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方舟の巫女姫 〜Eternal lovers〜  作者: 東屋チコ
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08.オレンジの光

街をぐるりと囲む赤い壁。

その壁の東の門をくぐると、眼前には荒れ果てた大地が広がっていた。

5人が振り返ると既に門番が滑車を回し、早々に門を閉ざそうとしている。

少年少女達は、馬2頭に荷物を引かせ、地面すれすれまで長さがあるマントを羽織り、そのフードを深くかぶっていた。

さらに、目にはゴーグル、口には陶製のマスクという姿に、バルカは街を追われた罪人みたいだな、と思った。

行く先に目を戻すと、そこには都のような木々はなく、草がまばらに生えているだけだ。

ところどころ、廃墟が見える。

それらは、今にも崩れ落ちそうで、普段は気丈なバルカも少し心細くなる。


初めて都の外に出てみて、都の豊かさを実感した。

草木がほとんど生えていない乾いた地面。

都の中では、やさしく頬を撫でていた風が、今は砂埃を舞わせている。


あまり風景が変わらない中を5人は黙々と進んだ。

過去に人々が踏みならし、自然とできた道の両脇にはレンガが1段積まれている。

事前に調べた地図によれば、しばらく道なりのはずだ。



「バルカ? 何ニヤニヤしてるんだよ?」

ナチが沈黙を破いた。

バルカは驚いてナチに顔を向ける。

ゴーグルやマスクの下の表情が、何故、彼に分かったのだろうか。




昨夜、いつもの窓際で夜風に吹かれていたら、巫女姫がやってきた。

夜には、少し寒いくらいで、涼む必要などまったくなかったのだけど、彼女が来てくれる。そんな予感がしていた。


気を付けて行ってくるように、それから、渡した制服をマントの下には着ていけ。

それだけを伝えて去っていった彼女の漆黒の瞳は、少し不安で揺れていたように思う。


(もしかして、俺のことを案じてくれていたんだろうか。)




昨夜のことを思い出しているうちに、どうやら顔が緩んでいたらしい。

「…何でもない。」


頬に力を入れ直したが、手遅れだったようでブリザが食いつく。

「もしかして、女?」

「え!?何々!?バルカくんって彼女いるの!?」

さらに、マルシアまで便乗してくる。


バルカが溜息をつくと、助け船が出た。

「まぁまぁ、今からそんなにハイテンションでは、後が持ちませんよ。」

カルタの冷静な言葉に、一同気が削がれ、口数を減らし、また歩き続ける。


もう秋だというのに、日を遮るものが何もなく、とにかく暑かった。

1時間ずつ、廃墟の陰に入り休憩をとったが、あまり長く休んでもいられない。

移動に時間をかければかけるほど、発掘調査の時間が失われていくのだ。

それに、休みすぎると、体が動かなくなる。

都会育ちの彼らであったが、それくらいのことは分かっていた。


「先を急ごう」

「日が暮れる前にキャンプを張らなくちゃ。日暮れ直後が一番獣に襲われる。」


「…獣が生きていくことができるんですね。」

バルカは、この荒野に自分たち以外の動物がいることを意外に思った。

もちろん旅支度の段階で、獣から身を守る方法は聞いていたし、武器もそろえていたが、実感はなかったのだ。

「調査が始まった頃、ずっと以前には、獣はまして、草すら生えていなかったらしいよ。」

ナチが呟く。


5時間ほどは歩いただろうか。

日が傾き始め、急いでキャンプを張る。

当初予定していたポイントより少し遅れている。


東には、荒れた大地にひと際目立つ塔がそびえていた。

「赤い塔…。あれは…?」


バルカの質問に、マルシアがくすりと笑う。

「本当に世間知らずね。あれはトウキョウタワーよ。」

「今の我々には再現できないが、ツウシンに使っていたものらしいよ。」

「ツウシン?」

「我々が、手紙を使って行っている情報のやり取りを、目にもとまらぬ速さで行う。それがツウシンらしい。」


バルカ以外のメンバーは調査を経験しており、テント張りも火おこしもすんなりと終わった。

ただ、唯一の女子だからという理由だけで仕切りを任されたマルシアの食事の準備は、少々手間取っていた。

助けに入ったものの、指示がめちゃくちゃだ。

「次!バルカくん、塩を少々!」

「え!?さっきも塩って言わなかった?」

「さ、さっきのじゃ足らないと思ったのよ!」

(絶対に嘘だ…)

確信を持ちながらも、彼女のプライドを傷つけるのは得策ではないと踏んだバルカは、塩を一振りだけした。

おかげで、しょっぱいスープが出来上がったが、食べられないほどではなかった。


腹も膨れて、一息つく。

たき火がみんなの顔をオレンジにチラチラと染める。


「なぁ、自己紹介っていうの?改めて話しない?」

「でも、人それぞれ、詮索されたくないこともあるだろう?」

ブリザの提案に、カルタが、遠慮がちに口をはさむ。


「気を遣わなくていいよ。この旅も決して短くないし、安全とも言い切れない。お互いのことをよく知っておいた方がいいと思うし。」

バルカの言葉にカルタがほっとしたような表情を見せる。


「はぁい。じゃあ、私から。」

にっこりと微笑みながら、マルシアが手を挙げている。

一同どうぞとどうぞと先を促す。

「年齢は15歳。父母、祖父との2人暮らし。兄弟はなし。出身は街の北側にある騎士区。家業は、代々近衛隊に属する軍人よ。隊長を輩出したことも一度や二度じゃない名家ね。」

実に堂々とした実家自慢で、なんだか憎めない。


「どうして、アカデメイアに?」

バルカは疑問に思ったことをそのまま口にした。

お嬢様であれば、学問より花嫁修行をすべきではないかと思ったのだ。


「私が大人しく家のための結婚なんてすると思う?」

その言葉にその場の全員が納得した表情を見せる。

「何よ、その納得感。それはそれでムカつくわね。」

頬を膨らまして拗ねるマルシアを尻目に、次は俺が、とナチが名乗りを上げた。


「えーと、マルシアと同じ15歳。皆さんご存知の通り、彼女の従兄弟で幼馴染で、お守役をやってます。マルシアとよく兄弟と間違われるけど、それは彼女と俺の母親が双子だからかな。うちは、軍人じゃなくて、議員の家だよ。ちなみに、兄弟は、双子の兄がいます。」

ナチの隣で、お守役ってどういうことよ、とマルシアがますます頬を膨らませた。


「双子の兄は、アカデメイアには来てないんだね。」

ブリザの言葉に、マルシアの肩が一瞬震えたように見えた。

「あー、実は病気でね。寝たきりなんだよ。」

「そうか。それでアカデメイアに。」

カルタの言葉に首を傾げたバルカにマルシアが補足をする。


「アカデメイアは、巫女姫様を救う人材…大人たちは、船大工と呼んでいる人材を育てるための機関なの。船大工は、医師が中心になってる。船大工に選ばれれば、より専門的な医療技術が学べるし、機器も過去の遺産を使うことができるのよ。」


ナチとマルシアが幼馴染なのだから、ナチの兄とも小さい頃は仲が良かったのだろう。

嫁入りなんてまっぴらごめんと言ったマルシアの本当の入学動機は、恐らくナチと同じものなんだと、思い当たって、ますます彼女のことを憎めなく思った。


それからは、残されたメンバーが順に自分のことを話した。


ここのメンバーは、みな15歳か16歳でバルカよりも年上だった。

バルカが13歳だと言うと、みんな目を丸くした。


バルカは、奴隷時代のことを臆さず話した。

国外から連れてこられたこと。ただし、小さすぎて記憶にはなく、何処が出身かも定かではないこと。

驚かれた年齢も推定なので、もしかしたら皆んなと同い年かもしれないこと。

若き内務大臣イシスに買われた後は、数学・地理・歴史学・東西の異国の言語、武術とあらゆる英才教育を受けたこと。


中でも、都中を魅了するイシス内大臣の色恋沙汰は、みんなが興味のあることで、大いに盛り上がった。

ただ、今は巫女姫の元にいることは、最後まで口に出さなかった。


昼間からは一転して、メンバーは話に夢中になった。

気がつけば、夜の気配がすっかり濃くなっていた。

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