穴に落ちた先で職業・暗殺者に限定される
「ここはどこ……?」
私、一条葵(19)は何故か見知らぬ森に一人ぽつんと立っていた。
「穴から落ちたのに何故に森?」
とりあえず身体はどこも痛みとかないので大丈夫そうだ。
辺りを見回して見ても周りは木ばっかり……。ここは一体どこの森なのか? 人も見当たらないし不安ばかりが襲ってくる。
「とりあえず、人を探そうか。そうしないとここがどこかも分からないし」
そう言いつつ足を一歩踏み出して行く。
こういう時でも冷静になってる自分に呆れる。
『葵ってあんまり喜怒哀楽が無いよね』
友達や親にそう言われたのを思いだす。別に面白い時はちゃんと笑っていたり、ムカツク時は怒っているんだけど、表情に出ないらしい。
そんな自分を変えたいと思った。
そして心機一転自分を変えようと誰も頼ることのない場所で1から頑張ってみようと地元から遠くの大学を受け合格した。
親も兄も事情を分かってくれて笑顔で送り出してくれた。(兄は自分も付いていくと泣きながら親に引き剥がされていたが)
そして受かった大学へ初めての足を踏み入れる入学式、私は――――穴に落ちた。
そう、大学には寮があったのでそこに入ったのだが、そこから門をくぐった直後に何故かぽっかり空いた穴が出来てて落ちたのだった。
そんなこんなで気を失ってたのか、気づいたら森の中で立っていたらしい。
森をさ迷い2時間後、抜け出た瞬間目の前に広がる光景に唖然とする。
「――――――何これ」
人間、ありえないことに出くわすと脳が動かないって本当なんだと思った。だって、目の前に広がってたのは車や高層ビルや道路がコンクリートの道とかじゃなくてただの土で整備されてなく、その上を馬車が通っていてしかも歩いている人達は外国人ぽい人ばっかりで中には獣っぽいのや羽が生えているのもいる……それに服装も今どきの人が着てそうもない服を着ている。
もうこの時点で日本がある世界でないことが確定してしまった気がする。
人々の話している言葉は解るが、店らしき家の上にある看板やら旗などの文字がどこの国のだか分からない言葉で書かれているため日本でなら交番に駆け込めば何とかなるが無理そうだ。
「――とりあえず誰かに聞いてみるか」
ため息しか出ないが聞く人を探そうと視線を横にやると、パン屋(店の中にパンが並べてあるから)らしい店の若い女性がこちらを見てたのと目が合う。
「……あの、すみませんがここはどこなんでしょうか?」
これ幸いとその彼女に向かって話しかけると彼女は店の店員に一言言ってこちらに来てくれた。
「初めまして! 私はこの店の店員のラナよ。ここはリゼット国のアシャンテ村よ。貴方、旅人の方? ここじゃ見かけない顔ね?」
(見かけないも何もここがどこだかも知らないんですけど)
「私は葵と言います。旅人……というか迷子の方が合ってるかもしれません……。あの、リゼット国って世界のどこら辺なんですかね? 日本って国はこの世界にありますか?」
すると彼女はポカンとした顔をしてから笑った。
「迷子!? それは大変ね……。リゼット国は17の国の内の1つでニホン? という国はこの世界には無いわよ」
「やっぱり無いのか……」
これで最悪なことに想定していたことが確定してしまった。
それは――――――ここが異世界だということに。
ガックリと項垂れる私に彼女は何か悟ったのかあぁ! と言った。
「あら、やっぱり貴方この世界の人じゃなかったのね! それじゃあ初めにあそこに行って手続きしないとね!」
「……え? 手続きって何を? ――っていうかどこに行くんですか!?」
人の手を引っ張って歩いていく彼女は人の話を聞かずにどんどんと道を進んで行き、たどり着いたところはやっぱり看板の文字が分からない言葉で書かれている大きな建物でそこには人々がひっきりなしに出入りしているのが見られた。
「あの、ここは?」
「ここは異世界から来た人がここで手続きをすると住民として働いたり生活出来るのよ。あと、ここへはこの世界の住民も相談したり色々なことが出来るのよ」
「……つまり、私の世界で言う市役所みたいなものか」
なるほど、なんとなく理解した。
「さあアオイ、あそこの窓口に行って手続きしてきてこの世界で暮らせるようにしないとね」
「色々と教えてくださりありがとうございました。お礼出来れば良かったんですけど、何もないし……」
「そんなものいらないわよ! 困っている人がいれば助けるのは人として当たり前だもの」
にっこりと笑う彼女の笑顔が眩しいと思った。だって、私の世界には彼女みたいな人が少しはいると思うけど大抵の人は打算で動いたり見てみぬふりで関わろうとしない人ばかりだったから。
「本当にありがとうございました」
彼女とはまた会えたら良いなと思った。
「はい、異世界から来られた方ですね。ではこちらに名前と性別と歳をご記入ください」
どうやらこの世界の言葉は日本語として変換して聞こえているらしいのでそこは良かった。あのあと窓口に行って手続きを申請したら慣れているのか担当の人は笑顔でスラスラと言いながら紙とペンを出してきたので言われた通りに書いた。
「書けました」
「はい。――――え!?」
何だろう? 何か変なこと書いてた? でも名前と性別と歳しか書いてないしな……?
「女性の方だったんですね……」
まじまじと見られて納得した。そこですか。まぁ元の世界でもこの背丈175センチと顔が中性的で胸が無いせいで男と間違われてそっち系の人に痴漢されたりしたけど、こっちの世界でも間違われるとは思わなかったよね。
「ええと、それでは魔力と職認定装置の上に手をかざして下さい。暫くすると装置の上にモニターが表示されますので」
(何、そのハイテクな装置? こっちの世界技術が元の世界より結構良いな。魔力とか言ってたけど、魔法とかも使えたりするのかな?)
そんなことを考えていられたのは数分で終わった。
なぜなら、表示された内容がとんでもなかったからだ。
アオイ・イチジョー 19歳。魔力レベルS。 職業 、暗殺者限定。
「…………」
「…………」
(これはどうしたらこうなるの? 魔力Sってたぶん高い数値なんだろうけど、この職業暗殺者って何? しかも限定されちゃってるし?)
もう呆然となるしかない。窓口の人もどうしたらいいか分からないみたいだ。
「と、とりあえず上の者と相談いたしますので、少々席に座ってお待ち下さい」
そう言って担当の人は奥へと消えていった。
手持ちぶさたな私は言われた通りに席に着いてこれからのことを考えてみる。まず、元の世界に帰れるのか? 帰る手段が分からないからすぐには無理そうだ。
次に、帰れない間どうしたらいいか――どこかの職に着いて 住み込みの職ならなお良いけどバイトなんかしたことないから勝手がわからないし、しかも職認定の装置に認定されたのが暗殺者って……そんな職ないし、やったことないしやりたくない。
なんか、考えても前途多難で希望が見えない……。
「イチジョー樣」
「?」
呼ばれた方を見たら貫禄のある男性が部下らしき人を連れて立っていた。
「お初にお目にかかります。私、マッド・カーターと申します」
「あ、初めまして」
「さて、先程認定された職についてなのですが、私どもも初めてのことでしたので手間取ってしまい申し訳ございませんでした」
(やっぱり職認定で暗殺者なんて出る人っていないよね)
「それで、認定されました職業はこちらとしても案内出来ませんので我が村アシャンテ村1のパン屋で働いてみてはどうでしょうか?」
「…………パン屋?」
どうしよう……突っ込みどころが満載でどこから突っ込んで良いか分からない。とりあえず、この村1がパン屋ってどうなんだろうか?
まぁ、行くところも住むあても無いのだし、とりあえず好意に甘えよう。
「じゃあ、パン屋で働きたいです」
「了解しました。それでは手続きが終わるまで少々お待ち下さいませ」
そして手続きが終わり連れて行かれたパン屋、それは――――。
「やっぱりここか……」
そう呟くとこちらに気付いたラナがやってくる。
「やっぱり! うちで働くって言ってた異世界人ってやっぱりアオイだったのね!」
パン屋と聞いてもしかしてとは思っていたけど本当にそうなるとは思わなかった。でもこの人が一緒なら大丈夫そうかも。
そして彼女は笑顔で手を私に差し出しながら言う。
「いらっしゃい。『アモレータ』へようこそ!!」
これから私は元の世界へ戻れるのか、そして暗殺者という職業? 色々と考えなきゃいけないことが山積みでどうしたら良いかなんて今はまだわからないけど、目標にしていた自分を変える為の1歩は踏み出せたと思う。
「えっ!? 貴方女性だったの!?」
「こんなんですけど、一応女性です」
「ごめんなさい! てっきり男性かと思ってたわ……。あらためて、これからよろしくねアオイ」
「よく間違われるので慣れてますので大丈夫です。これからよろしくお願いいたします」
そう言って私はラナと共に店の扉をくぐって行った。
これから始まる異世界生活に期待と不安が入り交じりながら私は心機一転頑張ってみようと思うのだった。