04.アカデメイアの編入生
バルカは後悔していた。
赤い石の壁には成績が貼り出されており、バルカの名前は上から三つ目に書かれていた。
(しまったな。力加減が分からなかった。)
アカデメイアは、1年に2度、編入試験が行われるが、それは、在校生の試験がそのまま併用され、結果も一緒に貼りだされる。
バルカは、春に行われる1回目の試験を受け、合格していた。
しかし、成績の順位までは知らされておらず、今初めて、貼りだされた紙で自ら確認したところだった。
自分を少し遠巻きにして何人かの生徒がひそひそと話をしているのが聞こえた。
(どうせ、奴隷の分際で…とか、そういうくだらない話だろう。)
今さらどうすることもできないこの状況で、鼻にかけず、かといって下手にも出ず、飄々としているしかないと、バルカは思った。
「ねぇ、あなたが、3番のバルカくん?」
振り向くと、飴色の髪をした女のコが立っていた。
特別な美人とは言えないが、そこに立つだけで周囲が明るくなるような華のある子だった。
そして、結いあげたポニーテールが直線的な眉との相乗効果で、彼女をより凛々しく、気が強そうに見せている。
「あぁ。僕だけど。何か用かな?」
バルカの愛想の良い言いぶりに、彼女は弓なりな眉をひそめて、ふんっと鼻を鳴らした。
やっぱり気が強い。
「あなた、本気を出していなかったでしょう?」
バルカは、突然の言いがかりに、とりあえず、さも困ったという顔を作り様子をみることにした。
「そんな、僕は、全力をぶつけたつもりだよ。」
「ふうん。…あなた、元は奴隷だったと聞いたわ。イシス内務大臣の処にいたのを、高位の神官に売られて、ここに来ていると。」
高位な神官と聞いて、どうやら、巫女姫の下にいるのは、伏せられているのだなと思う。
一方で、彼女の不躾な言葉に、腹が立ったのも確かで、無難に過ごそうと決めた矢先であるものの、少し正論を返すくらいはいいだろうと思ってしまった。
「…この国は、実力主義だ。国籍や身分は問われない。先代の治世では奴隷あがりの外国人が大宰相まで登りつめた。貴族院は確かに決議機関かもしれないが、そこに上がる法案は官僚が作ったものだ。官僚達は貴族達に具合の悪い一切のものを触れさせないことだってできる。」
つまり、この国での身分など大したことではない。実力があるのだから、元奴隷だからと、とやかく言わないでほしい、ということだ。
しかし、これで、口をつむってくれるだろうと思ったのが甘かった。
バルカの本音を引き出せたことに少女は、得意気な笑みを浮かべる。
「ええ。そうよ。この国では実力がものを言う。このアカデメイアでも同じだわ。だから、みんな、あなたを無視できないのだし、私もそうなのよ。
謙虚な子どもを演じてみてもムダ。少なくとも私とは本気で戦ってよ。力を温存しておいて、最後に出し抜くような行為は卑怯だわ。」
どうやら、謙虚な子供の演技を一瞬で見破られてしまったらしい…それにしても…
「…何をそんなに熱くなっているんだ?」
バルカは、思わず疑問を口にした。
その疑問に再び眉をひそめて少女が答える。
「…あなた、知らないの?このアカデメイアで選ばれた人間こそが…!」
思いがけず強い語気に、こちらまで強く出てしまう。
「なんだよ?!選ばれるとどうなんだ!?」
彼女は、開いた口を慌てて紡ぎ、考えを巡らした。
「やめたわ。ライバルにわざわざ教えてあげるほど、私、人がよくないの。」
なんとまぁ、勝手につっかかってそれはないだろうと思ったが、彼女はくるりと翻り立ち去ろうとしていた。
「…ちょ、君、名前は!?」
何やらこの学校の秘密も知っているらしい彼女の名前は知っておきたかった。
「マルシア!」
それだけ振り返り答えると、マルシアと名乗った少女は、女子にしては、相当な速度でさっさっと歩き去ってしまった。
(マルシアって…)
バルカが、知っている名前だと思ったのも当たり前で、マルシアは、貼り出された成績の1番目に書かれていた名前と同じだった。