01.月の女神
ザバ…
水が豊富とは言えないこの国で、
水浴びをすること自体が彼女の存在が特別であることを示している。
どうやら彼女は、沐浴を終え、自分に傅く男達の前に立ったようだ。
バルカは、自分を飼っている主人の隣で、頭を地面にすりつけていた。
彼女の気配に、顔を少しだけ横に向け、これでもかと目を寄せて盗み見ようとする。
しかし、せいぜい膝下しか見えない。
それでも、長く白い夜着は水に濡れ、下の肌が透けていた。
足は、細っそりと頼りなく見える。
(少女…なのか。)
「…イシス。隣の者は何者ぞ」
その声にバルカの背中が粟立った。
つい今しがた想像していた少女のものとは思えない、低く落ち着いた声。
「は。これは、私の家に仕える者で、バルカと申します。
巫女姫様の御前に上がれる身分ではありませんが、見目良く、頭の方もなかなか優秀でして…お気にめすようでしたら、献上いたそうと連れて参りました。」
イシスは、一言ずつ注意深く言葉を選び、答えた。
巫女姫と呼ばれた彼女は、沈黙している。
バルカは、冷汗が額から伝うのを感じた。
(イシスと王宮に向かった時点で、王族か貴族かの変態ジジイに引き渡されるのだとは思っていたが、この状況は予測できなかったな。)
「…バルカ。面を上げよ。」
沈黙が破られた。
イシスに急かされ、バルカはそろりと顔を上げた。
背中がますます粟立つ。
彼女は、まさに女神だった。
見た目は、…やはり少女。
小さな体が、水に濡れていよいよ儚い。
それでいて、月明かりに照らされた姿は、輪郭が青白く光り、神々しい。
そして、黒く潤んだ大きな瞳は、あまりに美しく、しかし、どこまでも虚ろで、悠久の時を見ている。
まるで井戸の底のような得体の知れなさだ。
(…100歳は生きていそうだ。)
そうバルカが思った瞬間
バルカの姿を捕らえた巫女姫の瞳が揺れた。
虚ろな瞳に光が走る。
困ったように眉毛が下がる…。
(え…?)
バルカは、その神がかりな女性に普通の少女の面影を見て、目が離せなくなってしまった。
心臓が高鳴る。
動揺を隠せない女神にイシスは言った。
「どうでしょう。巫女姫様。
バルカはあなた様と同じ黒髪に黒い瞳。
肌の色は焼けてしまいましたが、元はあなた様と同じく、陶器のような色でしたよ。」
「…あぁ、確かに珍しい毛色の猫よな。
…バルカとやら、わらわの所に来るか?」
次の言葉を発した時には、もはや彼女に動揺は、なかった。
猫と言われたことには若干の苛立ちを覚えたものの、長年、蔑まれてきたのだ。
例えられるのが「猫」なら可愛いものだ。
それよりもバルカは、さっきの姿をもう一度見たいと思った。
「…はい、今日よりあなた様の元へ」
気がついたらバルカはそう答えていた。
心臓の音はまだ治まらない。