兄と海2
妹に殴られることがあってもいいのか?答えはイエスである。一種の愛情表現として捉えて構わないだろう。
そんなわけがあるか。暴力はダメ、絶対。
というか、普通に痛い!
仮に殴ったのが妹であるならばよかったのだが、今殴ったのは妹であって妹じゃない。
妹の皮を被った何者かである――
僕を見て恐怖で打ち震えているのを見ている――その場に残っているのはなんとも忍びないので、ここは一時撤退することにしよう。
僕はごめんなと言ってそっと部屋を出た。
その後、僕は急いで春さん連絡をすると、すぐに来てくれるということだったので、なんとなく掃除をはじめた。こういう時、割と近くに住んでいると助かる。
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掃除に一段落ついた頃、見計らったようにインターホンが鳴った。
「はーい」
「こんにちは。調子はどうかね?」
「なんでちょっと先生っぽい挨拶なんですか……まあいいですけど」
見慣れた制服とは違い、カンカン帽に真っ白なTシャツ、黒のロングスカートに黒のサンダルという大人びた出で立ちだった。金色の髪が妙に映えいつもとは違う雰囲気にドキッとしてしまう。
「ここにいても暑いだけでしょうから、とりあえず上がってください」
「そだね。おじゃましまーす」
そのことを悟られないように春さんに家に上がるように促すと、春さんはにっこりと見慣れたいつもの笑顔になった。
「ところでなんで、七瀬君は顔が赤いのかな?」
「…………」
これまでの経緯を春さんに説明すると、春さんが沙也加に会いたいというので会わせることにした。今はそっとしておくべきなのだろうが、情報を得るためには仕方ないだろう。
春さんが部屋に入ってから十分程度経過して、部屋のドアが開いた。
「ど、どうでした?」
出てきた春さんに僕は恐る恐る問う。
「んー。憑依されていることは間違いないけどプライバシーに関わることだからなぁ。だいぶ辛いことがあったみたいだよ。――七瀬君が思っているよりも」
「……そう、ですか。じゃあ今回僕はなにもできないってことですか?」
「それは彼女の気持ち次第だけど、なにもしないってことが今回すべきことじゃないかな」
そう言われ僕はなにも返す言葉がなくなってしまう。
前回は関りを持ち続けることで一応の解決はできた。だが、今回はそれができない。
そうなってしまうと、春さんや副会長に任せるしかなくなってしまう。
「その……彼女の心残りは何なんですか?」
「楽しい思い出」
「は、はぁ。楽しい思い出……」
なにかできることがあるんじゃないか。そう思っていた僕に返ってきた言葉はよくわからない答えだった。
返答の意味もわからないし、そもそも楽しい思い出と言われても、僕にもそんな思い出はないので考えようがない。
かっこいいお兄ちゃんを沙也加に見せられなくなってしまった!
「まあ、今回は私たちに任せておいて。ちゃんと成仏させるから」
にっこりと春さんは笑ってそう言ってくれたが、そこは別に気にしていない。
ここは割り切るか!殴られたところも痛いし、面倒事は丸投げ!
おやすみ!
「んじゃ、お願いします。僕はお茶飲んでるんで」
「えー、そこは僕にもやらせてくださいとかじゃないのー?」
春さんは口を尖らせぶーぶー言っている。
「いや、やれとかやるなとかどっちなんだよ……」
ついタメ口になってしまったが、春さんはあまり気にしない人らしく――というか、そもそも僕の話を聞いていなかった。
人の話は耳と目と心で聞きましょうって小学校で言われなかったのかよ。今考えると目で聞くってほんと意味わかんねぇな。つーか、この人本当に生徒会長なの?さすがに疑っちゃうよ?
「あ、そーだ!彼女が成仏するまで泊まらせてもらうね」
突然、今思いついたみたいに春さんはとんでもないことを言い出しやがった。
「は?……あんた実はバカなの?意味わかんないんですけど。一応僕も男なんで――」
「あ、着替え取りに行かないといけないから一旦帰るね!」
「ちょ、ちょっと!」
聞いちゃいなかった。
僕の制止にも止まる気配を見せず、そのまま玄関から外に出て行ってしまった。
もし戻って来たとしても絶対に入れてあげないんだからねっ!
誤字脱字などあれば教えてください。
感想などくれると嬉しいです。