06.夢② A.D.2036
巫女姫視点。
巫女姫も前世?の記憶を夢に見ます。
うれしかった。
小さいころからずっと傍にいてくれた君が。
初めて言葉にしてくれた。
自分からは決して言えない。
言ってはならない。
あなたを縛り付けてしまいたくなかった。
あれを感じるようになったのが、いつからだったのか覚えはない。
物心ついたころには、すでに悪い気配を感じる体質だった。
黒く影になって、それは、街中に溢れていた。
幽霊と、一言では済ませられない。
それは、時には、生きた人から発せられていることもあった。
生き死に関わらず、人間から作られる、黒くどろどろした醜い何か。
「俺が引っ張ってやるから。怖けりゃ、目をつむっていろ」
小学1年生の時に、学校に行こうにも、足がすくんで家から出られない私の手を引いて、一緒に登校してくれた。
大きなランドセルを背負った背中が、とても頼もしく見えた。
家が近所で親同士が、仕事仲間だった。
今思えば、心配した私の両親が、彼の親を通じて頼んだのかもしれない。
それでも。その日から、彼は、毎朝迎えに来てくれた。
心の支えだった。
そんな彼がくれた「好きだ」という言葉。
うれしくないわけがない。
気が付いたらボロボロと泣いていて、彼を困らせていた。
「悪かった。悪かったから泣くな、…子。」
私の頭に彼の大きな手が優しく触れる。
よしよし、と小さな子供をあやすように撫でてくれる。
何が、悪いというのだろう。
悪いのはどう考えても私なのに。
縛るのが、怖くて、でも、本当は、あなたに好きと言って欲しくて。
きっとたくさん態度に出ていた。
今泣いているのだって、本当にずるい。
これ以上は泣くまいと、ぐっと、堪える。
「……くん、何が悪いと思って謝っているの?」
「悪いと思ってるよ。俺はただ、お前の笑顔が見たかったんだ。まさか泣かすことになるとは思っていなかったから。」
なんで、そんなこと言うの。
どうしてそんなに優しいの。
彼の言葉に、もう我慢なんてできなかった。
堪えていた涙が、再び零れ落ちる。
彼が控えめに腕を伸ばしてきて、私の頭を抱きしめる。
あぁ、うれしい。
好き
私も…が好き
応えたい。
笑顔で彼の告白に。
「ねぇ、もう一回言って」
彼が少したじろぐ。
次の瞬間には、少し熱を帯びた眼差しで、本日2回目の一世一代の告白をしてくれた。
「好きだよ、……子。」
顔がかぁと熱くなるのを感じる。
思わず、目を伏せてしまったが、人生で最高の笑顔で応えようと顔を上げる。
あれ?
人生で最高の笑顔のはずが、彼が、微妙な顔をしている。
そして、なぜか噴き出した。
やだ、なんで笑うの。
ふてくされて、彼の腕から逃れようとするが、一向に放してくれない。
ひゃひゃひゃと小さな少年のように笑う彼の笑顔を見て、
私も彼を守るんだ。守っていくんだと。
そう思った。
時を告げる鐘の音で、目を覚ます。
顔にかかった長い髪を払い、巫女姫はぼんやりと壁を見ていた
頬が涙で濡れて冷たい。
また、彼の夢を見た。夢なのに、セリフも感情も一つ一つがリアルな夢。
おそらくオリジナルの彼女の記憶から作られたものだ。
そう、夢の中の彼への恋慕も、決意も、私のものではない。
(でも、この涙は私が流したものだろう…?)
頬に手を触れると、確かにそこには、涙があった。
夢の中の彼の黒い瞳。その眼差し。
芯が強く、でも優しさを秘めていた。
バルカに初めて会った時のことを思い出す。
やはり、2人はどこか似ていた。
朦朧とした意識の中で、巫女姫は、彼とバルカを重ねた。