、どこ行く?」
「んー購買でも行ってみるか?」
「そうするか」
この学校はほかの学校とは違い(基準がどのくらいかは知らないが)昼休みが長く、その分六限の終了時刻がほかの学校より遅い。
昼休みを長くすることで午後の授業に集中できるようにということらしいが、本当に効果があるのかは謎である。
購買に着くとパン販売のところだけが賑わっていて、戦場と化していた。
その中に見知った後ろ姿を見つけてしまい、ため息が出る。
今日は運がいいのか悪いのか。
声をかけるのは買い終わってからでもいいか。
「千春はなんか買うのか?」
「ん?そうだな……メロンパンでも買ってくるか」
「好きだよなーメロンパン」
「ああ、大好物だ」
にっと笑うと千春は戦場へと飛び込んでいった。
健闘を祈る!
「こんなとこでなにやってんの」
ちょうど出てきた見知った顔に声をかける。
「げっ……」
「げっ、とはなんだ。失礼だな」
「いやぁ……あはは。こんなとこ来るんだ。珍しい」
「千春の付き添いみたいなもんだ」
露骨に話を変えたのは誰であろう僕の妹である。
僕の妹は小食だったはずだが……いつの間に大食いに変わったのだろう。
お兄ちゃんちょっと心配だよ!
「べ、弁当はどうしたんだ?」
僕は沙也加の抱えている袋を凝視しながら聞く。
「え?食べたけど」
「……あ、そう……」
マジかよ――!
どうやら本当に大食い娘になってしまっていたらしい。
……抱えている袋の膨らみでなんかいろいろと台無しだ。
「……これ」
「ん?」
ずいっと差し出されたのは――ジャムパン?
「これ、あげる。好きだったでしょ、いちご」
嬉しいけどなんでちょっと片言⁉
もしかして照れてんのか?
「ああ、ありがとな沙也加」
「う、うん」
沙也加はにっこりと笑ってぱたぱたと走って行ってしまった。
ああ……もう少し喋りたかったのに。
すると、ちょうど千春が駆け寄ってきた。
「邪魔しちゃったか?」
「いや、いいよ。なんせ僕にはこのいちごジャムパンがあるからな!」
「いや……そんな見せびらかさなくても……。ただのジャムパンだろ?」
「バカ野郎!これはな、大好きな妹がくれたジャムパンなんだぞ!お前の言うジャムパンとはまったくもって違ぇんだよ!妹の愛がこもってんだ!」
僕は目を見開き周囲の目など気にせず、千春にこのジャムパンがいったいどういうものなのかを説明する。
千春は僕が説明している間引き攣った笑みを浮かべていたが、そんなことを気にしている暇はない。
「どうだ?これがどんなにすばらしいものかわかったか?」
「引くわ!」
「ええ⁉なんでだよ!」
「普通、妹からもらったものをあれだけ熱心に語ってたら引くだろ」
「そうなの⁉」
「そうだよ!」
そうなのか引かれちゃうのか……もう人前でいろいろ言うのはやめよう……。
****
午後の授業が始まると突然雨が降り始めた。
まあ、梅雨の時期にはよくあることなので特に気にはならないが、雨というだけで少し憂鬱になるのはどうしてなんだろう。
やがて六限も終わり帰りのホームルームの時間になる。
神部先生がいろいろ言っていたが、僕は全部聞き流していた。
あ……そういや自転車……。明日でいいか。
「「「さようなら」」」
帰りの挨拶が終わり、ぞろぞろと教室から出て行く者、友達とおしゃべりしている者、勉強している者。思い思いの放課後が始まる。
帰るか。
僕は流れに沿って教室を出て下駄箱へ向かう――途中で神部先生に呼び止められた。
「なんすか」
「用ってほどの用じゃないんだけどね。ちょっといいかな?」
「はあ、まあいいですけど」
「白石は部活やってなかったよな?」
「はい。やってないですけど」
……?急になんで部活?
嫌な予感しかしないんだけど!
「なら、生徒会手伝ってくれないかな?」
「…………。すいません今日は帰ります」
ちょっとおおおお⁉おかしくない?なんで僕が生徒会の手伝いしなきゃなんねぇんだよ!
「妹さんもいるんだけどなぁ」
「どこでやってるんですか?今すぐ行きます」
「君、変わり身速いね……」
苦笑いで言ってくる神部先生に僕は空笑いをするしかなかった。
やっちまったあああああああ!つい癖で反応しちまったよ!
どうしよう、また嫌われないかな。
「ま、いいや。生徒会室で作業しているからそこに行ってよ」
「了解っす」
自分で言ってしまった手前、断ることはもうできずやるしかなくなってしまった。
さっきの自分を殴ってやりたいぜ!
どうもです!
今日から月見イベント復刻ってことで周回がんばってます(FGO)。
今回の話はクラスメイトとの会話中心になってしまいましたが、次回は妹がっつりです。たぶん。
正直、自分は生徒会とかやったことないのでちゃんと書けるか心配!
ま、でも生徒会なんて雑用ばっかでしょ?
それではまた次話で!